幕間
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希望が浜ヒーロー奇譚
希望が浜ヒーロー奇譚
関連キャラクター:山本 雄斗
- 誰かの力になれたなら。或いは、明日の平和を投げ出せないから…
- ●Be The One
夜の静寂を悲鳴が切り裂く。
再現性東京。
繁華街の真ん中で、1人の男が“怪物”に変わった。
爛れた肌に、獣と蟲と魚を混ぜたみたいな鎧を纏った巨躯の怪物だ。
『壊したい』『妬ましい』『何もかもを壊したい』
くぐもった声で、うわごとみたいに呟く怪人の頑強な肌には山本 雄斗の放つ砲弾は通らない。
唸り声と共に、怪人は鋭い爪を備えた巨腕を振るう。
雄斗の纏うヒーロースーツに深い裂傷が刻まれた。抉られた胸から血が溢れ、アスファルトを紅色に染め上げる。
「くそっ……これも駄目か」
はじめはガトリングの掃射。
次にミサイルランチャーによる砲撃。
そのことごとくを、怪人は硬い外皮で弾いて見せた。
大きなダメージは与えられていないが、それでも雄斗が攻撃の手を緩めない限りは、怪人が町を破壊することは無い。
雄斗が怪人の攻撃を引き受けている限りは、怪人が一般人を襲うことはない。
顔面を拳で殴打され、腹に深い裂傷を負い、肩を外され、あばらを折られ……血と汗に塗れ、地に伏して……それを無様というように、怪人は肩を揺らして笑う。
しかし、何度だって雄斗は立ち上がる。
血反吐に塗れ、激痛に耐えながらも、心の奥では正義の炎が燃えている。
『まだやるか? お前じゃ俺には勝てやしない』
嘲るように怪人は告げる。
「勝てる勝てないじゃない。僕が……ヒーローが逃げたら、誰が怪人と戦うんだよ。ここで僕は、お前に立ち向かい続けなくちゃいけないんだ!」
割れたバイザーの奥で、雄斗の青い瞳が燃える。
と、その時だ。
エンジンの音が鳴り響き、雄斗の前に1台の黒いバイクが止まった。
ヘルメットを脱ぎ捨てて、地面に降り立つ長身痩躯。
腰に付けたベルトには、砂時計を模した飾りがあった。
「悪ぃな。少し遅れちまったか?」
そう言って鵜来巣 冥夜は腰のベルトに手を翳す。砂時計の飾りを弾き倒すと、ベルトが機械的な音を奏でた。
『Emergency! Emergency! come for help!』
「加速しろ、俺の未来!」
変身。
冥夜の身体を夜闇色のスーツが包む。
次いで頭部をヘルメットが覆い、右の腕には時計の針に似た光剣が現れた。
「無限ライダー2号! ……まぁ、パーティには間に合ったようだ」
もう1人もな。
空を指さし冥夜が告げる。
一閃。
闇を切り裂く光の弾丸。
振り上げた怪人の爪を弾いて、その体を大きく後ろへ仰け反らせた。
1発、2発。
銃声が鳴り響くたびに、怪人の身体の各所で火花が散った。
「ムサシ・セルブライト、只今着任したであります!」
宣誓と共に地上に降り立つ銀の影。
サイバーチックな全身スーツを身に纏ったムサシ・セルブライトが、着地と共に腕を振り上げポーズを決めた。
片手に持ったビーム・リボルバーを掲げ、銃口を怪人の眉間に向ける。
「2人とも……なんでここに」
「ヒーローは助け合いだろ」
「すっかりボロボロでありますね。楽して助けられる命が無いのは、どこでも一緒でありますな」
新たに登場した2人のヒーローを前に、怪人は動けないでいる。
迂闊に動けば、手痛い反撃を喰らうと知っているのだ。
それはつまり、いかに頑丈な皮膚を備えていようとも、獣の俊敏性を備えていようとも、決して無敵ではないという事実の証明では無いか。
「立てるか?」
「手を貸すでありますよ?」
「……大丈夫だよ。まだ戦える」
冥夜とムサシの手助けを拒み、雄斗は震える脚で大地を踏み締めた。
『まだやろうってのか? 何だ、お前らは……』
思わず、といった様子で怪人は問う。
その問いに、雄斗は笑みを浮かべて答えを返した。
「悪いな。僕は……僕たちはヒーローだ!」
愛と平和は尊いものだと、どこかで誰かが言っただろう。
愛と平和なんてものは、辛い現実を前にすれば果てしなく脆いものであると、どこかで誰かが言っただろう。
怪人、悪人……この世に溢れるあらゆる悪が、絶えず善人の平和を奪う。
愛する心を踏みにじり、くだらないと唾を吐く。
誰かを救って助けるために差し伸ばした手を、命はするりと、砂のようにすり抜けていく。
抱きしめた小さな体が、次第に温度を失う瞬間ほど無力さに苛まれる時はない。
何度も何度も、そんな想いを繰り返した。
こんな世界はもう嫌だと、叫びたくなった瞬間もある。
それでも、彼らは戦い続けるのだろう。
愛と平和を誰もが自由に謳える世界を作るため。
心の奥で火を燃やし、その命が尽きるまで、トップギアで駆け抜ける。
考える前に、身体が勝手に動くのだ。
そんな彼らの在り方を。
世界は彼らをヒーローと呼ぶ。 - 執筆:病み月