PandoraPartyProject

幕間

Trick and tricks!

揶揄い好きな悪霊とイレギュラーズ達のお話。


関連キャラクター:クウハ

SOUL DROPS
「やっぱりさー、その髪と目を見ると……『イチゴ』なんじゃねェか、って思うんだが」
「おいおイ、色からのイメージとは随分と安直だなァ。俺としちゃああえて『レモン』を推すゼ。『檸檬の爆弾』とか好きだろウ、コイツ」

 洋館の一スペースで、何やら膝を突き合わせて談笑を繰り広げているのはクウハ、そして『赤羽』だ。

「あのさ、二人とも」

その時、二人の間をどこか怯えたような、震えたような青年の声が遮った。

「なに勝手に人をフルーティーに味付けてくれちゃってるんだよ……やめてくれよ……」

しかし、その言葉に二人の口の端は、ニヤリと釣り上がるばかりだ。

「心配するなよ『大地』、食い残してその辺の生ゴミにするこたぁないからよ」
「そうそウ。言ったロ、魂の取扱なら俺は超得意なんだからナ!」

温厚な青年たる彼を今挟んでいるのは、意地悪な悪霊と性悪な死霊術師。
しかも死霊術師……『赤羽』とは肉体を共にする関係であるので、尚更逃げ場がない。ヤバい詰んだ。

「まあ、良い感じに味付けできたら教えてくれや。俺も仕上がり、気になるからさ」
「あァ、中途半端なモンを出さねぇようニ、味見もちゃーんとしておくサ。……尤モ、味見のし過ぎで無くなる可能性もあるがナ!」
「おいおい、コックが客に出すメニューを先に全部食っちまうとかアリかよ?」
「コックである以前に美食家だからなあ俺ハ。けどそれはお互い様だろウ?」
「こいつら……」

はあ、とため息をついて一旦席を立つ。とはいえ、自室に戻るわけでもなく、その足はキッチンへ、そしてその手はケトルに伸びていく。

「おっ、何か飲むのか大地? 俺の分も湯を沸かしてくれよ」
「えっ、ああ……別に良いけど……」

 頼み事の内容自体はともかく、さっきまでどうやって『食う』か話していた食材張本人に、どういう心情でその発言をしているのだろう?

コンロに火を灯しながらちらりとその表情を盗み見るが、クウハはこちらにニヨニヨ笑いかけるばかりで、その奥までは読み取れない。

『あちらさんが先に正々堂々【悪霊】と名乗ってくれてるだけ良心的なんだゼ。お前が興味を持つのは勝手だガ、深淵を覗く者はナントヤラ……っつー大先生の言葉、忘れるんじゃねぇゾ?』

……とは、他ならぬ相方の言葉だが。

はあ、とため息をついて、不意に吹き込んだ秋の風に身を震わせる。

「……クウハ、今日はロシアンティーにするか?」
「おう、良いぞ。フレーバーはあるの適当に使っていいからな」

その言葉にこくんと応えると、沸かしたてのお湯をポットに注ぎ、ゆっくり茶葉の味と香りを出してから、ティーカップへ注いでいく。

仕上げに紅茶にぽとりと落とされた、そのジャムの色は。
悪霊と死霊術師の丁度いい距離感について
 秋の夜は、一人黙って過ごすには長く暗く、寂しいものだ。だからこそ、ヒトもヒトならざる者も、こうして集い語らうのだろう。
しかし、『シャワーに行ってそろそろ寝るよ』『明日の予定があるから』『そろそろ仕事に行かなくちゃ』と、一人、また一人と談話スペースから去っていき、気づけばテーブルを囲うのは、クウハと赤羽のみとなっていた。

「というか、赤羽は死霊術師なんだよな。良いのかよ、俺と悠長に駄弁ってても?」
「俺だって付き合う相手は選ぶサ。というか霊ってだけで話も聞かずに初手塩撒かれたラ、お前どうするヨ」
「……目ン玉、ぶっ潰したくなる」
「だロ?」
「あァでも、逆に『お前のご想像通りの悪霊ですよ』、ってのを刻みつけてやっても面白いかもなァ。最近暴れたりてねぇのよ、俺」
「いいねェ! その時ゃ俺モ、たーっぷり『演出補助』をしてやろうかねェ」
「おう、その時は一つ、ド派手にやっていいからな」
「あァ、一生忘れられねぇようにしてやるサ」

二人してケケケだのイヒヒだの笑う姿を、人は『悪役』だと恐れるだろうか。慄くだろうか。

──ああそうだ、そう呼ぶがいい。正しく恐れて、離れて仰ぎ見るが良い。
万が一にも巻き込まれて、痛い目を見たくないのなら。

 それにしても、コイツは実に『食えない男だ』とクウハは思った。仮に食えても、果たして旨いものかどうか。
目の前の男の中に見える、今を生きようと燃え上がる魂と、ちろちろと過去の栄華を窺わせる灯火。

目の前の『彼』が、今どちらなのかと言えば──

「じゃ、今日はこの辺でお開きとしようや」
「ン、そうさナ。いい加減寝ないと身体に優しくねぇもんナ」

ああでも、こういうヤツ程、崩れた姿が面白いのだ。例えば、こんな簡単な言葉一つで。
さあさあ今こそ、一つ笑顔で、今宵の別れの挨拶を。

「……オヤスミ、『ネッチー』」
「……おいテメー何処でそれヲ!!?? あっまた大地の入れ知恵だなコンニャロー!!!!」

幽霊屋敷の夜は、こうして更けていく。
お揃い。
 その日。彼はいつになく不機嫌だった。

「それで?」

 一言、ドスの効いた声で目の前で自身に正座をさせられている男(?)2人に問う松元 聖霊。
 目の前の2人は彼にとって大嫌いな、好き好んで怪我を負うような馬鹿野郎共だ。怒髪天を衝くとはこのことだろう。
 だがその雰囲気に対し、武器商人は朗らかに、むしろどこか楽しそうに「クフフ」と微笑み返す。

「我(アタシ)なら、今日に始まったことじゃないだろう?」

 たしかに。彼(とここでは仮に呼称するが)はいくら傷ついても倒れぬ不死性と、痛みを受けるほどにより強く力を振るう悪辣な、医者からすればなんともデタラメな存在だ。

 けれど。
 と、武器商人がどこか楽し気に、聖霊が胡乱気に視線を横へと滑らせれば。視線の先には、聖霊と目線を合わせようとしないクウハの姿が。
 そう、今日は何故か、彼もボロボロであった。理由は単純。
 武器商人と並んで前に出たからだ。

