PandoraPartyProject

幕間

妖怪の筋トレ日記

関連キャラクター:水月・鏡禍

トレーニングは正しいフォームで、ね。
 思い浮かべるのは、赤い髪の彼女。見た目は小柄で、華奢で、どこにでもいる女の子。……いや、あんなに可憐な女性は他にいない。少なくとも、僕がこれまで見てきた鏡の向こうの世界ではいなかった。
 そんな彼女がくれた甘菓子の味は、いまだに思い出せやしない。我ながら、男として、情けないなと思わずため息がこぼれる。

 せめて彼女を護れるくらい強くなれたら。不死性を宿した妖怪の自分なら、大抵の脅威から彼女を護れるはず。そう思っていたのに。

「かわいいだけじゃなくて、強いだなんて、反則ですよ……」

 そう。彼女は強かった。自分よりも1年以上長く特異運命座標として召喚され戦ってきた先達なのだから、仕方ないともいえるが……そこはそれ。男の子として、譲れないものもある。
 たとえば、依頼を受けにローレットを訪れるとたまに見かける、カウンターで欠伸を欠いているかの組織の主。一見だらしなさそうに見えて、その体躯は正直男の自分から見ても羨ましい。あれで特異運命座標じゃないというんだから、やっぱり反則だ。

 身長は……簡単に伸びるとは期待できない。たぶんそのことを言うと、彼女は笑って「そんなこと気にしないでいいのに」とか、「ちょうどいいじゃない」とかいうと思う。けれど、せめて筋肉くらいは……!!

 そう思い、動きやすい服装に着替え、いざトレーニングをしようと「よしっ!」と意気込んで鏡に向かった彼は。

「……あ。」

 自分が鏡に映らないということをうっかり失念していたのだった。
執筆:ユキ
キミを映す鏡になりたい

 水月鏡禍の気持ちは実り、恋人という立場で赤い髪の少女の隣にあれるようになった。
 彼女はいつも明るくて、話し上手で、つい躊躇って足を止めてしまう鏡禍の手を引っ張って新しい世界を見せてくれる人だ。彼女が笑えば鏡禍も嬉しくて、後ろ向きだった――彼女を諦めようとすら思っていた自分が嘘のように、鏡禍も嬉しくて幸せになる。
 そんな彼女の笑顔を守りたいと思った。男として、恋人として、彼女の心も体も守りたい。
 けれど悲しいかな。彼女が自分よりも色々な意味で強い人であることを、これまでの付き合いから鏡禍は痛いほど知っていた。鏡禍が弱いことを彼女が気にしない事も知っていた。
 けれどそれじゃ駄目だと、鏡禍は思ったのだ。
 以前の鏡禍だったら、きっとこんなこと思わなかったはずだ。
 体を鍛えよう、だなんて。
 彼女に格好良いって思われたい、だなんて。
 水着を着て撫でた自身の胸は悲しいほどに薄くて、泣きそうになる。
 せめて、隣に立っても劣らない自分になりたかった。
 だから、そう。

 ――そうだ、筋トレしよう。

 筋肉は裏切らない。筋肉は一生の友。
 そんなフレーズを聞いたことがある。
 そう、筋肉は裏切らないのだ。筋トレを続け、完璧な体を手に入れれば、きっと彼女の視線も釘付けだ。
 幸い練達へと赴けば、筋トレの資料に事欠かない。筋トレを勧める本は沢山あるし、インターネットで検索をすれば動画で正しい姿勢も、どれくらいやればいいかも、簡単に知ることが出来る。
 そうして筋トレを始めた鏡禍だったのだが……既に様々な理由から何度も挫折しかけている。
 まずは定番の腹筋をしてみようかな、なんて思った自分が浅はかだった。
 流し見た動画ではインストラクターの男性が気持ち良い笑顔で「10回を1セット。これを3セットしましょう」と言っていた。つまり、30回だ。30回。あまりにも男性が笑顔のまま「息を吸ってー吐いてー、息を止めないでー、いいですねー」と話しながらやるものだから、鏡禍もなんだか「結構楽なのでは?」なんて思ってしまった。間違いだった。実に浅はかだった。
 いざ! と地に手を付いて四つん這いになり、片足ずつ足を伸ばした。
 正直に言おう。それだけで腕が震えた。
 えっ、まさかそんな……と鏡禍は驚愕した。
 それでも頑張って腕を曲げた。動画の中の男性は笑顔で行っている。動くと楽なのかもしれない。

