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幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

やせいの リコリスが あらわれた!

関連キャラクター:リコリス・ウォルハント・ローア

M2-56の動物王国。或いは、リコリスとの遭遇…。
●動物研究科、M2-56
 砂漠の国での出来事だ。
 夕暮れ時、オアシスの畔で微睡むそれを見つけた時は身震いがした。小さな身体に赤いコート、背に負う狙撃銃という特徴から、私はそれが夢にまで見た幻の生物、リコリス・ウォルハント・ローアであると確信した。
 リコリスは基本的に人に対して友好的な生物であると伝わっている。だが、それと同時に野生の獣らしく、時に残酷に、あっさりと人の命を奪うとも言われていた。
 私の目の前、距離にして20メートルほど先で微睡むリコリスは先ほどから身じろぎの1つさえしない。だが、決して油断はしていないことが分かる。頭頂部にある尖った耳が、時折ピクリと震えて私の一挙手一投足を監視しているのだ。
 気持ちよさそうな寝顔は愛らしい。けれど、うっすらと開かれた眼光には警戒心が浮かんでいるようにも見えた。
 近づけばリコリスは逃げるだろうか。
 それとも、私を敵と判断し襲い掛かって来るだろうか。
 思案した時間は極僅かだったように思う。こんなこともあろうかと、私の鞄の中には幾つもの食糧が詰め込まれていた。そのうち1つ、干し芋を取り出すと私はゆっくりリコリスへ近づいた。
 意外なことにリコリスは逃げる素振りを見せなかった。私の手にある干し芋が気になるのだろう。( ‘ᾥ’ )とした顔で、形のよい鼻をヒクヒクとさせている。
「それ、食べていいの?」
 声をかけて来たのはリコリスからだった。
 その視線は、私の手にある干し芋の方に向いている。
「あぁ。プレゼントだよ。さぁ、遠慮なくお食べ」
 そっとリコリスに干し芋を差し出した。リコリスは躊躇なく私の手から干し芋を受け取ると、それを口に放り込んだ。
 木の実を齧るリスのように、前歯で削るようにして干し芋を食べる。干し芋はあっという間になくなった。リコリスは名残惜しそうな顔をしてから、私の鞄へ視線を向ける。
 なんと賢い生き物だろう。リコリスは、鞄の中に食糧が詰め込まれていることに気付いていたのだ。
「あぁ、干し芋はまだたくさんあるよ。それとも肉の方がいいかな?」
「んー」
 リコリスは首をひねって思案する。
 それからそっと、小さな両手を差し出した。
「どっちも」
 リコリスの要求に従って、私は干し芋と燻製肉を差し出した。
 一心不乱に食事を続けるリコリスに向け、私は問う。
「毒が入っているとは思わなかったのかな?」
「入っていればすぐに分かるよ。おじさん、命拾いしたね」
 そう告げるリコリスの視線は冷たい。いくら愛らしい容姿だからと油断は出来ない。なにしろリコリスは野生の獣だ。自身に敵対する生き物に対して、リコリスは決して容赦をしない。
 私とリコリスは、それから幾らかの間、話をした。
 野生のリコリスとこれほどまでに長い時間、会話をしたというのは人類史上でも類を見ないのではないか。そう思えば、少し誇らしいような気持ちも湧き上がって来る。
 リコリスと私は、きっと気持ちが通じている。
 そう確信した私は、リコリスに1つの提案をした。
「きれいな毛並みだね。少し撫でてみてもいいかな?」
 リコリスは( ‘ᾥ’ )とした顔で、少しの間思案する。
 それから、そっと手を差し出して来た。
「ちょっとだけならいいよ。ご飯をくれたお礼ね」
「あぁ、ありがとう」
 私はリコリスの手を取った。
 そして、そこから先の記憶がない。ゆえに以下に記すのは、後ほどリコリスから聞いた私の台詞を書き記したものである。
「よーしよしよしよしよしよし! 可愛いですねぇ、お利口さんですねぇ。あははは、リコリスちゃんが藻掻いてますけど、これは喜んでいるんですねぇ。ほーら、怖くない怖くない。手を噛まれてもねぇ、鉄騎種だから全然平気なんですねぇ。リコリスちゃんに引っかかれるなんて本望ですよ! ライオンに指を食いちぎられたのに比べれば、このぐらい怪我の内にも入りませんからねぇ! ほら、よしよしよしよし!」
 その後、私はリコリスのアッパーカットを喰らって気絶したという。
 翌朝、目が覚めた私に上記の顛末を伝えた後、リコリスは砂漠へ去って行った。願わくば、この広い砂漠で、いつか再び逢いたいと思う。


地獄の釜出版『M2-56の動物王国』より

著者紹介:M2-56
種族は鉄騎種、職業は動物研究科。
鉄帝国ゼシュテル出身。鉄帝動物研究所にて動物学を学んだ後、希少生物の研究、保護に関わる。その活動は鉄帝国内に留まらず、海洋、幻想を旅した後に広い土地を求めて砂漠の国へ移住。後にこれが「M2-56の動物王国」へと発展する。
執筆:病み月

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