幕間
積もる怨嗟
積もる怨嗟
関連キャラクター:レイヴン・ミスト・ポルードイ
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- 復讐は止まず、怨嗟は大きくなるばかり
- これはある日のことである。"怨嗟"が現れたその時、レイヴンは護衛依頼を受けていた最中であった。
「ひい、なんだ! あの化け物は!」
怨嗟のことを知っていたレイヴンはその性質上、このまま護衛依頼を行っていては危険だと判断して、護衛対象の馬車を先に行かせて、自身は残って怨嗟と戦うことを選んだ。
「ここはワタシに任せて、アンタたちは先に行ってくれ!」
「わかった! このままここにいるとなんだか俺たちまで気が狂いそうだぜ」
馬車の御者や他の護衛たちがすぐに怨嗟から離れたのもあって、この場にはレイヴンと怨嗟だけになる、かと思われたが……
「ちょっ、待ってくれよ!」
一人、護衛をしていた新人と思われる傭兵が事態を把握しきれずにその場に取り残されてしまった
「ったく、何が起こっているのかさっぱり……オマエ、コロシテヤル」
新人傭兵がぼやいていたのもつかの間、その眼は怨嗟の影響を受けてレイヴンに狙いを定め始めた。
「ちぃ、二対一となってはかなり不利だが……」
レイヴンは執行人の杖を構え、大鎌となったその杖で怨嗟を対象に攻撃をしていく。しかし、敵は怨嗟だけでなく、新人傭兵もいる。ただ怨嗟に任せて剣を振り回すだけの攻撃でも二対一となってはレイヴンを消耗させるには十分ともいえた。
「しょうがない、こうなっては……」
ここでレイヴンは最後の手段に出る。杖を弓の形態に変えて破式魔法を打ち込んだ。その射線上には怨嗟、そして怨嗟に取りつかれた新人傭兵。大幅に増幅された魔力は二つの存在を飲み込み、残ったのは死体となった新人傭兵の姿だけであった。
戦いの巻き添えで、一人の少年の命がなくなった。だが、それだけでは怨嗟は収まらず、むしろその少年の遺志すらも怨嗟の力となってしまうだろう。怨嗟による復讐は手を休めず、常にレイヴンを狙い続けるのである。
- 執筆:桃山シュヴァリエ
- 罪ありきは、誰。
- その日は天気のいい昼下がり。陽気も暖かい初夏の頃。
レイヴンはたまの休息として海洋のカフェでランチをしていた。
吹き抜ける風、遠くで聞こえる海の音。それは彼にとっては珍しい、穏やかな日々だといえるだろう。
「良い一日だな」
そう呟くレイヴンの声もどこか静かだ。
「お客様、珈琲のお代わりは如何ですか?」
そう声を掛けてきたウェイトレスに「頼む」と一言だけ声を掛ける。
ウェイトレスはにっこりと微笑んだ。
「ええ、ただいま持って参ります。ところで……」
「ああ、なんだ?」
ひやり。空気が凍ったような一瞬。
気のせいか、いや。レイヴンが殺気を間違えるなど――……。
「お客様、ハ、コロス」
コロス、殺す、殺。
突如ウェイトレスの様子が一変した。
充血した目。機械の歯車が壊れたように繰り返される音声。酷く”怨嗟”を持った低さで響くその声を、レイヴンは知っている気がした。
「くっ……!」
咄嗟に椅子を蹴飛ばし距離を取るレイヴン。彼が座っていた場所に銀のカトラリーが突き刺さる。
次に目をやれば、穏やかな微笑を湛えていたウェイトレスは化物へと変貌していた。
「優雅な昼に襲ってくるとは、場所を選ばな過ぎだろう」
否。もともと知っていたはずだ。
彼らは恨みであり、憎しみであり、怨嗟であり。
その憎悪をもって永遠にレイヴンをつけ狙う存在。
そんな存在に真昼間だなんだという理屈が通用しないことはレイヴンが最もよく知っているのだ。
(ここでは不味いな……)
周囲には多数の客が悲鳴を上げて逃げまどっている。下手に攻撃すれば彼らに流れ弾が当たる恐れがあった。
