幕間
Trick and tricks!
Trick and tricks!
揶揄い好きな悪霊とイレギュラーズ達のお話。
関連キャラクター:クウハ
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- 魔と霊。上と下。
- 優雅な所作で紅茶を運びながら男は話始める。
「君のいた場所ではどうだったか知らないけど、俺のいた場所では霊と魔は天と地ほどの差があるのぉ♡
分かりやすくいえば、貴族と庶民くらいの差がねぇ?そんな中でも俺は所謂王族と言われる立場。そんな俺を君らと同等に語るだなんて、いい度胸をしているね、クウハ?」
ズシリと空気が重くなる。目の前の男―クインはいつも通りの笑みを浮かべているのにまるで処刑台に立たされたような気分になる。
やってしまったとクウハは思った。いつもいつも会う度に弄られ揶揄われているのでちょっとした仕返しだったのだ。
『あんたって色欲の悪魔って言うけど結局は色情霊と大差ないんじゃねぇの』
そう、ケラケラ笑って言ってやったのだ。だって目の前の悪魔はなんだかんだ揶揄ってばかりで悪魔らしいところだなんて一つも見せた事はないのだ。揶揄うために悪魔なのだと姿を見せたくらいで。だから、
(だから、これくらいの事なら笑って許してくれるかなって!ネタにできるかなってそう思っただけなのに……!)
「この世界での逢瀬で良かったね、クウハ。 俺の世界でお前が俺にそんな事を言いだそうものなら、俺のありとあらゆる権能を使ってお前を色欲の牢獄に閉じ込めているところだったよ」
静かにけれども重い殺意が紡ぎ出された言葉に乗せられている。ゴクリ、とクウハの喉が鳴った時。
「なぁんてねぇ♡ クウハは俺のお気に入りだしそんな事するわけないじゃない?怖かったかなぁ?怖かったなら、もう二度と馬鹿なことは口にしないようにねぇ♡」
いつもの笑み、それでも瞳は笑っておらずまるで捕食者のようにクウハを鋭く睨みつけていてクウハはこくこくと首を縦に振る事しかできなかった。
(あ、悪魔ってろくでもね~~)
やっぱこういうのには関わらない方がいいと改めてクウハは思ったのだった。
けれどもその翌日、またクインに突撃される羽目になる事をクウハはまだ知らない。 - 執筆:紫獄
- 月灯りのステージ
- 月の輝く晩だった。
青白い光がちらちらと落ちるその場所は、深い森の奥深く。ほんの少し開けたその場所は、今だけはステージのようだった。
一曲どうだィ?
クウハの囁くような一言に、千代は頬を赤く染める。クウハの仕草がどこか恭しく見えて、物語の王子様を思い起こさせた。真っすぐな瞳が、千代を見据えている。
「あ、えっと」
差し出された手を取るか取るまいか。顔を赤くしたり隠したり、慌てふためいている千代に、クウハはいつもの笑みを見せるのだ。
「ハハ、冗談さァ」
からからと声をあげて笑うクウハと、羞恥で騒ぎだす千代で、そのステージは彩られたという。
- 執筆:椿叶
- その口癖は。
- 「クウハさんって、独りでいるか、野良の霊魂を従えてそうなイメージでした。」
それはいつ何をしているときだったろうか。ある時ふと水月からかけられた言葉だった。
「あん?」
どういう意味だ? と続けようとする口を、思考が止める。あぁ、なるほど。あの主人のことか、と。
「俺様が誰ソレの眷属になるのが以外だったか? ワルい人外オトモダチが他人のモノになって、寂しくなっちまったか? ン?」
からかい半分に肩を組み、ウリウリとみぞおちあたりに拳をおしつけてやる。
けれど、なよっちぃ妖怪君は、その時ばかりはいつもの気弱な弄られ反応ではなくて。
「い、いえ。ただ、よかったなって。誰かとの繋がりって、すごく……温かいものだから。」
穏やかに笑うその表情はとても安らいでいて。
思わず、肩にまわしていた手を緩め、そのまま頭に手を置いてやった。
「……? えっと……?」
いつもならばワシワシと髪をグシャグシャにされそうなものだが、思いのほか優しく、ポンポンと撫でられるその状況に困惑しながら水月が見返した彼の表情は、果たしてどんなものだったのか。
「オマエさんも大概、いい子だな。」
ただ、彼のその言葉は、どこか皮肉めいているようで、それでいて、以前の彼の言葉ではないような、まるで誰かの口癖だったような、そんな気がした。
(お互い、妖怪と悪霊、人に仇なすワルのはずなのによ。)
……つーか、今こいつ惚気やがったか? - 執筆:ユキ
- シャッターチャンス!
