幕間
ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。
食べないでください!
食べないでください!
関連キャラクター:ベーク・シー・ドリーム
- 哀れなオヤジの物語。或いは、在りし日の妄執…。
- ●Go! Go! Swim! Swim! Taiyaki!
ある晴れた日のことだ。
ベーク・シー・ドリームは釣り上げられた。
「あぁ、やっと見つけた。まったく随分と長い間、探し回ったよ」
鉄板を火で加熱しながら、その男は「ははは」と快活に笑う。
一見すると、人の良さそうな中年男だ。
長い間、陽の当たる場所で仕事をしてきたのだろう。腕や顔は、すっかり日に焼けている。
「喧嘩したのは、どれだけ昔のことだったかなぁ。お前は怒って、海に逃げ出したんだったよなぁ。あん時は俺も若かったし、腹も立てて怒鳴り散らしたけどもさぁ」
高温となった鉄板に、中年オヤジはたっぷりのバターを乗せた。
とろり、とバターが溶けるにつれて辺りには上質なバターの香りが立ち込める。
「あのぅ……人違いじゃぁないですかね? 僕はあなたのことを知らないのですが」
恐る恐る、と言った様子でベークはオヤジに声をかける。
ベークとオヤジが遭遇したのは、今から数十分ほど前のことだ。穏やかな海を、たいやき姿で漂っていたベークの傍に小舟に乗ったオヤジが寄って来たのである。
小舟には『Taiyaki! Go! Go!』の文字がある。きっと会社か店の名前だ。
オヤジは一時、漂うベークに視線を向けた。
まるで観察するような目つきだったように思う。
「……あなたも僕が美味しそうに見えますか?」
思わずベークはそう問うた。
瞬間、オヤジはにぃと口角を吊り上げる。
これ以上に嬉しいことなど無いとでもいうような、満面の笑みだった。
直後、ベークは全身を糸に絡めとられた。
ほんの刹那の、瞬きをする間の出来事だった。
「っ!?」
船の甲板に釣りあげられたベークを覗き込むようにして、オヤジは言った。
「やぁ、探したよ! 何年も何年も! 俺ぁ、ずっとお前を探し続けていたんだよ!」
この時点で、嫌な予感がしていたのである。
「毎日、毎日、鉄板のうえで焼かれるのが辛いってお前は言っていたよなぁ。俺ぁ、それがたいやきの仕事だっつって、お前の話に耳を貸そうとしなかった」
「いえ、あの……何の話をしているんですか?」
手際よく調理の準備をしながら、オヤジは上機嫌に鼻歌なんて奏でているのだ。
その耳は、ベークの声を拾っている。
その目は、ベークの姿を見ている。
その言葉は、ベークへと投げかけられている。
けれど、ベークのことを別の誰かか……或いは、何かと勘違いしている。
「海は広かっただろ? 心が弾むようだったろ? どこに住んでた? 難破船とかかなぁ? 鮫にいじめられたりしなかったか? あぁ、いいんだ。お前が元気でいてくれたなら、どうだっていいことだよなぁ」
これは、在りし日の妄執に囚われた哀れなオヤジの物語……。
- 執筆:病み月