幕間
宮だより
宮だより
関連キャラクター:寒櫻院・史之
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- 珈琲と感情交差点
- 「なんか悪いね、せっかくのお休みなのに手伝って貰っちゃって」
「いえ、こういうのも気分転換になりますから」
すまなそうに眉を下げる蒼矢へ、優しい笑顔で睦月が返事をかえす。伝票に合わせて並べられたデザートをお盆に乗せてカウンターを離れ、客席の方へ――
「お待たせしました。季節限定アールグレイティーのかき氷パルフェです!」
ミントグリーンとホワイトを基調にしたウェイトレスの制服を身に纏い、彼女は今、蒼矢が経営している異世界のCafe&Bar『Intersection(インターセクション)』で手伝いをしている真っ最中だ。
パートナーである史之の姿は、ここにはない。彼は今日も海洋王国の観光地、シレンツィオ・リゾートで引っ張りだこだ。元々頼れる特異運命座標として海洋での依頼を積み重ねてきた史之は、現地ですでに指折り数えれば名がすぐにあがるほど名が知られており、朝から晩まで家を出て忙しい日々を送っている。
(数年前の睦月なら、「しーちゃん、そんな事より僕を見てよ!」なんて我儘を言いそうだけど……ちゃんと我慢できてて偉いな。奥さんになって、成長したみたいだねぇ!)
史之と言い合いにならずとも、相手の気持ちを察して一歩退いて立ち回れるようになった。
それは間違いなく二人の仲が『一歩前進した』からだなと、蒼矢の口元が自然と緩む。客対応をあらかた済ませてカウンターの中へ戻ってきた睦月が、それを見逃すはずもなく。
「どうしたんですか、蒼矢さん。突然ニヤニヤして」
「ごめんごめん。睦月のウェイトレス姿がさまになってるのが嬉しくて……あ、これオフレコで頼むね。史之に怒られちゃうかも」
「オフレコっていうか、僕のこのお手伝いも秘密にしてくださいね。来月しーちゃんの誕生日があるから、こっそり軍資金を貯めようと思って――」
――ちりん、ちりん。
「いらっしゃいませー!」
「っ!? 蒼矢さ、……!?」
ドアベルが鳴った瞬間、蒼矢が睦月の腕を引く。バランスを崩してカウンターの中にしゃがみ込んだ睦月は、何事かと言葉を投げかけて――ぴた、と動きを止めた。
「ミルクレープとアイス珈琲のセットをひとつ。それから……史之はどうする?」
「俺もアイス珈琲。この数量限定の抹茶ティラミスっていうの、まだ残ってるならソレで」
(え、うそ! どうしてしーちゃんがお店に!?)
カウンターに背を向けて座り込んだまま、睦月はお盆を抱えてぐるぐると思考を巡らせた。
だってだって、今日も海洋での仕事で忙しいって聞いてたから。境界図書館になんて、ましてやこの店に来る事なんて無いと思ってたのに。
睦月の疑問を代弁する様に、蒼矢がおしぼりと冷水を出しながら接客を続ける。
「史之と赤斗が二人でお店に来るなんて珍しいね。依頼の返り道かな?」
「蒼矢にしては察しがいいじゃねぇか。流石にこの時期は異世界も暑い場所が多いからな。
史之から『相談したい事がある』って呼び止められたもんだから、店主がサボってないか確認ついでに涼を求めて来たって訳だ」
「蒼矢さんって、本当に赤斗さんから信頼ないよね」
赤青信号と史之のやり取りの間も、睦月は気が気でならなかった。背を向けたカウンター、そのすぐ後ろで椅子を引く音がしたからだ。
カウンターテーブルを挟んだすぐ先に、史之の気配を確かに感じる。
(バレても大事にはならないけれど、赤斗さんに『相談したい事』ってなんだろう……)
ここ暫く、史之はとても忙しそうだ。それを許容して、大人しく待っている自分。関係が落ち着いたと思っていたけれど、それが史之の望む物ではないとしたら?