- 「クウハさん。写真の撮り方は、ご存知ですか」
ギルドでくつろいでいたクウハに対し、ハンナは両手で生真面目に、aPhone<アデプト・フォン>を差し出した。飾り気のない外観とロック画面は、おそらくローレットから支給された物だからだろう。
「おーおー、オマエさんが俺を頼ってくれるなんて嬉しいねェ」
ニカリと口角を上げる彼に、ハンナはぴんと来ない様子で首を傾げる。
「はあ。……依頼で、証拠写真を撮ってくるように言われたんです。しかし、使い方が分からなくて」
aPhoneを受け取ったクウハは、早速いろいろな場所をいじりだす。
尤も、それには最低限の機能以外は備え付けられていなかった。やはり支給品のようだ。この確認作業はaPhoneの性能を確かめるためであって、あわよくばハンナの趣味嗜好を探ろうとしたわけではない――はずである。きっと。
「どうでしょうか?」
「大丈夫だ、難しいことじゃねェよ。このカメラっていうのを触ってから、下の丸を押せばいいだけだ。――ほら、こんな風にな!」
「ひゃっ!?」
不意打ちじみた撮影は無事成功し、つんとした表情の写真が一枚と、突然の光と異音に驚いた写真が一枚、アルバムに収まる。
あわあわとした驚き顔は、冷静沈着たろうとする彼女からはあまり引き出せないものだ。普段は伏し目がちの瞳はぱっちりと見開かれ、固く引き結ばれていた唇は無防備に綻んでいる。これにはクウハもご満悦である。
「一体何をして……また撮りましたね?」
「いや、今のはインカメで自撮りした」
「インカメ? 自撮り?」
意気揚々とクウハが見せたaPhoneには、ウインクを決める彼の姿が映っていた。周りには光の玉が浮かんでいる気がするし、空間が奇妙にねじれている気もする。
立派な心霊写真を見せられたハンナは、思わずこめかみを押さえた。
「教えてくださったことにはとても感謝しています。ですが、写真は消してください」
「こんなに可愛く撮れてるのに?」
「依頼人の方にこれを渡してどうするんですか」
「……そりゃそーだな」
人を揶揄うことを好むクウハとて、自分のせいでハンナが怒られてしまうのは望むところではない。
写真を消す方法も教えながら、まずは自撮り写真を削除して……それでも、ハンナの写真を消すのは、無性にもったいない気がしてしまうクウハであった。 - 執筆:梢
- シャンデリアトラップ。或いは、誰も知らない古城の一幕…。
- ●ある夜、ある洋館
夜の闇を、知った顔が駆けていた。
フード付きのマントを羽織り、顔を隠した男の名前はアーマデル。アーマデル・アル・アマルでは無かっただろうか。
人気のない夜闇の中、蛇か何かのように音もなく走る彼の姿を目にして、クウハはにぃと口角をあげた。
アーマデルが向かった先は、丘の上の洋館だ。
街も、城も、人が住まなくなって久しいはずではあるが、果たしてアーマデルはこんな時間、こんな場所に何の用事があるというのか。
「まぁ、何でもいいやなァ」
呵々と笑って、クウハはするりと虚空を滑る。
「待ってなァ。その澄まし顔、すぐに崩してやるからよォ」
ぴちょん、と。
水の滴る音がした。
黴と埃の匂いが漂う廃城の一室。
燭台の明かりに照らされた床に、じわりと赤が広がった。
「供回りも無し、抵抗も無し……すっかり憔悴していたようだな」
こうなるぐらいなら、そもそも逃げなければいいのに。
そう呟いて、アーマデルは鞭剣を振り抜いた。
剣身を濡らす鮮血が、ぴしゃりと壁や天井に散る。
アーマデルが殺めたのは、とある都市で殺人を犯した1人の貴族だ。彼は罪が明るみになると同時に、数名の部下と共にどこかへ逃げ出したのだ。
暗殺を依頼されたアーマデルは、数日のうちに貴族の居場所を見つけ出す。すでに破棄された古い城に隠れ潜んでいるらしい。
連れていた部下との交戦を覚悟していたが……部下たちは既に貴族を見限り、どこかへ姿を晦ませた後だった。
暗殺にかかった時間はほんの数分。
剣を振った回数はたったの1度。
殺めた人数は1人。
準備にかけた時間に対して、仕事に浪費した時間は極僅かなものである。
「いや……もう1人いるか」
引き戻した鞭剣を、アーマデルは再度振り抜いた。
