幕間
窓際族生存記
窓際族生存記
関連キャラクター:回言 世界
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- アーユーワールド?
- 「そんで、仕事の内容は? 俺は何をすりゃいいんだ?」
四方八方に広がる本の山。本の虫がその生涯をかけても読み切ることは叶わないだろう数の本が並んだ図書館で、回言 世界は気怠そうに問いかける。
こうやってここに居るのは何度目だとか、最初はいつだとか――そういうことを考えることが煩わしくなるくらいには訪れているし、様々な世界を回ってきた。ぶっちゃけ境界図書館じゃ彼を知らない案内人はいないし、それは無辜なる混沌でも有名な話だろう。
「オプスk……ああ、この前の黒っぽい奴か。そいつがどうしたんだ?」
欠伸をする世界は、如何にも“面倒くさそう”な態度だった。
目の前で説明する境界案内人の話を聞きながら呑気に欠伸をしたり、眠そうな顔をしてみたり、或いは話が長くて近くのソファーへ座り込んで本当に寝ていたり……。
“って寝てるし”、だとか“聞いてんのかお前”だとか、寝ている世界に茶々を入れる境界案内人もごく少数いたかもしれないが――まぁ、彼が顔色一つ変えないのは言うまでもない。
「っと、話終わったか? たく、相変わらず説明長いっつうか、心配性っつうか――ま、話は分かったよ。少し……いや、かなり面倒だが行ってくるか」
境界案内人によって、描かれた御伽噺の様な世界が開かれる。
よそよそしい様子の境界案内人へ後ろ姿で手を振った世界は、その世界――worldへと消えていった。 - 執筆:牡丹雪
- 幾千の物語
- 境界図書館には様々な蔵書が所狭しと本棚に詰め込まれている。
それは勇者が姫を救う王道の噺だったり、星座の神話だったりどこかの怪奇譚だったり。
世界はぱらぱらと頁を捲る。ここの蔵書はあらかた読みつくしてしまった。
否、正しく言えば「体験し尽くしてしまった」というべきだろうか。
境界図書館に納められている書物は唯の書物ではなく、その書物の世界へ文字通り飛び込めるという代物だ。そして飛び込んだ先で依頼をこなす、という体で物語を体験することが出来る。
そんな境界図書館に引きこもるのが世界の日常だった。
「お前さんくらいだぜ、そんなに境界図書館(ここ)に来るのはよ」
蔵書の整理をしていた黒衣の境界案内人、朧ともすっかり顔なじみだ。
その表情はいつも通り見えないが、きっと布の下では緩やかに笑んでいるのだろう。
「まぁ、性には合ってるかな」
目線を躱すことなく世界は片手を挙げた。それを気に留める風でもなく朧は蔵書の整理を再開する。
「そういや……新しい依頼が入ったが、行くかい」
漸く世界が書物から顔を上げ、朧に向き直った。
「――内容は?」
「そうさね――」
こうしてまた世界は異なる世界への扉を潜ることになるのだ。
- 執筆:白
- 世界はくるりと裏返る。或いは、異界の図書館…。
- ●異界図書館
ずらりと並んだ本棚に、びっしり詰まった本の群れ。
窓のない空間は、しかし不思議と一切の暗さを感じない。
「一体全体、ここは何処で“何”なんだ?」
本棚に手を伸ばし回言 世界はそう言った。
棚から黒い表紙の本を取り出して、ぱらぱらとページを捲る。
「表紙は皮か? タイトルも文字も知らない言語で書かれている」
既に10を超える本棚を眺め歩いた。
手に取った本は20冊を超えるだろうか。
サイズも厚さもバラバラだが、共通してどの本も同じ言語で書かれたものだ。
ただし、世界の知識には存在しない未知の言語だ。
本の装丁から判断するに、どれも執筆されてから一世紀も経っていないだろう。つまり、遥か昔に失われてしまったどこかの国の古い文字で書かれた本……などということは無いはずだ。
「行けども行けども、本棚ばかり……そもそも俺はどこからここに入って来たんだったか?」
もう少し警戒するべきだった。
なんて、後悔しても手遅れだ。
後で悔いると書いて“後悔”なのである。
時刻は暫く巻き戻る。
もっとも、世界の記憶があやふやなため正確にどれだけ前のことかは不明である。
依頼で出向いたラサの辺境。
古い部族が立ち上げたという遺跡をベースにした集落だ。
依頼達成後、ふと集落を歩いていると寂れた小さな書店を見つけた。店員らしき者の姿は見えないが、ちょっと中を覗いてみれば辺境に見合わぬほどに多くの本が揃っていた。
興味を惹かれ、世界は書店に立ち入って……本棚に視線を走らせながら、店の奥へと進んで行った。
そして、気づけば世界は無限に続く本棚の間に立っていたのである。
どれだけの時間、本を眺めていたのだろうか。
外から見れば小さな書店だったはずだが、歩いた距離は明らかに長すぎる気がする。
“引きずり込まれた”
脳裏をよぎったその言葉。
世界は無意識のうちに「それだ」と思った。
それから暫く。
時間の経過を感じることは出来なかったが、少なくともさらに数十の本棚の前を通過し、100を超える書籍を手に取った。
当然のように、どの本も読むことは出来ない。
