PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

まな板の上の大山椒魚

関連キャラクター:トスト・クェント

新作のパン
 冬の合間の穏やかな日差しが差し込むパン屋で、トスト・クェントはおや、と目を止める。トングをカチカチと手持無沙汰に威嚇させていた手も、また止まる。
「店長、ウミウシパンはやめたんだね?」
 あー、と間延びした声がレジカウンターから帰って来る。中性的なパン屋の店主は、トストに負けず劣らずの糸目を更に細くして答えた。
「あなたくらいだけだったからねえ。買ってくれるの。あとウミウシだと誰も気づいてくれなかったし」
「どう見てもウミウシだと思うんだけどなあアレ」
「流石に一般的モチーフじゃなかったらしいのだよねえ」
 カチカチ、トングがまた手持無沙汰に音を立てる。
「好きだったんだけどなあ。メロンパンみたいに甘い生地が上に被っていて、色とりどりのチョコレートで日替わりの模様が描かれていて。で、中には日替わりのクリーム! たまにジャムも入っていて……美味しかったよ」
「そこまで気に入ってもらえていたのになんで売れなかったんだろうねえ。……やっぱり青い生地にオレンジのチョコレートは早すぎたか……リアルすぎたか……」
「可愛かったのに」
「私ももちろん自信作だったよ? ただ時代が追い付かなかった……流行にならなかった……可愛いのに……」
 トストは焼きたてふかふかの白パンをトングで掴む。衣を付けて揚げたチキンが顔をのぞかせるサンドイッチ。細く切ったタマネギに、酸味のありそうなソースが絡まっている。その隣のクロックムッシュも掴む。やはり何か甘いパンが食べたいと思うが、ウミウシパンはもうない。諦めてやや似たメロンパンを取るが、メロンパンの中には具は入っていないんだよなあ、とぼんやり思う。
 カチカチ、カチカチ。客のいない店内にトングの音が響く。
「何か他のものは作らないんだ? 犬とか猫とか……」
 店長はしばし考え込む。
「いやべつに犬猫でもいいんだけねえ。こう、芸術的インスピレーションが来ないというか、当たり前すぎるというか。君、何か動物で美味しそうな見た目でいい感じにゆるくて更に珍しいもの、ないかい?」
 トストはしばし考える。ぴん、と来たのは一つあった。だが、懸念材料もあった。とはいえ、悩める店主には何かの役に立つかもしれない……。
「オオサンショウウオ」
「オオサンショウウオ?」
「うん。顔も可愛いからね。茶色いパンにして、てかりを付けて……ちっちゃい目を付けて……中に具を……」
「成程!」
 嬉々とする店主をみながら、果たして出来上がったパンをおれがたべたら、共食いになるのだろうか、と思うトストであった。

 数日後、試作品として届いたオオサンショウウオは、かわいい黒い目をしていた。
 トストは、それはそれは、食べるのに難儀したという。
執筆:蔭沢 菫

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