空気を切り裂き、刃が伸びる。
鈍く光るアーマデルの剣が、天井に下がるシャンデリアを切り裂いた。
一瞬の停滞。
プツン、と支えを切断されたシャンデリアが、貴族の遺体の上へと落ちた。
ガラスの砕ける音に、飛び散るシャンデリアの残骸。
その真ん中には、ぽかんと口を開けたクウハの姿がある。
「っ……ばっ!? い、いきなり斬り付ける奴があるかァ!? オマエ、これっ……危うく首と胴がお別れするとこだっただろうがよォ!」
「……霊が死ぬのか?」
呆れたように吐息を零して、アーマデルは剣を腰の鞘へと仕舞う。
シャンデリアに隠れていたクウハに気付き、前動作も無しに斬りかかったのだ。しなる刃はクウハの首元を掠め、シャンデリアの支えを切断。
「よからぬ気配を感じたが……そもそもクウハ殿は、シャンデリアを落とすつもりだったんじゃないか?」
「あー……ははァ」
アーマデルが指すクウハの手には、1本のナイフが握られていた。 - 執筆:病み月
- 人外問答
- 「ヨゥ、色男。今日も一段と黄昏た顔がソソルな。」
「からかわないでくださいよ、クウハさん。」
「心配すんな、お前さんにはまったく食欲わかねェからよ。」
「僕もクウハさんを怖がらせるなんてできませんし、しようとも思いませんよ。……ハァ。」
「あんだよ。新婚夫婦がもう倦怠期か?」
「ば、馬鹿いわないでください! 僕と彼女はまだそういう仲じゃ……!」
「けどよ、渡したらしいじゃねぇか? ゆ・び・わ。」
「ど、どこで聞いたんですか!!?」
「ハッ! 人の口に戸は立てられネェよ。おまえさんなんざそういうのを散々鏡の中から見てきた口だろ? ア?」
「……わ、渡しましたけど。」
「受け取ってもらったんだろ?」
「……はい。」
「趣味じゃねぇとか、センスネェとか言われたか?」
「そ、そんなことは……」
「最近、身体も鍛えてるっつーじゃねェか。依頼もがんばる優等生君は、腕っぷしも俺なんざよりよっぽど上がってるんだろ?」
「……自分としては、そうなんですけど……」
「……しけてんなァ。ナァ、おまえさんヨォ。その彼女さんと、どうなりてぇんだ?」
「ぼ、僕は、彼女が幸せでいてくれたら……彼女を護れたら、それで。」
「10点だな。」
「えぇ!? 言わせといてなんですかソレは!」
「1億点中のな。」
「厳しすぎませんか!?」
「……っつー冗談は置いといてよ。お前さんその彼女さんがどうあったら幸せなんだ?」
「? それはもちろん、彼女が無事で、笑顔でいてくれたら……」
「テメェが彼女を笑顔にしてぇとか、俺が彼女の唯一なんだ! とか言い切る甲斐性がネェのは分かってるからそこはいいけどよ。」
「ゆ、指輪渡しましたよ!?」
「ハイハイ。んで、その笑ってる彼女サン、ウマそうか?」
「え?」
「ウ・マ・そ・う・か?」
「……何を言っているんですか?」
「想像してみろよ。彼女サンが叶わない強敵を前に絶望しているところを。護ってくれていたお前さんの姿が見えなくて恐怖しているところを。」
「……クウハさんでも、言っていいことと悪いことがありますよ?」
「そうだよなぁ。彼女サン、強ェんだよな。それなら、おまえがズタボロになって、ソレを見た優しい優しい彼女さんが嘆いてくれている所なんてどうだ?」
「いい加減に……!」
「喉が鳴らなかったか?」
「!!」
「……なんてな! 冗談さ。悪ィ悪ィ。詫びに一杯奢ってやるよ。水だけどな。」
(けどよ、水月。)
俺たちが俺たちである以上。
その”欲”と”渇き”は、お前サンを放しちゃくれねぇんじゃねェかな。
それで、お前サンは本当に幸せなもんかね。我慢できるもんだろうかな。
ただの人間様になれりゃ、それも変わるかもしれねぇが……果たして、それもまた幸せなもんなのかネ。
難儀なもんだ。 - 執筆:ユキ
- SOUL DROPS
- 「やっぱりさー、その髪と目を見ると……『イチゴ』なんじゃねェか、って思うんだが」
「おいおイ、色からのイメージとは随分と安直だなァ。俺としちゃああえて『レモン』を推すゼ。『檸檬の爆弾』とか好きだろウ、コイツ」
洋館の一スペースで、何やら膝を突き合わせて談笑を繰り広げているのはクウハ、そして『赤羽』だ。