「すみません、攻撃は僕が受けるからと言ったんですが……」

 申し訳なさそうにそう話す水月・鏡禍も先ほどまでは軽くない手傷を負っていたはず。そのことを「おまえも……!」と指摘しようとした松元だったが、見れば、おそらくクウハたちが正座させられている姿を見てだろう、ちゃっかりこっそり絶気昂で怪我を癒していたようで。

「……これだから不死性を謳う連中は。この混沌において、いや、どんな世界であっても、本当の不死などありはしねぇんだぞ。命を軽んじやがって。大体な……」
 
 こりゃ長い説教が始まりそうだ。マジこの幻想種おっかねぇ。

 などとは口が裂けても言わないクウハだったが、チョイチョイとフードの中のうなじになにかが触れる感触を覚えれば。
 となりで仲良く正座させられている武器商人、その長い髪の一筋がふよふよとパーカーの裾から入り込み、自分の首元を撫ぜている。何本かは首に巻き付いてさえいる。
 当の髪の毛の主は可愛い眷属と”色々と”お揃いであることにご満悦なのだろう。「クフフ」という含み笑いを隠そうともしていない。

 そんな主の様子に、クウハは髪を1本指で手繰り、その唇へと触れさせ。
 そして次の瞬間、髪を加えて一気に引き抜き、そして、飲み込んでしまった。いきなり髪を抜かれた武器商人は「んっ……!」と一瞬反応するものの、いつだったか、ピアスに、羽根にと話をしたあの日を思い出し、また笑みを深め。
 あぁ、今夜はいたずら好きの子にお仕置きをしないといけないね。
 そんな会話が聞こえてきそうな仲睦まじい様子に。

「おまえたち。怪我人のクセに医者の前でイチャつくとはいい度胸だな。あ゛?」

 訂正しよう。
 その日。彼はいつものように不機嫌だった。
執筆:ユキ
Overdose
 美しい花に擬態し、留まった蝶を喰らうものが居るように。日常のひょんな所に、罠はいつだって潜んでいるものだ。
今回の犠牲者……もとい、大地の場合は、クウハと武器商人の前に並んだ砂糖菓子のような『ナニカ』を見て、興味本位で『何だそれ?』と聞いたのが運の尽きだった、の一言に尽きる。

いや、大地にとってもっと不幸だったのは、その言葉を発した瞬間、彼等の口元が描いた三日月、その真意に気づけなかったことかもしれない。

「あー、説明するより食う方が早いだろ。ほい」

クウハから差し出された柘榴色の結晶。それを口に入れた瞬間。
──びりり、と舌から全身を駆け巡る衝撃。

「ッ……!? 何だこれ、グレープソーダ味と似てる、けど、どこか違う……?」

目を白黒させる大地の姿に、上弦の弧を描いた目がニヨニヨとその姿を見守る。
今度は下弦の月の唇が、ゆるりとにじり寄る番だ。

「ふぅん、仮にも死霊術師に鍛えられてる身。これくらいは軽いものって所かねぇ。じゃあ、これはどう?」

武器商人が『あーん』の言葉とともに大地の口元へと近づけるのは、菫色に透き通った飴玉のような『ナニカ』だった。

「あの、銀月さん……俺、自分で食べれますんで……」
「おい、俺の御主人の出すモンが食えないってのか? ああん??」
「うわ……新手のパワハラかな……」
「およし。何も大地の旦那を威圧する必要はなかろ?」
「……ま、いっか。これも社会勉強ってやつだ。頑張れよ大地クン?」

 何を、と聞き返す間もなく口内に広がるのは、口内で薔薇の花が咲き誇るような、甘く濃厚な香り。眼の前に広がる、月明かりのようにぼんやりとした菫色。
その感覚が、体を駆け巡る。巡って、回って、視界が、眩んで……。

「あーあ、こっちはまだ早かったかねェ」

嗤うチェシャ猫の声は、すでに遠のき意識の外。次にがばっと目を覚ましたのは、赤羽の方だった。

「やァ、赤羽の旦那。ご機嫌いかが?」
「最悪に決まってるだろバカヤロウ」
「因みにまだまだあるけど、もう一個食べる?」
「もう結構ダ!!」
「それは残念」
「御主人」

あー、と口を開き待ち構えるクウハの姿に、満足気にソレは、先程大地に与えたものと同じものを、眷属たる彼へと差し出していく。
与えられた側のその顔は、まるで主人に甘えねだる猫そのもので。

──そりゃあお前等なら問題ねぇんだろうがなァ。ただの人間にンなモン差し出すんじゃねぇヨ!

だって、人の形をしたそれらが食らっていたものは。
人間風情が、数回人生を送った程度では作り得まい。
ぎゅうっと押し込められた、魔力の欠片、なのだから。


甘く潤す雨
 冷たい手がソレの視界を優しく覆った。

「ンー……何だぃ? 書類の仕分けが終わった?」
「おう、言われた通りに分けたぜ……って何でそのまま書き続けてるんだよ」
「何でってそりゃ、視えるからね」

 周囲から武器商人と呼ばれるソレは、己の眷属であるクウハの悪戯にも全く意に介した様子を見せずに正確に書類に筆記している。彼(或いは彼女)は商人ギルド・サヨナキドリの顔役という立場上、こうして執務室で山の様な書類に目を通し処理をする日がある。クウハもその手伝いをしているわけだが……

「いい加減休もうぜ? 俺に指示出しながら朝からずっと書き続けてるじゃねえか」
「おや、もうそんなに時間が経ってた? 我(アタシ)はもう少し書いてから休むから、何か食べたい気分であれば……」
「慈雨」

 クウハがソレの首筋に頬を擦り付けた。甘く呼ぶ名はクウハがソレに名付けたもの。普段はソレを旦那と呼ぶ彼が、2人の時に呼ぶ『特別な名前』。

「そろそろこっち見て、俺に構ってくれよ」
「……ごめんごめん。せっかく手伝ってくれているのに労いのひとつもしてやれていなかったね」

 ソレが筆記具を机の上に転がすのを確認すると、クウハもそっと手を外した。顔を覗き込んでみれば、底の知れない深さを湛えた菫紫の瞳が優しくクウハを囚える事実に酷く安堵する。

