PandoraPartyProject

幕間

狐と蛇

関連キャラクター:嘉六

真昼の爆弾男
●着弾
 かーろーくさーん! と、いつも通り顔を見るなり、暮石・仄は笑顔で小走りに近寄ってきた。
 俺はいつも通り眉を潜めて、いつも通り適当に相手を……
「キスしてもいいですか?」
「はあぁぁあぁあぁぁ!?」
 突然落とされた爆弾に、俺は裏返った声しか返せなかった。
 いったい全体何がどうしたら真っ昼間の歓楽街の道端で、野郎からこんなことを問われねばならないのか。全くもって意味がわからない。
 おい。ほら見ろ。お前が普通の声量で爆弾を落としたもんだから、ただの通りすがりの兄ちゃんが俺たちを二度見している。
「駄目ですか?」
 俺の片頬がひくひくとひきつってんのが見えねえのか、このだあほが。
「あっ、キスって言うのは口吸……」
「みなまで言うな。知っとるわ」
 おえ。想像してしまった……気持ち悪い。
 俺は深いため息とともに眉間を揉み、想像してしまった映像を俺好みのねえちゃんの姿で消そうと試みる。今日の気分は、胸は大きくて、困り眉の美人がいい。八の字の眉に上目遣いがたまらない。
「じゃあ」
 仄の声が俺の思考の邪魔をする。
 しかも、じゃあってなんだよ。俺が許可したとでも思っているのか?
「待て待て、一旦落ち着こう。落ち着け」
「俺は落ち着いています」
「黙れっつってんだよ。……まあ、なんだ。理由くらいは聞いてやる」
 何故、突然、真っ昼間の往来で、己はこのような辱しめを受けているのか。
 何か深い意味はあるのか? あっても困るが。
 もしかしたら接吻をしなくては死ぬ病なのか。……いや、それ、俺である必要ないな。俺限定なら、俺の居ないところで人知れず死んでくれ。
「言われたんすよ。『それって憧れじゃなくて恋慕では?』って。俺はないないって言ったんすけど、『絶対そう』って」
「はあ」
「でもまあ、試してみればわかるじゃないですか」
「はあ」
「一番手っ取り早く解るじゃないですか、キスって。少しでも気持ち悪いなと思えば、そういう対象ではないってことですよね?」
「はあ」
「だから俺と」
「断る」
「どうしてですか」
「俺が既に気持ち悪がっている。以上、解散」
 馬鹿なの? 何なの? 嫌がらせか?
 こいつ、一周回って俺のこと嫌いなんじゃないの?
 想像してみてほしい。いや、取り消すわ。想像するな。やめて。お願い。
「あ、お金払いますよ。女とするのと同じだと思ってくれれば大丈夫です」
 マジで言ってる?
「嘉六さん」
 肩を掴むな、近寄るな、顔を寄せるな。何だその顔は。そういう顔は俺が落とした女が……。
「ええい!!」
「いっっっっった!!!」
 俺は思いっきり頭突きを叩き込み、距離を置いた。やっぱりこいつ、近寄らせたら駄目だ。
 額の痛みを犠牲に、俺は蹲って震えている仄から距離を取る。
「嘉六さんんんんんん」
