幕間
よろずな日々
よろずな日々
関連キャラクター:ヴェルグリーズ
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- 星の行方を探して
- 凍える夜、ひとりの影が人気のない山道を歩く。
一際高い場所に出れば、足を止めてそれまで大切に抱えていた鞘を置く。
そして、祈った。生きていてくれ、と今は遠い相棒を想って。
星を冠なする名を相棒へ祈る。生きて帰ってさえくれば、後は何も要らない。
何も求めない。だって帰ってから日々を積み重ねたって、良いのだから。
だから、生きて、帰ってきて。大事なひと。
「待ってるから、俺たち」
祈りを捧げていたヴェルグリーズは息子の鞘を大事に抱え直すと、立ち上がって来た道を降る。
冬の夜空は星が良く見えて。そしてその星たちはなんとなく寂しそうで。
「きみに、似てる気がするんだ」
途中の坂道で星空を見上げてヴェルグリーズは手を伸ばす。
まるで星を掴みたがる幼子みたいに。
もう一度、やり直したい。そんな未来を待ちながら。 - 執筆:桜蝶 京嵐
- 鉄と水モノ
- 朝焼けを窓の外に認めて、青年──ヴェルグリーズは新しい1日を知る。
冷えきった世界、キンと張り詰めた音を立てる身体を気遣って起きるようになったのは何時からか。
洗面所の鏡に薄く映る自分に欠けがないことを確認して、やっと呼吸を楽にする。
刀の精霊種だから、多少の寝不足にも対応できるが、今は少しも眠れてなかった。
他のどんな時間よりも自分の意識がない時間が空恐ろしい。
フェザークレスと激しく撃ち合った後、本体が受けた傷がそのまま人間体にヒビを刻んだ。
寝相が悪い自覚も指摘も受けたことはないが、それでもヒビを見るのが怖い。
意識のない内に傷が広がっていたら?
微量な欠けが起きていないか?
堪らなく不安で、足下が揺らぐようだった。
今、この状態で戦場へ参じれば、どうなるか。
ヴェルグリーズ自身が理解しているからこそ、誰に頼れば良いかすら思いつかなかった。
水すら飲んでいないのに吐き気を感じて、口を抑え込んだ。
──その瞬間、『喚ばれた』と直感した。
勢い良く顔をあげて振り向く。
誰に。誰に喚ばれた。
良く知るモノ、この世とあの世の狭間を歩くような魔力。
絹糸の銀髪を背に視てはならぬ次元へ微笑むモノ。
思い至ったその瞬間、ペンを指先へ触れさせる直前、招待状が届いた。 - 執筆:桜蝶 京嵐
- のんびりひとり暮らし
- 日が昇りきる直前、誰も知らないような美しい紫色を、果たして世界のどれくらいが知っているのだろう。
そんな空を見詰めながら、1日の予定を考える。
朝ごはんは何食べようかな、と食品棚を開いて消費期限を確認しながら皿へ。
硬くなる直前のクロワッサンを水の入った耐熱容器と一緒に焼き直しておく。
その間に昨日残った塩こしょうの野菜炒めを鍋にコンソメと水とで一緒に入れて煮込む。
コンソメが溶けて軽くかき混ぜれば野菜スープの完成。
それを焼き直したクロワッサンと合わせて食べる。
「いただきます」
ひとりきりでも手を合わせてこう言う習慣は、旅人の友人から教わったものだ。
皿を水に浸し、食べ滓を生ゴミへまとめる。
そのまま使った食器と鍋を洗って、乾燥台へ。
歯を磨いて着替えたら、洗濯を回してベランダに干す。
「ああ、そうだ。久々にちゃんと掃除と片付けもしようかな」
ついでに要らなくなったものたちの新たな旅立ち先を考えようと、一層気合いを入れる。
もう着なくなった服は季節別に分けて箱に積め、引き取ってくれるボランティアへ連絡する。
もう役目を果たしてしまって、朽ちるだけの小物たちには感謝を示して綺麗に拭く。