「お茶にしようか。紅茶と烏龍茶、どちらがいい?」
「前飲んだ烏龍茶が美味かったな」
「よかろ、茶菓子もそれに合わせよう」
「そりゃ楽しみだ」

 クウハはとろりと微笑む。愛する主人が手ずから用意してくれたものなら、それだけでいいものだ。
執筆:和了
皮と肉
 化け物の精神性を語るには、先ず、自らが其方側に墜ちなければならない、と、病的な何者かが嗤っていたのだ。そんなにも冒涜的な事がお望みならば、オマエ、混沌として蛇に尾を飲まれると好い。ああ、本当に、あまくてとろける、魂魄を這いまわる悪臭ではないか。悉くを罪だと見做したならば、最果て、その先ですらも歩んで往ける……。
 ある時のオマエは悪戯心を撒き散らかす、冗句を口にする門で在った。勝手或いは気紛れに迷い込んだ特異点を擽ったりする。ある時のオマエは愛情を受け止める、決してこぼさない器で在った。成程、生物を引っ張り込めない贈り物と定めれば実にいとしいものだ。故にこそ、得体のしれない肉々に痺れるようなザマを晒せるのだ……。
 ――なあ、おい、オマエ、なんか妙なこと考えてんな。
 ――無視かよ。
 HA――! 聞こえているとも。聞こえているのだ。ウィッカーマンに自ら這入っていく沙汰を如何して狂気だと謂ってはならない。それともオマエは齧られる事に悦を覚える、たいへん愉快な人類だとでも……? 申し訳ない、ホイップクリームを拒絶した時点で、その腐れた心臓はマトモで在ったな!
 ――ケッ。オマエの考えてることなんか理解出来ねェし、理解したくねェけど。なんか癪に障るんだよ。何処見て喋ってんだよ、オマエ、いや、オマエ等か……?
 ――とにかく、だ。俺のことなら幾等でも妄想して構わねェが。
 ――わかってんだろ。その先は地獄だ。焦熱地獄だ。
 Nyahahahahahaha!!! 素晴らしい! オマエ、貴様は私の存在を『熟読』したのか。では宴を改めて始めよう。宙吊りの死体ほどお似合いだとは思わないか。
 ――思わねェよ、クソッタレ。
執筆:にゃあら
WARNING! WARNING!
(あ、ヤバいなコレ)

 そんな事を思うのは何時だって唐突だ。
言うなれば、長い事火にかけられていた鍋が突沸するみたいな。膨らみきった風船が割れる寸前みたいな。

これが派手にゴミ箱をぶちまけてスッキリするレベルならば良いのだが、その程度では済まないのが悪霊の困った所だ。しかもあと少しでも放置したら大爆発すると自覚がある癖して、妙に冷静な自分に反吐が出る。

 標的を探して周囲を見れば、ああ、なんとタイミングが良いのだろう!
ソファーに深くかけて、雑誌を読む者が居るではないか。
ああ、なんてタイミングが悪いのだろう!
今日のターゲットはお前に決定だ。悪いな大地クン。

「何読んでるんだ?」
「グラクロのスイーツ特集」
「へェ、俺も見ていいか?」
「ん」

短い肯定を受け、自身もソファーに腰を沈める。
その後しばらくは『これは美味そうだ』だの『ここはちょっと遠いなあ』だの『いくら何でも盛りすぎなんじゃね?』だの言い合っていたが。

 少し気怠い昼下り。大地が大きく伸びた瞬間。そこをクウハは逃さなかった。
突如ズシンと腰に乗る一人分の重み。目一杯背伸びするために伸ばした両手首も、ソファーの縁にぎゅうっと押し付けられて。

「えっ、クウハ……?」

答えの代わりにそっと、首を囲う凹凸に指を這わせる。通常の生命を持たぬ者の手付きに、青年の体はぴくんと震えた。

「ヒヒッ、悪いようにはしねェよ」

赤い瞳は動揺に揺れていて。赤い瞳はエモノを逃さず捉え続けて。
口元は三日月を描いて、猫のように爪を立てて。

その首を、思いっきり……擽る!!

「えっちょっクウハ!!!??」

振り払う手は既に封じられている。

「あひゃひゃ、ん、っふふ……! だめ、だめだって……!」

身をくねらせて逃れようとするが、腰の上に乗る体重がそれを許さない。そう、大地は突然の擽り地獄に落とされたのだ。

「おりゃ!! こうか、ココがいいのかァ!?」
「も、ごめっ、……もうやめて〜!!」

 さて、そこから針を少しばかり進めて、時刻は鳩時計はおやつの時間を告げる頃。
革張りのソファーの上に寝転んでいるのは、びくびくと震える細身の身体。
あちらこちらに広がる赤と黒の乱れ髪。ヒー、ヒーと、絶え絶えに甲高く息をする姿。目尻に少し残る涙。

ヤマシイコトハシテマセン。コレハホントウデス。

まあでも、大地が大層いい反応をするので、これはこれでスッキリした。したのだが……。
そういえば、『くすぐったい』と感じるか否かは、擽る側と擽られる側の関係に大きく依存すると言う。
確かに俺だって通りすがりの知らねぇオッサンに脇腹を擽られても擽ったくない。どころかキモい。

大地に関して言えば、首はむしろ致命傷を負った部位であり、そこに触れるものを威嚇しても何ら不思議はないのだが、あの反応はむしろ……。

「大地。俺が言うのも何だけどさ、ちょーっと隙あり過ぎじゃねぇの?」
「えっ……?」

洋館の主はムシャクシャモードから一転、今度は心配モードに入ってしまうのだった。
惚気と仕返し
 洋館に遊びに来ている人ならざる仲間、鏡禍。そんな彼がいつも持っているソレが今日はなぜだか目についた。部屋の明かりで輝いて見える銀色の縁取りのされた手鏡。女の子っぽくて可愛らしいと揶揄ってやったら『繋がってるので仕方がないでしょう!?』と面白い反応を示してくれた一品だ。

「今日はなんか手鏡綺麗じゃねェか?」
 ついと指をさして問いかけると、きょとんとした後に鏡禍はめちゃくちゃ嬉しそうな笑顔を見せた。なんか変なこと指摘したな? と自身の失敗に気づくももう遅い。
「あ、わかります? これちょうどここに来る前に手入れしてもらったんだんですよ。僕どうしても手鏡の手入れが下手で汚れが残るんですけど、見かねた彼女が時々手入れしてくれるようになって、これがまたすごく綺麗に磨いてくれるんですよ。繋がりがあるからか鏡も大切にされるとすごく嬉しくって……」
続けて何か言う前にこのマシンガントーク、それもわかりやすく幸せそうなオーラを放ってくれている。人間である彼女と順調に付き合っているようで結構なことではあるし幸せそうで良いことだと思うのだが、それはそれとしてこのまま惚気続けられるのも癪だ。しかし普通にストップをかけたところで止まりそうもなく、さてどうするか……あぁそうだ。

