PandoraPartyProject

幕間

凸凹師弟

関連キャラクター:アーマデル・アル・アマル

刃と心は違うばかり
●食えぬ膳と香らぬ食
 砂漠の箱庭に置かれた拠点は、周囲の砂漠に比べれば熱さは和らいでいる。
 教団の性質的に街のように発展することはなかったが、環境としてはオアシスと呼ぶに相応しい条件だったろう。
 そしてオアシスと言えど、貴重なもののひとつは――水だ。

 その日、アーマデルの体調は比較的良好で訓練にも参加していた。
 他の同輩と比べると『才能』の有無は明白で、基礎的な動き以外の部分でどうしても差が出てしまう。
 その基礎さえ、先日までは本人も気にするほどままならなかったのだ。

 理由を、ナージーは知っている。もう知ってしまっている。
 この後進は、ただ『才能』が無いだけではない。
 『そんなものとは比べものにならない奇跡』を宿しているのだ。
 つまりは、今しているこの訓練が彼には合わないのである。彼の性質を万全に活かすならば、他の育成担当へ回すべきだ。それが教団の為でもあると、理解はできる。
 それをしたくなかったのは――。
「どうした。息が上がってるぞ」
「師、兄……すみません、すぐ……」
「立つのもやっとなその脚で続ける気か? 後で時間を取ってやる。今は外せ」
 厳しい先達の顔と口で言えば、アーマデルは黙って訓練から外れた。

 その彼を、訓練後に『特別訓練』と称して床に呼び出す。
 力の無い者でも、床に刃を持ち込める方法。互いの吐息のかかる距離での応酬。
 『特別訓練』はいつも、彼を組み敷いた体勢から始まる。
 その瞬間。その姿勢が堪らなく、ナージーを満たすのだ。
 この尊い『奇跡』を組み敷くという、この上ない侮辱が。アーマデルが許しているという優越感が。
「師兄、すみません……」
「何だ? 具合が悪いならやめておく――」

 ぐぅ。

「…………」
「音をたててはいけない訓練、ですよね……すみません、初めから」
「萎えた」
「え」
 気の抜けた腹の虫に、嗜虐心も優越感も全てぶち壊された。
 辛うじて残った優越感の欠片が、彼の面倒を見てやろうという方向へ思考を導く。
「食欲なくても腹にものは入れとけ。携行食の作り方は習ったのか?」
「……臭いが、強くて……色も、虹色で……吐きそうに……」
「虹色……? とりあえず、材料変えた奴教えるから。覚えて帰れ」
 すっかり『特別訓練』の空気が薄れた床を去ると、連れ立って向かったのは調理場。
 それはあくまで、技術の伝授。それ以上の意味は無いはずだ。

 ゆるりと静かに、撚り合わされる糸の音など。誰も気付くはずもない――。
執筆:旭吉
違う心が撚り合わせ
●恵みはやがて糧となり
 水とは、恵みだ。
 無から生み出すことはできず、与えられる時を待つしかできない。
 やっと得られた水の使い道さえ、決して自由になるものではなかった。
 そのために生きていけなくなるのなら。初めから、その程度で引かれてしまう運命なのだろう――。

 雨が降らない日が続いていた。
 いつも水を汲んでいた井戸も涸れかかっており、前線に出ない見習い達が訓練も兼ねて新しい井戸を探すことになった。
「…………」
 その人選が、ナージーには納得いかなかった。
 水脈を探すにも、道中での水は必要だ。貴重な水を割くのだから、見習いとは言え腕の長けた者でなければならない。井戸になれそうな水脈を必ず見つけられるほどの人材と言えば、後進の育成に当たっているナージーの目から見てもかなり数は限られていた。
 少なくとも、『彼』はその域に達していないはずだ。
 だというのに。
「よろしくお願いします、師兄」
 野垂れ死にさせるつもりなのか。何か算段があるのか。
 よりによって『あの』アーマデルと同行することになるとは。
(……いや、考えるな。上の考えなんて知るか。ただ与えられた任務をこなせばいい)
 色々な感情と思考が絡まりそうになるのを振り払って、反応を待っていると思しきアーマデルにナージーは向き直った。
「ひとつ伝えておく。足手纏いになりそうだったら置いていくからな」
「はい。どうぞそのように」
 ――人を煽る才能だけは一線級か?
 半分は忠告、半分は厭味のつもりで言ってやった言葉を、恐怖も反対もすることなく受け入れるアーマデル。
 『何もしない』だけで勝手に苛立ちを募らせる自分自身にも、いい加減嫌気が差してくるナージーだった。

 いっそ置き去りにしてやろうか――かなり本気でそう思っていたのだ。
「…………ほら」
 探索中。いよいよ水脈が近いとなったにも関わらず、アーマデルの足取りが覚束ない。
 これは下手に関われば『引かれる』。そう思いもしたのだが、ナージーは何故か自分の水筒を差し出していた。
「掘る体力が無いならこれでも飲んで休め。ここで死なれても俺が困る。死体を運ぶ仕事を増やすな」
「でしたら、自分で……離れます、から」
「少しは俺の思い通りになったらどうなんだ!」
 力の入らないアーマデルの胸倉を掴んで引き寄せると、水筒の栓を噛んで抜き、強引に水を飲ませた。

