PandoraPartyProject

幕間

あーまでるこれくしょん

関連キャラクター:アーマデル・アル・アマル

茶釜、襲来。
アーマデルは身構えた。草カフェの倉庫に見慣れぬ茶釜がある。その上には埃が薄く積もっており、いかにも拭いてくれと言わんばかりだ。

(これは最近ウワサの茶釜を擦ったら魔人が出てくる的なやつだろう? 俺は詳しいんだ)

 問題は中にどんな奴が潜んでいるかという点だ。よく耳にするのは『願い事を3つ叶えてくれる魔人』だが、果たしてそんなメリット鬼盛り魔人だけが世に溢れているだろうか?
 否、そんな事実があるとしたら、世界はとっくに平和になっているだろう。

(透視で中身を確認したら何か分かるだろうか。いっそここは、酒蔵の聖女に頼んで中を覗き込んでもらうとか――)
(……ふふ、困ってる困ってる)

 茶釜に向かって恐る恐る手を伸ばそうとして引っ込めてを繰り返し、じりじり間合いを取るアーマデルは、さながら未知の物に警戒する黒猫のよう。
 本棚の影からこっそりと様子を伺う茶釜の持ち主も、これには思わずほっこり顔だ。

(無意味に困らせてはいけない事は分かっている。しかし、この悪戯を思いついた瞬間……可愛いアーマデルを見たいと、俺の中で原罪の呼び声が囁いたのだ。
――ちなみにマジで何の変哲もないただの茶釜だぞ☆)

 茶釜を警戒するアーマデルと、それを物陰から見守る弾正。この茶番は小一時間ほど続いたという――
執筆:芳董
褐色と錆色
(何だあれは?)
 幽霊の大きな叫び声を感じ取り、アーマデルは橋の下へ顔を向けた。
 ガチャガチャとせわしなく鳴る金属音。パイプの様な頭をした青年の霊が河原で慌てている。
 その原因は川にあった。猫が両手を振って溺れながらも、必死に足掻いているのだ。

『誰か! あの猫っちを助けてやってくれー!!』
「仕方ないな」

 えっ、と幽霊は驚いた。
 ここは練達、ありふれた人間種が平和に暮らす場所だ。返事がかえってくる事なんて全く予想していなかったのだろう。
 目を見開く彼の前でアーマデルはバッグを脱ぎ捨て、川へ飛び込み、溺れている猫を抱え上げる。

「…何だ。意外と浅いじゃないか」
『俺達の身長ならな。猫っちにとってはバリ深かったと思うぜ?』

 濡れた猫を川べりに離してやると、ぶるると水を跳ね飛ばされていっそう濡れ鼠になってしまう。アーマデルは眉を寄せながらも、服を乾かす間に金属頭の青年から色んな話をきいた。

 やりたい事があってまだ現世にいる事、自分の墓はあるが、今日はちょっと帰りにくい事。そういう事情で川辺を彷徨っていたら猫が溺れていた事――

(そういえば、弾正を尾行していたんだったな。花束を持って何処へ行くつもりだったんだろう)

『なぁ、猫のヒーロー君の名前は?』
「アーマデルだ」
『俺は順慶。宜しくぅ!』
執筆:芳董
冷めない熱を分け合って
 曇天の空が泣き出したのは、校舎を出て暫く後だ。
 外れた天気予報に悪態をつくサラリーマンの隣を横切り、アーマデルは傘もささずに歩いていた

(師兄と離別したあの日も、雨に降られていたな)

 往くべき処へ逝けたのだろうか。その答えを永遠に知る事はない。

『お前はもう助からない』

 運命の糸を振り払った瞬間の生々しい感覚は、今も身体に染み付いたままで、思い出す度に血の気が引く。

「アーマデル」

 ふっ、と大きな影がアーマデルの背中に落ち、黒い傘が天を覆った。声の主を見上げ、掠れた声で名前を呼ぶ。

「……弾、正…?」

 どうしてここに、と続ける前に足が地面から離れた。傘を肩にかけてバランスを取り、弾正はアーマデルをしっかりと抱え上げる。

「よっ、と。っ……前より重くなったな、アーマデル」
「服が雨を吸ったら、当然重いだろう」
「雨は差し引いてだ。派手な喧嘩をしたあの時より重く感じる」

 降りしきる雨の中、ずぶ濡れのアーマデルはいつもの顔で振り向いた。
 感情の起伏が少しずつ分かりやすくなっているものの、まだ表現力の拙い顔。
 その微かな表情を感覚で読み取り、弾正は彼に足りないものを――ひと肌の温もりを、濡れる事を厭わず分け与える。

「嬉しい重みだ、一緒に過ごして成長した分だからな」
「成長期の子供とは違うんだぞ」
「子ども扱いしてる訳じゃない。素直に受け取れ」

 口角を下げたアーマデルの額に、こつんと弾正の額が重なる。
 じんわりと伝わる温もり。間近に見える恋人の顔に、不思議と心の奥底から温かさが広がって、アーマデルは目を細めた。

「……弾正、ひとつ頼まれてくれるだろうか」
「何だ改まって。悪いが、家まで降ろす気はないぞ」
「そこはもう諦めてる。……大雨の日に、2人で楽しい思い出を作りたい」