「お、ウワサの彼女サンのご登場だ」
 遮るようにわざと鏡禍の後ろを見て、手をあげながら誰かが来たような振る舞いをする。もちろん嘘だ。この部屋には自分と鏡禍の二人しかいない。
「えっ!?」
 視線を辿るようにバッと振り返った鏡禍はしかし、後ろに誰もいないことを確認して恨めしい目線をして顔を戻してくる。期待するほうが悪いのだ。それに本当に彼女が来ていたらどちらにしても語ったことを思い出して赤面するに決まっているのに。
「クウハさーん?」
「いやぁ、悪い悪い。ありゃ幽霊だったな」
 もちろんこれも嘘。赤毛の幽霊もいたかもしれないがこの部屋に幽霊は来ていないし、来ていたところで鏡禍が気づくし見えるのも知っている。妖怪なのだから当然だ。
 だから当然のように嘘だと鏡禍も気づくわけなので。
「クウハ!」
 へらへらと全く悪びれもしないで笑う姿に、鏡禍は思わずらしからぬ大声を出してしまう。
 彼にしてみれば言うにしてももうちょっとマシな嘘でもあろうもの、と思っているのだがクウハは鏡禍の様子を楽しんで(ついでに仕返しをして)いるのだからわかったところで変わるわけがない。
「騙されるほうが悪いのサ」
 してやったり。あーすっきりした。ぷんすこと怒っているように見える鏡禍は全然怖くない。
 その様子にもう一つ笑って、幽霊と妖怪の何気ない時間は過ぎていく。
執筆:心音マリ
時には兄貴分として
「いや、なんでだよ?」
 思わずそう言った俺を、絶対誰も責められない。これは確信を持って言える状況だった。
 片手に強く手首ごと握ったナイフ、らしくなく垂れる汗。
 壁に押し込んだ目の前の男が、たった今、夢から覚めた顔をしている。
 後ろからナイフが音もなく引き抜かれ、美しい商人が優しく名前を呼ぶ。
 俺はその声に従って男__京司の手首を掴み直してゆっくり起き上がらせる。
 ほぼ無抵抗なその姿に胸がざわざわするが、無視して客間のソファまで抱える。
「ちょっとびっくりさせたかった……訳じゃねえな?」
「…………うん、なんか。恋人が出来て、それで笑っていられて……そしたら……………」
「思ったよりも難儀だね、トキ。幸せ慣れ出来なくて死にたくなるって?」
 流石の商人でもこういった形で京司の衝動が出るのは予想外だったらしい、顔こそ笑っているが声は硬い。
 元から死にたがる性質の京司に恋人が出来た、と聞いた時は少しは落ち着くかと思った矢先だった。
「良いんだ、良いんだよ。幸せを感じても良い」
「あァ、そうだとも。幸せを恐れなくて良い。それに……」
 セパードはきっと、そんなトキも受け入れてくれるさと商人が囁いてやっと京司は力を抜いた。
 京司はまだ、恐れることが多いんだろう。だから眠りと自傷へ逃げる。
 それでもいつか、と柄にもなく願いを込めて眠り落ちた頭を撫でた。
執筆:桜蝶 京嵐
惚気、のち、怖気
「彼女さんとも仲良しみたいですね。」