「んで、相談ってのはどういう内容だ。俺にするからには睦月との事だろ?」
「えっと。どう話したらいいかも悩む話なんだけど。……というか、こんな感覚はじめてで」
アイスコーヒーのストローで氷をぐるぐると回しながら、ぽつりぽつりと史之が喋り出す。しっかりしている彼にしては珍しく、言葉を選んでいる様な様子に只事ではないと睦月は目を見開いた。
「最近、海洋のリゾート地がにぎわっていて、イザベラ様や海洋の貴族の面々からなんとなくお声がかかって仕事が増えていて」
「それ自体は悪い話じゃないよなァ。……あ、もしかして睦月と一緒にいる時間が短くなって申し訳ないとか?」
「新婚なのに構えてないのは、確かに気になってるよ。けれどそこじゃなくて」
くるくる……ぴたり。氷を回す手を止めて、一気に琥珀色の液体を飲み込む。ごくりと喉を鳴らしてから、史之は―ー火照った顔を隠す様に俯いた。
「睦月と一緒にいられる時間が短いぶん、前より彼女を意識するようになったみたいで。何気ない仕草のひとつも可愛いなって思うようになったというか……」
(し、しーちゃーーーん!?!?)
ガタタッ!!
「? いま下の方で音がした?」
「ごめん史之、僕の足癖が悪くって! ははは……」
物音はもちろん睦月の物だったが、蒼矢が慌ててフォローする。動揺する睦月をよそに、史之は「はぁ」と悩まし気に息をついた。
「何か頑張った後に撫でられ待ちでじっとこっちを見上げて来る癖とか、機嫌がいい時にぴょこぴょこ揺れる赤いアンテナとか」
(ちょっと待ってしーちゃん、僕にそんな癖あったの!?)
「子犬みたいな無邪気さがあると思えば、見つめ返すと少し照れくさそうに眼を細めるところとか、前より落ち着いた姿も最近ぐっと来るし」
(待ってよしーちゃん、心臓がバクバクいって止まらないからっ……)
「正直、はちゃめちゃに可愛い」
(しーーちゃーーーん!!!)
●
「ありがとうございましたー」
――ちりん、ちりん。
「もう出て来ても大丈夫だよ、睦月。……おーい?」
「ひぇっ!? ぇ、あ、はい!」
ようやくカウンターの下から出てきた睦月は耳まで赤く、赤信号の様だと蒼矢は目をぱちくりさせた。
お冷を差し出してやりながら、とりあえずと腕を組む。
「あの惚気具合だと、わざわざ稼いで派手にやらなくても『おめでとう、プレゼントは僕だよ★』ぐらいでも喜んでくれるんじゃない?」
「そんな恥ずかしい事、やる訳ないでしょーー!!」
- 執筆:芳董
- うさうさ夏休み
- ●
千尋は激怒した。必ずかの我儘すぎる境界案内人を除かねばならぬと決意した。
千尋には萌えがわからぬ。千尋は、武家の末裔である。文武両道、夏宮の者として名乗れるよう誇り高い生き方を追求し続けてきた。けれどもセクシー路線には人一倍、敏感だった――
「なぜ私がバニースーツを着なければいけないんだ、蒼矢殿ぉ――!!」
「おっ。やっぱりちっひー似合ってるじゃん」
スタッフ控室の扉を勢いよく開け放ち、心の思うがままに叫びをぶつける千尋。同じくバニースーツを身に纏い、ひとあし先に着替えを済ませてバーカウンターの席でだらだらしていた日向はいつもの調子で声をかけた。
「春宮、貴様からも何か言ってやれ! 蒼矢殿の店舗を貸し切っているとはいえ、こっ、こここんな破廉恥な格好で歩き回るなんてっ」
「えー、でも襟飾りとかあるぶん、水着より露出度はさがってるっしょ? ちっひーのはスカート付いてるし。黒ニーハイにガーターベルトまでしっかり付いてるのはビックリしたけど」
「そこはっ……恥ずかしかったが、夏宮たるもの用意された服はご厚意としてパーツの欠けなく完璧に着こなすべきだと……」
「あははっ! なにそれウケる! ちっひー真面目すぎっしょ!」
『要塞スカート』のおかげで絶対にパンチラしない安心安全デザインなのは、コスチュームを用意した赤斗なりの配慮のようだ。
――だとしても! どうして!! バニーなんか!!!
