幕間
ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。
( ‘ᾥ’ )お師匠といっしょ
( ‘ᾥ’ )お師匠といっしょ
関連キャラクター:リコリス・ウォルハント・ローア
- 赤ずきんの花籠
- ●
「ねえ、お師匠」
「なんだい、リコリスさん」
ボクは解らないことがあると、なんだってお師匠に尋ねる。お師匠はどんな些細なことにだって、優しい眼差しと穏やかな声で教えてくれるんだ。
銃の握り方。獲物の急所に行動予測。足音や気配の消し方。『皮』の被り方。それから、人間社会に溶け込むための一般的な常識。
どれも全部、お師匠から教わった。
たくさん教えてもらったけれど、それでも世の中にはボクが知らないことがまだまだいーっぱい! だから今日もね、あのねお師匠ってボクはお師匠に尋ねるんだ。
「赤ずきんは、どうしてお花畑で花を摘むの?」
「ああ、おばあさんにお土産を持っていくところの話かな」
「うん。おばあさんに見せたいのなら、連れて来ればいいのに」
そうすれば花は枯れず、きれいなままお花畑で咲き続けることができる。
どうして? と問うボクに、お師匠はパチリと瞳を瞬かせた。まるでボクの問いが予想外だったみたいに。
「リコリスさんは優しいね」
お師匠はボクを撫でて優しい声でそう言ってから、
「ひとはね、愛しいものを摘まずにはいられないからだよ」
少し悩むような間を開けて、そう言った。
ボクにはお師匠の言っていることがよくわからなかったけれど、お師匠が言うからにはひとはそういうものなのだろう。お師匠は何でも知っていて、やっぱりすごいや!
花籠いっぱいに大好きな花を摘んでおばあさんの家に向かう赤ずきんの姿を思い浮かべ、それをボクはボクに当てはめる。
それってちょっと、『任務』みたいだなって思った。
摘み取る命はただの標的だからボクは愛してはいないけれど、摘み取って花籠(かんおけ)に入れて、お師匠に見てってする。そうするとお師匠は「よくやったね、リコリスさん。えらいね」って褒めてくれる。
わあ! ボク、赤ずきんの気持ちがわかっちゃったかも!
やっぱりお師匠に聞くのが正解だね。
お師匠はいつだってボクを導いてくれるんだ!
●
最近たまに、怖い夢を見る。
お師匠を、ボクが殺しちゃう夢。
暗い路地裏にじんわり広がる黒に近い赤。
真っ白な雪原を染める美味しそうなリンゴみたいな赤。
いつかお師匠と標的を仕留めに行った屋上で、廃屋で、花畑で、神社で。
赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤――。
いつだってその赤の中心に、お師匠が居る。
嫌だって心で叫んでも身体は勝手に動いて、お師匠を殺しちゃう。
殺せなくて躊躇う時もあった。ボクはすごくホッとしたのに、お師匠がリコリスさんってボクのことを優しく呼んで、銃を握ったボクの手を自分の頭に導くんだ。いいこだね、できるねって、いつも通りの優しい眼差しと穏やかな声で。
……どうしてこんな夢を見るのだろう。
ボクはお師匠のことが大好きだけど、摘み取りたいなんて思わない。
そりゃあお師匠はおんなのひとにだらしなくてボクだけを見てくれる訳ではないけれど、それでもお師匠の一番はボクだって知っている。ずっとボクだけじゃないのは確かにちょっと……うん、ちょっとだけ。面白くないって思うけど。ボクだけを見て欲しいって思うけど。
でも、ボクは! お師匠を摘み取るくらいなら、ボクはお師匠に――。
「リコリスさん。また、怖い夢を見たのかい?」
口から飛び出そうな心臓が血流を早くして、頭の中でガンガンと鐘を鳴らす。これは警鐘だ。ボクからボクへ、いつか現実になるぞって告げる警鐘だ。
「お師匠……」
それが怖くて怖くて、今日も広げてくれたお師匠の腕に飛び込んだ。
お師匠の腕の中は安心する。
優しく背を撫でてくれるぬくもりを感じながら生きている証の音を聞いていれば、すぐに瞼が重くなった。
――お師匠の腕の中は安心する。
きっとお師匠は、ボクを摘み取った時もこうしてくれるから。
『お疲れ様、リコリスさん』
そう言って、組織の不要物となり下がったボクでも労ってくれるんだ。
ボクは大好きなお師匠の腕の中、お師匠に摘まれる日の夢を見る。
ひとは愛しているものを摘まずにはいられないのなら――お師匠の『大好きの証』をボクにちょうだい。
お師匠の花籠の中の一等大切な花に、ボクをしてほしい。
●
ひとは、愛おしいものに唇で触れたがる。
愛おしいと思うものを目にした時、それがひとであれ花であれ、芳しい香りに誘われる蝶のように唇を寄せずにはいられない。
けれどひとは、傲慢だ。美しい花々のために地に跪いて唇を寄せず、摘み取って持ち上げ、唇を寄せるだろう。花の命を散らすことを知りながら、その傲慢さに気付きもしないで手折るのだ。
愛しいから、手を伸ばす。
愛しいから、手折る。
愛しいから――自分だけのものにする。
美しい花籠は、花たちの棺桶だ。
私の可愛い赤ずきんは、先程まで魘されていた苦しげな表情から開放され、今は安らかな寝顔で幸せな眠りに落ちている。
この子の不安が少しでも取り除かれることを願い頬をそっと撫でてやれば、もう拾八だと言うのに子供らしさしかない唇がむにゃむにゃと動き、言の葉を紡いだ。
「……おししょー、ボクうれし……」
どうやら幸せな夢に私も同伴させて貰えているようだ。
そんな彼女の姿に、胸にあたたかさが灯る。
いたいけな少女に血塗れた道を歩ませておいて幸せを感じるなど、烏滸がましいのかもしれない。けれど私は、このひとときに確かに幸せを感じていた。
赤ずきんの眠りを守る、このひとときに。
ねえ、リコリスさん。
君の花籠が棺桶になりませんように。
私は身勝手にも、そう願わずにはいられないのだ。
たとえ君が真っ赤な路を歩いているとしても、少女らしく無邪気で無垢な、花籠であってほしい。
けれどもし、君が無垢な気持ちで手折ったのなら、それは仕方がない。
私たち狼は本能には抗えぬ、ということなのだろう。 - 執筆:壱花