 そう声をかけてくる鏡の小僧の頭を無遠慮にグーで小突く。けれど鏡禍にとってはその程度たいしたこともなく。変わらず隣の彼へと生暖かい微笑みを向けている。

「あぁあぁそうだよナァ。おまえさん、いつか言ってたもんナァ? 『誰かとの繋がりは温かいものだ』とヨ。あん時ゃさんざっぱら惚気やがっテ。」

 今度はゲシ、っとその背中を足蹴にするが、それも鏡禍にとっては大したダメージもなく、「汚れるじゃないですか、もう」とぱっぱと払う程度のこと。

「そういうおまえさんは、ちゃんと進展してんのか? ア?」

 そう言われると、正直自信がないところもある。それでも。

「僕たちには僕たちのペースがありますから。」

 自分が強くなっていると自覚できる。
 厳しい場面でも、彼女を守ることができたから。

「いっちょ前に自信満々な男の顔しやがって。鏡禍のくせにヨ。つきあってらんねぇワ。俺も彼女に癒してもらうとすっカナ。」

 最後には尻に蹴りまでいれてくる友人に、思わず苦笑が零れる。

「少しは手加減してあげてくださいよ。彼女さん、僕みたいに頑丈ではないでしょう?」

 なんとなく。そう、なんとなくだった。そう声をかけると、彼は足を止め、こちらを振り返った。その時の彼の表情に、鏡禍は背筋に冷たいものを感じた。悪霊である彼が。

「あん? それはお前が一番よく知ってんだロ?」

 彼の言葉の意味が分からない。

「あぁ、でも、お前が知らない顔もあったナァ。ありゃぁ最高だったゼ。血みてぇに赤い髪を振り乱してヨ。」

 ……待て。彼の恋人に、赤い髪の持ち主なんていない。だって、その髪の持ち主は……

「クウハ、何を言ってるんだ?」

 纏う悪気が漏れ、口調が昔のソレに戻ることも構わない。

「鈍いナ。それとも、認めたくネェのか? 旨かったゼ。お前の彼女の血……」

 最後まで言葉が紡がれることはなく。本来堅牢なる城壁を破るような一撃が、目の前の友人を薙ぎ払う。けれど。

「……オイオイ、ご挨拶だナ? だが、間違っちゃいネェ。躊躇せずに必殺をぶち込むのは正解だ。本来ならナ。」

 そう言葉を紡ぐ友人の身体に首はなく。されどあたりを染める赤もなく。一面にはまるで蝶のように可憐な紫の花、花、花。

「おまえは誰だ。」

 これはクウハではない。そう確信をもって言葉を投げるが、目の前の身体は彼の仕草そのままに肩をすくめて見せる。

「俺はお前の大事な大事なオトモダチだゼ?」

「違う。クウハは俺の彼女を傷つけない。」

「烙印に侵された者がいつまでも正常だと思うか?」

 その言葉に一度、言葉が詰まる。

「お前の罪は忍耐だ、鏡禍。なぜ抗う。欲望に。本能に。獣性に。故にお前は、誰かに奪われ、嫉妬する。」

 そんなことはない。そう返したくても。言葉が出なかった。

「先ほどの躊躇なき撃は見事であった。だが、貴様は何に怒りを覚えた。友人を騙ったことか? 否。愛する者を辱められたことか? 否。己が手で……」

「黙れ!!」

 そう叫ぶだけが、精一杯だった。

「人間との距離を、ゆめ、はかり間違うでないぞ。鏡の悪霊よ。」

 その声を最後に……

 …………

 ……

「……だぁから言ったろ、軽い気持ちで来んじゃネェって。ヒデェ顔してんぞ、お前。」

 腹を蹴る友人の小言に、これは現実だとそう認識する。
 あたりを見れば、先ほどまで気づかなかったが、小さな花が点々と、こちらを見ているようだった。

 ロベリアの花。
 花言葉は『悪意』。
執筆:ユキ
悪霊と相乗り
「俺、思ったんだよな。京司と手を組んだ方が良いって」
「ん、うん? 何の話?」
 練達の菓子をつまみながら、クウハの実況してないゲームプレイを見ていた京司は怪訝そうに眉をあげた。
 クウハは1度ゲームをセーブすると、あぐらを組み直して説明する。
「いやな、結構サヨナキドリ組に悪戯しようとしても警戒姿勢が堂に入っててやりにくいんだよ」
 特に目の前の京司は仮眠くらいしか隙を見せない仕事人間だ。
 でもだったら、悪戯する方に巻き込んだ方が愉しいのではと考えたのだ。
 何かの作戦立案や裏仕事の時もそうだが、京司は割と意地の悪い作戦を思い付きがちだ。
「その才能(?)を生かして、俺様と愉しまないか?」
 ちょっと気取って手を差し伸べれば、悪い顔で笑う京司が目の前にいた。
「……良いかもな。じゃあ、手始めに誰をターゲットにする?」
「そうだなあ。ここはやっぱり安定の大地かな。いや、フーガも良い反応が期待できそうだよな」

 ──雨のある日、一組の悪が生まれた瞬間だった。
執筆:桜蝶 京嵐
驚く顔もまた良いもので
「全く、人を驚かそうだなんて、それでどんな反応を期待していたのかしら?」
 はぁとため息ひとつついたルチアは目の前で悪びれもせずへらへら笑っている悪霊を見た。彼の横には大きめの氷がふよふよ浮いている。早い話がこれを背中に突っ込まれそうになったのだ。突っ込まれるより早く落ちた雫が背中を伝い、慌てて振り向いて気づくことができたのは幸運だったのだろう。
 ちなみに雫の冷たさに悲鳴が上がりそうになったのは気力で抑えた。しっかりとした大人は何があっても早々動じたりしないものだから。
「せっかくだし麗しのレディの可愛らしい悲鳴一つ、いただいても罰は当たらねェかと思ってな」
「こんな子供の悪戯で驚くような女じゃないわよ」
「そうらしい」
 困ったもんだとクウハは首をすくめてみせる。
「というか、この氷どうしたの?」
 現在位置は幻想の街中だ。人通りの少ない道とはいえ、昼間になんで氷を持っているのかという話である。それとも悪霊なら氷の一つや二つ容易いのか、と思っていたルチアだったが、返事は意外なものだった。
「あぁ、最近暑くなってきたからかき氷でも用意してやったら喜ぶ奴もいるだろうなと思ってさ」
「買った氷を悪戯に使おうとしたの?」
 呆れた、とルチアの声音が告げている。だが、クウハにしてみたら友人の恋人が一人で歩いているのだからちょっと手を出してもいいかな、という気持ちになったって仕方がない。そもそも揶揄ってやろうと思い立って我慢できるほどできた存在なら悪霊なんかやってない。
 もちろん傷つけでもしたらその友人がどうなるかなんて火を見るよりも明らかだから本当に軽い悪戯に留めたのだが。
「必要ならまた買えばいい。そんなもんだろ?」
「そうだけど……」
 ルチアの視線はクウハから溶けかかっている氷、そして滴り落ちる雫へ。地面を濡らしたそれは地面に染み込んでいく。頭の中では物は大切にと言いたいような、無駄にはなってなさそうな状況でこれ以上も言うのはどうか、といったところだろうか。
「ま、あなたが良いのならいいのだけれど。でも人を揶揄うのはほどほどにね、待ってる相手がいるのでしょう?」
「だな、買い直すなりなんなりして今度は素直に帰るサ」
 じゃあ、とルチアは一礼して去っていく。その背中に向かって。
「ところで……驚きに丸くなる目は、なかなかいいもの見せてもらったゼ」
「ちょっと?!」
 手を振りながら言えば、焦る声が後ろから追いかけてくる。が、クウハは気にせず歩いていく。
 うむ、いいものを見せてもらった。だがこれを妖怪の知り合いに話すかは……別の話だろうな。なんて思いながら。
執筆:心音マリ
ある日の君と
「ク・ウ・ハちゃーん!」
 ぼん、と軽い衝撃とともに後ろから抱きつかれる。
 誰彼構わずちゃん付けで呼び、テンションの高いこの喋り方はひとりしかいない。
「よう、ファニアス。久しぶりだな」
 今日はどうしたんだ、と振りかえりながらふわふわの髪を撫でる。
 そっとクウハから離れたファニアスは、入り口に置いたトランクケースを持ってくる。
「それがねえ、新しい小物類を仕立てたんだけど京司ちゃんも商人ちゃんもいないんだよ▲」
「あー、なるほど。だから此処なら来てるかもって?」
 ファニアスはサヨナキドリの商売人であり、同時に仕立て屋だ。
 スタッフの制服なども直したり調整もしているらしい。
 衣装持ちのクウハも時々、服や靴のメンテナンスを依頼していた。
「残念ながら今日はまだ来てねえな。約束もねえ」
 取りあえず茶でも飲むか、と誘うとお願いするよ、と明るい返事が返ってくる。
 クウハが茶の準備をしていると、ファニアスが「そうだ」とトランクケースを開く。
「せっかくだからクウハちゃん、ちょっと見てみる?」
「良いのか? 気になってたんだよな、ファニアスの作品」

 紅茶を淹れ終わって見せて貰った試作品はアクセサリーだった。
 指全体を覆うリングにブレスレットとリングが一体化したもの。
 柔らかな布地で作られたヘアアクセサリー。
 夏に向けてか、素足に付けるアクセサリーもあった。
「このリング、強そうでいいな。好みだ」
 クウハが手に取ったリングは俗にアーマーリングと呼ばれるもので、指全体を覆う。
 削りで模様を入れ、先端を尖らせた形だ。
「ここには持ってきてないけど、クウハちゃんには指全部にリングを通すタイプのリングブレスレットが好きかもね¶」
 そうして二人でアクセサリー談義をしていると、ひょっこり商人がやって来た。
「おや、来ていたんだねえ」
 そこで三人でお茶会兼試作品評議会となったのだった。
 商人はだいたいの物にOKを出しながら次の仕事をファニアスへ頼んだ。
「アジアンカフェのコたち用に幾つか頼めるかい? 髪が長いコが多いからヘアアクセサリー多めで」
「ええ、任せて♪ カトルカールちゃんが店長の奴だよね?」
 あのコも長いもんね、とファニアスは頷いて納期や雰囲気を聞く。
 それから席を立つとトランクケースを閉める。
「さっそくデザイン考えてくるねん§ クウハちゃん、ご馳走さま。またね~~†」
 次の新作が楽しみだ、と商人とクウハは元気良く帰るファニアスを見送った。

