幕間
ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。
アルトバ文具店(営業中)
アルトバ文具店(営業中)
関連キャラクター:古木・文
- ゆくえ
- 「あれ? 古木先生?」
この店では聞き慣れぬ響きに、棚の整理をしていた文は思わず振り返った。
「君は――」
滑らかに来客の名前が口から飛び出る。けれども、目の前の彼女とはそう交流があった訳ではなかった。
希望ヶ浜学園の一生徒と一教師。何度か古文の質問を尋ねられた思い出はあるけれど、それだけだ。彼女が高校を卒業した後は、自然と姿を見かけることは無くなった。文自身も、すらりと彼女の名を呼べたことが、少し意外に思えた。
「びっくりしちゃった。先生、お店やってたんだね。……あ、先生って呼ばない方がいい?」
「ううん。呼びやすい方で構わないよ」
彼女は控えめに頷き、ぽつぽつと求める文具を告げる。文も丁寧に応じ、希望に合う品々を見せていった。学園にいた時のように、質問と返答が往復する。
いかなる経緯で彼女は幻想風の衣服に身を包んでいるのか、なぜこの店を訪れたのか。多少の好奇心は存在したが、彼女の人生に踏み込む権利は無いと、文はすぐに頭を振った。
やがて彼女は一本の万年筆を手に取り、はにかんだ。漆黒の胴に金色の手毬が舞う、古風な一品だ。
「今日はありがとうございました。……がんばってね。先生も、何か夢があってここにいるんでしょ?」
嬉しそうに万年筆を携えて、去りゆく彼女の背中は――いつかの職員室の時よりも、大人びて見えた。 - 執筆:梢