PandoraPartyProject

幕間

まな板の上の大山椒魚

関連キャラクター:トスト・クェント

眠れる森のトスト。或いは、ある寒い日の森の奥…。
●温かな川
 豊穣。
 とある森の奥。薪を拾いに立ち入った1人の少女がそれを見つけた。
 ゴツゴツとした岩の間に身を横たえる、ぬらぬらとした茶褐色。だらんと垂れた長い尾が、川の流れに揺れている。
 あれはきっと、爬虫類の尾だろうか。或いは、両生類のものかもしれない。そして、異様なほどに大きい。
 少女は思わず息を飲み込み、1歩、後ろへと下がる。
 拍子に抱えていた薪が地面に散らばるが、今の彼女にはそれを拾い直すような余裕は無かった。
 巨大なトカゲが人に対して友好的とは限らない。もしもアレが肉食の生物だとすれば、自分はきっとか弱い獲物にしか見えないはずだ。何しろ彼女はまだ年若い。肉は柔らかく美味いはずだ。そして、肉食の野生生物が自分のようなご馳走を前に、ただ黙って見逃してくれるはずはない。
「に、逃げなきゃ……」
 音を立てないように細心の注意を払いながら、彼女はくるりと踵を返した。
 踵を返そうとした……けれど、しかし、その瞬間に彼女は見たのだ。
 岩の影から伸びている、人の腕を。
 目を閉じたまま動かない、若い男の横顔を。
「っ……!?」
 なるほど、とそう思った。
 巨大生物が動かないのは、今現在、誰かを捕食しているからだ。
 だったら、自分は無事に逃げ帰れるかもしれない。
 喰われている誰かを見捨てれば、自分の命は助かるかもしれない。
「だめ!」
 少女は自分の頬を叩いた。
 自分の命大事さに、目の前で喰われる誰かを見捨てることなどできない。彼はまだ生きているかもしれないのだ。助けられるかもしれないのだ。
 ならば、助けなければいけない。
 先ほど落とした枝を拾って、少女は岩陰へと向かう。
 木の棒程度で、巨大トカゲを打倒できるとは思わない。
 だが、何も持たないよりは遥かにマシだろう。
 果たして……。
「その人をっ……離、え?」
 振り下ろした木の棒は、ゆったり寝息を立てる青年の眉間を叩いた。
 青年は岩に頭を預け、下半身を水に浸して眠っていたのだ。よくよく見れば、青年の浸かる水からは湯気が立ち昇っている。
「お、温泉? っていうか、あれ?」
 青年の下半身は、サンショウウオのそれだった。先ほど、岩陰から覗いていた尾は彼の……トスト・クェントの半身だ。
「ん~? 誰? 誰でもいいけど、もしかして君も温泉で暖まりに来たのかな」
 なんて。
 棒で打たれた額を押さえ、トストは少し場所を移動した。丁度、少女1人が足湯を楽しめる程度のスペースが開く。
 トストの顔と、サンショウウオの下半身と、それから温泉を交互に見やって……彼女は岩に腰を下ろした。
執筆:病み月
新作のパン
 冬の合間の穏やかな日差しが差し込むパン屋で、トスト・クェントはおや、と目を止める。トングをカチカチと手持無沙汰に威嚇させていた手も、また止まる。
「店長、ウミウシパンはやめたんだね?」
 あー、と間延びした声がレジカウンターから帰って来る。中性的なパン屋の店主は、トストに負けず劣らずの糸目を更に細くして答えた。
「あなたくらいだけだったからねえ。買ってくれるの。あとウミウシだと誰も気づいてくれなかったし」
「どう見てもウミウシだと思うんだけどなあアレ」
「流石に一般的モチーフじゃなかったらしいのだよねえ」
 カチカチ、トングがまた手持無沙汰に音を立てる。
「好きだったんだけどなあ。メロンパンみたいに甘い生地が上に被っていて、色とりどりのチョコレートで日替わりの模様が描かれていて。で、中には日替わりのクリーム! たまにジャムも入っていて……美味しかったよ」
「そこまで気に入ってもらえていたのになんで売れなかったんだろうねえ。……やっぱり青い生地にオレンジのチョコレートは早すぎたか……リアルすぎたか……」
「可愛かったのに」
「私ももちろん自信作だったよ? ただ時代が追い付かなかった……流行にならなかった……可愛いのに……」
 トストは焼きたてふかふかの白パンをトングで掴む。衣を付けて揚げたチキンが顔をのぞかせるサンドイッチ。細く切ったタマネギに、酸味のありそうなソースが絡まっている。その隣のクロックムッシュも掴む。やはり何か甘いパンが食べたいと思うが、ウミウシパンはもうない。諦めてやや似たメロンパンを取るが、メロンパンの中には具は入っていないんだよなあ、とぼんやり思う。
 カチカチ、カチカチ。客のいない店内にトングの音が響く。
「何か他のものは作らないんだ? 犬とか猫とか……」
 店長はしばし考え込む。
「いやべつに犬猫でもいいんだけねえ。こう、芸術的インスピレーションが来ないというか、当たり前すぎるというか。君、何か動物で美味しそうな見た目でいい感じにゆるくて更に珍しいもの、ないかい?」
 トストはしばし考える。ぴん、と来たのは一つあった。だが、懸念材料もあった。とはいえ、悩める店主には何かの役に立つかもしれない……。
「オオサンショウウオ」
「オオサンショウウオ?」
「うん。顔も可愛いからね。茶色いパンにして、てかりを付けて……ちっちゃい目を付けて……中に具を……」
「成程!」
 嬉々とする店主をみながら、果たして出来上がったパンをおれがたべたら、共食いになるのだろうか、と思うトストであった。

 数日後、試作品として届いたオオサンショウウオは、かわいい黒い目をしていた。
 トストは、それはそれは、食べるのに難儀したという。
執筆:蔭沢 菫

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