PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

狐と蛇

関連キャラクター:嘉六

嘉六は思った
 秋も深まってきて、冬が差し迫っている時期。
 馴染みの喫茶店の壁にはシャイネンナハトに向けたイベントのポスターが所狭しと並び、秋限定スイーツに見目麗しいレディたちが黄色い声を上げている。
(今すぐあそこに行きたい)
 すっかり温くなったコーヒーを啜りながら、嘉六はレディたちへ目を向けた。眼福眼福、目の保養。
 しかり自分がそこに行くことは叶わない。何故なら目の前に涼しげな顔の暮石・仄が座っているからだ。
 目を閉じてコーヒーカップを口元にやる仕草のなんとまあ映える事。嘉六はちょっと腹が立った。
 ほう、と一息ついてから仄は口を開いた。来るぞ、総員迎撃態勢。嘉六の脳内の軍人が指令を出す。

「嘉六さん」
「やだ」
「まだ何も言ってないじゃないですか、というか『やだ』とか言うんですね」
「絶対ろくでもないこと言うに決まってるからな、お前の場合」
「偏見酷くないですか? ちょっと尻尾の毛分けてくださいって言おうとしただけなのに」
「俺が言うのもなんだが、それをろくでもないことって認識できねぇなら大分やべぇと思う」
「全部じゃないですよ?」
「数量の問題じゃねぇんだわ」

 暮石・仄は賢い。
 少なくとも賭け事に明け暮れて翌朝にはゴミ捨て場で転がってることが多い自分よりは絶対に賢い筈なのだ。
 何故自分と話す時にこう阿呆になってしまうのか。今度友人の医者に聞いてみるかと嘉六は思った。(現実逃避ともいう)
「そんなの。ゴミにしかならねぇだろ、ただの毛だぞ」
「ゴミとか言わないでくださいよ、俺にとっては貴重な品なんですよ」
「ゴミだよ」
「……あっ、確かに無償とか良くなかったっすね。今あんま手持ちないんで二万までしか出せないんですけど、足ります?」
「いらない……」
 抜け毛で金を貰うのは生々しすぎるだろう。受け取ったら人としてなんか大事な物失う気がする。嘉六は思った。
 おい既にろくでなしだろとか言った奴誰だ。返す言葉もございません。
 というか二万まで『しか』とか言わないでほしい。こっちは練達の自販機でジュース買う金すらないのに。あ、当然今日も仄の奢りです、はい。
「とにかく、尻尾の毛はやらねぇよ。もっとマシなもん欲しがれよマジで」
「えっ……脛毛とか……?」
「なんでぇ???」
 なんでそうなるんだ。まだこれなら高級スイーツだのハイブランドのスーツを強請られる方が理解できる。
 買ってやる金? 当然ないが?
 兎に角、話を逸らさないとまずい。何がまずいのか具体的には言葉にできないが兎に角まずい。
 
「そ、そういやよ。お前はああいうの興味ねぇのか?」
「ああいうのって?」
 苦し紛れに指を指したのはシャイネンナハトに開かれる露天のイベントだ。
 あちこちの国から名産品や料理が並び、ステージでは著名なマジシャンや演奏家を招いたライブイベントを行うらしい。
「俺はちょっと興味あるかな~~……なんて……」
 まぁ棒読みもいいこと。心にもないことを言うのは難しいのだなぁ、嘉六は思った。
「仄? 暮石・仄クン?」
 急に固まって黙り込んでしまった仄に嘉六はひらひらと手を振った。数秒後にがしりと掴まれる手。
「へぁ」
「……しいです……嘉六さんがデート誘ってくれるなんて……嬉しいです」
「えっ、そんなこと言っ……泣いてるゥ……」
 ずびと鼻水啜りながら歓喜の涙を流す仄に嘉六はもう何も言えなかった。
 大人しく尻尾の毛とか脛毛とかやればよかった。嘉六は思った。
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