執筆:桜蝶 京嵐
夏至のころ
「……直りそうか?」
「ふむ。内部の術式が想定外の汚れで機能不全に陥ってたみたいだ。すまないね、自動洗浄機能が甘かったか……」

 クウハの主人であるソレは、森の洋館にあるクウハの自室に取り付けられた装置に手を当てて申し訳なさそうに眉を寄せた。白く嫋やかな手が触れているのは一見すると水晶で出来たウォールランプの様な代物だが、その実態は魔術を用いて部屋の換気や室温調整を行う……練達で言うエアコンである。クウハの主人が取り付けたものだ。

「あー、この間の襲撃の余波でどっかしらイカれたのかもな。慈雨が謝ることじゃねえよ。居住区の魔術を持ち出してもらってんだから、こうして診てもらって感謝はしても文句なんて出ないって」
「そうかぃ? ……一応、他の部屋のも診た方が良さそうだね」
「悪いな、頼むよ。森の中とはいえこれから夏だしな」
「それで対価なのだけど」
「おう、何でも言ってくれ」
「この間言ってたレモンのジェラートを作ったから、その味見で」
「甘やかしに甘やかしを重ねる対価は完全にレートがおかしいんだよなぁ」

 クウハは呆れ顔で天を仰いだ。嫌ではないし嬉しいが、不安になる。色んな意味で。

「……ちょうどアイスティーを作りたいと思ってたんだ。ジェラートも一緒に食いてぇしその時に対価に入れていいかい、ご主人サマ」
「いいのぉ?」

 無邪気に喜ぶ主人の姿にクウハは苦笑しながら甘える様に頬を寄せる。ほんのりと暑い季節なんてものはその実、この甘やかさの前では些細な問題だった。
執筆:和了
七夕と言えば素麺、素麺と言えば流し素麺、流し素麺と言えば……
「バトル・ロワイアルだ!」
 楽しげにニヤニヤ笑うクウハは練達式流し素麺機ロングDX改良型の隣で上機嫌だ。
 ちなみにこれをもっと大人数で楽しめるよう、魔術でコース延長したりした京司と商人は観戦の構えだ。
「クウハさんは大切な人ですが、今日だけは敵。手加減はしませんよ……!」
 あまり食卓にあがらない素麺を前にハンナもやる気充分だ。
「……おっと、上流ルートを狙えるのは俺たちも同じだと…忘れないで欲しいな。ね、ラスヴェート………?」
「はい、頑張ります!」
 ヨタカも飛行能力を生かして息子のラスヴェートを抱え、タッグを組んで準備をしていた。
「一見、上流ルートは最有利ダガ……」
「それでも逃してしまうものだってあるはずだ」
赤羽・大地は下流ルートを陣取り、ハイエナ作戦を狙っていた。
「奇遇ですね、僕もそのつもりでした。つまり、このルートを陣取ったからには、反応値と命中率が物を言うということですね?」
鏡禍もノリノリで赤羽たちの反対側へ回る。
「それじゃあ、漁夫の利でも狙っていきましょうかね……」
 呟きながら滝壺と下流の境目にやって来たのは、彩陽だ。
 最後にクウハが狙っていたルートにつき、箸と椀を構える。
 全員笑っているが、子どもが混じっていようとも手加減する気はゼロ。
 なにせこれは七夕の夕飯代わりでもあるからだ。
「それじゃあ、名誉ある投入係を拝命したわたしルミエールとフルールちゃんが宣言するわ」
「ゲームスタート! …です!」
 大人も子ども楽しく本気な流し素麺バトル・ロワイアルが始まった。
 ちなみにバトル非参加者の為に色つきと味違いの素麺はテーブルにセットされている。
 そしてその素麺をフーガと望乃、そして商人は素麺バトル・ロワイアルを観戦しながら食べていた。
「甘い……。これは、むらさき芋?」
「あ、甘いのも美味しそうですね。こっちはちょっと酸味がありました」
「そいつはブルーベリーかな? ヒヒ、意外かもしれないが胡麻や豆乳が合うと思うよぉ」

 こちらも観戦しながらファニアスは副菜として用意されていた蒟蒻の稲荷をえくれあ、カトルカールと並んで食べていた。
「みんな、がんばれー!」
「そうだよ~、はりきって~♪」
「あれの何が楽しいんだ……?」
 反抗期の入り口にいるカトルカールには楽しさがいまいち伝わらず、反応に困っていた。
 最初から七夕スイーツにしか興味のなかった京司と真砂は並べてあるものをとりあえず、1個ずつ食べ比べしていた。
「こっちの寒天ゼリー、見た目と同じくらい味のグラデーションが美味しい。スイカからレモンだ」
「良いですね、原料もちゃんとフルーツからだと伺いましたよ」
「あ、そろそろ決戦かな。行こうか」
 大盛況のバトル・ロワイアルへふたりも向かい、やがて七夕の素麺パーティーは終幕へ向かったのだった。

執筆:桜蝶 京嵐
クウハシェフの日替わりパスタ
 森の洋館、厨房。
「ん! おかわり!」
 深海・永遠は口元のソースを手で拭いながら、クウハに向かってさっきまで山盛りのパスタが乗っていた皿を渡した。
「さっきからすっげェ食べるな。腹減ってたのか?」
「いや? オレいつもこれくらい食べるぞ」
 次に作るのはトマトソースのパスタ。正直パスタの在庫に余裕が無くなってきていたが、丁度トマトソースが余っていたから特別だ。

「そういや、今まで食べた中で好みだったりお気に入りのパスタってあったか永遠」
 ふと気になってクウハは永遠に尋ねる。
「んーとなー、小さい肉が乗ってて黄色い卵のソースのやつ」
「肉っていうかベーコンな。成程。アサリのパスタは食わねぇんだな」
「アサリは食料じゃなくて友達にいるもん。あと赤い輪っかが乗った辛くてシンプルなのもオレ好きー」
「赤い輪っか……ああ、唐辛子か。意外と庶民派だな」

 クウハは口元に手を当てて笑いながら鍋をかき混ぜて麺を茹でる。いずれトマトの香りが漂ってくるだろう。
「友達にアサリがいるんじゃ、シーフード料理全部ダメじゃねぇか」
「いんや、見た目そのまんま調理してなけりゃ食べるぞー! アサリの味知りたいから今度細かく切って出してー!」
 椅子をガッタンガッタン両手で揺らしながら足をブラブラさせる永遠。
「面白ぇこだわりもってんのな。いいぜ、今度出してやるよ。ちゃんと食べろよな?」
「食べられなかったら祭壇にぺかーってやってミレイちゃんにあげる!!」
 更に椅子をガッタンガッタン揺らしていく永遠。
「あのなぁ、それ以上揺らすとポルターガイストが起きちまうからやめとけ――ほら、出来たぞトマトソースパスタ」

