PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

我(わたし)の考えた最強の(呪文・詠唱・必殺技)!!!!!!

関連キャラクター:善と悪を敷く 天鍵の 女王

乞い願う。或いは、アリーナ・サヴァスの名誉ある死…。
●死して残るもの
 アリーナ・サヴァスは鉄帝出身の軍人だ。
 退役したのは数年前。
 故郷を離れ、幻想の地へと移り住み、以来はずっと傭兵として生計を立てていた。
 傭兵……武を売る仕事と言えば聞こえはいいかもしれないが、その実は体のいい鉄砲玉だ。はした金で己の命を切り売りし、進んで命を投げ捨てるような親不孝者。
 弾丸1発の価値が、敵の命より高くつく。
 1人殺して、幾らになるかを計算している。
 そんな風な生業だ。
 道の端で死体を発見したのなら、懐を漁って財布を探す。
 病に喘ぐ旅人を見れば、金目のものを奪って立ち去る。
 命と金を秤に乗せて、どちらが重いかを考える。はじめのころは、傭兵仲間のそんな行為に抵抗感を抱いていたが、1年も過ぎるころにはすっかり慣れていた。
 そんな彼女……アリーナが今回受けた任務は、ある研究者の護衛であった。
 向かった先は、幻想郊外にある廃村。
 研究者の師が、人生の終わりを過ごした屋敷があるという。
「だってのに……あぁ、なんだってこんなことになったかな」
 黴と埃の積もった部屋で、アリーナは大きなため息を零す。
 数度、咳を繰り返す度にアリーナの喉から血が溢れた。
 アリーナの首と腹が、鮮血で赤黒く濡れている。
 首の傷は噛み痕で、腹の傷は皮膚を引き裂かれたものだ。零れた臓物は、布で縛って腹の内に収めている。しかし、流れる血が止まらない。
 既に痛みも感じない。
 手足の先が、凍りみたいに冷えていた。
 血を失い過ぎたのだ。残りの命が、もう短いのだと悟る。
「あいつぁ、無事に逃げ切れたかな? 逃げ切れたのなら、応援でも呼んで来てくれんのかな?」
 思い出すのは、いかにも頼りない風体の研究者の泣き顔だ。
 応援を呼べと言い含め、彼を先に逃がしてから数時間ほどが経過した。順調に走り続ければ、そろそろ近くの街に辿り着いた頃だろうか。
 彼が応援を連れて、廃村に戻って来る頃には、きっとアリーナは生きていない。
「あーあぁ、いい額の報酬だったんだけどなぁ。こんなことになるんなら、ぱーっと使っておけばよかったよ」
 壁に背中を預けたまま、アリーナはくっくと肩を揺らす。
 肩を揺らす程度の力しか残っていないのだ。
 床に投げ出されたアリーナの手元には、血塗れの銃が1丁。部屋の入口付近には、銃身の曲がったライフルが転がっている。
 固く閉ざされた木の扉が、向こう側から叩かれている。
 うー、あー、と誰かの呻き声がする。
 廃村に住みついていたのは、かつての住人の馴れの果て……アンデッドの群れだった。
 どうやら、研究者の師という者は、不死の研究を進めていたらしい。最も、当人は人と獣を掛け合わせた怪物と成り果て、研究所兼屋敷の奥で眠っていたが。
 アリーナと研究者は、協力してそれを打ち倒した。
 それから、屋敷に大挙して押し寄せて来たアンデッドを相手にアリーナは1人で戦った。
 この場で2人とも死ぬぐらいなら、せめて雇い主だけでも逃がそうと考えたのだ。
 傭兵仲間たちであれば、雇い主を見捨ててでも命を拾って逃げただろう。だが、アリーナにはそれが出来なかった。傭兵としての生き方に、すっかり慣れたつもりでいたが……実際のところ、アリーナの本質は高潔な軍人のままだったということか。
 ライフルの弾は撃ち尽くした。
 拳銃だけを頼りにして、どうにか部屋へ逃げ込んだ。
 硬く閉じた木扉をアンデッドたちが押している。
 そう遠くないうちに、扉は砕け散るだろう。
 そうなれば、アリーナは終わる。アンデッドに喰らわれて、哀れな骸と成り果てる。
 否、それよりも先に失血で命を失う方が先だろうか。
 それとも、自分もアンデッドになってしまうかもしれない。
 どちらにせよ、自分は終わりだ。
「あぁ、最後に酒でも飲みたかった」
 震える手で拳銃を掴む。
 コトン、と拳銃が床へ落ちた。
 自決用に弾丸を1発残していたが、もはやそれで自分の頭を撃ち抜くだけの力も残ってはいないのだ。
「せめて、苦しまずに……あ?」
 目を閉じて、顔をあげて、そこでアリーナはふと気づく。
 アンデッドどもの呻き声が、いつの間にか聞こえなくなっているのだ。
 どこかへ行ったのか?
 否……扉の下の隙間から、黒く変色した血液が部屋へと流れ込んでくる。
 ギィ、と扉が軋んだ音をあげながら、ゆっくりと内側へと開いた。
「あぁ、その傷じゃあ、助からないわね」
 ご愁傷様。
 そう言って、部屋へと入って来たのは小柄で白い女である。白い髪、白い肌。月明かりを背に、女は刀を一振りした。
 腐った血が飛び散る。
 アリーナの頬を血で汚す。
「あんたは?」
 アリーナは問うた。
 白い女は、アリーナの前へと歩み寄る。
「我の名前はレジーナ。レジーナ・カームバンクルよ」
「レジーナ……私はアリーナ。アリーナ・サヴァスだ」
「そう。傭兵かしら? アリーナはここで何を……いいえ」
 問いを口に仕掛けたが、レジーナは寸前で口を噤んだ。
 それから、彼女は首を傾げて問うた。
「貴女、このまま苦しんで死ぬ? それとも、安らかな眠りをご希望かしら?」
 一瞬、アリーナは考える。
 大勢の命を奪った自分に、安らかな死を迎える資格があるのだろうか。
 答えを求めて、レジーナは「どう?」と再度の問いを口にした。
「ははっ……それなら、安らかに死にたいもんだね。もう、疲れた。十分に働いただろう?」
「分かった」
 1つ。
 レジーナは頷く。
 それから彼女は、アリーナの頭上へ手を翳す。
 薄い唇を開き、歌うように呪文を唱えた。

『乞い願う(ハイル)! 冥府の神に希う。かの猛き戦士へ、静かなる眠りを与え給え。かの勇敢なる戦士へ、死後の名誉を与え給え。善と悪を敷く天鍵の女王、レジーナ・カームバンクルの名において、汝、アリーナ・サヴァスの名誉を冥府の墓標へと刻む!』
 
 それは、戦士を送る祝詞だ。
 アリーナの視界が真白に染まる。
 凍えた体に血が巡る。
 暖かい。
 幼子が、母の胸に抱かれるかのような安らぎの中……アリーナ・サヴァスは夢の縁へと落ちていくかのように息を引き取った。
執筆:病み月

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