PandoraPartyProject

幕間

薄い本が厚くなったりならなかったり

関連キャラクター:杜里 ちぐさ

さーびすからのえすけーぷ

 もっと早くに気づいてもよかった事だが、ちぐさはひとつ大事な事を学習した。
 蒼矢の依頼を受けると、なんだかよく分からない被害を受けやすいという事に――
「ひ、ひどい目にあったのにゃ……」
 ライブノベルから境界図書館に戻れば何もかも元通りになりはするが、体験した未知の感覚からは未だに抜しきれない。

「いやぁ、ごめんね。僕の調査が中途半端で……。まさか『お菓子の国』の世界なんてメルヘンな場所に、狂暴なショートケーキの魔物が住んでるなんて!」
「本当にゃ。うぅ、まだ身体がベタベタしてる気がするにゃ……」
「現地の人達から喜ばれたから、そこは結果オーライっていう事で!」

 だめかな? としょんぼりした蒼矢の顔を見ると、ちぐさはもつられてしゅんとしてしまう。こうなるとつい、大丈夫だと言ってしまうのだが……今回は違うぞとキリッとする。
(そろそろガツンと言わなきゃダメな気がするにゃ。でも今回のは、一概に蒼矢のせいじゃないにゃ……)

「僕は駄目な境界案内人だ……」
「そんな事ないにゃ! 怪我もしてないし結果オーライにゃ!!」
「……! うん。ありがとう、ちぐさ!」
(あぁぁ! また許しちゃったにゃ!?)

 心の中で頭を抱えるちぐさ。その内心を知ってか知らずか、調子を取り戻した蒼矢は新たな本を懐から取り出す。

「明日のお仕事はきっと大丈夫! 海中の世界でカクレクマノミっていうお魚の散歩をする依頼だよ。
 海中散歩で気分転換できるし、ほのぼのできる事間違いなしだ!」
「それなら確かに大丈夫そうだにゃ!」


 ぐちゅっ。にち、にちっ……。

「うにゃあぁぁあぁん……」
「ちぐさー! だ、大丈夫かい!?」

 巨大なイソギンチャクの魔物がちぐさの身体を絡め取る。麻痺毒でしびしびと身体が痺れる感覚に震えながら、ちぐさは脱力した。

「だいじょばないにゃ……なんかすっごくぴりぴりするろりゃ……」
「呂律が回ってないよね!? 待ってて、すぐ……すぐ助けるから!」

 そう話す蒼矢の手にはペンとメモ。『ネタ帳』と書かれたそれにゴリゴリと凄い勢いでメモを取りながら蒼矢は何度もイソギンチャクに絡まるちぐさと、メモの内容を見比べ目を輝かせている。

「ほんろにたすける気あるりゃ?」
「うん! でもほら、境界案内人として異世界で起きた事象の報告はしないといけないから、もうちょっとだけ待ってて。その毒、殺傷能力は無いらしいから!」

 ちぐさはその時、気付けない。明らかに"あらかじめ魔物を調べたから"そんな事が言えるのだと――

(よし決めた! 冬の新刊は魔ちぐ本で、クリスマスプレゼントの箱に擬態した触手モンスターとちぐさのネタで決まりだね!)
執筆:芳董
グラオ・クローネの災にゃん!?

「あっちからも、こっちからも、いい匂いがするにゃ~!」

 グラオ・クローネは無辜なる混沌だけに留まらず、お祭り好きな境界案内人たちの間にも浸透しつつある。
 チョコレートの美味しそうな匂いにつられて、ちぐさがふらふら館内を歩いているとーー

「あら。迷子かしら? 可愛い子猫さん」

 呼び止めた長耳の女性は、聖女の衣を黒染めにし、足をベルトで拘束したミステリアスな雰囲気の女性だった。
 名はロベリア・カーネイジ。どうやら彼女も境界案内人らしい。

「蒼矢を探してるにゃ。呼び出されたけど、待ち合わせ場所を教えてくれなかったのにゃ」
「信号機トリオの青いのね。彼の居場所に連れて行ってあげてもいいわ」
「本当にゃ? ロベリア親切なのにゃ!」
「蒼矢と赤斗は私の同期だから、腐れ縁みたいな物なのよね。……そうだ。その代わりにお願いがあるのだけれど」

 そう言って彼女は何処からか小皿を取り出した。上にのっているのはハート型のプラリネチョコで、とても食欲を誘う甘い香りを漂わせている。

「試作品なのだけど、誰も食べてくれなくて。ちぐさは私の手作り、食べてくれる?」
「いただきますにゃ!」

 口に入れればとろりと甘く、ナッツの香りが鼻を抜ける。美味しいとちぐさが味の感想を告げると、ロベリアは目を細めて「そう」とだけ言った。

――彼は知らない。ロベリアが毎年、グラオ・クローネのたびに、とびきり怪しいチョコ作りに精を出している事を。

(ちぐさの可愛さと私の『惚れられ薬』入りチョコ。いったいどんなトラブルが起きるかしら? ふふふ、今日は楽しい日になりそう!)