ぐるぐると怒りと混乱うずまく千尋の頭を、横から飛んできた睦月の言葉が容赦なく打ちのめす。
「やっぱりこういうのって恥ずかしい、よね……巻き込んじゃってごめん、ちひろ」
「どうしてそこで本家が謝っ――もしや、このバニー騒ぎの当事者は蒼矢殿ではないと!?」
「半分僕で、半分睦月かなぁ」
バーカウンターで皆にお茶を振舞う準備をしながら、蒼矢がのんびりと事のいきさつを説明しはじめる。
『混沌のリゾート地には可愛いバニーガールと格好いいバニーボーイが溢れてるって?
いいなぁ、僕も史之のバニーボーイ姿とか見てみたいなぁ!』
『ちょっと待ってください蒼矢さん、話が飛躍しすぎてません? なんでしーちゃんがそんな服を着るって決めつけて……』
『だって史之は海洋に忠誠を誓ってるんでしょ? 依頼で必要になったら着るんじゃないかって』
『やだぁ! しーちゃんの初バニーは僕が見たいの!!』
『それなら皆でバニーデビューしちゃおうよ、お披露目会して見慣れちゃえば竜宮城でのお仕事になっても恥ずかしくないし!』
「という訳で皆でサクッとなってみたんだけど、史之バニーの感想は?」
「死にた…………いや、夏はこれぐらい涼しい服装でも悪くないかな」
店の隅で「いっそ殺してくれ」ってツラのまま虚空を見上げていた史之が、涙目になりかけた睦月に気づいて途中で軌道修正する。
「嘘だー! どう見てもしーちゃん『いっそ殺してくれ』って顔に書いてあるじゃない」
「そんな事ない」
「目を見てちゃんと話してよしーちゃん! 本当は……っくしゅ!」
くしゃみした睦月の肩に、ふわりとカーディガンがかかる。史之がかけてくれたのだと気付いて睦月が目を見開くと、そんな驚いた顔をするなとばかりに史之は人差し指で頬を掻いた。
「自分が着てる事は忘れて、カンちゃんだけ見つめてたら、普通に眼福だから。でも、風邪ひきそうなら無理しないでね」
「……っ! しーちゃん、大好き!!」
唐突にバニーな二人がイチャイチャしはじめたのを、わーって微笑ましく眺める日向と蒼矢。千尋は千尋で、両手で顔を覆い隠し――仲睦まじい二人の姿を、指の隙間から見つめたまま視線を外せずにいた。
「しのにいも本家様も相変わらずリア充爆発だよねー。なんか妬けちゃうなー! こういう時は甘いのやけ食いっしょ!」
「あはは。コーヒーの準備が出来たから、テーブル席に集まっててね」
「……そういえば、誘われた当初は皆で蒼矢殿が作ったパフェの新作を食べる約束だったな」
海洋の夏を想わせるブルーキュラソーの青いゼリーと、砂浜を模したキャラメル胡桃。季節のフルーツも間に混ぜて断層の作られたパフェの上には、ちんまり小さいチョコのウサギがのっている。混沌へ足を踏み入れられない境界案内人の自由な発想で作り出されたパフェのお供は、フルーティーな香りと後味の引き立つ苦み強めのホットコーヒー。
空調の冷気にそよそよウサ耳揺らして、皆で楽しむ真夏のお茶会!
「史之、いい気分転換になったかい?」
「やっぱり、神郷さん達が気をつかってくれたんですね。境界世界の新しい依頼だと聞いてたから、皆が集まってておかしいと思った」
「大黒柱だからって、頑張りすぎてないか心配だっただけだよ。元気な顔が見れてよかった」
「今度、蒼矢さんの仕事も引き受けますよ。これで借りが出来たから」
「本当かい? いやぁ助かるよ。もうすぐ夏のイベントが始まるっていうのに、新刊のキサムツ本の仕上げが間に合いそうになくてねぇ」
「それは却下で」 - 執筆:芳董
- とりかえっこ大惨事
- ●
「蒼矢、先週の報告書、情報が不十分だってつっ返されてたぞ」
「分かった。すぐにやっておくよ」
「は!?」
それは職場での受け答えとして凄く自然なやり取りだった筈だ。……にも関わらず、赤斗は思わず面食らって聞き返した。
(嗚呼、もしかしてこの場合は面倒くさがった方がよかったのかな?)