そうこうしている内に時刻は夕日が差し迫っていた。
「お昼ごはん、食べ損ねちゃったな……」
気付きてしまうと不思議、腹が減っている感覚がしてまた食事に頭を悩ます。
それにしても随分と人間的になった、と自嘲気味に笑ってここにいて欲しかった人の顔を思い出す。
「だめだ、今日の夕飯は思いきって外食にしよう! 何にしようかな」
そうと決まればと、掃除と片付けで汚れた服を軽く水洗いと脱水。
室内に干して、外に出れる小綺麗な格好へ、着替える。
鞄に財布、ハンカチ、ティッシュをまとめていれて外へ繰り出す。
「よし、と。行ってきます」
さあ今日は何を食べようかと、ワクワク考えながら、少し肌寒い街へ。
- 執筆:桜蝶 京嵐
- 顔の良い離別の守護刀にハイヒール履かせて閉じ込めたい
- ■背景
荒れた謎の小部屋
■構図
全体的にモノクロ、ハイヒールだけ色つき。
両手首を頭の後ろで縛られて、一人用ソファに座っている。
自立で立てないよう、膝を曲げた状態で拘束。
■衣装
目元を覆い隠すもの(詳細お任せ)
ディレクターズスーツ(上下)
メタリックシルバーのハイヒール
- 執筆:桜蝶 京嵐
- 4月1日
- 残業の帰り、ギリギリで間に合った終電に飛び乗って車窓を見つめた。
まわりは自分と同じように疲れ果て、覇気のない顔ばかりだからだ。
しかし、私は違う。こんな荒んだ生活でも癒しと潤いはある。
それは……──。
次に起きた時は、見知っている気はする部屋だった。
……いや、確かに知っている部屋だ。もう何度も通っている。
「『アンナ』の部屋だわ……。えっ、でもどうして…………?」
私の癒し、大好きな乙女ゲームたち。
その中で『護りの剣たちと運命の姫』を私はプレイ途中だった。
もしかして、と思ってドレッサーへ駆け寄るとやはり私はゲームの主人公で姫、『アンナ』になっていた。
(うそ……どうしよう。つまりここは、ゲームの世界なの?)
私がプレイした限りでは、この世界では結婚相手は運命力によって決まる。
ゲームではそれを提示される選択肢によって愛情力と共に貯めるシステムだった。
「でもこれ、ゲームの中ってことは……選択肢がないんじゃ…………?」
どうしよう、詰んだかもしれない。
常に新鮮な気持ちでプレイしたくて攻略は見ないでやって来た。
小説版もネタバレ回避で全編クリア後に読むのがマイルールだ。
「……………………こうなったら!」
本物のアンナにごめんなさい、と謝ってから私は部屋中を探りに探りまくった。
……………
…………
………
……
(全く進行度が分からないわ! 泊まったことないけど豪華なホテルの部屋って感じでしかない!!)
荒らした部屋を泣きたい気持ちで片付けてると、控え目なノックがされた。
「はあい、どなた?」
「やあ、姫。ヴェルグリーズだけど今、良いかな?」
(!! さ、最推し!?!!!! )
私は大慌てで部屋を見れる状態にし、身支度を整えてから迎える。
「……ちょっと顔赤い? 朝から姿が見えないから心配してたんだ」
そう言いながら顔の横の髪を優しく払うヴェルグリーズ。本物のヴェルグリーズの体温は低めだった。
優しいヴェルグリーズに話を合わせつつ、進行度のヒントを探す。
「ところで部屋が少し散らかっているけど、どうしたんだい?」
ふ、とベッドへ目線をずらしたヴェルグリーズに指摘されて、ちょっと探し物をと誤魔化すように笑う。
「そう? なら良いけど……ねえ今日は二人でごろごろしない?」
言いながらヴェルグリーズにベッドに誘われ……ってえ?!
こんな展開、知らないけど??? 私、どうなっちゃうの──!?
『護りの剣たちと運命の姫』の公式スピンオフ小説、ついに発売!
この続きは、君たちの目で確かめよう!!