しかし、それだけの本を手に取るうちに、ある種の法則のようなものを見出すことが出来ていた。
初めに世界が手に取った本と、つい今しがた手にした本では、紙の質や装丁に大きな違いがあったのだ。
どうやら、奥へと進むほどに書かれた時代が新しくなっている。
「例えば……このまま先へ進み続けて、時代が“今”に追いついたとして」
そこには何があるのだろう。
そんな風な思考のもと、世界は再び歩き始める。
そうして、世界はついに本棚の海を抜ける。
そこにあったのは、ランプの置かれた木製のデスクだ。デスクの上には、辞書のようなサイズの本が置かれている。
それから、紙の束とペンが数本。
「……“世界はくるりと裏返る”?」
不思議と表紙に書かれた文字を判読できた。
世界はこの本を知っている。
きっと、読んだことがある。
そして、そのことをすっかり忘れていたのだ。
「どういう仕組みか分からねぇけど……1冊でも読めるなら手の打ちようはある」
席に腰かけ、ポケットの中から取り出した飴を口に咥えた。
本を開いて、ペンを手に取る。
きっと自分はこの場所から帰還できる。不思議とそんな確信があった。
そして、元の場所に……ラサ辺境の集落に帰還したら、ここであった出来事の一切を忘れてしまうのだろう。
「さて、と。俺はこの本を読んで、どういった行動を取るんだろうな?」
きっと何度も同じことを繰り返した。
その度に元の世界へ帰還し、そして、またいつかこの奇妙な図書館へとやって来るのだろう。
それはきっと、自分が未だに“回答”に辿り着いていないからだ。
いつか、いずれ“回答”に辿り着けたとして……。
「その時、俺はどうなっちまうんだろうな?」
なんて。
咥えた飴を噛み砕き、世界は本の解読を開始するのであった。
- 執筆:病み月
- 臆病者への手解き
- 年月を貪ったアイスクリームの如くに、莫迦げた液状を好んでいる。
ノンブル、ルビを数えよ。
タイプライターの軋む音が悲鳴に聞こえたのは気の所為ではなかった。戯言だけを紡ぐ、身勝手な空気に只事ではないとオマエはゴクリと呑みくだす。何処かから這入り込んできた何者かの臭気が、ぶつ、と粘膜を突き破るかのザマだ。回転流として見做された赤色のインクに適度な意味を持たせる。ああ、知っている。俺は理性と称した暴力で以て、この世界を認知している。並行して続く筆のアトを追いかけて決して、混迷とはいかないのだ――鏡面に映り棲んでいる何処かの化け物にヴェールを与える、そろそろ城壁から抜け出してきたら如何か。まるで怯えているのが、脅えているのが獣のように思える。濁り尽くした眼球にカトラリーを突き刺した事はあるか? あるわけねぇじゃねえか、クソッタレ――随分と口が悪くないか。これでは小動物だって逃げ出してしまう。
境界産アーカムと呼ばれる世界を『捲った』のはひどく『正気じゃなさそうな』案内人に出会ったが故だ。ここは出遭ってしまったと表現するのが一番、最悪に近しいだろう。宇宙空間めいた頁に引き寄せられたのは事実で、覆せない本の虫の性質だが、幾らなんでも『罠』が過ぎるのではないか。病的な執着心を見せつけられたなら、魅せられたかの如くに焼け付く脳髄――面倒事に打ち当たったのだ、首を突っ込む他にない。
絵に描いた虎とやらの方がきっと簡単に『引き摺り出せた』に違いない。先程から引き籠もっている、この世界の主人公とやらを連れ出さなければならないのだ。ああ、さもなくば、世界は停滞、エンディングを迎えてしまう――俺さ、アンタみたいな奴を見ると疼くんだよ。外の世界には美しいモンや愉しいモンがたくさんあるって知らねえのか? 嫌われモンには嫌われモンの『オモシロサ』ってのがあんだよ――同類だ。俺と『これ』は結局のところ、忌々しいほどに同類なんだ。夢想と現実の狭間で虚構に塗れている……。
――ゴツゴツと、荒々しく、されど護謨質な掌を、うすれ硝子に突っ込む。頸を左右に揺らしているナニカを境界跨がせ『惹き』寄せた。送り迎えをする気などmmもなかったが、何もかもは気分次第だ。なあ、少しは感謝してくれよ、貧乏籤を貰ってやったんだ。
感涙、遠吠えが城内に反響していく。廃れ、くされの中心で冒涜的な所業に没頭した。アウトサイダーの頭垂れに主は眼鏡を曇らす。
――妖精さん、妖精さん、地下に書斎が在るのです。
噫、其方側に身を浸すのも悪くはない。
コツン、コツン、五体投地――山と積まれたハード・カバー、螺旋つむぐ文字列。
よろしく。 - 執筆:にゃあら
- ひといき
- 「あ、世界だ」
「そういうカナタは……最近元気だったか?」
境界図書館をのんびりと歩いて居た世界が見慣れた銀髪を見つける。運良く振り返った男は、瞬いて。
「なんだかこうやってはなすのも久しぶりだよね」
「そうだな。お前のところがなかなか開かなかったのもありそうだが」
「まあね。未曾有の大災害ってやつだよ」
「ほう。あんなに元気だと女王は言ってた気がするが」
「あんなの建前だよ。ひとの……俺達の暮らす世界で、大雨が降り続けてね。妖精たちも飛べなくて、暫くは籠ってたのさ」
「ふーん……」
助けを求められなかった、ということはイレギュラーズの力は不必要だったのだろう。あるいは彼らの力を借りてでも、どうしようもなかったか。