「あのさ、二人とも」
その時、二人の間をどこか怯えたような、震えたような青年の声が遮った。
「なに勝手に人をフルーティーに味付けてくれちゃってるんだよ……やめてくれよ……」
しかし、その言葉に二人の口の端は、ニヤリと釣り上がるばかりだ。
「心配するなよ『大地』、食い残してその辺の生ゴミにするこたぁないからよ」
「そうそウ。言ったロ、魂の取扱なら俺は超得意なんだからナ!」
温厚な青年たる彼を今挟んでいるのは、意地悪な悪霊と性悪な死霊術師。
しかも死霊術師……『赤羽』とは肉体を共にする関係であるので、尚更逃げ場がない。ヤバい詰んだ。
「まあ、良い感じに味付けできたら教えてくれや。俺も仕上がり、気になるからさ」
「あァ、中途半端なモンを出さねぇようニ、味見もちゃーんとしておくサ。……尤モ、味見のし過ぎで無くなる可能性もあるがナ!」
「おいおい、コックが客に出すメニューを先に全部食っちまうとかアリかよ?」
「コックである以前に美食家だからなあ俺ハ。けどそれはお互い様だろウ?」
「こいつら……」
はあ、とため息をついて一旦席を立つ。とはいえ、自室に戻るわけでもなく、その足はキッチンへ、そしてその手はケトルに伸びていく。
「おっ、何か飲むのか大地? 俺の分も湯を沸かしてくれよ」
「えっ、ああ……別に良いけど……」
頼み事の内容自体はともかく、さっきまでどうやって『食う』か話していた食材張本人に、どういう心情でその発言をしているのだろう?
コンロに火を灯しながらちらりとその表情を盗み見るが、クウハはこちらにニヨニヨ笑いかけるばかりで、その奥までは読み取れない。
『あちらさんが先に正々堂々【悪霊】と名乗ってくれてるだけ良心的なんだゼ。お前が興味を持つのは勝手だガ、深淵を覗く者はナントヤラ……っつー大先生の言葉、忘れるんじゃねぇゾ?』
……とは、他ならぬ相方の言葉だが。
はあ、とため息をついて、不意に吹き込んだ秋の風に身を震わせる。
「……クウハ、今日はロシアンティーにするか?」
「おう、良いぞ。フレーバーはあるの適当に使っていいからな」
その言葉にこくんと応えると、沸かしたてのお湯をポットに注ぎ、ゆっくり茶葉の味と香りを出してから、ティーカップへ注いでいく。
仕上げに紅茶にぽとりと落とされた、そのジャムの色は。 - 執筆:ななななな
- 悪霊と死霊術師の丁度いい距離感について
- 秋の夜は、一人黙って過ごすには長く暗く、寂しいものだ。だからこそ、ヒトもヒトならざる者も、こうして集い語らうのだろう。
しかし、『シャワーに行ってそろそろ寝るよ』『明日の予定があるから』『そろそろ仕事に行かなくちゃ』と、一人、また一人と談話スペースから去っていき、気づけばテーブルを囲うのは、クウハと赤羽のみとなっていた。
「というか、赤羽は死霊術師なんだよな。良いのかよ、俺と悠長に駄弁ってても?」
「俺だって付き合う相手は選ぶサ。というか霊ってだけで話も聞かずに初手塩撒かれたラ、お前どうするヨ」
「……目ン玉、ぶっ潰したくなる」
「だロ?」
「あァでも、逆に『お前のご想像通りの悪霊ですよ』、ってのを刻みつけてやっても面白いかもなァ。最近暴れたりてねぇのよ、俺」
「いいねェ! その時ゃ俺モ、たーっぷり『演出補助』をしてやろうかねェ」
「おう、その時は一つ、ド派手にやっていいからな」
「あァ、一生忘れられねぇようにしてやるサ」
二人してケケケだのイヒヒだの笑う姿を、人は『悪役』だと恐れるだろうか。慄くだろうか。
──ああそうだ、そう呼ぶがいい。正しく恐れて、離れて仰ぎ見るが良い。
万が一にも巻き込まれて、痛い目を見たくないのなら。
それにしても、コイツは実に『食えない男だ』とクウハは思った。仮に食えても、果たして旨いものかどうか。
目の前の男の中に見える、今を生きようと燃え上がる魂と、ちろちろと過去の栄華を窺わせる灯火。
目の前の『彼』が、今どちらなのかと言えば──
「じゃ、今日はこの辺でお開きとしようや」
「ン、そうさナ。いい加減寝ないと身体に優しくねぇもんナ」
ああでも、こういうヤツ程、崩れた姿が面白いのだ。例えば、こんな簡単な言葉一つで。
さあさあ今こそ、一つ笑顔で、今宵の別れの挨拶を。
