幕間
ブルービート・ダイアリー
ブルービート・ダイアリー
関連キャラクター:イズマ・トーティス
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- 音を楽しむと書いて……
- 彼女は泣いていた。誰よりも上手いと自負していたヴァイオリンのコンクールで落選したのだ。
悔しかったし悲しかったし何より自分自身に落胆した。なぜ、どうして? 私は誰よりも上手くて輝いていたはずなのに。
「こんな……、こんなもの!!」
ヴァイオリンの入ったケースを持ち上げる。……けれど、彼女はそれを下に叩きつける事はしなかった。いや、出来なかった。
「う、うう~~……」
疑問と悔しさと悲しさと虚しさ。色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざりあって彼女はヴァイオリンケースを抱えたまま、頭を掻きむしる。
すると、
『タッ、タタッ、タララッタ、タン、タン、タンッ!!』
陽気なドラムの音が少し遠くの方から響いてくる。顔をあげ音のする方を見ると、全身に海を閉じ込めたような青年が楽し気にドラムを叩いていた。彼の周りには子供たちがいてどの子も彼の叩くドラムに合わせてステップを踏む様に歩いている。それを見守る露店の大人たちも、通り過ぎる大人たちも楽しそうにその様を眺めている。
「いいなあ……」
ポツリと漏れた彼女の本音。彼女は思わず口に手を当てる。
いいなあ、楽しそう。純粋にそう思った。演者は楽しそうに音を奏で、観衆は楽しそうに音を聞いている。チカチカとまるで太陽を見た時のように彼女は手で日陰を作って彼らを眺めた。
「どうかしたの?」
「え?」
いつの間にか演者は彼女の前に来ていた。
「君も音楽家か?外で練習をしていたら、子供達に見つかってしまってね。良かったら、一緒にどうだい?」
「喜んで」
気付けばそう返事をしていた。彼女はまた口に手を当てた。俺は、イズマ。と名乗った彼に彼女も名乗り返す。
「何を弾けばいいの?」
「楽しければ何でも。子供達が遊びやすいように」
そう言われて、彼女は四苦八苦した。今までは譜面上の物しか弾いたことがない。最初は、イズマに合わせて弾いてみたがやはりどこかぎこちなかった。けれど、それすらも子供達は楽しそうにしてくれて、彼女自身も楽しかった。
日が暮れ子供達が、親に呼ばれるまで小さなパレードは続いた。
「楽しかったか?」
「ええ、とっても!」
「ならよかった。俺達は音を観衆に届ける事が仕事でもあるが、それだけでは観衆は楽しめない。俺達も楽しんで演奏しないとな」
「自分たちも、楽しんで……」
彼女は自分の中の靄が晴れていくのを感じた。
「ありがとう、イズマ! 私やっぱり音楽が、ヴァイオリンが好きだわ!!」
そう笑う彼女の姿は青空のように澄み渡っていた。 - 執筆:紫獄
- 潮騒の歌が聞こえる。或いは、果て無き地獄を歩んだ末に…。
- ●嵐の後に
イズマ・トーティスは楽譜が読める。
ある嵐の翌日、海岸に流れ着いていたのは紫色のガラスの瓶だ。
潮騒に耳を傾けながら、砂浜を歩くイズマがそれを発見したのは、偶然なのか、はたまた何かの導きか。
ガラス瓶の中には、丸められた紙が詰められていた。瓶の蓋には蝋が塗られて、紙が濡れることの無いよう防水処理が施されている。
周囲を見回しても、人の姿はない。
紫の瓶は、きっと海を流れて来たのだろう。手に取って、瓶中の紙を取り出してみれば、それはどうやら楽譜のようだ。
五線譜の上を踊る音符に視線を走らせ、イズマは思わず息を飲んだ。
それと同時に、暗い夜空を幻視する。
気づけばイズマは、月の無い夜に立っていた。
足元には荒れ果てた道。どこかの街の交差路だろうか。だが、周囲には家屋の1つさえもない。ただ、闇だけが、夜の闇だけが無限に広がっている。
静かな世界だ。
何も無い。
だが、ある瞬間に水の弾ける音がした。
それから、闇夜に光が差した。太陽を間近で見たのなら、きっとこんな風だと思えるほどに眩い光である。
そして、風が吹く。
雨が降る。
強い雨が降りしきる。
あっという間にイズマの身体はびしょ濡れになった。青い髪が頬に張り付く。けれど、不快だとは思わない。
光も、風も、雨も、何もかも……それは音だ。
濁流のように浴びせかけられた爆発的な音の散弾に撃ちのめされて、イズマは立ち尽くすことしかできないでいた。
曲としての完成度は、決して高いとは言えない。