やれやれと肩を竦める。
「まあ、ひとの世界から求めたって良かったんだけど。俺達の物語は妖精が主役だからね」
と、カナタ。あくまで我々は登場人物に過ぎないのだとせせら笑った。
「お前たちだって生きてるんだから、お前たちの人生にとっちゃ各々が主役だろ」
「そうだけどね。運命ってやつは皮肉なんだ」
「やれやれ、胃薬が足りないな」
「本当にね!」
困ったように笑うカナタの顔は晴れやかで。だからどうしようもないのだと、口のなかを転がしていた飴を噛み砕く。
胸中に僅かに残った蟠りのように消え失せることのない飴の欠片。
「で、今日はどうして此処に居るんだ」
「ま、たまには仕事から逃げ出してやろうかなって」
こいつはなかなかいい性格をして居る。
苦労人枠とはいえ、魔法剣士であるカナタはそれなりに腕も頭もたつ切れ者。
そんな彼が仕事を沢山抱えているのはもはや日常茶飯事。文句はこねようとも、大人しくしたがっていたはずなのに。
「珍しいこともあるもんだな。逃げるなよ」
「仕事を真っ先にサボりそうな世界には言われたくないけど?」
「否定はしないな。よし黙っててやろう。その代わり甘味を奢れ」
「やれやれ、困ったなあ」
とは言いつつも手招き、物語の扉を開く。
境界案内人としての力を与えられたカナタが繋いだのは、彼の世界ではなくなんてことない物語のひとつ。
「へえ、こんな世界があったのか」
「そうだね。お茶が飲めるんだよ、それも美味しい」
「ほう、それはいいな。今度開いてくれ」
「機会があったらね!」
慣れた素振りで注文をする。此処のおすすめはパンケーキなのだと知っている辺り、きっと職権乱用で何度か此処に来ているのだろう。
「どうよ」
「うまい。特に、他人の金で食う甘味はな」
「仕方ないなあ……」
コーヒーとガトーショコラを頼んだカナタ。遠慮なく追加で注文をする世界。
異世界の果てでちょっと一息。そんな幕間。 - 執筆:染
- ティー・ポットにお砂糖を
- ――まずティー・カップの紅茶に満月を映して、お砂糖をひとさじ加えます。
――次に満月を溶かし込むようにティー・スプーンを時計回りにひとまわし。
――お願い事を3回、唱えれば。
「願いが叶うでしょう、ってか。おまじないってやつかよ」
ぱたむ、と本を閉じれば回言 世界はため息を一つ吐いて紅茶を啜った。そして顔をしかめる。
境界図書館にあった妙にスピリチュアルな本を借りてみれば、それはどこかの世界の妖精が行うようなおまじないの手順が記されていた。
ありがちといえばありがちだが、何処の世界でも「自在に願いを叶える」というゆめには事欠かないということなのだろう。
もしも、願いが叶ったら。
呪いのように外れないカチューシャを外せるのかもしれないし、眼鏡が割れないようにできるのかもしれない。
「ああ、甘いものを目の前にどーんと出してもらうのも悪くないな……」
そんなことを考えながら紅茶をもう一口。そしてやっぱり顔をしかめる。
おもむろ世界は立ち上がると、テーブルの脇にあった砂糖を掬ってティー・カップに――ではなく、まだ紅茶の残るティー・ポットにひとさじ、ふたさじ、みさじ……ごさじほど入れたところでくるくると反時計回りにかき混ぜる。
白い砂糖が紅茶の橙に溶けていく。
ふわりと立ち上る紅茶の匂いに甘ったるさが加わったところでティー・ポットの中身をどぼどぼとカップに追加。
「うん、いい味だ」
すっかり甘ったるくなった紅茶を啜って満足そうに声を漏らす世界。
ああ、結局おまじないだなんだというけれど。
ティー・カップに砂糖ひとさじだけなんて苦すぎるに決まっている。
満月のない暗い空に、ティー・ポットいっぱいの砂糖で喉を潤し、願いごとは唱えない。
それでいい。
今願うことがあるとすれば、この退屈で騒がしい、平凡で非凡な、どうしようもなくてそう悪くない世界を謳歌すること。
きっとそのことだ。 - 執筆:凍雨
- ディス・ワールド
- 「それで、ソイツらを殺せば依頼は達成か?」
「そうだ――が、無力な人間を殺すことになる。気にならないのか?」
「気にならないって云えば、そりゃ嘘になるだろうな」
「じゃあ、なんで何も言わない?」
「……俺がこの依頼を蹴ったとして、その後どうなる」
「っ……別の人間、イレギュラーズに依頼がいく」
「だろ? どうせ誰かがやらなきゃいけねえ。なら――」
そんな、ろくでもない依頼でも受けるようになったのはいつからだったか。
「こんな依頼、誰もやりたくないだろう。俺一人でやるから、下がってろ」
無辜なる混沌を舞台に行われる依頼でさえ、こういった仕事内容はよくある話だが、世界は其方よりも境界図書館で発行される依頼の方が幾分もやりやすいと思う。
その異世界へ関わるのが一回きりとは限らないが、本来自分が存在しなかった世界、自分が関わったことも、今後関わることもないだろう人々が苦しむことに、何の躊躇いが生まれようか。
「悪いな、仕事なんだ。恨むなら依頼人を恨んでくれ」
――それが只の言い訳に過ぎなかったことを、彼は気付いていただろうか?