受け答えをミスしたと気付いた彼――"蒼矢の姿をした"史之は、そっと自分が座っている作業机の下を覗いた。
"史之の姿をした"蒼矢が体育座りのままブンブンと首を横に振っている。
「あっ、でも新刊の〆切がもうすぐだから、やっぱり来週にしよっかなぁー」
「なに言ってんだ、報告書の〆切、明日だぞ。今夜じゅうに上手く詰めきれなかったら相談に来い。一緒に考えてやるから」
「ありがとう赤斗さ……赤斗」
「やめろお前、今日ちょっとおかしいぞ。頭でも打ったのか?」
自然と返されるお礼の言葉がこそばゆくて、赤斗が逃げる様に去ってゆく。
――頭でも打ったのか?
大正解である。いったい誰が予測できるだろうか、史之と蒼矢が頭をうって入れ替わるなんて。事情を知っているのは激突現場を目撃していたロベリアだけで、彼女が治す方法を見つけるまで、二人は波風立たぬようお互いのフリをして過ごす事にしたのだ。幸か不幸か、史之は終日、境界図書館で仕事をすると館のメンバーには伝えてあるし、蒼矢もデスクワークの日。大人しくしていれば問題はない……はずなのだが。
「それにしても、史之の身体って改めて触ると筋肉ついてるよねぇ。二の腕とか凄い……もしかして着やせするタイプ?」
「ちょっと蒼矢さん、僕の身体で僕をベタベタ触るの止めてくれません!? それセクハラですよ」
「いやぁ、次のシノツム本で脱ぐシーンがあるから参考にしたくてさぁ」
「もう何処からツッコんでいいか分からないんですけど! とりあえず脱ぐの止めてください!」
すったもんだしている間に気配を感じて振り向く二人。そこには睦月の姿があった。
傍目から見れば、半脱ぎの史之と服を掴んでいる蒼矢の図。三人の間に長い沈黙が訪れる。
最初に口を開いたのは、史之――の姿をした蒼矢だった。
「……し、仕事で肩を痛めたみたいでさ、湿布を貼ってもらおうと思ってたんだ」
「しーちゃん本当? ちょうどライブノベルの仕事が終わったから、様子を見に来たんだけど……蒼矢さん、僕がしーちゃんに貼りますから」
「あーでも、カンちゃんの姿を見たら急に元気になっちゃったなー、肩こりも吹き飛んじゃったなぁ!」
「本当に? 無理してない?」
純粋に心配されて、蒼矢はメガネの奥で戸惑いを見せる。出会った頃ならこの身体を利用して、史之の株を上げるべく睦月にベタベタしただろう。
……けれども今は、心を通わせた二人の邪魔をしたくない。たとえ史之の身体だとしても、スキンシップは後に睦月も史之も傷つけてしまうだろうから。
「カンちゃん」
睦月の頭の上に温かい掌が降りる。ぽふぽふと撫でられて、目を丸くする睦月。
「俺は大丈夫だから、お家でいい子で待っててよ。そのかわり館に帰ったら、いっぱいカンちゃんに癒してもらうつもりだから。ね?」
「…………しーちゃんの見た目だけど、蒼矢さん?」
「「まさかの即バレ!?」」
「だってこんな乙女ゲーみたいな言い回し、しーちゃんなら絶対しないもん。どちらかっていうと蒼矢さんですよね」
「乙女ゲー?! えっ、僕ってそんな風に思われてたの?」
「自覚なかったんですか蒼矢さん」
●
「……で、私がいない間にどうしてこんな面白い事になっているのかしら?」
調合してきたと思しき薬を持って戻ってきたロベリアは、史之と蒼矢の腕をぎゅっと掴んだまま離さない睦月と、脱力気味の入れ替わり組を面白そうに見比べた。
「身体と心、どっちも半分ずつしーちゃんだから、どっちも半分ずつ僕のものですよね。
だから半分ずつぎゅーってする権利が僕にはあると思うんです!」
「あっはは! やっぱり貴方達、面白い!」 - 執筆:芳董
- 踊らされる大走査線
- ●
「カンちゃん、いよいよこの季節がやって来たね……」
「そうだね、しーちゃん。この季節が……」
恋の季節グラオ・クローネ。転じてーー『境界案内人』ロベリア・カーネイジが暴走する季節!
