PandoraPartyProject

幕間

カルウェットのゆりかご

関連キャラクター:カルウェット コーラス

誰かが治してくれた傷
 これから見えるのは、彼が失った家族との記憶。何の変哲もない『普通』の記憶。
 家族のように共に過ごしたノクターナルとコーラスフェルに何気なく話しかけ、何気ない日常の話を繰り広げ、楽しく過ごすだけの日々。
 ただそれだけの、『何もない1日』の記憶が徐々にカルウェットの頭に蘇った。


「カルウェット、カルウェットー?」

 カルウェットが外でごそごそと何かをしていると、コーラスフェルが呼ぶ声が聞こえてきた。
 そちらに振り向いたカルウェットは、何かを手で包み込んでコーラスフェルのもとへ。

「ああ、そこにいたのか。っと、なんだい? その手は」
「ふふふ、フェル、見て、驚け!」
「うん?」

 カルウェットが両手を開くと、そこに現れたのは小さな小さなネズミ。
 どうやら足を怪我しているようで、療養していたところでカルウェットに捕まってしまったようだ。
 ぷるぷると震えるネズミ。涙目でコーラスフェルに助けを訴えるように顔を上げており、でもコレもうダメだ! と今にも言いたそうにしている。
 そんな中でカルウェットは、えっへん! と誇らしげな表情を浮かべている。普段は捕まえられないものを捕まえることが出来て、たいそうご満悦。

「ネズミがいたから、捕まえた!」
「うんうん、そっか。けれどどうやら、この子は怪我をしているみたいだぞ?」
「えっ。……怪我、してるのか」
「ああ、ほら。ココ。鳥か何かから逃げるときに、何処かにぶつけてしまったんだろうね」

 コーラスフェルが指さした先は、ぽっきりと折れてしまったネズミの左足。
 このまま放置していても治ることには治るだろうが、真っ直ぐな足になることはないだろうというのがコーラスフェルの見解だ。

 そんなのは可哀想だ! と鼻息を荒くしながら、カルウェットが嘆く。
 痛いのは嫌だということは、この身がよく知っている。折れたままとなればなおさら、ネズミにとっては酷なものだろう。

「フェル、どうしたら、治せる??」
「そうだねぇ……ああ、じゃあこれとこれを使ってみようか」

 コーラスフェルはそっとしゃがみ込むと、傍に落ちていた木の棒と木の葉を拾い上げる。
 ネズミよりも大きな木の棒と木の葉を軽くちょちょいと折って、引き裂いて、ネズミの大きさに合わせた固定具を作り出す。
 その手際の良さにカルウェットは声も出ないほど驚いたが、徐々にネズミの足に固定具が装着されると目をキラキラと輝かせた。
 同じようにネズミも最初は大分恐れていたが、自分が治療されているのだと知ると大人しく、されるがままにコーラスフェルの固定具を身に着けた。

「わ、すごい。これで、ネズミ、治る?」
「そっとしておいてあげたらね。きちんと治るまで、君が面倒を見てあげるといいんじゃないか?」
「ということは、ルナに言わないと……」
「怒られるかもしれないね。さあ、言いに行こうか!」
「あわ……」

 ぽんぽんと肩に手を乗せられて、流れるままにノクターナルへネズミのことを伝えたカルウェット。
 カルウェットが助けたのなら見捨てる理由はない、ということでネズミは完治するまで3人のもとでお世話になったのだった。


「…………あれ」

 気が付いた時、涙が溢れていたカルウェット。
 今、立ち尽くしてる間に見えた光景はなんだったのだろう。思い出せない。

 『誰か』が『誰か』を治療して、『誰か』をお世話するために『誰か』の許可を得た。
 それだけが、カルウェットの頭の中に残された記憶。誰がどれで、どれが誰だったかさえももう、わからない。

「……でも、痛かったの、治った、だろうな」

 誰が痛がってたのかも思い出せない中で、唯一、心に引っかかった出来事にカルウェットはそっと呟く。
 痛みはきっと、自分じゃない誰かが治してくれたから大丈夫だと、そう言いたげに……。
鏡合わせ、背中合わせ
 きみとぼくに鏡は要らない。少しだけ形は違うけれど、隣に手を伸ばせば触れられる鏡像がある。お揃いの瞳を覗き込めば——ほら、重なった。
 流れ出すきみの音色はぼくのもの。きみにはバルーンフラワーの冠をあげよう。ふわふわの髪を紫色の星で飾ったぼくだけの星が笑ってくれた。