「依頼の方は、首尾よく完遂したみたいだな」
「ああ、弱い俺でも難なく熟せる簡単な仕事だった」
「…………」
合理的な話にまみれたお人好しは、回言 世界を変えた。
数多の世界(world)を渡り、時には善行で人を助け、時には悪行で人を苦しめた世界(who)は、いつからか全てを諦めてしまった雰囲気、残香を漂わせるようになったのだ。
「なあおい、世界」
昔助けた、よく知る境界案内人が心配そうな表情を向けても、世界は表情を変えない。
そこから先に続く言葉に、何かを期待することはない。
「シケた顔してんなお前。俺の顔に何か付いてるか?」
「……いいや、何でもない」
身体の何処かにぽっかりと開いた穴を埋めるように、今日もいつも通りの自分を演じ続ける。
自分が自分であるために、世界(who)が世界(world)を渡るために。 - 執筆:牡丹雪
- 世間話
- ●
「あー世界さんだ!」
「ん? ああ、セイジさんか」
幻想は果ての迷宮第十層『境界図書館』。ここは『無辜なる混沌』と、沢山の『外の世界』を結ぶ役割を持つ場所。
そこの所謂『常連』として通っているのはセイジと言う境界案内人に呼び止められていた回言 世界(p3p007315)である。彼の常連っぷりはどんな境界案内人でも彼を知っており、また新人の境界案内人に要人として教え込まれる程の人物……と言う事はそれぞれの境界で様々だとして。
とにかくこの境界においてとても有名な特異運命座標なのである。
「セイジさんの依頼最近見かけないけどどうなってんだ?」
「ははは……いきなり痛いところついてくるね……。これでも探してるんだけどさ」
依頼書を書くのも簡単じゃないんだよ? と言うセイジに世界は小さくため息をつく。
「まぁ境界案内人も楽な仕事ではないわなぁ」
「そう言う事! まぁ最近また新しい依頼書の書き方が増えて覚えることが多いんだ」
「なるほどね」
納得する世界の傍ら、セイジは少し遠くを見ながら
「それに……俺が持ってくる依頼に、その、なんと言うか自信が持てなくなっちゃってさ」
「自信〜?」
何だそれはと言いたげな世界にセイジは少し苦笑しながら
「あっはは……。この仕事に誇りを持つべきなんだろうけど……ほら、僕少し前に後味悪い仕事ばかり見つけちゃってたからさ。今は簡単で楽しそうな依頼を探してるんだけど……」
「……後味悪い仕事見つけてくるのが得意なだけだろ? 別にそれでもいいじゃないか」
「うーん……でも手伝ってくれる人が居ないと達成が難しかったりもするから多少はね?」
「そんなの特異運命座標なら一人だってなんだって解決出来るんだから平気だヘーキ!」
「そんなもんかい? 流石勇者サマって感じだね?」
「そんなんじゃないって」
後ろ向きなセイジにため息をつく世界にセイジは苦笑せざるを得ない。
「それに」
「うん?」
「セイジさんが『この世界の人を助けたい』って思って依頼出してるんだろ?」
「ま、まぁ……そ、そうだけど」
「なら俺はそれでいいと思うけどな」
「そんなもん?」
「そんなもん。だからそんな拗ねてないでセイジさんらしい仕事持っていきなよ。気が向いたら手伝ってやるからさ」
「気が向いたらなんだ?」
「そこはそうだろ?」
「はは、違いない」
見透かせれてしまったような世界の言葉に、セイジは肩を竦めながらも笑っていた。 - 執筆:月熾
- 死刑宣告
- ●
その時はゆっくりと近づいている事だろう。
何? 身に覚えがない? さて……それはどうだろう。
世界巡回パラドックス
そんな言葉が聞こえたと思えば電子音が流れていく。え? 待って? おい、待て。俺に何させるつもりだ。
私は言いました。お前を(推し)殺すと。
回言 世界(p3p007315)には縁もゆかりも無いような大きなステージが現れる。嗚呼、いつか見た過去の世界の日本、なんとか武道館とかそんな規模のステージじゃねぇか。なんで??
