PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

宮だより

関連キャラクター:寒櫻院・史之

呪われた愛
『新しい呪いの非検体を探していたの』
 いつものお礼のつもりだった。何かできることはありませんか?
 …なんて、この破天荒な聖女に聞いてみた結果がこれである。ピンキーリングのはまった右手を天井の灯りに透かし、睦月は目を細めた。
 黒いマニキュアが塗られた生っ白い手。ロベリア=カーネイジの手そっくりである。最も――今の睦月は爪先から頭のてっぺんまで、完璧にロベリアの姿をしているのだが。
「入れ替わりの呪い、ですか。確かに今の僕はロベリアさんみたいですね」
「そうよ。独りで試す訳にはいかないけれど、境界案内人の男衆と変わるのは死んでも嫌だと思ってたから、睦月が協力してくれて助かったわ」
 傍らで足を組んで椅子に座るロベリア――今は睦月の姿をしている――は、姿が変われど妖艶な色香を纏い、不穏な微笑みを貼り付けている。
「確かに男性と入れ替わるのは気が引けると思いますけど、これ…何の為に用意したんです?」
「試すためよ。私が睦月の姿になったら、無辜なる混沌に遊びに行く事が出来るんじゃないかって」

 境界案内人は世界と世界のあわいを行く者。無辜なる混沌に受け入れられず、境界図書館に留まる者だ。
 こんなバグ技めいた方法で世界の法則に逆らう事を考えるのはロベリアくらいのものだろうが、当人いわく『何もしないよりマシだわ』との事で、睦月は彼女を大人しく見守る事にした。
(……というより、足が全く動かないから移動できないんだけどね! しーちゃんにもついて来て貰えばよかったなぁ)
 指輪を外せば入れ替わりも解けるのだろうが、解除方法はロベリアしか知らない。がっちり小指にはまったソレを外すのを諦めて、睦月は仕方なく図書館の読書スペースにちょこんと座る。
 せめて暇つぶしに本の一冊でも棚から持ってくればよかったと、つまらなそうにテーブルに頬杖をついてぼんやりしている内に、ふっと背中の方から影が落ちる。
「暇そうにして、どうしたんですか?」
「あっ、しーちゃ…」
 普段通りの呼び方で返してしまい、睦月はあっと口を抑えた。ほとんど聞こえてしまった呼び名に史之が怪訝そうに眉を寄せる。
「すみません。その呼びかたはカンちゃん専用なので」
「そうよね、うん。ごめんなさいっ」
(僕のいない所でも、そういう風に特別に思ってくれてるんだ……)
 意外な角度から史之の律儀さが伝わって、心の奥底がじんわりと温まる。このまま史之の優しさに浸っていたいと頬を綻ばせるロベリアーーの、外見をした睦月。
 一方、珍しく素直なリアクションを見せたロベリアに史之は内心、気が気でなかった。
(おかしい。ちょっとこれ、どういう事? いつもロベリアさんの事は、仲間として大事に思ってるはずなのに……)
 これは許されざる気持ちだと唾をのむ。考えてはならない事だ。何だか仕草のひとつひとつが愛しい人に似ているなんて!
「……ね。史之はいつも、睦月の事を大切にしてくれるじゃない?」
「そ、そりゃあ勿論…俺にとっては掛け替えないですし。一生大切にしたいから……」
「ありがとう」

 花の様に微笑む聖女。
(――あ。)
 その柔らかな笑顔がついに愛しい人と被った。
「え、なに、えっ? もしかしてカンちゃ、ん…?」
「ふふふ。ロベリアさんと姿を交換したんだよ」
「待ってちょっと今の! ~っ、そういう事かよ、もう!」

 耳まで真っ赤になってそっぽを向く史之。その肩に触れようと睦月は椅子から立ち上がり――がくん、と。
「あっ」
「カンちゃん!」
(しまった! ロベリアさんの足、拘束されてっ……!)
 大きくぐらつき体制を崩した睦月。その身体を守ろうと史之がすぐさま手を伸ばす。
 もつれ合いながら倒れた拍子に、ころんと転がるピンキーリング。
「痛た…」
「しーちゃん、大丈夫?」
 どんなにレベルが上がっていても痛いものは痛い。混乱していた意識が落ち着けばすぐに二人は気づく。
 境界図書館の絨毯張りの床の上、押し倒される史之と馬乗りになって組み敷いている睦月の図。
 おまけに近くの本棚の影にこっそり隠れ、二人の様子をそっと伺うロベリアと蒼矢の姿が――
「そ こ の 二 人 ! !」
「あ、僕達は本棚だと思って続けてくれていいんで!」
「いい雰囲気だったんだから、そのままどうにかなっちゃえばよかったのに」
「いいいいつから見てたんですかー!?」

 ロベリア曰く、秒でダメなのが分かったので史之とのやり取りを始めの方から観察していたのだという。
 落ちていたピンキーリングを拾い上げ、彼女はいつも通りの妖しい瞳で、林檎みたいに真っ赤になった二人を見下ろし微笑んだ。

「呪いの原動力は想いの力。二人の愛が私の呪具の力を高めてくれたわ。実験は成功ね」

「…ねぇ、カンちゃん」
「分かってる」
「やっぱりロベリアさんのお願い事を一人で聞くのは危険だよ」
「今それ一番身に染みてるの僕だよしーちゃん……」
 やれやれと史之は頭を掻いてから、疲れた様子の睦月をおんぶして帰路につく。
 一筋縄ではいかない友人、ロベリアはまた二人を惑わすだろう。

――だってそれが、私の幸せ。

 束縛の聖女は、世界にたった一つ、捕まえたい小鳥を遠い空に離してしまった。
 心の隙間を埋めてくれるのは、大好きな睦月と史之。二人の幸せな姿を眺めていると、胸の内が温かなもので満たされるのだ。
「さて、次はどんな愛を仕込もうかしら?」
執筆:芳董

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