PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

アルトバ文具店(営業中)

関連キャラクター:古木・文

妻への返事
「便箋と硝子ペン。それからインクを頂けますか」
 品の良い老紳士だった。
「妻に手紙の返事が書きたくて」
 その眼が酷く寂し気だったので文は声をかけた。
「ここで書いていかれますか、よければ話相手になりますよ」
「ああ、そうだなあ。恥ずかしながら今まで手紙なんて書いたことがないものだから」
 文具屋さんが傍に居てくれるなら安心だと、老紳士はペンを取った。

「妻に不自由をさせたくなかったんです」
 貧しい頃からずっと傍にいてくれた妻。
 化粧品一つ満足に買ってやれなかった。
『私には似合いませんよ』
 笑っていたが、赤い口紅の広告を時折眺めていた。

 ――なんて自分は情けないんだろう。

 そう思って朝から晩まで働いた。
 気づけば口紅どころか大半の物は買えるくらい裕福になっていた。

「これでやっと妻が欲しがっていた口紅を買ってやれると思ったんです」
 ただいまと開けたドアの先に、床に倒れ伏した妻が居た。
 口紅はぽっきり折れてしまった。
「部屋の整理をしている時に私宛の手紙が見つかりまして」

『あの人が傍に居てくれなくて寂しい、口紅なんて欲しがらなければ良かった』

「……今更な気もしますが、こう、して、返事、を」
 ぽたりと雫が便箋に落ちてインクが滲み、手が震えて文字が乱れていく。
「……今更なんてこと、ありませんよ。大丈夫」
 
 
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