「姫、待っているよ。君からの、愛を」
- 執筆:桜蝶 京嵐
- すれ違う芳香
- 私の趣味は読書と香水。
本の表紙と気分に合わせて選ぶのが何よりも楽しい。
本は新刊も古本も良い。表紙で選んで内容を楽しむ。
それが私の読書。とっておきの時間。
「失礼、ハンカチ落としましたよ」
図書館の本棚を通りすぎた時だった。
後ろから声を掛けられて振り返るとビックリするくらいカッコいい子がいた。
彼はふんわりとした笑みを浮かべると、ハンカチを大事な物のように渡してくれる。
(あ…っ、良い香り……)
微かに触れた手から甘いのに爽やかな香りが鼻腔を擽った。
「あ、ありがとうございます! あの…」
頭を下げてあげた時、彼はいなくなっていた。
まるではじめから、存在しなかったみたいに。
けれど手には確かにハンカチがあって、まるで狐に摘ままれた気分だった。でも。
「………素敵な子、また会えるかしら?」 - 執筆:桜蝶 京嵐
- あなたがほしい
- シルバーアッシュの髪、ハイブランドの鞄。
それから服はだぼっとしたデザインの、けれどちゃんとしたブランドのもの。靴は絶対厚底。
──それが彼女が彼女たるシルシだ。
「ヴェルグリーズ~~~!」
明るく黄色い声をあげて両腕を前へ付きだせば軽く片手を握って席へ誘導される。
席に付けばさっそくシャンパンを降ろして周囲の女からの視線を貰う。
それらを気持ち良く浴びた所で「ねえ、大丈夫かい?」と声を掛けられる。ヴェルグリーズだ。
「学生なんでしょ? 俺を推してくれるのは嬉しいけど、ほどほどにね」
「全然ヘーキですけど! うへへ、ヴェルグリーズは優しいね」
他にいないってくらい顔が綺麗で、とびきり優しい″あーしの未来のだぁ″。
バカみたいって言われても、ホストだって分かってても止まっていられない。辞められない。
これはガチ恋のときめきだから、ガルバとコンカフェを掛け持ちしてでも彼を1番にして彼女になる。
だから、ずっと。ずうっと、あーしの隣に座って、あーしだけを見て?
その日はコンカフェの帰りだった。
テナントの入るビルの定期点検日だとかで、午前終わりだから気合い入れた格好で会いに行けるとワクワクしていた。
──知らない女と買い物をしているヴェルグリーズを、見た。
顔はちょっと可愛いかも知れない。でもあーしの方が全然オシャレだし可愛い。
あんな安っぽい服で満足できる女なんて、世界一のイケメンには勿体ない。
ヴェルグリーズだってあんな奴の隣で買い物は苦痛だろうな。
(同伴? 邪魔してやろうかな)
「これで1週間は持つとして。相棒、日用品は大丈夫?」
「子供たちのもので少し足りないのが。……買い物袋、余裕ありますか?」
「大丈夫だよ、任せて」
………なに、今の会話。キャバの歳食った奴でもないでしょ、なのにまるで。まるで結婚でもしてるみたいな。
「~~~っ、ぜぇ、ったい! 奪ってやる!! あーしの彼だもん!!」
あーしがNo.1にしてあーしだけが分かってる女になってやる。
そんで一緒に住んであんな女より可愛い子供を生んでやるんだから!
──それなら、私と来ませんか? あの女より愛しの彼に見て貰える女にしてやりますよ。
「え……」
…
………
…………
「ヴェルグリーズ、あーしだけの彼。早くあーしに会いに来て。
とってもとっても、キレイになったのよん。
とってもとっても、美しい身体になったのよん。
とってもとっても、イイ女でしょお?」
色欲の罪に飲まれた女は、世界一の美男を今日も待っている。
銀に青い瞳の女をなぶり殺しながら。 - 執筆:桜蝶 京嵐
- ねこみみヴェルグリーズくん
- ウサミミと犬耳やったのなら、
そろそろ猫耳もいきましょうよ。ね?
●服
白のタックシャツ
リボンタイにゴシックなブローチで高貴に
腰付近はもちろん、カマーベストとカマーベルト。
スラックスのセンタープレスは絶対だ当然だろ。
●小物
白い革の手袋は必須だし、長さは手首と親指の付け根が出る奴が良い。
ビタビタにセクシーなお手手にしよう。
眼鏡かモノクルだったらモノクルだろうか。
どっちでもエロ可愛いんだよな……。
●靴
オックスフォードと迷いましたが
ここは愛らしく気品あるオペラパンプスで行きましょう
●杖
カメラの仕込み杖があったんですって!それしよ!!
持ち手は銀で、蔦模様とか良いかも。
●耳&しっぽ
サバトラ猫ちゃんが良いです絶対。
耳毛がふさふさでも良いし、あっさりしてても良い。
どっちでも可愛い。
では、よろしくお願いいたします。
- 執筆:桜蝶 京嵐
- だって会ってみたいじゃないですか
- 良いカンジにあの女は堕ちてくれました。
ヴェルグリーズ。世界で1番良い男。かのウルカンの最初期の作品。
何をどうして奇跡が起きたのか、人間みたいに意識を持った刀。
──会ってみたいですねえ、そんなヤバい代物。
ウルカンマニアを自称するからには、会うっていうか、ねえ?