 頭を押さえている仄に、俺は「付いてくるなよ。付いてきたら二度と口を利かねえからな」と言い置いてその場を去った。
 怖くて逃げたわけじゃねえからな! ……いや、普通に怖いわ。何なの、あいつ。
執筆:壱花
ゴミ捨て場に昇る煙
「嘉六さん、何してるんですか」
「ぎゃっ!! ……げぇ、仄」
「げぇってなんですか、人のこと化け物みたいに」
 コンビニエンスストアで適当に買った缶チューハイとツマミを入れたレジ袋を提げて帰路についていた仄はゴミ捨て場でひっくり返っている嘉六を見つけた。
 さあっと血の気が引いて慌てて駆け寄ってみればぐーすかイビキをかいていたので心底安心したのと同時に、心配かけやがってと腹が立った。その為鼻を摘まんで叩き起こしたのが、たった今である
 摘まれた鼻を摩りながら、恨めしげに嘉六は仄を見上げた。
「……どうしたんですか、その酷い顔」
「あ? これか?」
 さっきは影でよく見えなかったが整った顔の左側、主に目の周りが紫色に腫れており、口の端からは流血した後が見える。
 綺麗な顔に何してくれてんだよ。
 仄はチッと舌打ちをした。嘉六には聞こえていなかったようだが。
「いやぁ、賭けで負けてよ。いや? 勝ってたんだけどよ、急に負けが混み出して。で、よーく見てみりゃ相手がイカサマしてたんだよ。だから俺もおんなじことして倍にして返してやったらこうよ」
「怪しい賭けなんかするからですよ」
「おいおい、賭けは悪くねぇだろ。悪いのは楽しい時間に水刺しやがった阿呆だよ」
「その結果がそれでしょ?」
「まぁな」
 悪びれもせずヘラヘラとしている嘉六が仄は理解できなかった。仄ははっきり言って痛いのは嫌である、普通誰でもそうだが。殴られるどころか顎に生えた一本のムダ毛を抜くときの痛みだって嫌だ。
 なのにこの嘉六という男はこれだけ痛い思いをしながら平然と笑ってみせるのだ。
「依頼なんかじゃこれ以上痛いこともあるっての、俺とお前じゃ感じ方が違うんだよ」
 嘉六はローレットに属するイレギュラーズ。たいして仄は商才に全振りした以外は何処にでもいる一般人。その違いがわからない仄ではなかったが、嘉六の口から直接言の葉として飛び出してきたソレは心の深いところにグサリと刺さった。
「……やめて、俺のとこに来ましょうよ。養うくらい訳ないし、そんなに賭けが好きなら痛い思いなんかしなくてもちゃんとしたカジノくらい行かせてあげますよ」
 初恋なんて綺麗な言葉で片付けられる時はとっくに過ぎて、仄が理解できないまま執着と呼べるほどに大きく粘ついた塊になった感情は、すぐ手元に嘉六を置いておきその隣に自分がいたいという中途半端な純情も混じったナニカになった。
「……俺ぁ、誰の所にもいかねぇよ」
 懐から取り出した煙管に嘉六は火を入れた。吐き出した煙が空を登り、消えていった。それが誰にも捕まらない嘉六を表している様で仄はまた小さく舌打ちをした。
執筆:
格好悪い