「……オヤスミ、『ネッチー』」
「……おいテメー何処でそれヲ!!?? あっまた大地の入れ知恵だなコンニャロー!!!!」
幽霊屋敷の夜は、こうして更けていく。
- 執筆:ななななな
- お揃い。
- その日。彼はいつになく不機嫌だった。
「それで?」
一言、ドスの効いた声で目の前で自身に正座をさせられている男(?)2人に問う松元 聖霊。
目の前の2人は彼にとって大嫌いな、好き好んで怪我を負うような馬鹿野郎共だ。怒髪天を衝くとはこのことだろう。
だがその雰囲気に対し、武器商人は朗らかに、むしろどこか楽しそうに「クフフ」と微笑み返す。
「我(アタシ)なら、今日に始まったことじゃないだろう?」
たしかに。彼(とここでは仮に呼称するが)はいくら傷ついても倒れぬ不死性と、痛みを受けるほどにより強く力を振るう悪辣な、医者からすればなんともデタラメな存在だ。
けれど。
と、武器商人がどこか楽し気に、聖霊が胡乱気に視線を横へと滑らせれば。視線の先には、聖霊と目線を合わせようとしないクウハの姿が。
そう、今日は何故か、彼もボロボロであった。理由は単純。
武器商人と並んで前に出たからだ。
「すみません、攻撃は僕が受けるからと言ったんですが……」
申し訳なさそうにそう話す水月・鏡禍も先ほどまでは軽くない手傷を負っていたはず。そのことを「おまえも……!」と指摘しようとした松元だったが、見れば、おそらくクウハたちが正座させられている姿を見てだろう、ちゃっかりこっそり絶気昂で怪我を癒していたようで。
「……これだから不死性を謳う連中は。この混沌において、いや、どんな世界であっても、本当の不死などありはしねぇんだぞ。命を軽んじやがって。大体な……」
こりゃ長い説教が始まりそうだ。マジこの幻想種おっかねぇ。
などとは口が裂けても言わないクウハだったが、チョイチョイとフードの中のうなじになにかが触れる感触を覚えれば。
となりで仲良く正座させられている武器商人、その長い髪の一筋がふよふよとパーカーの裾から入り込み、自分の首元を撫ぜている。何本かは首に巻き付いてさえいる。
当の髪の毛の主は可愛い眷属と”色々と”お揃いであることにご満悦なのだろう。「クフフ」という含み笑いを隠そうともしていない。
そんな主の様子に、クウハは髪を1本指で手繰り、その唇へと触れさせ。
そして次の瞬間、髪を加えて一気に引き抜き、そして、飲み込んでしまった。いきなり髪を抜かれた武器商人は「んっ……!」と一瞬反応するものの、いつだったか、ピアスに、羽根にと話をしたあの日を思い出し、また笑みを深め。
あぁ、今夜はいたずら好きの子にお仕置きをしないといけないね。
そんな会話が聞こえてきそうな仲睦まじい様子に。
「おまえたち。怪我人のクセに医者の前でイチャつくとはいい度胸だな。あ゛?」
訂正しよう。
その日。彼はいつものように不機嫌だった。 - 執筆:ユキ
- Overdose
- 美しい花に擬態し、留まった蝶を喰らうものが居るように。日常のひょんな所に、罠はいつだって潜んでいるものだ。
今回の犠牲者……もとい、大地の場合は、クウハと武器商人の前に並んだ砂糖菓子のような『ナニカ』を見て、興味本位で『何だそれ?』と聞いたのが運の尽きだった、の一言に尽きる。
いや、大地にとってもっと不幸だったのは、その言葉を発した瞬間、彼等の口元が描いた三日月、その真意に気づけなかったことかもしれない。
「あー、説明するより食う方が早いだろ。ほい」
クウハから差し出された柘榴色の結晶。それを口に入れた瞬間。
──びりり、と舌から全身を駆け巡る衝撃。
「ッ……!? 何だこれ、グレープソーダ味と似てる、けど、どこか違う……?」
目を白黒させる大地の姿に、上弦の弧を描いた目がニヨニヨとその姿を見守る。
今度は下弦の月の唇が、ゆるりとにじり寄る番だ。
「ふぅん、仮にも死霊術師に鍛えられてる身。これくらいは軽いものって所かねぇ。じゃあ、これはどう?」
武器商人が『あーん』の言葉とともに大地の口元へと近づけるのは、菫色に透き通った飴玉のような『ナニカ』だった。
「あの、銀月さん……俺、自分で食べれますんで……」