触って使いたいじゃないですか。やはり。
いかに人間染みてても刀であるならば、刀としてその『味』を知りたい。
武器オタク、中でもウルカンシリーズを愛する者としては見過ごせない。
ですが私はか弱い魔種。魔種の中でも一等繊細で儚い魔種なので。
──会った瞬間に切り分けられちゃうんですねえ。
それはねえ、ちょっと頂けない。とても頂けない。
だって死ぬのは痛いし怖いことですからねえ。
だから会うなら、死んでも良さそうな魔種を量産してからじゃないと。
その上で私が可愛そうな人間の振りしてヴェルグリーズに近付くんです。
どうやらヴェルグリーズは優しいみたいだから、果たしたい事情があると言えば本体を貸してくれるのでしょう。
そうすれば、私は私自身を生かしたまま望みを叶えられる。
ついでに試し切り用に用意した魔種たちを殺してまわれば、きっとヴェルグリーズにモテモテですねえ?
掃除も推しが作った作品へのアピールも出来る! う~ん、完璧トレビア~ン。
さてと、その為には今日も駒を用意しませんとねえ!
うふふ、たーのしみです。ねえ、ヴェルグリーズ。
- 執筆:桜蝶 京嵐
- 今日はこんな放浪
- ラサでの騒動が終わり、ヴェルグリーズは久々に神殿を使って放浪していた。
希望ヶ浜と迷って今日は豊穣で活気ある町並みをゆったり歩く。
公園の一角では、子どもに紙芝居を見せる者がいた。
物語はまだ序盤だったらしく、ヴェルグリーズも子どもの1番後ろに立って紙芝居を鑑賞する。
「やあ、お兄さん。俺の紙芝居はどうだったかな?」
「とても面白かったよ!」
順番は前後したが、決まりだからと紙芝居代を払っておまけの駄菓子を貰う。
貰った駄菓子は水飴で好みの固さになるまで公園のベンチでずっと練っていた。
優しい甘さのそれはあっという間に食べ終えてしまって、ヴェルグリーズはまた歩き出した。
しばらく歩くと、着物の古着屋が見えたので入ってみることにした。
「お兄さん、背が高くて男前だねえ。何か探し物かい?」
「いや、ふらっと入っただけなんだ。でも普段着として着れるものはある?」
それならば羽織はどうだと、幾つかオススメして貰う。
そのうちの裏地がカラフルな色使いのものを購入してそのまま着て店を出る。
次はどうしようかと辺りを見渡すと子ども二人、固まって何やら話をしているようだった。
「どうしたんだい?」
「今日のおやつをキレイに分けたいの」
外で食べてそのまま遊ぼうと思ったところまでは良かったが、なんとおやつは味が二種類あった。
だから半分にして両方味わいたいらしい。
「それなら俺に任せて。お皿とテーブルはある?」
うん、と野外のフリースペースへ連れて行って貰い、そこで紙皿の上に鎮座する獲物(おやつ)を見据える。
離れたところから先ほどの子どもたちが心配そうに見つめている。
それに笑って、一回、二回。本体のヴェルグリーズを振るう。
どんなものでも切り分けると謳われた刀は、その通りにおやつだけをキレイに半分にした。
「すごいやお兄ちゃん! ありがとう!!」
「これで喧嘩しないですんだよ!」
わあっと二人の子どもはヴェルグリーズを囲んで喜び、お礼を口にする。
それにヴェルグリーズはどういたしましてと返して、また放浪を再開したのだった。
「さあ、次はどこに寄ろうかな?」
- 執筆:桜蝶 京嵐
- 助けられた人の話
- その日、ヴェルグリーズが依頼で立ち寄ったバーには歌手がいた。
店に置かれたピアノを弾きながら、ありとあらゆるシャンソンを歌う人だった。
ピアノに寄り添うような黒い服と、女声から男声まで変幻自在に使い分けて奏でる姿は神秘的だ。
一曲歌うごとに客は彼ないし彼女へ惜しみない拍手とチップを捧げた。
「素敵な歌声でした」
その人が一休みに入ったタイミングで話し掛けると、その姿同様に曖昧な笑みを向けられた。
「この声だけが、音楽だけが私の生きる道、少なくても今は。だから嬉しいよ、褒められて」
それでお兄さん、どこから来たのだいと聞かれ、素直に答える。
この店自体が初めてだと含めて伝えれば、それなら『とびきり』をあげようと、再びその人はステージへ向かった。
「今日はイレギュラーズのお兄さんが来てくれたからねえ、ちょいと張り切るよぉ」