高度な演奏技術が必要なほどに難しい曲でも無い。
音楽に精通する者がその楽譜を見れば、10人中10人は「未完成の楽曲だ」と評価するだろう。
けれど、10人中10人が「この楽曲は素晴らしい」と言うはずだ。
その楽譜は、確かに未完成で、未熟なものだ。
だが、熱がある。
命の輝きがある。
例えば、暗闇の中で血反吐を吐き散らし、命を削り、狂いそうになるほどに、何度も挫折しそうになるほどに音符を書いて、消して、塗りつぶして、また書いてという工程を繰り返した果てに、永遠とも思える地獄を経た果てに、やっとたどり着き、書き上げた楽譜なのだろう。
怖気が走る。
その執念に、頭が下がる。
拍手喝采を送ることさえ、失礼に思える。それは、命を削って書き上げた楽曲にとってノイズにしかならないからだ。
それゆえ、イズマは闇を幻視した。
頼る者もいない。演奏を聴く者もいない。誰もいない、静かで孤独な暗闇を幻視した。
この楽譜を書いた者が、一体、何を考え、どんな地獄を歩んだのかを想像するだけで身震いがする。呼吸をすることさえ忘れ、イズマはただ音の濁流に身を任せていた。
「……一体、誰が、どういうつもりで」
楽曲の全てを読み終えて、イズマはやっと言葉を吐き出す。
暗闇は晴れ、砂浜にいた。
タイトルは書かれていない。
作曲者の欄には“V”とだけサインされている。
少しだけ思案し、イズマは楽譜を懐へと仕舞った。 - 執筆:病み月
- 風の丘で
- その日、イズマが散歩で訪れた先は風が良く通る場所だった。
少し息を切らせながら小高い丘を登りきり、吹き抜ける風と足元の緑が運ぶ爽やかな匂いを堪能する。
眼下には町が見えて、たくさんの人が行き交う様が忙しなく映る。
(丘の上と下でこんなに違う……)
町と丘はそんなに離れていない。
それでも、道のりの険しさから訪れる人は少ないらしい。
なんだか不思議と高揚するような、絶景を独り占めしている気分になってくる。
「何か楽器を持ってくれば良かったな……」
こんなにも風が通って美しい景色の中で演奏できたら気持ちが良かっただろうに、手ぶらで来てしまったのだ。
自然を感じていると、ふと人が歩いてくる気配がした。
そっと振り返ると、やや大きめの荷物を持った男性が登ってきた。
「おや、先客ですか。珍しい」
「景色が良くて散歩がてらに。貴方も?」
男性と挨拶を交わしながら聞くと、彼はいいえと答えた。
「趣味の練習です。ここで吹くと、気持ちが良いから」
男性が大きな鞄から持ち出したのは、ピッコロだった。
組み立てと調節をして男性が吹き始める。
風の中を抜けるその高音はどこまでもまっすぐで心地の良いものだった。
幾つか聞かせて貰い、男性に拍手を贈る。
「素敵な演奏をありがとうございます。毎日、ここで? 」
「朝はそうです。働きながらアマチュアバンドを組んでいるので、他の時間は来れないんです」
「それは良いことを聞いた。明日は俺も何か楽器を持ってくるので合奏しましょう」
「良いですね、お待ちしてます」
イズマは男性と約束して、仕事へ向かうその背中を見送ったのだった。
- 執筆:桜蝶 京嵐
- 埋まっていくスケジュール帳
- 12月6日。
白き砂浜に寄っては返す波の調べも、心落ち着かせる自然の楽曲だった。
海洋のとある領地、マリンノーツは、音楽を愛する特異運命座標イズマ・トーティスが領主を務めている。開いた扉のドアノブを握ったまま、些かの驚きと共に佇んでいる彼のことである。
「イズマ様宛てのプレゼント、たくさんありましたけど、とりあえず全部イズマ様の部屋に運んでおきましたから!」
執政官の一人が目を逸らしながら告げた言葉が、頭の中に蘇る。確かに、自分宛てのプレゼントが部屋の一角を埋め切っていた。
イズマとしてはストイックに依頼をこなしているつもりでも、その後ろには称賛と感謝という足跡が残るものであった。彼の誕生日を祝う贈り物が大量に届く程度には。
特異運命座標になる前は、こんな日が訪れるなんて思いもよらなかった。たとえば舞台の上で楽器を奏で、音楽家として喝采を浴びる想像はしたことがあったにせよ。
大きな箱に入ったプレゼントは後に回して、まずは小さな封筒から開けていくことにする。祝福のメッセージと共に、演奏会のチケットが添えられていた。高名な指揮者の名前が書かれている。後で日程を手帳に記しておこうと思いつつ、次の封筒も開いてみる。
「こっちはミュージカルのチケットか。これはライブで、これは――漫才?