「わあ! ありがとう、ルナ」
「ずっと一緒だよ、ルウィー」

 溢れ出すボクの感情は君といられる幸せ。君には何をあげられるかな。ぼろぼろの花冠。真似っこして作ったけど、おんなじにはならなかった。
 君とボクに鏡は要らない。ただ、お揃いの色が嬉しかった。当たり前に隣にいたし、これからも寄り添えばぴったりと——あれ、ずれちゃった?





 瞬きをひとつ、ふたつ、みっつ。
 カルウェットが目覚めたのは真っ白な月が覗き込む森の中。隣にいた気がしていた誰かは影も形も残っていなかった。
 ふるりと体が震えたのは、ひとりぼっちの底を吹き抜けた風が冷たかったからか。夢の余韻が恐ろしかったのか。
「……帰る、するか」
 声に出して立ち上がる。どこへ帰るかなんて、歩き出してから考えればいい。そうでなければ引き摺られてしまいそうだったから。
 月だけが見ている箱庭の暗がり、紫色の星が揺れていた。つきり、と過去から響く痛みはカルウェットの足を止められず——桔梗が囁く『永遠の愛』は紙風船より儚く消えた。
執筆:氷雀
約束
 カルウェットはその手を伸ばすとコーラスフェルの角をそっと撫でた。
「どうしたんだ?」
 カルウェットの行動にコーラスフェルはやや戸惑いながら声をかける。
「角、片方、折れてる」
 カルウェットは心配そうにコーラスフェルの目を覗き込んだ。そんなカルウェットをコーラスフェルは優しく抱きしめる。
「優しい子だな」
 コーラスフェルの心音が体を通して聞こえ、カルウェットの心はゆっくりとほぐれていった。
「これはもとからだぞ。それに私はこの角を気に入ってるんだ」
「なんでだ?」
 カルウェットの無邪気な質問にコーラスフェルは軽く微笑んで、カルウェットの頭を撫でた。
「カルウェットにもノクターナルにも角があるだろう。この角を見ると私たちが家族だって実感できるんだ」
「そうなのか!」
 カルウェットは顔を輝かせる。そしてさっきまでそうしていたようにコーラスフェルの角を撫で始めた。
「頭、撫でられる、嬉しい。フェルの大事な角、いっぱい撫でる!」
「ありがとう」
「ずっと、頭、撫でる。約束!」
「ふふっ、約束だぞ」
 

 カルウェットは目覚めるとその目を擦る。すごく幸福な夢を見ていた気がした。しかし、それがなんであったか思い出せない。ただざわざわとした何かが心に巣食っていた。
 カルウェットは仕方なくそのまま顔を洗いに向う。だが、胸の中にあるざわざわは無視をしようとしても鬱陶しいほどに存在を強調していた。
 桶に水を溜めるとカルウェットはその水をすくい上げるため桶に目を落とす。すると不意に自分の角が目に入った。
 そして無意識の内に、その手は角の方へと動き、頭を撫でていた。
 何かを確かめるように、取り戻そうとするように、ぎこちない手付きで何度も自分の頭を撫でる。自分で自分が止められなかった。
 カルウェットは体が震えるのを感じた。苦しかった。何かが自分の中から溢れようとしていた。
「なんだ……?」
 か細い声が口から漏れる。この角は何かの証であったはずなのだ。絶対に忘れてはいけないものと自分を繋ぐ何かであったはずなのだ。
 それを必死に探ろうとしても何も見つからない。確かに自分の中にあるはずなのに、触れられない。
 カルウェットは宙に手を伸ばすと、その手を左右に小さく振る。それは掴めない何かを必死に掴もうとしているようであり、もう思い出せない何かを必死に果たそうとしているようでもあった。
「約束」
 かろうじて思い出せるのは温かな声で語られるその言葉のみ。
 雫が一滴、桶に垂れた。水面に波紋が浮かび上がる。それが合図だったかの如く、雫は何度も桶の水面へと落ちていく。
 まるでカルウェットの心を代弁するかのように水面には無数の波紋が浮かんでいた。
執筆:カイ異

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