一気に歓声に包まれる店内、それをその人の深い深呼吸で止めて。
ぽろ、ぽろぽろ……ん。
切ない泣き声みたいな前奏から一気に激しい音の洪水が巻き起こった。
──シャンソンじゃない。ロックだ。
前を向けと、反省はしても振り返ってやるなと励まし続ける歌詞だった。
ロックでも歌い終わりは歓声に満ちていた。
その中、その人は自分へ渡されていた花束から一本をヴェルグリーズへ差し出した。
「勇敢果敢なるイレギュラーズ、私はあなた達に助けられた側の人間なんだ」
「……そっか、なら有り難く。ねえ、もう少し話せない?」
それならヴェルグリーズと歌手は閉店まで食事をしながら話していた。
音楽の話から、他愛ない日常まで。
とても幅広く充実した時間だった。
歌手はバーの上に住んでいるし、そもそもバーのオーナーは自分だと言っていた。
「だからまた来てくれ。昼でも腹ぁ空かせたイレギュラーズなら開けてやるさ」
「ふふ、それは本当に助かるなあ」
そんな風に見送られ、ヴェルグリーズはこれからもブレずに行こうと思ったのだった。 - 執筆:桜蝶 京嵐
- ちかよらないで
- 「こんばんは、今日も俺はちょっと離れた方が良い?」
「っはぃ……」
ホストクラブ『シャーマナイト』の内装は高級品ばかりだ。
玄関マットから呼び鈴に至るまでハイブランドの名品たちで、足を乗せるだけでも緊張しがちだ。
客とホストが座るソファだって黒革の立派なもので統一されている。
……そのソファの隅へ自らを追いやる女性。
小柄な体躯を可哀想なくらいに縮めて座るので、ヴェルグリーズは覚えなくても良いはずの罪悪感を覚えてしまう。
「……ぁ、お酒。す、好きなの、どぞ……………」
「うん、ありがとうね。……今日はちょっとお話出来そう?」
「ひゃっ! ぁ、はひ。がん、頑張る…………」
ご覧のとおり、とてもシャイであまり会話らしい会話は出来たことはない。
それでも推しだからと、健気に来ては一言二言、言葉を残してくれる。
人好きなヴェルグリーズとしてはゆっくりでも嬉しそうに話してくれる方が良いから急かしたことはなかった。
「……あのっ、これ貰って下さいぃ…………!」
差し出されたのは、ミニハットだった。
黒いシルクハットに歯車や錨のモチーフ、鎖にレースが靡くパンクなデザインだ。
「わあ、ありがとう。すごいね、これ。カッコいい」
ピンで固定するタイプだったので、ヴェルグリーズはその場で付けて「似合う?」と、目の前の彼女に聞く。
女性はコクコクといっぱい頷き、照れたように、でもこの日はじめて笑った。
「ああ、良かった。イメージ通りです………。…………は、はじめて作ったから、自信なくって………」
「え?! 手作り? 本当に凄いね」
照れながらも、ヴェルグリーズを見つめながら笑った彼女との距離はまだ遠い。
でも、心の距離はほんの少し近づいた気がして、暖かだった。
- 執筆:桜蝶 京嵐
- 七夕祭り
- 本日ヴェルグリーズが訪れたのは、希望ヶ浜。
どうやら今日から3日間、七夕祭りというものが行われるらしく観に来たのだ。
街の通りを特徴的な提灯が照らし、解放された道沿いに出店が並ぶ。
そのうちのひとつで、流し素麺ならぬ流しボールに挑戦する。
「あっ、そんな! 結構速いね?!」
浴衣の袖を気にしつつ、スピードあるボールに四苦八苦しながら何とか1個、半透明なボールをゲット出来た。
途中の店でテイクアウトの素麺を売っていたので、もみじおろしが入ったものを買ってみる。
「あ、美味しい。この感じ、初めて食べるなあ」
と、前方が騒がしくなる。道行く人に聞くと、行列が始まるのだと云う。
なんでも七夕伝説を模した行列らしく、最終地点の神社前の交差点で彦星と織姫が会うのだそうだ。
「それはロマンチックですね。俺も見て見ようかな」
それなら一緒に神社まで行こうと誘われ、彼の道案内で彦星と織姫が出会う神社前で行列を待った。
そうして出会った彦星と織姫は、うっとり見つめあったのち、神社へ続く参道を向かっていった。
神社の中でも神事を行っており、それは美しい舞を披露していた。
「ありがとうございました。おかげで素敵なものを観れました」