「おい、俺の御主人の出すモンが食えないってのか? ああん??」
「うわ……新手のパワハラかな……」
「およし。何も大地の旦那を威圧する必要はなかろ?」
「……ま、いっか。これも社会勉強ってやつだ。頑張れよ大地クン?」
何を、と聞き返す間もなく口内に広がるのは、口内で薔薇の花が咲き誇るような、甘く濃厚な香り。眼の前に広がる、月明かりのようにぼんやりとした菫色。
その感覚が、体を駆け巡る。巡って、回って、視界が、眩んで……。
「あーあ、こっちはまだ早かったかねェ」
嗤うチェシャ猫の声は、すでに遠のき意識の外。次にがばっと目を覚ましたのは、赤羽の方だった。
「やァ、赤羽の旦那。ご機嫌いかが?」
「最悪に決まってるだろバカヤロウ」
「因みにまだまだあるけど、もう一個食べる?」
「もう結構ダ!!」
「それは残念」
「御主人」
あー、と口を開き待ち構えるクウハの姿に、満足気にソレは、先程大地に与えたものと同じものを、眷属たる彼へと差し出していく。
与えられた側のその顔は、まるで主人に甘えねだる猫そのもので。
──そりゃあお前等なら問題ねぇんだろうがなァ。ただの人間にンなモン差し出すんじゃねぇヨ!
だって、人の形をしたそれらが食らっていたものは。
人間風情が、数回人生を送った程度では作り得まい。
ぎゅうっと押し込められた、魔力の欠片、なのだから。
- 執筆:ななななな
- 甘く潤す雨
- 冷たい手がソレの視界を優しく覆った。
「ンー……何だぃ? 書類の仕分けが終わった?」
「おう、言われた通りに分けたぜ……って何でそのまま書き続けてるんだよ」
「何でってそりゃ、視えるからね」
周囲から武器商人と呼ばれるソレは、己の眷属であるクウハの悪戯にも全く意に介した様子を見せずに正確に書類に筆記している。彼(或いは彼女)は商人ギルド・サヨナキドリの顔役という立場上、こうして執務室で山の様な書類に目を通し処理をする日がある。クウハもその手伝いをしているわけだが……
「いい加減休もうぜ? 俺に指示出しながら朝からずっと書き続けてるじゃねえか」
「おや、もうそんなに時間が経ってた? 我(アタシ)はもう少し書いてから休むから、何か食べたい気分であれば……」
「慈雨」
クウハがソレの首筋に頬を擦り付けた。甘く呼ぶ名はクウハがソレに名付けたもの。普段はソレを旦那と呼ぶ彼が、2人の時に呼ぶ『特別な名前』。
「そろそろこっち見て、俺に構ってくれよ」
「……ごめんごめん。せっかく手伝ってくれているのに労いのひとつもしてやれていなかったね」
ソレが筆記具を机の上に転がすのを確認すると、クウハもそっと手を外した。顔を覗き込んでみれば、底の知れない深さを湛えた菫紫の瞳が優しくクウハを囚える事実に酷く安堵する。
「お茶にしようか。紅茶と烏龍茶、どちらがいい?」
「前飲んだ烏龍茶が美味かったな」
「よかろ、茶菓子もそれに合わせよう」
「そりゃ楽しみだ」
クウハはとろりと微笑む。愛する主人が手ずから用意してくれたものなら、それだけでいいものだ。 - 執筆:和了
- 皮と肉
- 化け物の精神性を語るには、先ず、自らが其方側に墜ちなければならない、と、病的な何者かが嗤っていたのだ。そんなにも冒涜的な事がお望みならば、オマエ、混沌として蛇に尾を飲まれると好い。ああ、本当に、あまくてとろける、魂魄を這いまわる悪臭ではないか。悉くを罪だと見做したならば、最果て、その先ですらも歩んで往ける……。
ある時のオマエは悪戯心を撒き散らかす、冗句を口にする門で在った。勝手或いは気紛れに迷い込んだ特異点を擽ったりする。ある時のオマエは愛情を受け止める、決してこぼさない器で在った。成程、生物を引っ張り込めない贈り物と定めれば実にいとしいものだ。故にこそ、得体のしれない肉々に痺れるようなザマを晒せるのだ……。
――なあ、おい、オマエ、なんか妙なこと考えてんな。
――無視かよ。
HA――! 聞こえているとも。聞こえているのだ。ウィッカーマンに自ら這入っていく沙汰を如何して狂気だと謂ってはならない。それともオマエは齧られる事に悦を覚える、たいへん愉快な人類だとでも……? 申し訳ない、ホイップクリームを拒絶した時点で、その腐れた心臓はマトモで在ったな!