「――わぁぁーーーー!!」
 出来たてフレッシュなトマトソースパスタに目を輝かせる永遠を見てクウハは内心、あれだけ食べてまだ食欲沸いてるのかよ、と若干引いていた。
「いっただっきまーーす!!」
 そして美味そうに食べてくれる永遠をクウハは嫌いではなかった。……食費はかさむが。
「お前の腹どうなってるんだよ」
「むじんぞー! って町の食堂のおばちゃんがゆってた」
「ククッ、無尽蔵なぁ……違いねぇ」
「ところでむじんぞーってどういう意味?」
「『尽』きなくて『無』限だって事だ、そろそろ熟語とかちゃんと覚えろよな」
「ふーーん……」

 永遠はそこまで頭が良いわけではなかった。使う言葉にひらがなが多いし偶に『言う』が『ゆう』になる。
「じゃあさじゃあさ、クウハのパスタもむじんぞーだよな!」
 ニカッと悪意無き笑みを見て、クウハは頭を掻いた。
「パスタは有限だっつーの……」
「そーなの?」
「当たり前だろ!」
執筆:椿油
続・クウハシェフの日替わりパスタ
 森の洋館の中を警らしているクウハ。たまに、何か良からぬモノが入り込んでいないかチェックしているのだ。
「この前なんかは割とヤバい亡霊……いや暴霊が奥の部屋で暴れてたしな」
 まあ結局はクウハが反省するようにシバいて、今やこの森の洋館の一員になっているのだが。

「お、姫さんじゃねェか」
 困惑した顔で、お皿を持ってミレイがクウハへ近づいて来た。クウハはその皿に見覚えがあった。
「……それ、永遠が食べ残したやつか?」
「うん。『ごめんなミレイちゃん、やっぱアサリ無理だったなむなむ』って祭壇で言ってたの」
「アイツ結局アサリ食べられなかったか……で、見るからに姫さんは食べられたみたいだな?」
 祭壇を通して、幽霊のミレイが食べられるようになっていた料理の皿は綺麗になっていた。
「大丈夫だったよ。これ、厨房に返した方がいいよね……?」
「いや、俺が責任持って返してくる」
「……そう? ありがとう、クウハ」

 お皿を一枚受け取ると、早速ゴースト達が割りたそうに興味を示してくるのでガードしながら厨房へと戻る事にした。
「今度からアサリのパスタは無しだな……っていうか『なむなむ』ってどこの祈り方だ?」
 厨房に入ると――冷蔵庫を漁っている、永遠が。
「おっ、クウハどうしたんだー? あれそれミレイちゃんにあげたお皿じゃん、何でクウハがもってんの?」
「お前が残したんだろうが」
「そうだったごめんごめん! いやーやっぱり刻んでもアサリは友達だから無理だったぽい!」
「海産物系全部食べられないのかよ、永遠」

「……いや? ワカメとか昆布ぐらいだったらいけるぞ?」
「何でだよ?」
「草だから!」
 海藻は友達じゃないらしい事が判明した。

「――って事はワカメのパスタなら食べられるんだな?」
「まあなー! 作ってくれんの!?」
「自分でワカメ獲って来たら考えてやらねぇ事もないな。わざわざお前の大量のパスタと一緒に材料は買わねぇよ」
「分かった! じゃあ今から獲ってくるーー!!」
 ダッと走って外へ向かう永遠。
「おい待て待て、お前素足だよな?」
 クウハが永遠の肩を掴む。
「……そだけど?」
 ほけ、と永遠は頭を傾げていた。
「ちゃんと屋敷の前で足拭けよ」
「うん! いつも拭いてるからだいじょーぶ!」

 何故だか、永遠には甲斐甲斐しく世話したくなってしまうクウハ。きっと放っておくと何しでかすか分からない、といった勘が働いているのだろう。
「それじゃあ行ってきまーーす!!」
「……そうだ。お前、なむなむってどういう意味だ?」
「え? 祈る時はなむなむって言うといいってばっちゃがゆってた」
 ――永遠が「ばっちゃがゆってた」と言う時は、不特定多数の誰かから偶然聞いて耳に入った時である事をクウハは知っていた。
「……ま、いいか。怪我して帰ってくんなよ」

 永遠が居なくなると、途端に静けさが増す洋館。厨房の水滴の音ぐらいしか聞こえてこない。
「アイツ、ゴースト並に騒がしいな……ん? そういや冷蔵庫覗いてたよな……」

 嫌な予感がしてきた。冷蔵庫を開けると、クウハが後で食べようと思っていたおやつの類いが、根こそぎ綺麗に食べられて包みだけ残っていた。
「――永ぉぉ遠ぁぁーーー!!」

 その頃、海まで猛ダッシュ中の永遠はやっと思い出した。
「あっやべ! おやつ食べちゃったごめんなって言うの忘れてた!!」
執筆:椿油
曰く「誰が何とゆおうとシャイネン・ナハトだぞ」
 ――森の洋館に突如、陽気なステップで来客が来た。
 紺の帽子を被り、茶色い髭を蓄え、後ろに垂らしているのはビチビチ動くドデカい魚。
「メシーー食べ済まーーす!!」
 そう言って厨房をドバンと開けたのは深海・永遠だった。
「は??」
 晩飯の支度をしていたクウハがドン引きした顔で振り向く。
「ほら、シャイネン・ナハトの時期じゃんか」
「そうだけどよ、その格好なんだよ」
 何もかもニアピンしたかのような珍妙な永遠の格好を指差すクウハ。
「クウハにお菓子作ってやろうと思ってさ! この前のぶん!」
「あー、冷蔵庫ン中ただ食い事件な。しっかりと覚えてるぜこの野郎。で? そのマグロっぽい魚でお菓子作るってか?」

「のんのん、これはシャケだぞ!」
 まな板の上にドゴォーン! という衝撃音と共に置かれる大物のシャケ。とてもシャケから聞こえる効果音ではない。
「シャケぇ!?」
 グッタリしているが、確かに良く見るとシャケだった。

「まず、さばきまーす」
 永遠は紺の衣服に血が飛ぶのも構わず厨房を使用してシャケを捌いていく。
「おい、使用許可は?」
「今とる! いい?」
「あいよ、どうぞ――って子持ちじゃねェかこのシャケ」
 子持ちのシャケ(雌、享年5歳)から丁寧にイクラを取り出す永遠。そして、既に炊かれていたご飯を水に浸した後の手で一握り取り、丸く形作ってから海苔を巻いて、上にイクラを天女の羽衣のようにそっと乗せたら――完成。
「できた!! かんせーです!!」
「ってこれイクラの軍艦じゃねェか!!」