……はは、忙しくなりそうだ」 - 執筆:梢
- 歌おう、高らかに
- 「楽曲制作の依頼……か」
ローレットから斡旋された任務の内容は、たしかにイズマにはぴったりのものだった。
まず、海洋の彼の領地にある孤児院からの申し入れであること。
そして、イズマ・トーティスが音楽に携わる人物であることだ。
彼は、「まずその孤児院の様子が見たい」と、領内のその施設にやってきた。
門に着くと、孤児院の子どもたちが笑いながら駆け回っているのが見て取れた。
その笑い声は、自分たちに親がいない寂しさを感じさせない、心の底から人生の子供時代を楽しんでいる「音」だ。
キィ、と錆びついた門を開けると、イズマの存在に気づいた子どもたちがそれぞれの反応を見せる。
興味深そうに遠巻きに観察する子供、少し不安そうな様子を見せるのは人見知りの子供だろうか。
しかし、大多数は見知らぬイズマに駆け寄って、「こんにちは!」と元気に挨拶してくれた。
「お兄さん、だぁれ?」
「俺はイズマ。ここの院長さんに用があってやってきたんだ」
「じゃあ、いんちょー先生のとこまで案内してあげる!」
そこからは、たくさんの子どもたちに囲まれ、腕や服の裾を引っ張られながら院長室まで連れて行ってもらった。
「ここまでご苦労でしたな。子どもたちは元気すぎて大変でしたでしょう」
孤児院の院長は穏やかな態度で、イズマにお茶を出してくれた。
「いや、元気なのはいいことだ。人懐っこくていい子たちだな」
院長には言わないが、正直なところ、孤児院がもしも子どもたちになにか酷いことをしているようなら依頼を断ろうと思っていたのだ。
「ところで、なぜ楽曲制作の依頼を?」
「我が孤児院にはピアノがありまして、子どもたちに歌や音楽を教えております。将来、音楽や歌、踊りの道に進んでそれで生活する子もいるでしょう。特に歌や踊りは初期投資がなくてもできますからな」
孤児院を出た子供が自立した生活を送るための、そういった教育の一環らしかった。
「ただ……子どもたちがあまりにも熱心に音楽にのめり込んでしまって、わたくしどもの知っている限りの音楽は一通り覚えてしまったのです。音楽教師を雇っても良いのですが、ローレットは格安で依頼を引き受けてくださるので……」
「それで俺に楽曲を作って欲しい、と? しかし、その曲も覚えられてしまっては終わりだろう」
「もうひとつ、理由がございます」
院長はお茶を口に含んで喉を湿らせた。
「今月で、孤児院を出ることになった子どもたちがおります。その子達の思い出づくりのために、門出の祝いとして歌をプレゼントしたいのです」
「ふむ……だいたい事情はわかった。依頼は受けるが、その前に……」
「なんでしょう?」
「少しピアノを見せてもらえないだろうか」
院長や部屋の外に待機していた子どもたちに連れられてピアノのある部屋に行くと、思った通り、ピアノは調律されていなかった。
おそらく、調律師を雇うお金もないのだろう。
イズマがピアノの調子を見ている間、子どもたちは不思議そうに彼を見つめていた。
「――うん、これでよし」
イズマはおもむろにピアノを弾き始める。
さらに、ギフトの響音変転で足を踏み鳴らすと、そこからはドラムの音が流れてきた。
「すっごーい!」
「え! お兄ちゃん、それ、どうやってるの?」
「細かいことは気にしなくていい。まずは君たちの歌声を聞かせてほしい」
そうして、孤児院の中からは歌声が響き渡った。
ピアノの旋律に合わせて歌う子どもたちの、楽しい「音」。
それをイズマは好ましく思った。
後日、完成した新曲の楽譜を孤児院に送ると、お礼として子どもたちの描いた絵が届いた。
イズマはそれを時折見返しては微笑んでいるという。 - 執筆:永久保セツナ
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