なんでこんなステージに立たせた、言え、いや言うな、さてはこれは夢だな?
やめだやめだ、早くめぇ覚まさせてくれよ。
俺はぜッッッッたい歌う気はないからな!! ちょ、あ、待っ!!
ぎゃーーーー!!
世界の身体は身勝手に踊る。自分の意思も関係なく。彼に夢である自覚はある。だから早く覚めてくれないかとこの地獄の時間を耐え続けた。
「俺が何をしたって言うんだ?!」
──覚えていないのですか。
「はぁ?」
なれば覚悟しているといい。絶対に、絶対的にあなたを推し殺して差し上げると。
「何その怖いワード、普通にやめてくれ!!」
抵抗するがされども身体は主の意志を無視して踊る。こんな痴態、もしも知り合いに見られたりなんかしたら怠くてかなわない。あの少女のニヤニヤ顔が思い浮かんで苦虫を噛み潰したような顔が滲む。
「絶対にアイツにだけは知られないようにしたい。そもそもこれは夢だろうが!!」
そう、確かにこれは夢である。
今は現実味のない。単なる夢である。
「おい、ちょっと待て、今『今は』って言ったか?」
さぁさて?
──
────
「がああああぁぁぁ!!!!」
「うわ?!」
「へ?」
世界が気づいた時には境界図書館のテーブルの上でうつ伏せていた。
「ちょっと大丈夫? な、なんかすごい叫んでたけど……」
「は、はは……案の定夢だったって訳だ……はぁはぁ……」
自分がアイドルみたいな格好であのなんちゃら武道館とかで歌って踊るとかいやいや夢で当たり前なんだけど。
「なんだい、お疲れ? まぁ最近はラサ? だっけ。そっちの方に出てるって聞いてるからそのせい?」
「あーいやまぁ……うーん」
これが吸血鬼の影響とかそんな事は無いと思うが。何にしても世界にとって身の毛もよだつ夢だものだったから頭痛が禁じ得ない。
「俺があんな事する訳ないのにな、特異運命座標の中でも俺は」
「境界では有名人だけどねぇ?」
「ちょっとセイジ」
「ははは!」
さっきから話しかけてくれるのは境界案内人のセイジだったらしい。全く、居眠りで見る夢ならもっとマシな夢を見させて欲しいものだ。
「世界さーん!」
「んあ?」
境界図書館ではあまり聞かない声に世界は変な声が出た。
「もう……こんな所にいたのね」
「お前こそこんなところまで来て何かあった?」
宵の髪を靡かせる少女はニコリと微笑みながら
「世界さんにね、提案したい事があって……」
そして嫌な予感がひしひし。 - 執筆:月熾
- <瘴気世界>つめたくて、そして
- ●全部、その後の話
「あら、惨たらしく全員、殺してしまったのね。可哀想に」
「てめえが……てめえがそれしかねえって――」
『水の精霊』アイルベーンは冷たい声色、冷たい表情で言い放った。
その様子を目の当たりにした『境界案内人』ラナードは、彼女の首根っこを掴もうと手を伸ばすが、そんなことしても無駄だと知っていた世界はそれを制止する。
「確かに教えたけれど――私は教えただけで、決断したのは貴方たちよ?」
なるほどなと世界は思う。そしてそれは、無意識に言葉となっていた。
「なるほどな、つまりお前は自分の手を穢したくないわけだ」
「何が言いたいの、人間」
思わぬ槍槓が刺されば、アイルベーンでなくともムッとした表情になるもので。
彼女の意識が世界へ集中するのへ、睨まれながらも世界はすまし顔で続ける。
「だってそうだろ。お前は自分が光の精霊に勝てないことを理解している、だからこそ見つかり難い海底神殿とやらに身を置いて、自分だけでも生き残ろうとした」
「黙りなさい人間、何も知らないくせに」
そこまで世界が話したところで、憤慨したアイルベーンは彼に手を出した。
虚無から生み出された水。まるで皮膚を切るような激流が世界に直撃したように見えたが、彼はその程度の虚仮威しで傷つくような軟な体はしていない。
「そこに現れたラナード君は闇の精霊の記憶を戻して、最終的には光の精霊を何とかしようとしている。だから利用しようとした。方法だけ教えて、お前自身は何もせずに」
「…………」
図星なのだろう。矛を収め、口を噤んで何も言わないアイルベーンの表情がそれを物語っており、察したラナードは情けない表情を浮かべながら俯いた。
記憶を失う前のオプスキュティオや、消失したイグニスヴールも中々癖のある性格だった。その二人も過去に冒険者を贄にしていた辺り、アイルベーンをそれより悪いなんて決して言わないが、伝承における『導いてくれた精霊』とは時間を経て誇張された表現なのではないかと思わざるを得ない。
「別に俺は怒っちゃいないさ。端からお前には何も期待してなかったからな」
「どこまでも生意気で、腹立つ男ね」
けれど、世界にとってそれはどうでもよかった。
問題は全部、その後の話。世界本人はそんなつもりないらしいが――世話を焼きに焼いて、観測し続けてきた"瘴気世界"という存在。そのターニングポイントと呼ぶにも相応しい盤面にて、自分の成した虐殺行為に意味はあったのかと問いかける。
