PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

薄い本が厚くなったりならなかったり

関連キャラクター:杜里 ちぐさ

メメント・モリに祝福を

 その日、ちぐさは境界図書館を訪れていた。
 目的はライブノベルの世界でたびたび境界案内人と衝突していた男――グリム・リーパーとの面会だ。

 ちぐさを含む特異運命座標の活躍により、敵対を続けていた彼は捕縛され、境界図書館へと連れて来られた。
 あれから数日経ったものの、彼は境界案内人たちの質問をのらりくらりと躱してしまい、上手く情報を引き出せないらしい。

 なぜ物語の登場人物を狂わせていたか、なぜ『自分が正しい』と自分自身に強く言い聞かせていたのか。

(ここにショウが来れない分、僕がグリムからしっかり情報を聞き出してやるのにゃ!)

 何より自分は、神郷三人組のお兄ちゃんだ。困っているなら力になりたい。
 そう決意を固め、グリムが軟禁されているというロベリアの地下牢へ向かったちぐさだが――


「それで、君に話す事で私はどんなメリットを得られるのかな」
「そ、それは……境界案内人の皆に事情を話して、今より待遇を良くしてあげる事ができるかもしれないのにゃ」
「興味ないなぁ」
「そこを何とか! ちょっとだけでもいいから、グリムの事を教えて欲しいのにゃ!」
「私は君の敵だ。迂闊に口を滑らせるとでも?」

 鉄壁の要塞。難攻不落。そんな絶望的な文字が頭をよぎる。
(あ、相手のペースにのまれちゃったらダメにゃ!)
 ぷるぷると首を左右に振り、ちぐさは弱い気持ちを振り払った。うーんうーんと腕を組んで考えるが、相手はそもそも逃げ上手で前回までほとんど尻尾が掴めなかったような相手だ。あれも違うこれも駄目だと考えるうちに、だんだんと猫耳がしょげていく。

「不可解だな。なぜ君達は私を軟禁したまま尋問だけで済ませている? 本当に知りたければ拷問にかければいいじゃないか」
「そんな事、ぜったいしないにゃ! ……グリムがやった事は、人を悲しませるいけない事にゃ。でも、ただ否定するだけじゃ何も解決しないにゃ」

 物事にはきっと理由がある。グリムが物語の住人へ歪んだ力を与えていた事にも、何か事情がある筈だ。
 それを相手と同じように、苦しめる方法で引き出しても意味がない。別の解決方法があるはずだと、ちぐさは強く信じていた。
 彼の根元にある力強い意志を感じ、グリムは様子を見ているのか煽るような言葉を止める。

 二人の間に、暫しの静寂が訪れ――やがて、口を開いたのはちぐさの方だった。

「……プレゼントにゃ」
「何?」
「僕、今日はお誕生日なのにゃ! グリム、お誕生日プレゼントちょうだいにゃ!」

 牢獄の鉄柵に向けて、両手を向けるちぐさ。正攻法な頼み方じゃ、彼は口を割りそうにない。ちぐさなりの精一杯の無茶振りに、グリムは――

「……ふ、……そう。そうなのか、君、今日が誕生日なのか」
「そうにゃ!」
「ははは! いや失礼、あまりにも斜め上の飛び道具だったから、は……はぁ、やばい。お腹苦しい」

 暗がりでぷるぷると身を震わせるグリムを見て、ぱっとちぐさの目が輝く。

「グリム、やっと笑ってくれたのにゃ!」
「笑いもするさ。まさか、死神に誕生日プレゼントをせがむ生者がいるなんてね」

 ようやく笑いのツボから抜け出したのか、グリムは一息ついた後、少し残念そうな声でつぶやいた。

「困ったな。私は君達が憎むべき敵でなければいけないのに」
「どうしてにゃ? 僕はグリムと仲良くなりたいにゃ」
「それは君が、死神の本質を理解していないからだよ。私を好くという事は、死を受け入れるという事だ」

――死。

 猫叉として生きていく中で、どうしても避けられない別れの瞬間。パパもママも坊ちゃんも、今でも大好きだ。
 なのに一緒にいられないのは、死神が連れ去ってしまったから?

「……っ、僕は…」

 上手く言葉が出てこない。
 青ざめて一歩あとずさったちぐさに、グリムは何か思い出した様に言葉を重ねた。

「ところで、君の後ろでコソコソしている境界案内人たちは君に用があって此処へ来たんじゃない?」

 ぎくり。ちぐさが地下牢の出入り口にある階段の方を見やると、壁際で肩を飛び跳ねさせる三つの影。

「蒼矢、赤斗、それに黄沙羅にゃ?!」
「僕達、ロベリアから『ちぐさが一人でグリムに会いに行った』って聞いて!」
「何だって折角の祝いの日に、んな奴に真っ先に会いに行く事ぁねェだろう」
「赤斗の言う通りだよ、ちぐさ。せっかく色々と準備をして……いや、これは秘密だった」

 うっかり口を滑らせた黄沙羅に蒼矢と赤斗の視線が刺さる。状況をのみこめずに目をぱちくりさせるちぐさだったが、その手を引いて地下牢から出て行こうと促す境界案内人たち。その手を振り払う事もできず、ちぐさはグリムの方をちらと振り向く。
 暗がりの中、拙い蝋燭の明かりに照らされた彼の口元は――少し、楽しそうに緩んでいるような気がした。


「「ハッピーバースデー、ちぐさ!!」」
 カラフルなクラッカーが音を立てて紙吹雪が舞い、『ちぐさお兄ちゃんを祝う会』の垂れ幕の下にはケーキやクッキー、美味しそうな食べ物が並んでいる。境界図書館の小さな会議室に用意されたパーティー会場には、神郷たちの他にロベリアの姿も見えた。

「これ、僕のために用意してくれたのにゃ?」
「当然! 家族の生まれた大切な日なんだからさ、盛大に祝わなきゃでしょ!」

 蒼矢が満面の笑みで、お祝いの主役である証に信号機カラーのロゼットをちぐさの胸につける。

「混沌での冒険は、命がけの物ばっかりかもしれない。だけどピンチになった時、思い出して欲しいんだ。
 ちぐさにはいつでも、味方になってくれる家族がいっぱいいるって! 今日からの新しい一年が、素敵なものになりますように!」

 メメント・モリ。人に訪れる死を忘ることなかれ。されど決して、今を楽しむ事も忘れるな。
 食べ、飲め、そして陽気になろう。気ままに大地を踏み鳴らそう。

 それが、今を生きているという事だから。
執筆:芳董

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