 そんなことはなかった。

 曲げた腕は震え、そこから真っ直ぐに戻すことが出来ない。
 ぐっと顔面に力を籠めながら何とか体を持ち上げ、1回。
 筋肉を着けるんだ! と2回、3回……5回目には限界を迎え、地面と友達になった。悲しい。
 まさかこれ程までに筋肉がないとは――!
 鏡禍は密かに泣いた。
執筆:壱花
鍛えるんじゃない、育てるんだ
「強くなって、ちゃんと守りたいんだ……守りたいのにッ……!」
 筋肉を鍛えるにはまず体幹から。そう思って肘をついてプランクに挑戦してみるが、10秒と持たずに鏡禍は臍を床につけてしまう。
 ピクピク、というよりビキビキと腹直筋と腹斜筋が痛む。それは筋力がない彼を揶揄っているかのようだった。
 思い浮かべるのは、ただ彼女の幸せを願いたい恋人の顔。そのために鍛えようとしているのだが現実は非常だ。
 10秒(なお目標は30秒)を繰り返すこと3セット目、ついに情けなさと悔しさから目に涙が滲む。
「他の人なら、もっとできるはずなのに、なんで……」
 床に伏せた低い目線のその先、棚にしまっていた雑誌がふと目に入った。
 筋骨隆々な男が輝かんばかりの白い歯を見せつけて満面の笑みを浮かべている、そんな表紙。

『鍛える時代はもう終わり?! 筋肉は育てる時代へ──』

 黄色い太字のゴシック体で書かれたそのタイトルに、鏡禍は思わずハッとする。
 いったん休憩しよう、と雑誌を手に取ってその特集ページを食い入るように眺める。
『引き締まった肉体欲しさに、食べないなんて馬鹿げたことをしていませんか?』
「うーん、そういうつもりはないんだけど……匂いと味で身体壊したことあったし、ちょっと避けてるところはあるかも」
『筋肉を育てるには睡眠が必要。ちゃんと寝ていますか?』
「そこは大丈夫だと思いたいなぁ」
 大小さまざまな項目が目に入る。一つ一つを振り返る中で、彼の目をひときわ引いたのは、インタビューを受けているマッチョの最後の言葉だった。

『最終的に、トレーニングは【継続】なんですよ。正しい努力をすれば、筋肉は味方になってくれる』

 今はプランクすら長くできない自分でも、その悔しさをバネにすれば。
 それからというもの、鏡禍はどれだけ腕立て伏せができなくても、腹筋が限界を迎えても、毎日トレーニングを続けた。
 初めこそ腕立て伏せ腹筋も5回が限界だった彼も、きちんとストレッチをして臨むことでその回数は6回、7回……と少しずつ増えていく。勿論、毎回彼の全力を出して筋トレをしているので、限界の数に1を足してしまえば息も絶え絶えなのだが。
「少しでも、カッコいいところ、見せたい、から……!」
 苦し気に息を吐きながら、ただその目標のために今日出来ることをやっていく。
 本当は腹部にキレイな縦横の線を入れて見た目も逞しく……と鏡禍は望んでいるが、それにはまだ程遠い。
 何度も床とお友達になっても、その努力が実を結ぶと信じて何度もトライしていく。

 ──その後、初めは10秒出来れば御の字だったプランクが20秒にまで伸びたのは、もっと先のお話。
執筆:水野弥生

PAGETOPPAGEBOTTOM