PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

宮だより

関連キャラクター:寒櫻院・史之

珈琲と感情交差点
「なんか悪いね、せっかくのお休みなのに手伝って貰っちゃって」
「いえ、こういうのも気分転換になりますから」

 すまなそうに眉を下げる蒼矢へ、優しい笑顔で睦月が返事をかえす。伝票に合わせて並べられたデザートをお盆に乗せてカウンターを離れ、客席の方へ――

「お待たせしました。季節限定アールグレイティーのかき氷パルフェです!」

 ミントグリーンとホワイトを基調にしたウェイトレスの制服を身に纏い、彼女は今、蒼矢が経営している異世界のCafe&Bar『Intersection(インターセクション)』で手伝いをしている真っ最中だ。
 パートナーである史之の姿は、ここにはない。彼は今日も海洋王国の観光地、シレンツィオ・リゾートで引っ張りだこだ。元々頼れる特異運命座標として海洋での依頼を積み重ねてきた史之は、現地ですでに指折り数えれば名がすぐにあがるほど名が知られており、朝から晩まで家を出て忙しい日々を送っている。

(数年前の睦月なら、「しーちゃん、そんな事より僕を見てよ!」なんて我儘を言いそうだけど……ちゃんと我慢できてて偉いな。奥さんになって、成長したみたいだねぇ!)

 史之と言い合いにならずとも、相手の気持ちを察して一歩退いて立ち回れるようになった。
 それは間違いなく二人の仲が『一歩前進した』からだなと、蒼矢の口元が自然と緩む。客対応をあらかた済ませてカウンターの中へ戻ってきた睦月が、それを見逃すはずもなく。

「どうしたんですか、蒼矢さん。突然ニヤニヤして」
「ごめんごめん。睦月のウェイトレス姿がさまになってるのが嬉しくて……あ、これオフレコで頼むね。史之に怒られちゃうかも」
「オフレコっていうか、僕のこのお手伝いも秘密にしてくださいね。来月しーちゃんの誕生日があるから、こっそり軍資金を貯めようと思って――」

――ちりん、ちりん。

「いらっしゃいませー!」
「っ!? 蒼矢さ、……!?」

 ドアベルが鳴った瞬間、蒼矢が睦月の腕を引く。バランスを崩してカウンターの中にしゃがみ込んだ睦月は、何事かと言葉を投げかけて――ぴた、と動きを止めた。

「ミルクレープとアイス珈琲のセットをひとつ。それから……史之はどうする?」
「俺もアイス珈琲。この数量限定の抹茶ティラミスっていうの、まだ残ってるならソレで」

(え、うそ! どうしてしーちゃんがお店に!?)

 カウンターに背を向けて座り込んだまま、睦月はお盆を抱えてぐるぐると思考を巡らせた。
 だってだって、今日も海洋での仕事で忙しいって聞いてたから。境界図書館になんて、ましてやこの店に来る事なんて無いと思ってたのに。
 睦月の疑問を代弁する様に、蒼矢がおしぼりと冷水を出しながら接客を続ける。

「史之と赤斗が二人でお店に来るなんて珍しいね。依頼の返り道かな?」
「蒼矢にしては察しがいいじゃねぇか。流石にこの時期は異世界も暑い場所が多いからな。
 史之から『相談したい事がある』って呼び止められたもんだから、店主がサボってないか確認ついでに涼を求めて来たって訳だ」
「蒼矢さんって、本当に赤斗さんから信頼ないよね」

 赤青信号と史之のやり取りの間も、睦月は気が気でならなかった。背を向けたカウンター、そのすぐ後ろで椅子を引く音がしたからだ。
 カウンターテーブルを挟んだすぐ先に、史之の気配を確かに感じる。

(バレても大事にはならないけれど、赤斗さんに『相談したい事』ってなんだろう……)

 ここ暫く、史之はとても忙しそうだ。それを許容して、大人しく待っている自分。関係が落ち着いたと思っていたけれど、それが史之の望む物ではないとしたら?

「んで、相談ってのはどういう内容だ。俺にするからには睦月との事だろ?」
「えっと。どう話したらいいかも悩む話なんだけど。……というか、こんな感覚はじめてで」

 アイスコーヒーのストローで氷をぐるぐると回しながら、ぽつりぽつりと史之が喋り出す。しっかりしている彼にしては珍しく、言葉を選んでいる様な様子に只事ではないと睦月は目を見開いた。

「最近、海洋のリゾート地がにぎわっていて、イザベラ様や海洋の貴族の面々からなんとなくお声がかかって仕事が増えていて」
「それ自体は悪い話じゃないよなァ。……あ、もしかして睦月と一緒にいる時間が短くなって申し訳ないとか?」
「新婚なのに構えてないのは、確かに気になってるよ。けれどそこじゃなくて」

 くるくる……ぴたり。氷を回す手を止めて、一気に琥珀色の液体を飲み込む。ごくりと喉を鳴らしてから、史之は―ー火照った顔を隠す様に俯いた。

「睦月と一緒にいられる時間が短いぶん、前より彼女を意識するようになったみたいで。何気ない仕草のひとつも可愛いなって思うようになったというか……」
(し、しーちゃーーーん!?!?)

 ガタタッ!!

「? いま下の方で音がした?」
「ごめん史之、僕の足癖が悪くって! ははは……」

 物音はもちろん睦月の物だったが、蒼矢が慌ててフォローする。動揺する睦月をよそに、史之は「はぁ」と悩まし気に息をついた。

「何か頑張った後に撫でられ待ちでじっとこっちを見上げて来る癖とか、機嫌がいい時にぴょこぴょこ揺れる赤いアンテナとか」
(ちょっと待ってしーちゃん、僕にそんな癖あったの!?)
「子犬みたいな無邪気さがあると思えば、見つめ返すと少し照れくさそうに眼を細めるところとか、前より落ち着いた姿も最近ぐっと来るし」
(待ってよしーちゃん、心臓がバクバクいって止まらないからっ……)
「正直、はちゃめちゃに可愛い」
(しーーちゃーーーん!!!)


「ありがとうございましたー」

――ちりん、ちりん。

「もう出て来ても大丈夫だよ、睦月。……おーい?」
「ひぇっ!? ぇ、あ、はい!」

 ようやくカウンターの下から出てきた睦月は耳まで赤く、赤信号の様だと蒼矢は目をぱちくりさせた。
 お冷を差し出してやりながら、とりあえずと腕を組む。

「あの惚気具合だと、わざわざ稼いで派手にやらなくても『おめでとう、プレゼントは僕だよ★』ぐらいでも喜んでくれるんじゃない?」
「そんな恥ずかしい事、やる訳ないでしょーー!!」
執筆:芳董

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