幕間
ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。
( ‘ᾥ’ )お師匠といっしょ
( ‘ᾥ’ )お師匠といっしょ
関連キャラクター:リコリス・ウォルハント・ローア
- 狼殺し
- 一面に広がる綺麗な彼岸花の中にボクは立っていた。目を焼かれる様な鮮烈な赤に対して当たりは真っ暗な闇が広がっていた。そしてボクの目の前には間違えようもない大好きな真っ白な背中があった。
『お師匠!』
夢の中だからか上手く声に出せなかったけど、ボクに気づいた様にお師匠がゆっくり振り返った。
『リコリスさん』
声が聞こえなかったのは残念だったけどボクをいつも見守ってくれる優しい眼差し。ボクはその眼差しに向けて――。
銃を、構えた。
『えっ』
なんでボクはお師匠に銃口を向けているの?
なんでお師匠は逃げないの? 抵抗しないの?
なんで、嬉しそうなの?
やめてと叫びたいのに掠れた息しか出てこない。そしてボクの意思と反して、引き金に指がかかる
『あ、あ、お師匠』
逃げて、と言う前に放たれた弾丸がお師匠を撃ち抜いた。微笑みを湛えたままで、お師匠はゆっくり後ろへ倒れて、綺麗だった彼岸花はいつのまにか血溜まりへ変わっていた。止めどなく溢れてくる鮮血にボクは銃を落として、叫んだ。
「――リコリスさん?」
「……っ!」
ボクは飛び起きた。
嫌な汗が流れて、心臓が破裂しちゃうんじゃないかってくらい五月蝿く鳴っている。真っ赤な血溜まりはなく、ボクはベッドの上にいた。目に飛び込んできたのはさっきボクが殺したはずのお師匠の顔だった。心配そうに眉を八の字に下げている。
「大丈夫かい? 酷くうなされていた様だったから起こしてしまったんだけれど」
「……ううん、大丈夫だよ! ありがとうお師匠!」
お師匠に心配をかけたくなくて、ボクはわざとらしく元気な声を出した。本当は夢の中の光景が瞼の裏に焼き付いていて、まだ少し手が震えているけれど。
「……怖い夢でも見たのかい」
「えっ、なんでわかるの!?」
「私は君のお師匠様だからね。可愛い愛弟子のことは大体のことはわかるよ」
なのにお師匠はボクがどれだけ隠し事したってすぐ見抜いちゃうんだ。きっと髪に隠れて見えない片目は心の中を見通してるに違いない。
「どんな夢を見たのかな」
決して責めている訳ではなく、話せと言ってる訳でもないのにあの切長の氷の様な色の目に見つめられると勝手に口から言葉が溢れていく。
「……ボクがお師匠を殺しちゃう夢」
「そうか。私がリコリスさんを殺す夢じゃなくて良かった」
そう言ってお師匠は腕を広げた。何も言わないけど「おいで」という意味だ。躊躇いなくその腕の中に飛び込んで、左胸のあたりに耳を寄せる。トクトクと規則正しく鼓動を刻む心臓の音が、お師匠が生きているということをボクに教えてくれる。お師匠を殺すなんて夢の中だって絶対に嫌だ。小さい子みたいに擦り寄って甘えてもお師匠は優しく撫でてくれる。それが心地よくて遠のいた眠気がまた戻ってきて、ボクはもう一度眠りについた。
「……リコリスさん? 寝てしまったかな」
安心したのか、腕の中で寝息を立てているリコリスさんを抱き上げ再度ベッドに寝かせる。つい先日十八歳になったばかりの彼女を人殺しに育て上げたのは他でもない私だ。若い彼女にはいろんな未来があった筈なのに。その芽を摘み取って赤頭巾を血に染めあげたのはこの私だ。
後悔したことがないと言えば嘘になる。それでももう後戻りはできない。彼岸花の様に真っ赤な路(みち)を歩いていくしかないのだ。
夢の中に旅立って、こちらの言葉が聞こえてないことをいいことに卑怯な私は、ささやかな願い事をする。
「もし、もし私が君の敵になったとしたら。その時は君の手で私を殺して欲しい」
きっと、君は泣いて嫌だと言うのだろうけど。
君は、狼殺しなのだから。 - 執筆:白