 チリンチリンとドアベルの音が店内に響き渡る。ここは蒼矢と赤斗が異世界で経営しているカフェ&バー『Intersection』。
 カウンターの中に立っている赤斗はバーテンダーの制服姿で、汚れひとつ無い様にとグラスを綺麗に磨いているところであった。

「お客さん、まだ閉店中……、ちぐさか?」
「確かに表の看板、Closeだったにゃ。出直した方がいいにゃ?」

 お邪魔だったかと、しんなり耳を垂らして謝るちぐさ。その姿を目にした瞬間――

 ズキューン!!

(ッ…! 何だ、心臓がバクバクする……。何でちぐさはいつも生足が綺麗なんだ? あぁっ、この猫又……すけべすぎる!!)

「待ってくれ、ちぐさ。帰るのだって大変だろう? 折角だから店でゆっくりして行くといい」
「本当にゃ? 蒼矢がここにいるって聞いてきたのにゃ。もしかして休憩中かにゃ?」
「アイツなら買い出しに行ってるぞ。グラオ・クローネ近くになるとカフェタイムがやたら混むからな。『待ち合わせに間に合わない』とか言って焦ってたぜぇ」

 カウンター席にうながされるままに座ったちぐさへ、赤斗は馴れた手つきでホットミルクを出す。添えられたのは銀の包装紙でくるまれたアーモンドのチョコレートだ。

「食べていいのにゃ?」
「勿論だ。……悪いな、出来合いのチョコしかなくて。俺は蒼矢ほど料理が得意って訳じゃねぇから」
「気持ちが一番嬉しいから大丈夫にゃ! 今日はいっぱいチョコが食べられて嬉しいのにゃ」

 外気で冷えていた身体が温まり、ほっと一息つくちぐさ。その様子をぼーっと惚けた様子で眺めていた赤斗だったが、抱えていた想いを抑えきれず、ごくりと唾をのむ。

「なぁ、ちぐさ。蒼矢なんか放っといて俺と来いよ」
「にゃ?」
「『ねこまた教』の衣装を作ったあの日から、ずっとちぐさに着て欲しい服を作り貯めていて――」
「何それ初耳すぎるにゃ!?」
「今夜は二人だけのファッションショーを楽しもう」
「赤斗なんかハァハァ言ってるにゃ、目を覚ますにゃ!」

 普段まともな者ほどタガが外れた時の行動力が恐ろしい。怯えるちぐさを前に、右手に軍服風アイドル服、左手に燃え袖白衣を持ってにじり寄る赤斗。

「ちょっと待ったー!!」

 脱がされると身を強張らせた瞬間、店の入口からエコバッグを両手にさげた蒼矢が二人の間へ割って入る。

「ちぐさには、これから僕がグラオ・クローネのお祝いにいっぱいケーキを食べさせてあげるんだから!」
「蒼矢……」
「カフェの明日の営業とかもうどうでもいいから、お店のスイーツ全部ちぐさに食べてもらうんだっ!」
「いや待つにゃ、そこまで食べるつもりはないにゃ!?」

 こちらに振り向き熱視線を向けてくる蒼矢。こいつも何だか様子がおかしい。

「ちぐさ、僕と一緒に甘い時間を過ごそうね?」
「どっちを選ぶんだちぐさ、もちろん俺だよな?」

 大人二人に迫られ今度こそピンチーーと思いきや、開けっ放しになった入口から、どうっと茶色い濁流が押し寄せて蒼矢と赤斗を押し流す。うぞうぞもぞもぞ。蠢くそれはどう見てもチョコで出来たスライムだ。

「ちぐさ、グラオ・クローネの贈り物だよ。受け取ってくれるね?」
「黄沙羅がこのスライム連れてきたのにゃ? 蒼矢と赤斗がめっちゃ襲われてるにゃ……怖すぎるにゃ」
「チョコレートを味わいつつ経験値も稼げたら、効率がいいと思ったんだ」
「どうしてそこに効率求めちゃったのにゃー!?」

 その後お店は大混乱。ちぐさを中心にスライムの討伐にあたり、なんやかんやで落ち着く頃にはロベリアの薬の効果も切れて、事態は収束したのであった。
……めでたしめでたし?