――ケッ。オマエの考えてることなんか理解出来ねェし、理解したくねェけど。なんか癪に障るんだよ。何処見て喋ってんだよ、オマエ、いや、オマエ等か……?
――とにかく、だ。俺のことなら幾等でも妄想して構わねェが。
――わかってんだろ。その先は地獄だ。焦熱地獄だ。
Nyahahahahahaha!!! 素晴らしい! オマエ、貴様は私の存在を『熟読』したのか。では宴を改めて始めよう。宙吊りの死体ほどお似合いだとは思わないか。
――思わねェよ、クソッタレ。 - 執筆:にゃあら
- WARNING! WARNING!
- (あ、ヤバいなコレ)
そんな事を思うのは何時だって唐突だ。
言うなれば、長い事火にかけられていた鍋が突沸するみたいな。膨らみきった風船が割れる寸前みたいな。
これが派手にゴミ箱をぶちまけてスッキリするレベルならば良いのだが、その程度では済まないのが悪霊の困った所だ。しかもあと少しでも放置したら大爆発すると自覚がある癖して、妙に冷静な自分に反吐が出る。
標的を探して周囲を見れば、ああ、なんとタイミングが良いのだろう!
ソファーに深くかけて、雑誌を読む者が居るではないか。
ああ、なんてタイミングが悪いのだろう!
今日のターゲットはお前に決定だ。悪いな大地クン。
「何読んでるんだ?」
「グラクロのスイーツ特集」
「へェ、俺も見ていいか?」
「ん」
短い肯定を受け、自身もソファーに腰を沈める。
その後しばらくは『これは美味そうだ』だの『ここはちょっと遠いなあ』だの『いくら何でも盛りすぎなんじゃね?』だの言い合っていたが。
少し気怠い昼下り。大地が大きく伸びた瞬間。そこをクウハは逃さなかった。
突如ズシンと腰に乗る一人分の重み。目一杯背伸びするために伸ばした両手首も、ソファーの縁にぎゅうっと押し付けられて。
「えっ、クウハ……?」
答えの代わりにそっと、首を囲う凹凸に指を這わせる。通常の生命を持たぬ者の手付きに、青年の体はぴくんと震えた。
「ヒヒッ、悪いようにはしねェよ」
赤い瞳は動揺に揺れていて。赤い瞳はエモノを逃さず捉え続けて。
口元は三日月を描いて、猫のように爪を立てて。
その首を、思いっきり……擽る!!
「えっちょっクウハ!!!??」
振り払う手は既に封じられている。
「あひゃひゃ、ん、っふふ……! だめ、だめだって……!」
身をくねらせて逃れようとするが、腰の上に乗る体重がそれを許さない。そう、大地は突然の擽り地獄に落とされたのだ。
「おりゃ!! こうか、ココがいいのかァ!?」
「も、ごめっ、……もうやめて〜!!」
さて、そこから針を少しばかり進めて、時刻は鳩時計はおやつの時間を告げる頃。
革張りのソファーの上に寝転んでいるのは、びくびくと震える細身の身体。
あちらこちらに広がる赤と黒の乱れ髪。ヒー、ヒーと、絶え絶えに甲高く息をする姿。目尻に少し残る涙。
ヤマシイコトハシテマセン。コレハホントウデス。
まあでも、大地が大層いい反応をするので、これはこれでスッキリした。したのだが……。
そういえば、『くすぐったい』と感じるか否かは、擽る側と擽られる側の関係に大きく依存すると言う。
確かに俺だって通りすがりの知らねぇオッサンに脇腹を擽られても擽ったくない。どころかキモい。
大地に関して言えば、首はむしろ致命傷を負った部位であり、そこに触れるものを威嚇しても何ら不思議はないのだが、あの反応はむしろ……。
「大地。俺が言うのも何だけどさ、ちょーっと隙あり過ぎじゃねぇの?」
「えっ……?」
洋館の主はムシャクシャモードから一転、今度は心配モードに入ってしまうのだった。
- 執筆:ななななな
- 惚気と仕返し
- 洋館に遊びに来ている人ならざる仲間、鏡禍。そんな彼がいつも持っているソレが今日はなぜだか目についた。部屋の明かりで輝いて見える銀色の縁取りのされた手鏡。女の子っぽくて可愛らしいと揶揄ってやったら『繋がってるので仕方がないでしょう!?』と面白い反応を示してくれた一品だ。
