PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

狐と蛇

関連キャラクター:嘉六

格好悪い

 深夜零時を回ったオフィス、パチパチと点滅する蛍光灯の下で仄はパソコンに向かっていた。目の下には濃い隈が出来ており、彼がろくに睡眠を取れていないことは想像に難くない。キーボードを叩くカタカタという無機質な音がずっと鳴り続けていたが、数十分後に突如として止まった。

「嘉六さんに会いたい」
 休憩もとらずぶっ通しで作業をしていた反動か。それだけ言って仄はばったり机に突っ伏した。
 温くなったコーヒーが零れかけても気にしない。A4サイズのコピー用紙がばさっと机の下に落下したが気にしない。
 そのくらい、仄の集中力は落ちていた。先程まで気合いで打ち込んでいたパソコンのディスプレイに浮かぶ文字も普段じゃ考えられないほど誤字脱字の嵐が起きていることだろう。
 ここに社員がいれば普段の仄からは考えられない様に病院に行くことを勧めたに違いない。
 
 結論から言えば、仄はかなり疲れていた。
 ただでさえ春というのは様々な情報が飛び交い、情報屋という仕事は繁忙期を迎えるというのにつまらないトラブルが積み重なって気がつけば三月下旬。
 一日、一週間、一か月と嘉六に会えない日々が続き、仄はストレスで頭がおかしくなってしまいそうだった。
「あー……むしゃくしゃする……」
 頭をガシガシと掻いて仄は緩慢な動作で落ちた書類を拾い集めた。
 時々仄は自分自身がわからなくなる。感情に振り回されている、というのだろうか。
 普段は冷静に物事を考えられる自分が唯一心乱す人物、それが嘉六である。
 なぜ、自分が嘉六にそこまで執着するのか? 時々わからなくなるのだ。
 嘉六に対して大切な、運命の人だとは思っていることに間違いはないが、果たしてそれが愛欲なのか庇護欲なのか判らない間まずるずるとここまで来た。
 では、当の嘉六とは恋人同士なのか?
 答えはNoだ。
 そんな可愛い甘い名前の関係性はない。
 嘉六自身の態度を見ていればわかるし、仄自身嘉六と恋人になりたいのかと言われると分からないというのが正直なところだった。恋愛というものを仄は創作物の中でしか知らなかったからだ、
 それでも嘉六に会えば仕事の疲れも吹き飛ぶし、胸が高鳴って暖かい気持ちになるのだ。仕事でたんまり稼いだ金で嘉六に会って貢ぐ。それが仄にとって当たり前で、幸せな日常だった。

「辛い」
 なのに、こうも会えないとむしゃくしゃしてイライラして。そしてそれ以上に胸の中と頭の中をぐちゃぐちゃに混ぜられたような、息が詰まる感覚に襲われる。嘉六と出会う前は知らない感情だった。
 かといって子供の様に癇癪を起して発散することも出来やしない。何の罪もないゴミ箱を蹴り倒して八つ当たりして、中身を散乱させることが関の山だった。

「格好悪いな、俺」
 無残に床に散らばったゴミをみて、仄は少し冷静になった。
 でもこれ以上耐えきれそうになかった。メッセージアプリを起動してポチポチと短い文章を打ち込んだ。
 きっと、碌に寝てない所為だ。だからちょっとセンチメンタルになっているんだと自分自身に言い訳をしながら一瞬躊躇って、送信ボタンを押した。


身支度もそこそこに嘉六が約束の場所に駆けつけた時、仄は俯いて震えていた。普段と明らかに様子が違う仄に嘉六が慌てて肩を叩いた。
「お前、どうした? 『たすけてください』なんてらしくねぇじゃねぇぁ」
「かろく、さん」
 ずび、と鼻水を啜りながら顔を上げた仄の目は赤く腫れていてずっと前から泣いていた事が窺えた。コイツ泣けるのか、と思った嘉六だがそれを口にするほど空気が読めない男ではない。背中をぽんぽんと叩いてやると少し落ち着いたのか仄は嗚咽混じりに話し始めた。

「かろくさん、おれ、わからないです」
「わからない?」
 続きを促してやると、仄はボロボロと泣きながら続けた。
「なんでこんなにつらいんでしょう、かろくさんの、こえがきけないだけで、あえないだけで、こんな、くそ、なんで、なみだ」
 混乱しながらしゃくりあげる仄に嘉六は困ったように笑んだ。ろくな愛情を受けずに大人になってしまった子ども。自分に変な視線投げかけてきたり、訳の分からない要求をすることが多い仄に多少なりとも苦手意識を持っていた嘉六だったが、どうしてか嘉六は仄を見捨てられなかった。
 そして今日届いたメッセージは至ってシンプルで、嘉六を急足(いそぎあし)にさせるのに十分な意味を持っていた。
 何か巻き込まれたのか、大怪我をしていたら。などと心配がよぎり苛立ち紛れにタクシーを捕まえた。賭け事に使う予定だった金は運賃に消えて、見知った背中を見つけて駆けつけてみれば。

『自分に会えなくて泣くほど寂しくておかしくなってしまった』
(可愛いとこあるじゃねぇか)
 普段の意味のわからない行動で、つい忘れていたが仄はまだ二十そこらの、嘉六から言わせれば『青臭いガキ』なのである。自分が心配していたような理由でなくて良かったと安堵すると同時に、嘉六は微笑ましい気持ちになった。

「お前も可愛いところあるんだな」
「かろぐ、さんのっ、ほうが、かわい、です」
「泣きながら言われてもなあ」
 そうして嘉六はわしわしと仄の柔らかな髪を撫でてやった。髪が乱れます、なんて抗議していた仄だがその手を払いのけることはしなかった。
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