「ああ、またおいで。他の祭りも凄いから」
道案内をしてくれた彼にお礼を言って別れ、ヴェルグリーズはまた祭りの中を歩き出した。
- 執筆:桜蝶 京嵐
- 貴方の美しさに甘いカクテルを
- 「や、なんかごめんね。初見なんだけど男も良いって言われて」
「もちろん。うちのホストクラブは店長の方針で男性客もおもてなしするよ」
「そうなんだぁ。嬉しいなあ」
仕事帰りにふらふらしてたら、君の写真が見えて、それで来ちゃったと男性は朗らかに笑っていった。
まっすぐ帰るつもりだったが、綺麗な顔に惹かれたんだと事も無げに告げる。
綺麗なものを愛でてみたくなった、その程度のことなのだろう。
刀であるヴェルグリーズにとって、「綺麗」という評価はかなり喜ばしいことかもしれなかった。
──何故ならヴェルグリーズは、とある刀鍛冶が遺した世界で1番の良い刀(男)だ。
「あんまり懐に余裕ないから、カクテルくらいしか奢れなくてごめんね」
「全然。俺としてはこの顔を気に入ってくれた貴方がどんな人か知りたいな」
おちゃらけて両頬に指先をあてて可愛く言ってみると男性はやはり、穏やかな性質であるようだ。
のほほんと、いっさいの照れも恥ずかしげもなく可愛いねえと、言ったのだ。
泰然自若という古い古い四字熟語がそのまま姿を取ったら、おそらくこの男性になる。
それくらい男性の態度は穏やかで波がゆったりだった。
結局、男性はカクテル2杯でヴェルグリーズの話を聞き、自分の話を少しだけして帰っていった。
「なんだか、不思議な人だったなあ。接客をしている俺の方が癒されたかも」
- 執筆:桜蝶 京嵐
- たまにはこんな朝
- 潮風が気持ち良く吹きわたる。
昨日は依頼がよるおそくまでかかって、それでこの海辺の街に泊まっていた。
そしてせっかくついでに、早起きして街を歩いて回っていた。
人もまばらな時間で、漁に出る船を街の高台から見送って民家の間を歩く。
こんな朝早くから畑の世話をする人、ランニングと犬の散歩をする人。
色んな人たちがヴェルグリーズとすれ違っては挨拶や軽い雑談に応じてくれる。
しばらくすると、大通りの店たちが開店準備で忙しなくなる。
その横を、学校へ向かう子どもたちが走り抜ける。
「おっと、危ないよ。気を付けて」
ひとり、転げそうになった男の子の腕を掴んで助け起こす。
男の子は照れたように笑ってありがとうと言うと、やっぱり風のように行ってしまった。
先に待っていたのは友達だろう、肩を一度、叩き合うとキラキラと笑いながら歩いている。
ゆっくり海の方へ歩き、ほんの一時間くらい前には船もいたんだよなと浜と道路の間に立つ。
「やあ、お兄さん。観光かい? 今なら入れたてのコーヒーでモーニングを出してやるぞ」
「本当ですか? じゃあ、お願いします」
海の目の前にある喫茶店の亭主に話しかけて貰ったので、そのままモーニングを食べに入ることにした。
そしてそこで出されたモーニングとコーヒーは、とても美味しかった。
- 執筆:桜蝶 京嵐
- あなたが欲しい(物理で)
- 「ヴェルグリーズ、店長にお願いして欲しいことがあるんだ」
駆け付けのボトルを一本頼んだ客の女性は大理石のテーブルに組んだ手を置いて話を切り出した。
パンツスーツを綺麗に着こなした真面目そうな彼女と、ヴェルグリーズがいる場所がホストクラブじゃなかったら、深刻な話だと思ったことだろう。
(いや、もしかしたら深刻な話かも知れないけど……)
内心で独り言を漏らしつつ、取りあえずヴェルグリーズは柔らかく微笑みながら姿勢を正した。
「なんだい、改まって」
「物理的なあなたのグッズを出して欲しいアクスタは必須で缶バとタペストリーはマストじゃん?!」
「待って、一息が長すぎて聞き取れない! 俺がなんだって?」
急に色々言われて急いで止める。
彼女は「ああ、ごめん……オタクの性が……」と謎の謝罪をしてきた。
お冷やを飲んで落ち着いたのか、改めて話をする姿勢になる。
「だからね、グッズが欲しいのよ。どうしても残業とかで行けない時や、余裕ない時の心の支えとして。必要なのよ、グッズが」
……ゆっくり話して貰っても分からなかった。
グッズ? アイドルが出すようなものを、ホストのヴェルグリーズが?