咄嗟に変化し飛行種としての翼を取り戻したレイヴンはそのままがっしりとウェイトレスだったモノを掴み空へと飛翔する。
初夏の太陽が照り付ける。イカロスのように翼が溶けたりはしないけれど。
それでも海洋の民が傷つけられてはならないという意思はレイヴンを強くした。
そのまま化物とともに人気のない浜辺へと移動したレイヴンは空高くへ飛翔。
がっしり掴んでいた手を離せば、重力に従って自由落下していく化物の体に狙いを定め。レイヴンの爪がかの化物の頸を貫き地面へと縫い留めた。
それはさながら断頭台のように。執行せしは怨嗟の残滓。
化物は息絶えたのか、さらさらと体が風にさらわれていく。あとに残ったのはウェイトレスの無惨な遺体だけだった。
ウェイトレスの向けてくれた笑顔が頭の隅にこびりつく。
「珈琲のお代わり、欲しかったんだがな」
そう呟く声ももう届かない。
きっとここに、怨嗟がまたひとつ積みあがったのだ。 - 執筆:凍雨
- ある休日。或いは、真昼の襲撃者…。
- ●蛆のごとく脳の内より
脳に走ったじくじくとした不快な痛み。
レイヴン・ミスト・ポルードイは壁にたてかけていた杖を取ると、視線を左右へ走らせた。
「イタイ」
「クルシイ」
「コロス」
「コロシテ」
男のものとも、女のものとも判然とせぬ声が聞こえる。
レイヴンの脳に直接語りかけるかのような、不気味な声だ。聞いているだけで背筋に怖気が走る。寝ても覚めても、この声は突然にレイヴンを襲う。
戦闘中、就寝中、食事中、職務中……時と場合を選ぶことなく、ふとした瞬間にそれはレイヴンの前に現れるのだ。
名を“怨嗟”と言う。
「休暇中だと言うのに、無粋な奴だ」
吐き捨てた声に苛立ちが混じる。
レイヴンの見つめる先……路傍で息絶えた野犬の死体が、びくびくと痙攣を繰り返す。
痩せて乾いた皮膚が波打ち、ぶち、と音を立てて破れた。
野犬の身体を突き破り、現れたのは赤黒い胴体。ゴボリ、と吹いた血の泡が無数の腕へと形を変える。死体の体積を明らかに超える大きさだが、レイヴンにとってはすっかり見慣れた光景だ。
怨嗟とはそう言うものだ。
それが果たして“何”なのかは理解できないが、ただ1つだけ、レイヴンを付け狙っていることだけは確かである。
頭は無い。
胴体に、無数の手足が生えた歪な形をしている。
這うように、藻掻くように、それはレイヴンへと向かって来た。
「クルシイ。クルシイ」
「……それがどうした。ワタシにはどうしてやることもできない」
繰り返した問答。
意味のある返答が帰って来たことは無い。
手にした杖へ魔力を注げば、それは形を弓へと変える。
「貴様が現れるというもこうだ」
矢を番え、きりりと弦を引き絞る。
怨嗟へ狙いを定めると、レイヴンは弦から指を離す。
ピィン、と空気の震える音。
疾駆する矢が、怨嗟の胴を撃ち抜いてその体を数メートルほど後ろへ飛ばした。
噴き出した赤黒い血飛沫から、臓物の腐ったような悪臭が漂う。
その匂いに惹かれたわけでもあるまいが、建物の影や通りの先から、奇怪な唸り声が響いた。
怨嗟によって集められたアンデッドだ。
レイヴンは、アンデッドの囲まれぬうちに近くの民家の屋根へと跳躍。
倒れた怨嗟が、骨を軋ませながら体を起こす。
矢の1本で倒せるほどに弱い相手ではない。
そもそも怨嗟は、何度倒してもレイヴンの前に現れるのだ。
「怨嗟に加えて、アンデッドが10体……休暇は切り上げだな」
まずは敵を全滅させる。
その後は、遺体の片付けだ。
腐った遺体を放置しておけば、病が流行るかも知れない。
「せめて時と場所を選べと言いたいが……まぁ、無駄だろうな」
レイヴンは小さな溜め息を零す。
こうしてレイヴンの、ごく短い休日はあっさりと終わりを迎えるのだった。 - 執筆:病み月
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