 結果として、無事水脈を掘り当てたナージーはアーマデルを背負って帰還することになる。
 それが抗い難い糸によるものなのか、己の意図によるものなのか。
 もはやナージーにはわからなかった。
執筆:旭吉
冬夜の柵(しがらみ)
●殺すために生き、生きるために殺す
 砂漠に冬はない。冬が無いのだから雪も降らない。
 生まれた時に殺した、本来孵るはずだった『夜』の魂さえ『冬』の要素は持ち得なかった。

 ならば、『冬夜』とは何なのか。

 *

 日の出ている間は灼熱が蹂躙する砂漠も、月が空を支配する間はその様相を一変させる。
 砂の海は太陽の熱を保てず、その表は氷原のごとく冷えてしまう。
 そのことをよく知る砂漠の民は、普通は対策もなしに夜の砂漠を出歩く自殺行為はしないのだ。
「お前がここまで死にたいとはな。その願い、ここで叶えてやろうか?」
 今日は施設の外での訓練。他の見習い達は日のある内に施設へ戻ってきたのに、アーマデルだけが日が沈んでも戻ってこなかった。
 訓練についてこられず命を落とすことも、教団では珍しくない。そのような者は、他の者を『死』へ引き込まないためにも早期に放逐するのが正しいのだろう。
 相手が『一翼』でなければ、ナージーが彼を探して夜の砂漠へ出張ることも無かった。
「そういうつもりでは……。しかし、どうしても……歩けなくなってしまって」
 アーマデルは、凍えるような寒さの砂上に倒れ込んで動けなくなっていた。脚を怪我して歩けなかったようだ。
 このまま放置すれば、『一翼』が奇跡でも起こさない限り自然に『死』へと引かれていくことだろう。
「師兄……俺がいては、迷惑をかけます……どうか、このまま」
「それだと、お前の死に一番引かれやすいのは俺なんだが。巫山戯るなよ?」
 それ以上文句を言わせず、死体のように冷え切ったアーマデルに毛布を被せて担ぐ。
「すみま、せん……、……」
「そのまま寝たら死ぬぞ。医療技官に診せるまで何か話してろ」
 とにかく、このまま野垂れ死にされるのだけは困ったのだ。
 彼が『一翼』の先祖返りという特異な存在であるがゆえ。
 そして。

(――眠るように、なんて楽な死に方。させてたまるものかよ)

 絶望と激痛と、屈辱と後悔と、あらゆる全てをこの手で傷付け奪ってからでなければ気が済まない。
 雁字搦めの歪んだ執着で以て、彼はアーマデルを助けるのだ。
 彼は、『冬夜』の裔であるがゆえ。

 『冬夜』として生を受けたナージーは、その運命に春の日が差すことはない。
 『運命の糸』が交わった者を『冬(死)』へ堕とすか、そうでなければ自らが溶け落ちるか。
 既に利き腕の運命が溶け落ちたに等しい今となっては、常に『冬』に近しいアーマデルを己の手で堕とすしかない。
 その執着がアーマデルを助けることで、逆に自らの運命を溶かしてしまう――その矛盾に気付きながらも、逃げられぬまま。
執筆:旭吉
幕間の溜息
●日々の一片
 必要以上に個を認識してはいけない。個へ感情を抱いてはならない。
 感情とは糸であり、糸とは絡み縺れる死への誘いである。

 ――だとしたら、やはりこいつは人を殺す天才なのでは?

 *

 この数日で気になったことを、報告書のついでに記録しておく。

 ○の月×日
 今日の訓練は滞りなく。体調不良者あり。
 毒の中和薬と体質が合わなかった模様。
 別途訓練済。

 ○の月×日
 今日は実践を兼ねて、訓練部隊による本隊任務の支援を行った。
 負傷者あり。致命傷には至らず。
 別途治療済。

 ○の月×日
 日照りが続く。訓練部隊にも体調不良者が続出。
 今日に限っていつものあれは体調不良も怪我もない模様。
 別途対応。

 ○の月×日
 今度はひどい雨だ。砂漠に河ができるほどとは。
 訓練が無ければ訓練部隊との接点もない。
 懸念事項あり。別途対応する。

 ――このほぼ必ず文末に出てくる『別途対応』『別途訓練』が、特定個人を対象とするようになったのはいつからだったか。
「師兄、今日はどのような訓練でしょうか」
 感情を向けているわけではない――とは、もう言えない。それくらいの自覚はある。そうなるに至るほど自身を認識せしめた手管については、この何も知らなそうな後進にも自覚して貰いたいが。
「今考えているところだ。お前は足りないものが多すぎてこっちも手を焼いている」
「すみません……」
「それより、医療技官からは何かあったか」
「イシュミルですか?」
 『別途対応』の度に、刻みつけてきた傷。彼の健康を預かる技官なら、遅かれ早かれ気付くだろう。
 もしそうなれば、彼の『師兄』としての立場はもはや保証されない。最悪教団を放逐か、処罰も有り得る。
(今の内に、他の派閥とのコネも作っておくか……)
「いえ、特には。滋養の薬だからと、虹色に発光する名状しがたい臭いの薬は頂きま……師兄?」
 それ以前の問題だった。あの医療技官、診察と称して何を企んでいる。
「滋養の薬が、そんな服用に勇気が求められる見た目のわけあるか。見せてみろ、朝起きて変なキノコでも生えてたらどうするんだお前!」
「生えたことあるんですか師……ああ、そこの棚には前の診察時に貰った謎のゼリー状生物が」
 この時の家捜しで、正気を疑うあれこれが山のように出てきたものの――それらの一切は、誰の記録にも残ってはいない。
執筆:旭吉

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