寒櫻院夫婦の成り立ちを考えれば、あの時は必要な事であったものの、毎年の暴走ぶりを考えると被害を抑えなければそのうち取返しのつかない事態も起こりえる。
そういう訳で二人はグラオ・クローネの数日前、グラクロ気分で浮足立つ境界図書館へ探りを入れに来たのだった。
やばい物には早々に蓋をするに限る。兵は神速を貴ぶのだ。目立たないようにお揃いの黒いローブを身に纏い、二人は図書館のロビーを歩く。
「なんだか潜入捜査みたいでドキドキするね! あんパンと牛乳も持ってくればよかったかな」
「ごきげんだね、カンちゃん……。まぁローレットからの依頼じゃないし、遊び半分ではあるけれど……」
「だっていつも僕達、ロベリアさんからの不意打ちで驚く事が多かったじゃない。今日は先手を取れるから意外な一面が見れたりするかなって」
「そうでもないわよ? 私はいつでも自分を取り繕ったりしないもの」
「本人がそう思っていても、第三者から見たら違う場合もーー…いや待って、ロベリアさん!?」
二人の会話へナチュラルに混ざってきたロベリア。驚きながらも先に気付いたのは史之の方だった。
「……ッ!」
ロベリアが怪しげな呪文を放つ。咄嗟に睦月を庇うように動く史之。色とりどりの閃光がはじけ飛び、彼の身体を包み込んでーー
「しーちゃん!? しーちゃーーん!!」
●
「だいぶ遅い時間になったが、領地に戻らなくていいのか?」
「今夜はどうせ二人とも帰って来ないっしょ。だってもうじきグラオ・クローネ……あーもう、あーしだって恋の季節満喫したい!」
「おい、飲みすぎだぞ」
「いいじゃん、どうせジュースだし! 酔わないし! ちっひーは固いなぁ~!」
日向にバシバシと背中を叩かれ、千尋は飲みかけていたジュースを噴き出しそうになった。ここは赤斗と蒼矢が経営しているカフェ&バー。気晴らしに遊びに来た日向と千尋を、赤斗は快く迎えたのだった。
「俺は恋愛沙汰には疎いが、まぁ……そういうのは巡り合わせがある。慌てず時期を待ってりゃ、きっといい人が見つかるさ」
「あーね。でも、その手のアドバイスを聞き続けてもう何年目よって話しでさー。もういっそ、ちっひーと付き合っちゃおっかな」
「どうしてそこで私が巻き込まれる事になるんだ。そんなに魅力的な殿方を探したいなら、武力をつけて道場破りくらいしてみたらどうだ」
「わーん、ちっひーの猪武者ぁ~!」
的外れな恋愛のアドバイスに日向が叫んだのとほぼ同時、入口のドアベルがカランカランと鳴り響く。二人が音の方へ思わず振り向くと、そこに立っていたのはーー
「うそっ、しのにい……だよね? うわ~、ちっちゃ…!」
「治るまで知り合いの少ない場所に避難してようと思ってたのに、どうして二人がここにいるんだ……」
テンション高めにパシャパシャとこちらをaphoneのカメラで撮影してくる日向に、史之は細い眉をハの字に寄せた。
一方で千尋の方はというと、驚きのあまり口をパクパクさせている。無理もない。二人の目の前に現れた史之の姿は、どう見ても五歳児なのだから。
後から史之を追いかけるように店に現れた睦月は、日向と千尋が店にいる事に驚きつつも、事の次第を話してくれた。
「実は、しーちゃんがロベリアさんの呪いから僕を庇ってくれて……五歳児ぐらいの姿にちぢんじゃったの。しばらくしたら治るって呪いをかけた本人は言ってたけど……」
「当人のロベリアは一緒に来てねぇのかァ?」
「グラオ・クローネの悪戯が成功したから満足して帰るって」
「面倒な事この上ねぇなぁオイ」
赤斗は溜息混じりに入口の方へ向かうと、店の看板が『Close』になるようひっくり返した。今夜はこのまま、店を貸し切りにしてくれるらしい。
「落ち着くまで好きに使ってくれ。どうせ今夜は日向と千尋の貸し切り状態だったからなァ」
「ありがとうございます、赤斗さん。……しーちゃん、いつ治りそう?」
「それが分かってたら。こんなに困ってないって。……うーん…」
うとうと。子供にはもうおねむの時間だ。うつらうつらと舟をこぎはじめた史之を、千尋が抱き上げソファーへ寝かせる。
「わが身を盾にしたという事は、史之なりに努めを果たしたという事だな」
「ちひろ、ありがと……」
「……っ」
(史之がこんなに無防備な姿を見せた事などあっただろうか。ここは気がたるんでると普段なら叱責するところだが……こうも可愛いとやりにくい!)
