PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

活き餌侍と磯姫騎士

関連キャラクター:リディア・T・レオンハート

日退月歩

 悔やめば悔やむほど、弱くなっていく。


 剣を置いてから数日が過ぎた。
 物事を三日サボればすべて忘れてしまうというらしいが、それなら剣の腕前はどれほどまでに落ちたのだろうか、なんて考えてしまう。
 努力という言葉は嫌いではない。頑張れば頑張るほどに身に付くのだろうと考えさせてくれるから。けれど今は好きだとは言いきれない。才能もセンスも、生まれつきのものでは勝てないということを理解しているからだ。
 勿論リディアに才能がないわけではないが、上には上がいるということを知っている。同じ仲間のなかにだって強いひとは沢山いるのに、どうして自分だけが特別だと自惚れることができようか。

 きっと間違いなんかじゃない。
(どうして? バカにしていた人にも負けたのに?)
 きっと私は強くなっている。
(どうして? 目に見える数値なんかないのに)
 きっと私は負けない。
(嘘だ。もう何度も何度も負けているのに)

 虚勢も虚勢、妄言で幻想でしかない。リディアというただの少女であることを理解してしまった今、己が可能性のるつぼであるということを誰が信じるだろうか。
 それほどまでに弱ってしまった。剣を握る理由がわからなくなってしまったのだ。
 早く握らなきゃ。折角つけた筋肉が落ちてしまう。そう考えて、焦れば焦るほどに自分の弱さが、醜さが浮き彫りになるようで、結局手入れをするだけに終わっている。いや、最近は手入れすらもままならない。
 怖いのだ。鎧を見ることが。
 怖いのだ。剣を持つことが。
 また自分の弱さが白日に晒されるようで。そうすればまた誰かに笑われてしまうのではないかと怖くて。
 誰が笑ったかなんて関係ない。恐れているのだ。強い自分は幻想であると理解してしまうことが。
(……あーあ)
 元の世界に帰りたいな、なんて。冗談でも願ってしまう。
 もしも帰れたならば、もう剣を握る必要だってなくなるのに。
 けれどどうしてだろう。あっさりとそれを認めてしまえばむしろ自分自身のこれまでを否定するような気持ちになってしまうからいけない。
 あの瞬間にもしこうしていれば。
 あの時にまだ出来たことがあるんじゃないか。
 なんて、もう取り戻せない後悔ばかりを思い過ごしては一日を無駄に浪費してしまう。
 きっと兄も心配していることだろう、それだけじゃない、幻介にも無駄な気遣いをさせてしまうかもしれない。それが心苦しいはずなのに、家の外に出ようという気力が湧かない。だからどうすることも出来ず、ずるずると家の中に籠ってはまた無駄な思考のループに陥ってしまうのだ。
 先日買い出しに出た帰りに襲われてからはさらに外に出るのが億劫になった。理由を兄に説明すればわかってくれるだろうが、これ以上兄に心配をかけたくない。となればまた別の誰かなのだろうが、それをすることで己の弱さが他人に知れてしまうのが怖い。
 勿論これが他の誰かの立場なら弱さを知らしめるような行為ではないと真っ先に否定するだろうが、己の立場なら別だ。怖いのだ。また己が不甲斐ないせいで泣いてしまわなければいけなくなるのが。

 過去を悔やめば悔やむほど、弱くなっていく。

 どうすることも出来ないままに時間だけが無情に過ぎていく。
 苦しいし悲しい。それ以上に、どうしようもない。
 動くことをやめてしまった熱意にエンジンをかけなおすのは非常に手間がかかる。今、リディアに燃料はない。しけった薪では炎が燃えることもない。なにか切っ掛けが必要だ。
(……どうしようかな)
 先日買ってきた食品だって長くは持たない。人間はなにかを食べなければ死んでしまうし、なにかを食べるには買い出しにでなくてはならない。けれど今は外には出たくないし、知り合いに会う可能性のある外やスーパーに向かうのは尚更に嫌だ。かといって誰かに頼めるわけでもない。そんな思考の堂々巡りを繰り返している。
(……仕方ない、いくしかない)
 元気を出すには食べ物がいちばん。とはいえその食べ物がないならどうしようもない。身支度を整えて、なるべくリディアだと知られぬように普段は着ないような格好に身を包む。
 そして扉に手を掛けたその時――

 どん

(???)
 なにかが落ちたような鈍い音が扉の外からして、リディアは思わず扉を開く。
「……これは」
 扉の前に広がっていたのは、沢山の食べ物や缶詰の差し入れ。差出人は言わずもがな――活き餌と詰ったあいつであろう。
 そうでなければこんなにも偏食で、かつ男ウケだけの肉料理ばかりを買ってこない。野菜や魚にも気を遣ってほしいし、まずリディアの好きな食べ物であるかを確認するべきだ!
「……ふふ」
 ああ、本当に。良くできた侍だ。
 気遣いまでいっちょまえにやろうとするのだから、これだから彼は愛されてしまうのだ。彼が用意したのだろう食材の数々を拾い上げ、リディアは部屋の中へと戻っていく。
「……あ」
 素直に受け取ってしまったが、これではまた貸しひとつではないか。
 なんて後悔をするが。食品に罪はないのだ、貰っておこう。
「ほんと……貴方には見せる顔がありませんね」
 貴方に怯えてしまったのに。
 貴方に泣いてしまったのに。
 それなのに、どうしてここまで親切に出来るのだろうか。
 とどまることを知らない彼の優しさに触れて、リディアの胸の奥も少しだけ暖かくなった。

 ・
 ・
 ・

「……ふぅ、ようやく外に出たか」
 リディアが家から出てこないことを知っていた幻介は、仕方ないので差し入れを買い漁ることにした。
 ストーカーじみていて申し訳ないが、こればかりは仕方ない。
 久々に見られた彼女の笑顔もあれば、プライスレスというものだ。
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