 深夜零時を回ったオフィス、パチパチと点滅する蛍光灯の下で仄はパソコンに向かっていた。目の下には濃い隈が出来ており、彼がろくに睡眠を取れていないことは想像に難くない。キーボードを叩くカタカタという無機質な音がずっと鳴り続けていたが、数十分後に突如として止まった。

「嘉六さんに会いたい」
 休憩もとらずぶっ通しで作業をしていた反動か。それだけ言って仄はばったり机に突っ伏した。
 温くなったコーヒーが零れかけても気にしない。A4サイズのコピー用紙がばさっと机の下に落下したが気にしない。
 そのくらい、仄の集中力は落ちていた。先程まで気合いで打ち込んでいたパソコンのディスプレイに浮かぶ文字も普段じゃ考えられないほど誤字脱字の嵐が起きていることだろう。
 ここに社員がいれば普段の仄からは考えられない様に病院に行くことを勧めたに違いない。
 
 結論から言えば、仄はかなり疲れていた。
 ただでさえ春というのは様々な情報が飛び交い、情報屋という仕事は繁忙期を迎えるというのにつまらないトラブルが積み重なって気がつけば三月下旬。
 一日、一週間、一か月と嘉六に会えない日々が続き、仄はストレスで頭がおかしくなってしまいそうだった。
「あー……むしゃくしゃする……」
 頭をガシガシと掻いて仄は緩慢な動作で落ちた書類を拾い集めた。
 時々仄は自分自身がわからなくなる。感情に振り回されている、というのだろうか。
 普段は冷静に物事を考えられる自分が唯一心乱す人物、それが嘉六である。
 なぜ、自分が嘉六にそこまで執着するのか? 時々わからなくなるのだ。
 嘉六に対して大切な、運命の人だとは思っていることに間違いはないが、果たしてそれが愛欲なのか庇護欲なのか判らない間まずるずるとここまで来た。
 では、当の嘉六とは恋人同士なのか?
 答えはNoだ。
 そんな可愛い甘い名前の関係性はない。
 嘉六自身の態度を見ていればわかるし、仄自身嘉六と恋人になりたいのかと言われると分からないというのが正直なところだった。恋愛というものを仄は創作物の中でしか知らなかったからだ、
 それでも嘉六に会えば仕事の疲れも吹き飛ぶし、胸が高鳴って暖かい気持ちになるのだ。仕事でたんまり稼いだ金で嘉六に会って貢ぐ。それが仄にとって当たり前で、幸せな日常だった。

「辛い」
 なのに、こうも会えないとむしゃくしゃしてイライラして。そしてそれ以上に胸の中と頭の中をぐちゃぐちゃに混ぜられたような、息が詰まる感覚に襲われる。嘉六と出会う前は知らない感情だった。
 かといって子供の様に癇癪を起して発散することも出来やしない。何の罪もないゴミ箱を蹴り倒して八つ当たりして、中身を散乱させることが関の山だった。

「格好悪いな、俺」
 無残に床に散らばったゴミをみて、仄は少し冷静になった。
 でもこれ以上耐えきれそうになかった。メッセージアプリを起動してポチポチと短い文章を打ち込んだ。
 きっと、碌に寝てない所為だ。だからちょっとセンチメンタルになっているんだと自分自身に言い訳をしながら一瞬躊躇って、送信ボタンを押した。


身支度もそこそこに嘉六が約束の場所に駆けつけた時、仄は俯いて震えていた。普段と明らかに様子が違う仄に嘉六が慌てて肩を叩いた。
「お前、どうした? 『たすけてください』なんてらしくねぇじゃねぇぁ」
「かろく、さん」
 ずび、と鼻水を啜りながら顔を上げた仄の目は赤く腫れていてずっと前から泣いていた事が窺えた。コイツ泣けるのか、と思った嘉六だがそれを口にするほど空気が読めない男ではない。背中をぽんぽんと叩いてやると少し落ち着いたのか仄は嗚咽混じりに話し始めた。

「かろくさん、おれ、わからないです」
「わからない?」
 続きを促してやると、仄はボロボロと泣きながら続けた。
「なんでこんなにつらいんでしょう、かろくさんの、こえがきけないだけで、あえないだけで、こんな、くそ、なんで、なみだ」
 混乱しながらしゃくりあげる仄に嘉六は困ったように笑んだ。ろくな愛情を受けずに大人になってしまった子ども。自分に変な視線投げかけてきたり、訳の分からない要求をすることが多い仄に多少なりとも苦手意識を持っていた嘉六だったが、どうしてか嘉六は仄を見捨てられなかった。
 そして今日届いたメッセージは至ってシンプルで、嘉六を急足(いそぎあし)にさせるのに十分な意味を持っていた。
 何か巻き込まれたのか、大怪我をしていたら。などと心配がよぎり苛立ち紛れにタクシーを捕まえた。賭け事に使う予定だった金は運賃に消えて、見知った背中を見つけて駆けつけてみれば。

『自分に会えなくて泣くほど寂しくておかしくなってしまった』
(可愛いとこあるじゃねぇか)
 普段の意味のわからない行動で、つい忘れていたが仄はまだ二十そこらの、嘉六から言わせれば『青臭いガキ』なのである。自分が心配していたような理由でなくて良かったと安堵すると同時に、嘉六は微笑ましい気持ちになった。