「ちっひー、なにニヤけてんの~?」
「にっ、ニヤけてなどいない!」
「わわっ。しー! しのにい目が覚めちゃうよ」
日向がコートを掛け布団代わりにかけてやると、史之は隣に座る睦月の手をぎゅうと掴んだ。
「カンちゃん、寝るまでそばにいて」
「!! ……うん。寝た後もずっと、一緒にいるよ。だから安心しておやすみ」
掴んだ手を優しく握り返すと、落ち着いたのか史之はすーっと夢の中へ落ちていった。愛らしい寝顔を見守ってから、三人は顔を見合わせる。
「で、どうすんの? このままだと本家様動けないじゃん」
「僕はここでしーちゃんと寝るから、二人は島に帰りなよ」
「いや、この状態で敵に襲われたら史之とて守りきれまい。一晩の警護も鍛錬のうちだ」
ひそひそと声を落として会話して、そうして時間は過ぎていき――
●
「本当に、皆いい顔で寝てるねぇ」
バータイムと入れ替わりでカフェの営業準備に来た蒼矢は、四人の寝顔をこっそり覗いて頬を密かに緩ませた。
史之はロベリアが言っていた通り、大人の姿に元通り。仲良し四人をもう少しだけ寝かせてあげようと、蒼矢はそのまま厨房の方へとゆっくり踵を返したのだった。
「グラオ・クローネの大切な贈り物……四人の場合は"強い絆"なのかもね」 - 執筆:芳董
- 呪われた愛
- 『新しい呪いの非検体を探していたの』
いつものお礼のつもりだった。何かできることはありませんか?
…なんて、この破天荒な聖女に聞いてみた結果がこれである。ピンキーリングのはまった右手を天井の灯りに透かし、睦月は目を細めた。
黒いマニキュアが塗られた生っ白い手。ロベリア=カーネイジの手そっくりである。最も――今の睦月は爪先から頭のてっぺんまで、完璧にロベリアの姿をしているのだが。
「入れ替わりの呪い、ですか。確かに今の僕はロベリアさんみたいですね」
「そうよ。独りで試す訳にはいかないけれど、境界案内人の男衆と変わるのは死んでも嫌だと思ってたから、睦月が協力してくれて助かったわ」
傍らで足を組んで椅子に座るロベリア――今は睦月の姿をしている――は、姿が変われど妖艶な色香を纏い、不穏な微笑みを貼り付けている。
「確かに男性と入れ替わるのは気が引けると思いますけど、これ…何の為に用意したんです?」
「試すためよ。私が睦月の姿になったら、無辜なる混沌に遊びに行く事が出来るんじゃないかって」
境界案内人は世界と世界のあわいを行く者。無辜なる混沌に受け入れられず、境界図書館に留まる者だ。
こんなバグ技めいた方法で世界の法則に逆らう事を考えるのはロベリアくらいのものだろうが、当人いわく『何もしないよりマシだわ』との事で、睦月は彼女を大人しく見守る事にした。
(……というより、足が全く動かないから移動できないんだけどね! しーちゃんにもついて来て貰えばよかったなぁ)
指輪を外せば入れ替わりも解けるのだろうが、解除方法はロベリアしか知らない。がっちり小指にはまったソレを外すのを諦めて、睦月は仕方なく図書館の読書スペースにちょこんと座る。
せめて暇つぶしに本の一冊でも棚から持ってくればよかったと、つまらなそうにテーブルに頬杖をついてぼんやりしている内に、ふっと背中の方から影が落ちる。
「暇そうにして、どうしたんですか?」
「あっ、しーちゃ…」
普段通りの呼び方で返してしまい、睦月はあっと口を抑えた。ほとんど聞こえてしまった呼び名に史之が怪訝そうに眉を寄せる。