「それは何て言うか……お店をお間違えでは?」
「いいや、合ってる。推しグッズを持ち歩く文化が練達に定着した今、ホストクラブだってそれをしたって良いじゃない! だって欲しいもん、担当のアクスタアクキー、缶バ!!」
「そ、そっかあ……」
その後も彼女は推しグッズ文化の素晴らしさを熱弁し、異変を聞き付けた店長に直談判して帰った。
このホストの推しグッズ化がスタッフ達に回り、会議議題になったかは…………後の話である。 - 執筆:桜蝶 京嵐
- 月夜空に乾杯を
- 月が美しい夜だった。
冴えた空気は冷たく、防寒をしっかりしなくては凍えて一歩も動けない寒さだったが、だからこそ月が綺麗だった。
山の上のコテージだから、近くにあると錯覚するほどの大きさなのもある。
ホットワインで体を暖めつつ、暖炉の中で薪が弾ける音が心地よい。
遠くではフクロウらしき生き物の鳴き声がしていて、不思議と寂しさがなかった。
「仕事で来ただけのはずなのに、なんだか登山キャンプに来た気分だな」
そう、仕事で来ていたに過ぎないのだが、依頼人に宿として案内された先がここだった。
こんな立派なコテージ、普通に泊まったらそれなりの値段がしそうである。
なにせ一面の月と星を堪能しつつ、食事とお風呂サウナ付き。
ベッドもふかふかのものだったので、一泊だけなのが惜しいと思ったくらいだ。
「この仕事が終わって落ち着いたら、改まって予約しようかな……」
大きな月と咲き誇る星をホットワインで堪能しながら、ヴェルグリーズは心地よい夜を過ごした。 - 執筆:桜蝶 京嵐
- 空の世界で
- 空を歩く。明るく見えるあれは太陽かな。
「いいや、月だよ。月が明るいから太陽も明るいのだと言う」
知っているような、知らないような。そんな声が頭に響いた。
そのまま宛もなく色んな天気にしょっちゅう変わる空を歩く。
不思議なのはどんなに天気が変わっても自分には何も影響がないこと。
雨が降っても、濡れない。
雪が降っても、寒くない。
太陽がかんかん照りでも、暑くない。
風が強く吹いても、倒れない。
他にも音のないまま迸る雷。
衝撃がないまま、落ちてくる雹。
そんな不思議な世界を、歩いていた。
でも。一番不思議で怖かったのは。
ーー誰にも会わないこと。
どんなに歩いても、どんなに走ってみても。
ーー誰の姿も見えなかった。
声を出してみようと、口を開いたがどういうわけか、言葉が出てこなかった。
ちょっと怖かったけど、地面を叩いてみた。
それでも、なんにも起きない。
そう言えば、壁もないな。
誰もいない。壁も言葉もない。
ーーいったい全体、誰の世界だろう。
仕方がないから、何かがあるまで歩き続ける。
空を歩いているからか、足音もなんだか不思議だ。
ぱぺぇ、ぽぶう、ぷあはあぅ。
裸足なのに、そんな音がする。
そんな音なら自分から発することが出来て、言葉は出ない。
ーーもしかして、この気が抜ける音でコミュニケーションをとれってこと?
もしそうならと、だれかいる、と足踏みをその場でする。
すぐに気配が生まれて、ぺっぺぶぅ、という音がどこからか返ってくる。
それが、とてつもなく嬉しかった。
音のした方へ走り出して、どんどん足音を鳴らす。
気の抜ける音だと思ったが、それがまた楽しくて良かった。
そして。そしてついに、影を見つけた。
自然と口が開いて、出なかったはずの言葉が出ていきそうになる。
…
……
………
…………
……………
目を開けたら、いつもの寝室だった。
どうやら、かなり不思議な世界で放浪する夢を見ていたらしい。 - 執筆:桜蝶 京嵐
- それは確かに恋であり純であり、愛でした。
- あなたが欲しい。
あなたの存在が素晴らしい。
あなたの可能性が愛おしい。
あなたは一体、どんな感触なのだろう。
……あなたは一体、どんな斬り心地なのだろう。
『私』がはじめてそれらに触れたのは、血気盛んな10代の頃。
何に憧れてだったのかはもう忘れてしまったが、冒険者を目指して鍛錬を積む頃だった。
とにかくモンスターを斬り倒して洞窟や迷宮を探検して回る頃だった。
そんな折に使っていた剣が限界を迎えそうだった為、知らない街の武器屋を回っていた。
その中の1軒、街から遠く人里と森の境界線のような場所の店へ赴いたことがあった。
「いらっしゃい」
ぶっきらぼうな店主の声を聞きながら、壁に掛けられた剣を見て回る。
欲しいのは中程度の剣だ。できれば身長にあうものを。