 きょとんとした目で永遠は見つめる。
「え? 何ゆってんのクウハ。たまご料理だからお菓子だろ?」
「多分お前の言う『たまご』は何か履き違えてるぞ……っていうか海の生き物は大体友達って言ってたよな? 大丈夫なのかお前の論理観的に」
「オレが食べるぶんにはイヤだけど、クウハが食うぶんだからいいの! あとコイツ川にいたから半分セーフよセーフ」
「産卵のために回遊してただけだぞソレ。ま、いいか……良くこんな大きいシャケ見つけられたな永遠、何センチあるんだよ?」
「んーっとね、2.5めーとる」
「並のマグロよりでけェな本当良く見つけられたな!? それはいいとして食べるか……折角作ってもらったんだしな」
「たんとおたべ! まだまだ作るかんな!」

 ぷりっ。流石2.5メートルのシャケ、イクラも説明不要のデカさ。普通の米でなく酢飯で食べたかったと思いつつも、クウハは美味しく食べていく。
「うめぇ……」
「あいよ5貫目おまちぃ!」
「ん、お前の気持ちは良く分かったぜ永遠」
「あいよ10貫目おまちぃ!」
「だがな良く聞いてくれ」
「あいよ20貫目……なに?」
「晩飯作ってる途中でそんなに食ったら入らないどころか作れねェーーーッ!!」

 永遠、ポカンとする。
「……じゃあオレも晩ごはんつくろっか?」
「いや、いい。折角の永遠の気持ちだ、全部食べねェと気が済まなくなってきた」
「無理すんなよーっ!?」
「何のイクラの軍艦ぐらい! おかわり!」
「はいよ!」
「おかわり!」
「はいよ!」

 わんこ軍艦を食べきったクウハは、その後作ろうとしていた晩飯を一旦冷蔵庫にそっとしまったのであった。

「そんじゃクウハよいシャイネン・ナハトを! また今度なー!」
「おい待てよ、うっぷ……ご馳走様でしたァ!!」
執筆:椿油
安眠案内
「……何してんだ?」
 その日の依頼、馬車の時間より早く着いたクウハを待っていたのは眠る京司だった。
 正直、京司が眠るのは別に良い。普段からワーカホリックなので寝れる時に寝とけと思うからだ。
 だが、眠っている状況は珍しかったのだ。
 なんと、あのカトルカールが京司に肩を貸しているのである。
 カトルカールはそういう事を苦手としそうだったし、京司も部下にあたる彼にそういう行為をされるのは遠慮しそうである。
 しかし現実として、片膝を立てて眠る京司はカトルカールのほっそりした肩に凭れている。
「しー、今やっと説得して眠らせてやったんだ」
「眠らせた?」
 そうだ、とカトルカールが小声で返す。
 カトルカールの話に最初に到着していたのは京司であった。
 依頼の時の京司は割りとアクティブというか、出発前は軽くストレッチと準備を整えて何時でも戦えるように立っている事が多い。
 なにせ警戒心が強く慎重な男なので、身内だらけでもない限り人前では眠らない。
 それが今日に限ってやや体調が悪そうだったとカトルカールは感じたそうだ。
 仕事の上司と部下とはいえ、付き合いはそれなりにあるしワーカホリックなのはサヨナキドリに入ってすぐ気付いた。
 クウハとしても京司はまあまあ生き急ぐタイプの人間であることは承知している。
 家族が出来てもそこは変わらない、どころかちょっと悪化してる気さえしている始末だ。
 なので、今回のこともカトルカールが頑張って言い募ってやっと仮眠を取ってくれたのだろう。
「はー、しょうがえねぇなぁ……」
 京司を上着で隠すと、他の参加者が来るまで寝かせておくことにした。
執筆:桜蝶 京嵐
曰く「誰が何とゆおうとグラオ・クローネだぞ」
 ――このテンションで来るのは二度目だろうか。
 ハート型の桶を持ち、何故か迷彩服を着て、後ろに引っ張って来ているのはジャラジャラと音が鳴る大きな袋。
「ハッピー晴れ舞台ーーん!!」
 そう言って厨房をドガッと開けたのは深海・永遠だった。
「またかよ!!」
 静寂が訪れるはずだった昼時の洋館に永遠がやってきて、クウハは驚いた。
「グラオ・クローネの時期だもんな!!」
「過ぎてるわボケ」
 ニアピンすらしていない謎の格好。袋から桶に移された中身は、枝豆だった。
「クウハにお菓子つくってやんよ!」
「まさかとは思うが、枝豆だからチョコになるとか思って無いよな?」

「……ならないの?」
「ならねェよ。全部の豆がチョコになってたらこの時期苦労しねェわ」
「まー潰すかー、せめてずんだのお菓子にしよーぜ」
 怪力でゴリゴリ枝豆を潰す永遠。
「せめてずんだにしようとするぐらいなら茹でるとか皮剥くとかしろよ!」
「材料100%使うのがおれのポリシーなの!」
 ペーストになった枝豆に砂糖やらシナモンやら足していく永遠。なお、再現性東北地方でずんだに本来使われるのは夏に採れる豆なのだが、これはいつの豆なのだろうか。

「何か怪しい色になってきたな……」
 クウハは心配そうにボウル代わりの桶の中身を見つめる。だが永遠の作業は最終段階に突入していた。
「で、ここでこれをいれるとー」
 入っていったのは、カレーパウダー。
「あらふしぎ! なんか茶色い! な、チョコになったろ?」
「……食べるんだよな? それ?」
 クウハは少しだけ身震いし始めた。
「あとちょっとだけお湯をたしてー」
「オイ! 聞けよ!」

 出来上がった茶色いデロデロの物質。シャイネン・ナハトに作ってくれたイクラ軍艦の方がまだマシだったかもしれねェと思いながら、クウハは口にソレを運ぶ――。
「……カレールーだな、これ」
「え? なんで? チョコじゃないのかー?」
「永遠お前なぁ、カレーパウダー入れ過ぎなんだよ……ま、これはこれで米があれば普通に美味しいじゃねェか」
「……そっかー、チョコじゃないかー」
「豆入りカレーだな」
「おれ、クウハにチョコ食わせたかったんだけどなあ」
 どこか落ち込んでいる永遠。
「……友チョコだろうが義理チョコだろうが、いつか市販品で持って来ればいいだろ?」
「ん! それもそーだな! じゃあしゃーないから市販のチョコ買ってくるなー!」

 どったんばったんと退室していった永遠。

「……ところで、この桶なんでハート型なんだ?」
 形の意味を理解したクウハは、永遠の帰りを待つ事にした。
「流石に義理だよな?」
 直後、永遠が持って来たチョコは、大きなハート型だったとさ。
執筆:椿油

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