「私が私を祀る国の民を無意味に差し出すと思うかしら。もし、オプスキュティオが自分の国を持ってたなら、迷わずそっちを襲わせたわよ」
なら――そう喰い気味に聞こうとするラナードに被せるように彼女は続けた。
「言ったでしょう。貴方にティオの記憶を戻すことは無理よ」
――だって貴方は、今でも感情に振り回されているもの。
――そっちの物応じしない、からっぽな人間なら或いは、ね。 - 執筆:牡丹雪
- とある日の休日
- 「この季節はフルーツだよな、わかる」
なんでもない独り言を呟きながら、世界はいただきますと手を合わせる。
テーブルに置かれたのはケーキである。
幻想のとあるフルーツをメインとしたレストラン。そこの季節限定のケーキであった。
サクサクのクッキー生地の上に甘さを控えたクリーム。
そのクリームの上、スイカの果肉をゴロゴロ入った特製ジャムが乗せてある。
そして極めつけは黄色とオレンジ色のスイカが乗っていることだ。
種類の違うスイカを一気に三種類も食べさせてくれるのは、おそらくここだけだ。
色違いのスイカたちをいったん端に避けて、真っ赤なスイカジャムを味わう。
「──!」
通常のジャム作りを行いながらも、スイカの甘味を塩で引き出す以上に味のアクセントとしての側面が生きていた。
これは色の違うスイカたちにも期待できると、さっそくフォークが彼らに向かったのだった。
- 執筆:桜蝶 京嵐
- 『我が人生に後悔あり』。或いは、残業が終わらない…。
- ●デッドマンズ・パレード
この世には、無くなってしまった方が幸せなものがある。
戦争、飢餓、疫病、差別……それから残業などである。
「あ“ぁ”……ってられんね、本当に」
粗末な椅子に腰を預けて、回言 世界(p3p007315)は天井を見上げた。シーリングファンがぐるぐると回って、どんよりとした陰鬱な空気を掻き回している。
ところは境界図書館。
その稀覯本室だ。
稀覯本。
つまりは、古書や限定版など、世間に流布することがごく稀で、誰の目からも珍しい、稀少な本のことである。図書館や、街の重要施設などで収集、保管することが多く、そのほとんどは世間一般に公開されることは無い。
境界図書館ともなれば、稀覯本室の数も1つや2つではきかない。今回、世界が目録の整理を頼まれたのは、そのうちの1つということになる。
「今、何時だ、これ……」
書籍というのは日光……紫外線を苦手とする。古い本ともなればなおさら。そのため、世界が作業している稀覯本室に窓と言うものは存在しない。
一応、壁に時計はかかっているのだが……。
「また時間が巻き戻ってる。どういうことなんだ、あれは?」
現在時刻は午後3時。
だが、世界は今から体感で5時間ほど前にも同じ時刻を目にしている。時計が止まっているのだろうか? 否だ。時計の針は、きっちり時を刻んでいる。
だが、この部屋では時間が巻き戻るのである。
「たぶん、午後7時辺りになると、戻るんだろうな」
はぁ、と盛大な溜め息を零して、世界はポケットを漁る。
本日、何本目かの棒付きキャンディ。包装紙を荒々しい手つきで毟り取ると、甘い砂糖菓子を口へと放り込む。
苛立ち混じりに奥歯でキャンディを噛み砕く。
ガリゴリと、世界の口腔内で飴の砕ける音が鳴る。
「出れねぇし、仕事は終わらねぇし……受けるんじゃなかったな、こんな仕事」
はぁ、と溜め息を零す。
溜め息を零しても、仕事は一向に終わらない。
そして、きっと、仕事が終わらないうちは世界が稀覯本室から外に出ることは叶わない。
つまり。
世界はとても、ぐったりしていた。
本棚の間を歩き回って、目録に記されている書架をピックアップする。
目録に記された本のタイトルはおよそ100ほど。
本棚のナンバーも併記されているとなれば、それはもう、あっという間に終わるような温い仕事であるとさえ言えた。
だからこそ、世界はこの書庫の整理という仕事を引き受けたのだ。仕事が無ければ、火がな一日、境界図書館に籠って過ごす世界である。滞在費の代わり、と言われれば、書庫の整理ぐらいの仕事は、全く気軽に引き受けてよいものであると思えたのである。
「ところが、どうだ。何だってこんな風に手間取るんだろうな」
現在、目録に記載されている100冊のうち、ピックアップが済んだのは8割。およそ80冊ほどの本が世界の隣に設置された移動式の本棚に詰め込まれている。
残る本は20冊。
その20冊の本が難関なのだ。
ある本は、どこにも見当たらない。
ある本は、世界の手から逃げるように移動する。
ある本は、手に取った瞬間に世界に語り掛けて来る。
『本を読むのか?』
『感心だな。本は知識を与えてくれるぞ』
『知識を脳味噌に詰め込んで行け。世界の解像度が上がる』
何人もの声が、世界の脳髄に木霊する。
幻聴の類だろうか?
