幕間
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積もる怨嗟
積もる怨嗟
関連キャラクター:レイヴン・ミスト・ポルードイ
- ある休日。或いは、真昼の襲撃者…。
- ●蛆のごとく脳の内より
脳に走ったじくじくとした不快な痛み。
レイヴン・ミスト・ポルードイは壁にたてかけていた杖を取ると、視線を左右へ走らせた。
「イタイ」
「クルシイ」
「コロス」
「コロシテ」
男のものとも、女のものとも判然とせぬ声が聞こえる。
レイヴンの脳に直接語りかけるかのような、不気味な声だ。聞いているだけで背筋に怖気が走る。寝ても覚めても、この声は突然にレイヴンを襲う。
戦闘中、就寝中、食事中、職務中……時と場合を選ぶことなく、ふとした瞬間にそれはレイヴンの前に現れるのだ。
名を“怨嗟”と言う。
「休暇中だと言うのに、無粋な奴だ」
吐き捨てた声に苛立ちが混じる。
レイヴンの見つめる先……路傍で息絶えた野犬の死体が、びくびくと痙攣を繰り返す。
痩せて乾いた皮膚が波打ち、ぶち、と音を立てて破れた。
野犬の身体を突き破り、現れたのは赤黒い胴体。ゴボリ、と吹いた血の泡が無数の腕へと形を変える。死体の体積を明らかに超える大きさだが、レイヴンにとってはすっかり見慣れた光景だ。
怨嗟とはそう言うものだ。
それが果たして“何”なのかは理解できないが、ただ1つだけ、レイヴンを付け狙っていることだけは確かである。
頭は無い。
胴体に、無数の手足が生えた歪な形をしている。
這うように、藻掻くように、それはレイヴンへと向かって来た。
「クルシイ。クルシイ」
「……それがどうした。ワタシにはどうしてやることもできない」
繰り返した問答。
意味のある返答が帰って来たことは無い。
手にした杖へ魔力を注げば、それは形を弓へと変える。
「貴様が現れるというもこうだ」
矢を番え、きりりと弦を引き絞る。
怨嗟へ狙いを定めると、レイヴンは弦から指を離す。
ピィン、と空気の震える音。
疾駆する矢が、怨嗟の胴を撃ち抜いてその体を数メートルほど後ろへ飛ばした。
噴き出した赤黒い血飛沫から、臓物の腐ったような悪臭が漂う。
その匂いに惹かれたわけでもあるまいが、建物の影や通りの先から、奇怪な唸り声が響いた。
怨嗟によって集められたアンデッドだ。
レイヴンは、アンデッドの囲まれぬうちに近くの民家の屋根へと跳躍。
倒れた怨嗟が、骨を軋ませながら体を起こす。
矢の1本で倒せるほどに弱い相手ではない。
そもそも怨嗟は、何度倒してもレイヴンの前に現れるのだ。
「怨嗟に加えて、アンデッドが10体……休暇は切り上げだな」
まずは敵を全滅させる。
その後は、遺体の片付けだ。
腐った遺体を放置しておけば、病が流行るかも知れない。
「せめて時と場所を選べと言いたいが……まぁ、無駄だろうな」
レイヴンは小さな溜め息を零す。
こうしてレイヴンの、ごく短い休日はあっさりと終わりを迎えるのだった。 - 執筆:病み月