短剣は長身の『私』には体が合わなくて向いておらず、しかして長剣は重いものが主流になってしまって細身の剣士には辛い。
ほどよい長さと重さの剣がないかと1本いっぽんを慎重に手に取って確かめる。
とある1本は重いものが主流になる前の品だったが、細くて切れ味が鋭すぎて手入れで怪我をしそうだった。
また別の1本は軽さはちょうど良かったが、長さがどうにも足りない。
さらに他の1本は軽さも長さもちょうど良いが、癖が強すぎて扱いなれるまでに時間が掛かりそうだった。
この店もダメか、と半ば諦めながら手に取った剣だった。
とても『手に馴染んだ』。はじめて触れるのに、『馴染んだ』のだ。
冗談でも誇張でもなく、本当に驚くくらい、『私』の為に誂えられたのではないのかと思うほどの剣だった。
長さ、軽さ。柄の掴み、装飾の趣。その全てが求めていたものだった。
『私』の身長に見合う、ちょうど良い長さ。
『私』の細身にちょうど良い、軽さ。
『私』の手の大きさにちょうど良い、柄の素材。
『私』の控えめな好みにちょうど良い、装飾性。
知らずにあがった息を鎮めようと深呼吸を繰り返すが、上手くいかなくて諦めて生唾を飲む。
まるで強敵を前にした戦士のように止められない震えをそのままに、そっと作者を確認する。
ーーウルカン・ロナード
恋に落ちたかのような心地だった。
体全てが興奮していて、喉すら燃えそうだった。
この作者の作った作品全てが欲しくなった。
きっとどれを使っても馴染んで冒険に寄り添ってくれるのだ。永遠の恋人みたいに。
ウルカン・ロナードの作品にのめり込んだのは、そんなはじまりだった。
「それがどうして、魔種へ反転なんてしてしまったんだ……?!」
悲痛な叫びだった。
悲痛で本気で理解できないと感じている問いだった。
愛したのであれば、そのまま渡して欲しかったと訴える声であった。
他でもないウルカン・ロナードから生まれ、永く数奇な武器人生の果てに人間の姿を得たヴェルグリーズはしかし。
男の愛がどうして反転に繋がったのかが理解できないのだ。
ウルカン・ロナードが作りたもう作品への愛だけが行動理由なら、どこでこじれたのだろうか。
世界に散らばったウルカン・ロナードの作品を我が物にしたい。
それに見合う剣士であり続けたい。
その為に旅をするには。努力を続けるには。
人間の肉体では限界があることを、ヴェルグリーズは最初、気付けなかった。
……否、知らなかったのだ。人間の肉体的限界が、人によることを。
「あなたが赴かなくても、たとえばローレットに依頼して届けて貰うとか、様々な方法があったはずだ!!」
「それじゃあ、ダメなんですよ。ウルカンの美しき最高傑作殿」
自ら赴いて真贋を確かめ、そして自ら使ってこそ、その真価が身に沁みて理解るのだから。
男はいっそ、ヴェルグリーズに恋をして1握りの情を求めるような純真な眼差しで語り掛ける。
ヴェルグリーズを最高傑作と呼び、語り掛ける姿は、恋を覚えたばかりの若者ようだった。
なるほど、これは確かに恋であり純なものなのだろう。仲間がぽつりと呟いた。
けれども続く言葉は「ただし」だ。ただし書きの続きは「相手を属性でしか見ていない恋だ」。
なぜなら現実のヴェルグリーズは美しい顔(かんばせ)を苦しげに歪ませている。
なぜなら現実の男は覚えたての恋に溺れる若者ではなく、醜くしわがれた老剣士である。
「…………っ、片恋は確かに一方通行で相手をキチンと見てないことが多々あるかもしれない。それでも、それでもあなたのそれは……」
ーーヴェルグリーズ(俺)にも、ウルカンにも、失礼だよ。
けれども、既に魔へ染まった男には届かない悲鳴だった。届かない気持ちだった。
そしてヴェルグリーズは武器である。古くより様々なものとの別れを司ってきた剣である。
花を別ち、果物を別つ。麦を切り別れさせ、淡いクリームを別離させた。
そしてもちろん、人と人の縁も。
絆と傷も、その刃で別れを与えたもう剣だ。
何の因果で人の姿を得ようとも本質は変わらない、変えられない。
武器であり、そうであることを求められるのであれば。
自らの出生と存在を心深く愛する男を、ヴェルグリーズが斬ることこそ、最期にして最大の救いだった。
「さようなら。せめて、ウルカン・ロナード最高傑作にして別れの剣のヴェルグリーズ。その斬れ味を、あなたへ」
- 執筆:桜蝶 京嵐
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