否である。
きっかけは1冊の本。『我が人生に後悔あり』というタイトルの、誰が書いたかさえも不明な本に触れた瞬間から、その声は聞こえ始めたのである。
本の内容は簡単なものだ。
ある読書好きな男性の生涯が、自伝という形で綴られていた。その男は、寝食を惜しんで読書に興じた。狂奔に駆られる戦士のように“読書”という行為に対して、異常なほどの執着を見せた。
この世の全ての本を読み切りたかったからだ。
だが、それは叶わない。
人が生涯のうちに読める本の数には限りがある。毎日のように新しい本がこの世界には増えているのだ。
とてもじゃないが、この世の本の全てを読み切ることなんて出来ない。出来るわけがない。
だから、男は後悔の果てに病に倒れ、この世を去った。
最後に一言「我が人生に後悔あり」とそう呟いて。
『人が生涯に読める本の数を知っているか?』
世界の脳に、枯れた男の声が響いた。
幻聴だろうが、何だろうが構わない。誰とも会話することもなく、ただ延々と見つからない本を探し続ける作業に飽きていた世界は、脳に響いた誰かの声へ言葉を返した。
「2万3725冊。1日1冊読んだ場合でそれぐらいだろうな」
1日に2冊読めばその倍。
3冊読めば3倍だ。
対して、この世界に存在している本の種類は約1億5,000万冊。
とてもじゃないが、すべての本を読み終えるなど不可能だ。時間が無限にあったとしても、人がこの世に存在し、本を作り続ける限り、すべての本を読み終えることなど出来っこない。
努力や才能の問題ではなく、単純に時間的な問題で。
物理的な問題で。
『お前は本をよく読むのか?』
『読むんだろうな。そう言う奴の顔をしている』
『日がな一日、本を読めるか?』
脳内で、男の声が反響している。
ガリガリと飴を噛み砕き、世界はゆっくりと上体を起こした。
それから、目録に記されている100冊のうち、半分ほどにペンで印をつけていく。
「読める。ここにある本なら、半分は読んだ」
『そうか、それは素晴らしい』
『で、あるのなら……』
声が聞こえる。
そして、世界のすぐ背後で、パサリと微かな音がした。背後へと目を向ければ、薄暗い床に1冊の本が落ちている。
『我が人生に後悔あり』。
「さっき、ピックアップしたんだが」
本の表紙へ、世界は言った。
『もう1冊あるのさ』
『誰も存在を知らないけどな』
『私を連れて行ってくれ』
『一緒に世界中の本を読み漁ろうじゃないか』
なんて。
そんな声が耳に届いた。
脳にではなく、世界の耳に。
姿は見えない。気配も無い。
けれど確かに、世界の傍に誰かがいる。
「俺にこの本を持って行けって……?」
本を手に取る。
瞬間、ぐにゃりと視界が歪んだ。
それから、カチコチと時計の針が時間を刻む音がする。
「……もう0時を過ぎてるのか」
どうりで疲れたはずである。
これだから、残業と言うのはよろしくないのだ。
まったく、この世界からあらゆる労働、そして残業なんてものがなくなってしまえばきっと誰もが救われるのに。
- 執筆:病み月
- 急がば回れ
- 頁を捲ったのが運の尽きだった、眼鏡を落っことした時のように、眼球を転がしてしまった時のように、あらゆる秩序が崩壊して、莫迦みたいに似たようなことを反芻する。ああ、俺はまたしても『とんでもない』ところに来てしまったようだ。名前の通りに回言と、名前の通りに世界諸共、くるり、くるりとドードーめいてレースを行う。境界案内人はこの世界の事をなんて説明していたのか。忘れるものか、忘れる筈がない、一度、崩壊の危機に陥っている世界の事を如何して忘却する事が出来ようか。嘲笑う馬とも蝙蝠とも解せない、宙をいく生物が空を認識出来ずにいる。おかしな事だ、可笑しな話だ、飛ぶ命が地面に激突するなんて――二転三転とする景色に、愈々、俺もやられそうになった。
もしも世界が、なんでもかんでも、ぐるぐる廻っていたら貴方は如何する? 頁を捲る前に境界案内人がこぼした科白だ。いや、そんな、荒唐無稽な事を謂われても、俺には想像出来ないし、そもそも、そんな世界、成立しないんじゃないか。返答してはみたものの、俺は薄々わかっていたのだ。その科白が文字通りに成立してしまう物語の存在を、世界の沙汰を。まあ、貴方に説明する事はそんなに『ない』わ。あの世界は既に君達に救われているんだし、観光気分で足を運ぶのが正解なんだから。ただし、決して深部まで行かないこと。下手をすれば迷ってしまうから……。俺が今、一番聞きたいのはタイトルだ。……そう。仮なんだけど良いかしらね? ぐるぐるしてるのよ。ぐるぐるしている世界――。