 願いを口にした後、追及から逃れる様に胸板に顔を埋める。
 雨の匂いに混じって、弾正のYシャツからは|柔軟剤《スズラン》の甘い香りがした。


――数日後。

「それで、思い出作りに大雨の異世界に行きたがったのは納得がいったけどさ……これデートじゃなくない!?」

 傘をさし、心からの叫びをあげた蒼矢を、ずぶ濡れになりながら魔物を抜群のコンビネーションで倒し続けていたアーマデルと弾正は不思議そうに見つめた。

「最近死線を潜ってばかりだったから、これぐらいの難易度の敵と戦った方が違いの成長を体感できていいデートだと思ったんだが」
「僕の描いてる弾アマ本はもっと甘いデートするから! 公式が解釈違いだよ!」
「そうか、蒼矢殿の作品のデートをなぞれば、普通のデートとやららしく……」
「その前に薄い本を出されてる事にツッコまなくていいのか?」
執筆:芳董
謎だらけの会場からの脱出
「ついにこの日が来てしまったな、弾正」
「嗚呼」

 緊張した面持ちで頷き合うアーマデルと弾正。二人が訪れているのは『シビア脱出ゲーム 電気街店』。巷で噂の「謎」を提供するお店だ。

「そろそろ始まる時間だ。ほら、壇上に司会が……」
 案内されたテーブルの前でソワソワしていた弾正が顔を上げ、明後日の方向へ目を逸らす。壇上に立っているのがとても見知った顔だから。
「どうしてイシュミルが司会なんだ?」
「他人のそら似という事もあると思うが」
『さて、これから皆さんには様々な謎や暗号を解き明かし、制限時間60分以内にこの会場から脱出してもらうよ。
 失敗した場合は、会場ごとゲーミングに爆発するから命がけのつもりで頑張ってね』
「どう聞いてもイシュミルだろうアレは」
『そんな訳で、シビア脱出ゲーム・スタートだよ』

 ツッコミたいが1秒でも時間が惜しい。小謎の書かれた紙を手分けして解読し、導き出された答えでクロスワードを埋めていく。

「弾正、小型のライトを貰ったぞ」
「……ほう。これはブラックライトだな。会場の中をこれで照らせば、暗号が現れるというギミックだ」
「なるほど。使い方は分かったが、弾正はどうして俺のお腹ばかりライトで照らすんだ?」
「小謎Dの答えは『蛇』だな」
「今ので答えが見えたのか?!」

 試しにぺかーってお腹を照らしてみるアーマデル。確かに浮かび上がる光る文字。
(くっ……手のかかる事を……!)

 埋めたクロスワードの一行を読むと目的地の場所が分かり、次の謎を手渡されて再びテーブルで謎を解く。鍵のかかった宝箱に、歪なパズル。凝ったギミックが謎解き終盤である事を告げる。

『残り10分。最終問題のカードに答えを書いたら、提出BOXへ出してね』

 イシュミルがステージに黒い箱を置いた瞬間、どっと人が群がりカードを入れていく。

「くっ、間に合え……!」

 アーマデルが黒い箱へ投函した瞬間、終了のブザーが響いた。場が暗転し、解説パートが始まる。
『……という訳で今回のシビア脱出ゲームは最終回答のカードに『白猫』と書いて提出BOXに出した人が脱出成功』
「よし、合っていたぞ! これで成こ――」
『で す が』
「「えっ」」
『本当にそれで良かったのかな?』

 優雅な微笑みと共に、イシュミルが壇上の黒い箱を掲げる。
『私が提示した脱出成功の条件は、カードを"提出BOXへ出す"事だけど……この箱が提出BOXだとは、一言も説明していないよ?』
「「あっ」」
『本物の提出BOXは会場の入口に、ゲームが始まる前から置かれてたよ。よくある引っかけだよね』

 ぽちっ。ちゅどーん!!

「ばっ、爆発オチは最低だーー!!」
執筆:芳董
傷跡
「だ、弾正……」

 アーマデルは狼狽えながら目の前に立つ男を見上げた。包帯だらけの身体を隠す様に、街灯の灯りの下から抜け出そうと後ずさる。
 ぐるぐると頭の中で廻る思考。なんで、どうして。――重症を負っただなんて、ただの一言も伝えていないのに。

「もしかして、イシュミルから聞いたのか?」
「逆だ、逆。アーマデルの情報が何も入ってこないし、連絡をしても返事がないしで『何かあった』と察しただけだ」

 距離を離そうとした分つめ寄られ、金の双眸が赤の双眸とかち合う。アーマデルは感情をあまり顔に出さない。出せない、というのが本当のところだが、それでも付き合いが長くなると感情を探る手立ては増える。彼の声音から心の機敏を読み取って、弾正は少し困った様に眉を寄せた。

「どうして距離を置こうとするんだ? 俺も君も闇に生きる者同士、明日を生きる事すら奇跡だと覚悟ぐらいはしている」
「それは、俺も……だが」

 アーマデルの右腕が脇腹を庇うような仕草をした事を、弾正は見逃さなかった。腕を掴み、その下に見える包帯に滲む血を見て目を見開く。

「アーマデル、その怪我は……!」
「そうだ。大喧嘩をして平蜘蛛にぶち抜かれた事があっただろう。あの傷の上から――」
「血が滲んでいるじゃないか、新しい包帯に変えないと!」
「弾正? ちょっと待ってくれ、おい……!」

 教義と友情の狭間に揺れた感情をぶちまけて殺し合ったあの日から、もう一年が経つ。
 本音で語り合えたから、今こうして親密な仲になれていると理解しているからこそ、特別な傷だった。忘れたくない傷だった。
……少なくとも自分はそう思っているのに、自分を抱き上げて慌てるばかりの弾正は、そうでは無さそうだ。

「怒らないのか?」
「傷は戦士の勲章だ。怒る理由がない。それに――」

 ふいに重なる唇が、意識を全て持っていく。

「傷よりも深く、アーマデルの心に残る術を知っているからな」
「弾正……そういう台詞は、顔を見て話せ」
「い、いいからイシュミル殿の所へ行くぞ」
執筆:芳董

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