「すみません。その呼びかたはカンちゃん専用なので」
「そうよね、うん。ごめんなさいっ」
(僕のいない所でも、そういう風に特別に思ってくれてるんだ……)
意外な角度から史之の律儀さが伝わって、心の奥底がじんわりと温まる。このまま史之の優しさに浸っていたいと頬を綻ばせるロベリアーーの、外見をした睦月。
一方、珍しく素直なリアクションを見せたロベリアに史之は内心、気が気でなかった。
(おかしい。ちょっとこれ、どういう事? いつもロベリアさんの事は、仲間として大事に思ってるはずなのに……)
これは許されざる気持ちだと唾をのむ。考えてはならない事だ。何だか仕草のひとつひとつが愛しい人に似ているなんて!
「……ね。史之はいつも、睦月の事を大切にしてくれるじゃない?」
「そ、そりゃあ勿論…俺にとっては掛け替えないですし。一生大切にしたいから……」
「ありがとう」
花の様に微笑む聖女。
(――あ。)
その柔らかな笑顔がついに愛しい人と被った。
「え、なに、えっ? もしかしてカンちゃ、ん…?」
「ふふふ。ロベリアさんと姿を交換したんだよ」
「待ってちょっと今の! ~っ、そういう事かよ、もう!」
耳まで真っ赤になってそっぽを向く史之。その肩に触れようと睦月は椅子から立ち上がり――がくん、と。
「あっ」
「カンちゃん!」
(しまった! ロベリアさんの足、拘束されてっ……!)
大きくぐらつき体制を崩した睦月。その身体を守ろうと史之がすぐさま手を伸ばす。
もつれ合いながら倒れた拍子に、ころんと転がるピンキーリング。
「痛た…」
「しーちゃん、大丈夫?」
どんなにレベルが上がっていても痛いものは痛い。混乱していた意識が落ち着けばすぐに二人は気づく。
境界図書館の絨毯張りの床の上、押し倒される史之と馬乗りになって組み敷いている睦月の図。
おまけに近くの本棚の影にこっそり隠れ、二人の様子をそっと伺うロベリアと蒼矢の姿が――
「そ こ の 二 人 ! !」
「あ、僕達は本棚だと思って続けてくれていいんで!」
「いい雰囲気だったんだから、そのままどうにかなっちゃえばよかったのに」
「いいいいつから見てたんですかー!?」
ロベリア曰く、秒でダメなのが分かったので史之とのやり取りを始めの方から観察していたのだという。
落ちていたピンキーリングを拾い上げ、彼女はいつも通りの妖しい瞳で、林檎みたいに真っ赤になった二人を見下ろし微笑んだ。
「呪いの原動力は想いの力。二人の愛が私の呪具の力を高めてくれたわ。実験は成功ね」
「…ねぇ、カンちゃん」
「分かってる」
「やっぱりロベリアさんのお願い事を一人で聞くのは危険だよ」
「今それ一番身に染みてるの僕だよしーちゃん……」
やれやれと史之は頭を掻いてから、疲れた様子の睦月をおんぶして帰路につく。
一筋縄ではいかない友人、ロベリアはまた二人を惑わすだろう。
――だってそれが、私の幸せ。
束縛の聖女は、世界にたった一つ、捕まえたい小鳥を遠い空に離してしまった。
心の隙間を埋めてくれるのは、大好きな睦月と史之。二人の幸せな姿を眺めていると、胸の内が温かなもので満たされるのだ。
「さて、次はどんな愛を仕込もうかしら?」 - 執筆:芳董
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