「全然めでたくないにゃ!」
執筆:芳董
メメント・モリに祝福を

 その日、ちぐさは境界図書館を訪れていた。
 目的はライブノベルの世界でたびたび境界案内人と衝突していた男――グリム・リーパーとの面会だ。

 ちぐさを含む特異運命座標の活躍により、敵対を続けていた彼は捕縛され、境界図書館へと連れて来られた。
 あれから数日経ったものの、彼は境界案内人たちの質問をのらりくらりと躱してしまい、上手く情報を引き出せないらしい。

 なぜ物語の登場人物を狂わせていたか、なぜ『自分が正しい』と自分自身に強く言い聞かせていたのか。

(ここにショウが来れない分、僕がグリムからしっかり情報を聞き出してやるのにゃ!)

 何より自分は、神郷三人組のお兄ちゃんだ。困っているなら力になりたい。
 そう決意を固め、グリムが軟禁されているというロベリアの地下牢へ向かったちぐさだが――


「それで、君に話す事で私はどんなメリットを得られるのかな」
「そ、それは……境界案内人の皆に事情を話して、今より待遇を良くしてあげる事ができるかもしれないのにゃ」
「興味ないなぁ」
「そこを何とか! ちょっとだけでもいいから、グリムの事を教えて欲しいのにゃ!」
「私は君の敵だ。迂闊に口を滑らせるとでも?」

 鉄壁の要塞。難攻不落。そんな絶望的な文字が頭をよぎる。
(あ、相手のペースにのまれちゃったらダメにゃ!)
 ぷるぷると首を左右に振り、ちぐさは弱い気持ちを振り払った。うーんうーんと腕を組んで考えるが、相手はそもそも逃げ上手で前回までほとんど尻尾が掴めなかったような相手だ。あれも違うこれも駄目だと考えるうちに、だんだんと猫耳がしょげていく。

「不可解だな。なぜ君達は私を軟禁したまま尋問だけで済ませている? 本当に知りたければ拷問にかければいいじゃないか」
「そんな事、ぜったいしないにゃ! ……グリムがやった事は、人を悲しませるいけない事にゃ。でも、ただ否定するだけじゃ何も解決しないにゃ」

 物事にはきっと理由がある。グリムが物語の住人へ歪んだ力を与えていた事にも、何か事情がある筈だ。
 それを相手と同じように、苦しめる方法で引き出しても意味がない。別の解決方法があるはずだと、ちぐさは強く信じていた。
 彼の根元にある力強い意志を感じ、グリムは様子を見ているのか煽るような言葉を止める。

 二人の間に、暫しの静寂が訪れ――やがて、口を開いたのはちぐさの方だった。

「……プレゼントにゃ」
「何?」
「僕、今日はお誕生日なのにゃ! グリム、お誕生日プレゼントちょうだいにゃ!」

 牢獄の鉄柵に向けて、両手を向けるちぐさ。正攻法な頼み方じゃ、彼は口を割りそうにない。ちぐさなりの精一杯の無茶振りに、グリムは――

「……ふ、……そう。そうなのか、君、今日が誕生日なのか」
「そうにゃ!」
「ははは! いや失礼、あまりにも斜め上の飛び道具だったから、は……はぁ、やばい。お腹苦しい」

 暗がりでぷるぷると身を震わせるグリムを見て、ぱっとちぐさの目が輝く。

「グリム、やっと笑ってくれたのにゃ!」
「笑いもするさ。まさか、死神に誕生日プレゼントをせがむ生者がいるなんてね」

 ようやく笑いのツボから抜け出したのか、グリムは一息ついた後、少し残念そうな声でつぶやいた。

「困ったな。私は君達が憎むべき敵でなければいけないのに」
「どうしてにゃ? 僕はグリムと仲良くなりたいにゃ」
「それは君が、死神の本質を理解していないからだよ。私を好くという事は、死を受け入れるという事だ」

――死。

 猫叉として生きていく中で、どうしても避けられない別れの瞬間。パパもママも坊ちゃんも、今でも大好きだ。
 なのに一緒にいられないのは、死神が連れ去ってしまったから?