「今日はなんか手鏡綺麗じゃねェか?」
ついと指をさして問いかけると、きょとんとした後に鏡禍はめちゃくちゃ嬉しそうな笑顔を見せた。なんか変なこと指摘したな? と自身の失敗に気づくももう遅い。
「あ、わかります? これちょうどここに来る前に手入れしてもらったんだんですよ。僕どうしても手鏡の手入れが下手で汚れが残るんですけど、見かねた彼女が時々手入れしてくれるようになって、これがまたすごく綺麗に磨いてくれるんですよ。繋がりがあるからか鏡も大切にされるとすごく嬉しくって……」
続けて何か言う前にこのマシンガントーク、それもわかりやすく幸せそうなオーラを放ってくれている。人間である彼女と順調に付き合っているようで結構なことではあるし幸せそうで良いことだと思うのだが、それはそれとしてこのまま惚気続けられるのも癪だ。しかし普通にストップをかけたところで止まりそうもなく、さてどうするか……あぁそうだ。
「お、ウワサの彼女サンのご登場だ」
遮るようにわざと鏡禍の後ろを見て、手をあげながら誰かが来たような振る舞いをする。もちろん嘘だ。この部屋には自分と鏡禍の二人しかいない。
「えっ!?」
視線を辿るようにバッと振り返った鏡禍はしかし、後ろに誰もいないことを確認して恨めしい目線をして顔を戻してくる。期待するほうが悪いのだ。それに本当に彼女が来ていたらどちらにしても語ったことを思い出して赤面するに決まっているのに。
「クウハさーん?」
「いやぁ、悪い悪い。ありゃ幽霊だったな」
もちろんこれも嘘。赤毛の幽霊もいたかもしれないがこの部屋に幽霊は来ていないし、来ていたところで鏡禍が気づくし見えるのも知っている。妖怪なのだから当然だ。
だから当然のように嘘だと鏡禍も気づくわけなので。
「クウハ!」
へらへらと全く悪びれもしないで笑う姿に、鏡禍は思わずらしからぬ大声を出してしまう。
彼にしてみれば言うにしてももうちょっとマシな嘘でもあろうもの、と思っているのだがクウハは鏡禍の様子を楽しんで(ついでに仕返しをして)いるのだからわかったところで変わるわけがない。
「騙されるほうが悪いのサ」
してやったり。あーすっきりした。ぷんすこと怒っているように見える鏡禍は全然怖くない。
その様子にもう一つ笑って、幽霊と妖怪の何気ない時間は過ぎていく。 - 執筆:心音マリ
- 時には兄貴分として
- 「いや、なんでだよ?」
思わずそう言った俺を、絶対誰も責められない。これは確信を持って言える状況だった。
片手に強く手首ごと握ったナイフ、らしくなく垂れる汗。
壁に押し込んだ目の前の男が、たった今、夢から覚めた顔をしている。
後ろからナイフが音もなく引き抜かれ、美しい商人が優しく名前を呼ぶ。
俺はその声に従って男__京司の手首を掴み直してゆっくり起き上がらせる。
ほぼ無抵抗なその姿に胸がざわざわするが、無視して客間のソファまで抱える。
「ちょっとびっくりさせたかった……訳じゃねえな?」
「…………うん、なんか。恋人が出来て、それで笑っていられて……そしたら……………」
「思ったよりも難儀だね、トキ。幸せ慣れ出来なくて死にたくなるって?」
流石の商人でもこういった形で京司の衝動が出るのは予想外だったらしい、顔こそ笑っているが声は硬い。
元から死にたがる性質の京司に恋人が出来た、と聞いた時は少しは落ち着くかと思った矢先だった。
「良いんだ、良いんだよ。幸せを感じても良い」
「あァ、そうだとも。幸せを恐れなくて良い。それに……」
セパードはきっと、そんなトキも受け入れてくれるさと商人が囁いてやっと京司は力を抜いた。
京司はまだ、恐れることが多いんだろう。だから眠りと自傷へ逃げる。
それでもいつか、と柄にもなく願いを込めて眠り落ちた頭を撫でた。 - 執筆:桜蝶 京嵐
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