PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

パン屋の日常

関連キャラクター:零・K・メルヴィル

救ったもの
 ――鉄帝、ラド・バウ独立区。
 灰色の雲渦巻く空は、不吉な戦乱の世相を象徴しているようであった。吹きすさぶ冷たい風に、零は思わず目を細める。
 移動屋台『羽印』は、今日も変わらずパンを販売している。
「すみません。メロンパンはまだありますか?」
「はい、たくさんありますけど……ん?」
 おずおずと尋ねてきた客は、ラド・バウに身を寄せた避難民のようであった。ぼろぼろの身なりがここに来るまでの経歴を示唆していた。
 差し出してきた手のひらには、数枚の硬貨が乗っている。
「避難民の方へは無料でパンを配っていますよ」
「ええ、知っています」
 穏やかに硬貨を差し戻そうとする零に、客は首を振った。
「……私は、ここに来たとき、美味しいワインやお菓子、そしてフランスパンに命を救われたんです」
 だからささやかでも恩返しのために、今度は身銭を切りたいのだ、と。
 力強く言い切られてしまっては、零もその矜持を否定できなかった。
 "たまたま"定価より安い値段を口にしてしてしまい、メロンパンの中でも特に焼き立てのものを渡したのは……実のところ、彼の意図した気遣いではあったが。
「ありがとうございます」
「こちらこそ。またいつでも来てくださいね」
 客はパンの紙袋を受け取ると、大切そうに抱えて去っていった。その姿はどこか物寂しくて――それでも、零たちが救った者の姿であった。
 ふう、と零は息を吐く。
 指先に残っていた焼き立てのパンの温かさは、寒さを増してきた外気の中で、徐々に失われていった。
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