「……っ、僕は…」

 上手く言葉が出てこない。
 青ざめて一歩あとずさったちぐさに、グリムは何か思い出した様に言葉を重ねた。

「ところで、君の後ろでコソコソしている境界案内人たちは君に用があって此処へ来たんじゃない?」

 ぎくり。ちぐさが地下牢の出入り口にある階段の方を見やると、壁際で肩を飛び跳ねさせる三つの影。

「蒼矢、赤斗、それに黄沙羅にゃ?!」
「僕達、ロベリアから『ちぐさが一人でグリムに会いに行った』って聞いて!」
「何だって折角の祝いの日に、んな奴に真っ先に会いに行く事ぁねェだろう」
「赤斗の言う通りだよ、ちぐさ。せっかく色々と準備をして……いや、これは秘密だった」

 うっかり口を滑らせた黄沙羅に蒼矢と赤斗の視線が刺さる。状況をのみこめずに目をぱちくりさせるちぐさだったが、その手を引いて地下牢から出て行こうと促す境界案内人たち。その手を振り払う事もできず、ちぐさはグリムの方をちらと振り向く。
 暗がりの中、拙い蝋燭の明かりに照らされた彼の口元は――少し、楽しそうに緩んでいるような気がした。


「「ハッピーバースデー、ちぐさ!!」」
 カラフルなクラッカーが音を立てて紙吹雪が舞い、『ちぐさお兄ちゃんを祝う会』の垂れ幕の下にはケーキやクッキー、美味しそうな食べ物が並んでいる。境界図書館の小さな会議室に用意されたパーティー会場には、神郷たちの他にロベリアの姿も見えた。

「これ、僕のために用意してくれたのにゃ?」
「当然! 家族の生まれた大切な日なんだからさ、盛大に祝わなきゃでしょ!」

 蒼矢が満面の笑みで、お祝いの主役である証に信号機カラーのロゼットをちぐさの胸につける。

「混沌での冒険は、命がけの物ばっかりかもしれない。だけどピンチになった時、思い出して欲しいんだ。
 ちぐさにはいつでも、味方になってくれる家族がいっぱいいるって! 今日からの新しい一年が、素敵なものになりますように!」

 メメント・モリ。人に訪れる死を忘ることなかれ。されど決して、今を楽しむ事も忘れるな。
 食べ、飲め、そして陽気になろう。気ままに大地を踏み鳴らそう。

 それが、今を生きているという事だから。
執筆:芳董
くろねこきねんび
⚫︎
 ちぐさは鏡の前で尻尾の毛を逆立てた。
 映り込んだ自分の毛並みは、烏の濡れ羽の様に真っ黒だ。ゆっくりと視線を落として自分で尻尾を見下ろしてみる。こちらも毛並みが真っ黒だ。夢じゃない。
「あら。思っていたより綺麗に染まったわね」
 慌てるちぐさの背中に投げかけられたのは、のんびりとしたロベリアの声だった。
「犯人はロベリアにゃ?」
「あら、自業自得だと思うわぁ。昨日そこにあったキャンディを舐めたでしょう?」
 今は空になっているテーブル上の皿が指し示される。覚えは…あった。昨日ライブノベルで仕事を終えた後、休憩の時に蒼矢がお茶と一緒に勧めてくれたやつだ。

『なんか不思議な味する飴にゃ。黒豆でもコーラでもないにゃ』
『名状しがたい不思議な味だよねぇ。誰が置いたんだコレ』

 冷静に記憶を振り返ると、確かに蒼矢が用意したにしては何も知らない風だった。

 拾い食い、ダメ絶対!

「はっ! 蒼矢はどうなっちゃったのニャ?一緒に飴たべちゃったニャ」
「やあ、ちぐさ。今日も依頼を受けに来てくれたのかい?」

 顎の無精髭をさすりながら本棚が並ぶ廊下から現れたのは、黒フードのローブを纏う黒髪の中年男性だ。

「ショウが図書館にいるにゃ?! あれ、でもちょっと違うにゃ」
「ははは。僕だよ、蒼矢だよ」

 彼曰く、朝起きたら髪が黒く染まっていたので服装を変えてみたとの事だ。

「アクセサリーにも拘ったんだ。この指輪は毒無効の効果があって、このネックレスは…」

 人って黒く染まると装備マニアになるんだニャとちぐさは聞き馴染みのあるフレーズに糸目になる。

「ほら、お兄ちゃん」
「?」

 ぽふ、と頭を撫でて抱き寄せられ、ちぐさは目を見開いた。

「今日は黒猫記念日だからね。どの異世界でもきっと主役になれる」

 行こう、と誘う蒼矢の骨ばった男らしい掌は太陽の様に温かい。どんなに姿が変わっても、どんなトラブルに巻き込まれても、家族だからとついつい許してしまうのは彼の為にならないだろうか?

「仕方ないにゃ。蒼矢が好きな世界を選んでいいにゃ。僕は蒼矢のお兄ちゃんだからにゃ!」

 手を繋いで笑い合い、二人は本の世界へ潜っていった。
執筆:芳董

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