天地がひっくり返る、なんて比喩があるが、この世界ではそれが『当たり前』なのだとよく解った。天も地も、何もかも、ヒトサマに至るまで無茶苦茶にぐるぐるしていたのだ。歩くのもやっとな状態だ。違う。一歩でも進もうものならば、別の方向へと身体がブレてしまう。おいおい、これが通常だって。いつも通りだって。ふざけている。いったいぜんたい、他のイレギュラーズはどうやってこの世界を救ったと謂うのか。取り敢えず通りすがりの誰かさんに声を掛けてみる――最近越してきたばかりなんだけど。
やあ、今日もいい天気だね。何がいい天気だ、ブラックホールよりも目が回っているじゃないかよ。いやね、ちょっと前に世界が崩壊しかけたんだけど、やっぱり回転する方向がいけなかったんだ。右か左かは本当に重要な事なのさ。だから、君も止まっていないで、最初はゆっくりで良いから街を回ってごらん。グローブジャングルやらターンテーブルやら、色々と置いてあるからさ。そうそう、子供達もきっと歓迎してくれるよ。
こんな世界で本を読めるかよ、気分が悪くなりそうだ。
気分転換に公園へと足を運んだ――歩く練習だけで結構な時間を費やした――きゃっきゃと子供達が騒いでいる。中心にあるのは、成程、誰かさんが呟いていた大人気な遊具か。……看板が立っている。野球をするな、とか、サッカー禁止、とか、そういう注意書きかと思ったが如何やら違うようだ。なになに……【逆方向への回転禁止】……理解したらダメな気がする。いくら俺のギフトが、並行心が、こういうのに強かろうと。
お兄さん、お兄さん、ボクたちと遊ばない?
……まあ、こういう比較的平和な世界こそ、大切にすべきなのかもしれないな。
残業たっぷりな何処ぞよりは善いものだ。童心に帰って、ぐるぐる、ぐるぐるぐる……。 - 執筆:にゃあら
- クリぼっちに祝福を!
- ●
「……で。今回は何をさせられるんだ? 俺は」
世間はシャイネンナハトだ何だとリア充どもが浮かれ調子で、この時期の境界図書館からの呼び出しは大抵ロクな依頼じゃないと分かっているのに、世界は何だかんだで今年の召集も応じてしまった。
「言っておくが、前みたいに虚無だるまを量産するのはごめん被る。手が霜焼けで年越しても後を引いたからーー」
「「世界、ハッピー・シャイネンナハト〜!」」
「!?」
連れて来られた先は、蒼矢と赤斗が営む馴染みのカフェ&バー。店にはナハト用の飾り付けが施され、ツリーの上ではぺかぺかと星飾りが明滅を繰り返している。
「おいおい、俺は夢でも見てるのか? これじゃあまるで、俺がシャイネンナハトのパーティーに呼ばれたみたいな……」
「世界は仕事熱心だから、シャイネンナハトでも仕事がしたいんだろうと思って。今回は私から『パーティーを楽しんで欲しい』という依頼だ」
「黄沙羅、お前……」
まだ結構大事な部分に勘違いが含まれたままの様な気がしたが、目の前に並んでいるスイーツ群に世界は黙認する事にした。
ブッシュドノエルやシュトーレン。ツリーを模したカップケーキにプティングまで、これなら味に飽きずに色々楽しめそうだ。
ーーただ、この時の世界は肝心な事を忘れていた。
いつメン境界案内人ズが集まると、お約束とばかりに何がしかのトラブルが発生してしまう事を!
ギャオォオン!!
「おい、今なんか厨房から奇妙な鳴き声が……」
「あら。もしかして隠し味に混ぜた薬のせいかしら」
「ロベリア、あんた…」
にこり。次ぐ言葉を許さないとばかりに笑顔のロベリアに、やむなく世界はスイーツへ保護結界をかけて立ち上がる。
そう、全てはクリぼっち脱却のため! あとスイーツ満喫のため!!
厨房からどろどろ溶けつつ迫り来る生クリームスライムの軍勢を精霊達で足止めし、世界は半ばヤケクソ気味に光弾の雨を叩き込む!
「畜生、やってやろうじゃねぇか!」
「ああっ、サンタに変装した強盗が押し入ってきた!」
「何でだよ?!」
「今度は酔ったトナカイ獣人が店に殴り込みだー!」
「次々沸いて来るんじゃねぇ!!」
「屋根裏から名状しがたいタコみたいな魔物がっ!」
「何でだあぁぁあ!!!」
多勢に無勢。ぜぇぜぇと肩で息をしながら現れたエネミーの屍を踏み越え、世界はスイーツ達を守る様に立って周囲を見回す。
「もう今ので最後だよな? ここまでやったらとことん最後までやりきってやる。
さぁ何でもかかってこい!」
「世界、空から巨大な隕石がー!」
「それは流石に対処しきれねぇぇ!!!」
- 執筆:芳董
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