「お前も可愛いところあるんだな」
「かろぐ、さんのっ、ほうが、かわい、です」
「泣きながら言われてもなあ」
 そうして嘉六はわしわしと仄の柔らかな髪を撫でてやった。髪が乱れます、なんて抗議していた仄だがその手を払いのけることはしなかった。
執筆:
嘉六は思った
 秋も深まってきて、冬が差し迫っている時期。
 馴染みの喫茶店の壁にはシャイネンナハトに向けたイベントのポスターが所狭しと並び、秋限定スイーツに見目麗しいレディたちが黄色い声を上げている。
(今すぐあそこに行きたい)
 すっかり温くなったコーヒーを啜りながら、嘉六はレディたちへ目を向けた。眼福眼福、目の保養。
 しかり自分がそこに行くことは叶わない。何故なら目の前に涼しげな顔の暮石・仄が座っているからだ。
 目を閉じてコーヒーカップを口元にやる仕草のなんとまあ映える事。嘉六はちょっと腹が立った。
 ほう、と一息ついてから仄は口を開いた。来るぞ、総員迎撃態勢。嘉六の脳内の軍人が指令を出す。

「嘉六さん」
「やだ」
「まだ何も言ってないじゃないですか、というか『やだ』とか言うんですね」
「絶対ろくでもないこと言うに決まってるからな、お前の場合」
「偏見酷くないですか? ちょっと尻尾の毛分けてくださいって言おうとしただけなのに」
「俺が言うのもなんだが、それをろくでもないことって認識できねぇなら大分やべぇと思う」
「全部じゃないですよ?」
「数量の問題じゃねぇんだわ」

 暮石・仄は賢い。
 少なくとも賭け事に明け暮れて翌朝にはゴミ捨て場で転がってることが多い自分よりは絶対に賢い筈なのだ。
 何故自分と話す時にこう阿呆になってしまうのか。今度友人の医者に聞いてみるかと嘉六は思った。(現実逃避ともいう)
「そんなの。ゴミにしかならねぇだろ、ただの毛だぞ」
「ゴミとか言わないでくださいよ、俺にとっては貴重な品なんですよ」
「ゴミだよ」
「……あっ、確かに無償とか良くなかったっすね。今あんま手持ちないんで二万までしか出せないんですけど、足ります?」
「いらない……」
 抜け毛で金を貰うのは生々しすぎるだろう。受け取ったら人としてなんか大事な物失う気がする。嘉六は思った。
 おい既にろくでなしだろとか言った奴誰だ。返す言葉もございません。
 というか二万まで『しか』とか言わないでほしい。こっちは練達の自販機でジュース買う金すらないのに。あ、当然今日も仄の奢りです、はい。
「とにかく、尻尾の毛はやらねぇよ。もっとマシなもん欲しがれよマジで」
「えっ……脛毛とか……?」
「なんでぇ???」
 なんでそうなるんだ。まだこれなら高級スイーツだのハイブランドのスーツを強請られる方が理解できる。
 買ってやる金? 当然ないが?
 兎に角、話を逸らさないとまずい。何がまずいのか具体的には言葉にできないが兎に角まずい。
 
「そ、そういやよ。お前はああいうの興味ねぇのか?」
「ああいうのって?」
 苦し紛れに指を指したのはシャイネンナハトに開かれる露天のイベントだ。
 あちこちの国から名産品や料理が並び、ステージでは著名なマジシャンや演奏家を招いたライブイベントを行うらしい。
「俺はちょっと興味あるかな~~……なんて……」
 まぁ棒読みもいいこと。心にもないことを言うのは難しいのだなぁ、嘉六は思った。
「仄? 暮石・仄クン?」
 急に固まって黙り込んでしまった仄に嘉六はひらひらと手を振った。数秒後にがしりと掴まれる手。
「へぁ」
「……しいです……嘉六さんがデート誘ってくれるなんて……嬉しいです」
「えっ、そんなこと言っ……泣いてるゥ……」
 ずびと鼻水啜りながら歓喜の涙を流す仄に嘉六はもう何も言えなかった。
 大人しく尻尾の毛とか脛毛とかやればよかった。嘉六は思った。
執筆:

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