幕間
メンテナンス
メンテナンス
関連キャラクター:チャロロ・コレシピ・アシタ
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- ヒーローとメンテナンス
- ピッ、ピッと無機質な電子音が静かな部屋に響き、液晶モニターにはバイタルサインを示す波が規則正しく表示されている。
尤も正しくはバイタルサインではない。
何故ならここは病院ではなくミシャの研究室で、診察台に横たわる少年は脈打つ心臓を持っていないからだ。
「博士、どうですか?」
「ええ、心臓部のコアの動きは問題ないわね。他の内臓部品に関してはほぼ問題は無さそう」
ミシャは電子パッドにチャロロの状態を書き込んでいく。
ただ、と付け加えミシャはペンを置いた。
「外側の部分の損傷が結構目立つわね、また誰か庇ったのかしら」
「ヒーローだから……」
「はいはい」
気まずそうに目を逸らしたチャロロにミシャは溜息を零す。先週別のパーツを換えたばかりだというのに。
「ちょっと待っててね。確か練達から取り寄せた部品が……ああ、あったわ。免疫術式に近い物探すの大変なのよね」
手慣れた様子でミシャはチャロロの右腕、正しくは装甲部を外す。装甲部の下から人間の筋肉を模した機械部分が露出した。
チャロロは人間ではない、身体のほとんどを機械で作られたサイボーグだ。
生まれてきたときからこうだったわけでは無いが、元の世界で瀕死の重傷を負った時にミシャに改造を施されこの身体になった。
そのおかげで彼は今生きている訳なのだが、当然人間の医者に診てもらえる訳がない。
なので週に一度、こうしてミシャの研究室でメンテナンスを受けている。健康診断の様な物だ。
今回は『外装部の交換が必要』という診断結果が下った。
チャロロ達が元居た世界は魔法と工学が融合しており、チャロロを構成するパーツも店先で簡単に手に入ったが世界が変われば当然常識も変わる訳で。
全く同じもの、とはいかないが練達の研究者に掛け合い似たパーツを送ってもらっていたのだ。
当然技術料とか素材費とか配送費とかいろいろ嵩むので以前よりミシャは酒が飲めなくなった。しかし、チャロロにとって必需品なので背に腹は代えられない。
「適合率98.7%……うん、さすが練達の技術は素晴らしいわね。これでもう少し安かったら言うことないんだけど」
「すみません、博士……」
「謝るならもうちょっと自分を大事にしてほしいわね」
「うっ、ごめんなさい」
チャロロは素性を隠してヒーローとして活動していた。見知らぬ誰かを護るために自身を犠牲にすることを厭わない強い正義感。
混沌へ飛ばされてきた後も、彼は変わらなかった。身体を張り、仲間を護る選択をした結果彼は何度も傷ついた。
重傷を負いフラフラとミシャのところに駆け込んだ時もあった。内臓部に罅が入り、急いでくれと研究者に真夜中に連絡して特急料金でパーツを配送してもらったこともある。
それでも彼は、チャロロは傷つくことを止めなかった。
誰かのためにその身を幾度となく盾にした。
(傷つかずに人を護る方法なんて、いくらでもあったでしょうに……。変わらないわね、本当)
「博士?」
「何でもないわ。さ、出来たわよ」
「わぁ……ピカピカだし、動きも軽い……! ありがとうございます、博士!」
嬉しそうに自身の右腕を見つめるチャロロはまだ子どもだ。まだ16歳なのだ。
本当は大人が子どもを守るために戦わないといけないというのに。大人たちは彼をヒーローにしてしまった。
ミシャの気など知らず、チャロロはもう今日のメンテナンスは終わりですか? と無邪気に聞いてくる。
そうよ、と短く返し診察台のベルトを外した。
診察台から軽やかに飛び降りたチャロロは軽く肩を回し、満足そうだった。
「じゃあ博士! 早速、街に出てきます!」
「それはいいけど、メンテしたばっかりなんだから無茶しないでね? 高いんだから、そのパーツ」
「はい、気を付けます!」
丁寧に頭を下げた後ぱたぱたと駆けて行ったチャロロの背中をミシャは見守る。
あんなに小さい背中に、沢山の想いと期待を背負っているのだ。重圧に圧し潰されなければ良いのだが、とミシャは腕を組んで壁に凭れ掛かる。
その重圧を代わりに背負ってやることはできない。逆立ちしたって自分はチャロロになれないのだから。
「……ま、私は私にやれることをするだけね」
チャロロが疲れたらいつでも帰ってこれるように、修理してあげられるように。
ミシャはこれからも、チャロロのメンテナンスをし続けるのだ。心配している、という内心を小言で隠しながら。
- 執筆:白
- いつか、背を追い越したなら
- 「ハカセー……ごめんねオイラ、またメンテナンスさせちゃって」
「いいわよ、もういつものことだもの」
ローレットの依頼から帰ってきたころ。動作不良を起こしたチャロロは、毎度の如くミシャにメンテナンスをお願いしていた。
ベッドの上で寝転がり、申し訳なさそうな声を出すチャロロ。次いで聴こえるミシャの涼しい声に眉を下げた。
ミシャのメンテナンスが終わるのを待つ間、チャロロの体は動くことができない。
退屈と言えば退屈なのだが、こうなったのもおそらく自分が依頼で仲間を庇ったからに他ならないので何も言えないのだった。
そんなチャロロを見かねたのか、ミシャは眉を挙げて声を掛けるのだ。
「それにしても、今回もまた派手にやったわね。いったい何をしたのかしら」
あなたの、ヒーローの冒険譚を聴かせてほしい。そう薄く笑んだ彼女にチャロロは青い空のような瞳を輝かせる。
「あのね、頑張ったんだ! こーんなにでっかい敵でね! でもオイラ、一歩も引かなかったんだ」
すぅ、と息を吸い込んで。それがまるで誇らしい勲章のように笑うのだ。
「だってオイラはヒーローだから」
その言葉を宝物のように唇に乗せて、ミシャに向かって満面の笑みを見せるチャロロ。
その笑顔を見れば、ミシャはいつも絆されるような心地になるのだ。
けれどそれと同時に。
こんな小さな機械の体で自分の何倍もの大きさの敵と戦うチャロロは、自分の体をどう思っているのだろう。
こんな、成長できない体になって。
ずっと、小さな姿のままで。
そんな自分のことを。そんな風にあなたを変えた私のことを。
(この子は、どう思っているのだろう……)
ふと言葉に乗せようとして、やめた。
怖かったのだ。
恨んでいたらどうしよう。さみしく思っているだろう。何もできなくて申し訳ない。
大丈夫だ、と。何度自分に言い聞かせても、この不安はぬぐえない。
ふと、気づけば俯いて俯いていたミシャの頬に冷たい手が触れた。
「ハカセ」
顔をあげれば、手だけを動かしてチャロロがミシャの頬に手を添えていた。
その顔は寂しそうに、でも、柔らかく。笑んでいて。
「いつかね、オイラの体を大人の体にできたら」
今はちょっと難しいかもだけどね! とおどけたように言葉を挟んでから。
また息を吸って、まっすぐにミシャを見据えて笑った。
「その時は、きっとハカセの背を追い越すからね! 待っててくれよな!」
その顔は寂しそうに、でも確かに笑っていて。
だからミシャも笑顔を返した。それがチャロロの優しさと分かったから。
(まったく。この子は、本当に……)
己の弱さもさみしさも、隠して目の前の誰か(私)の為に笑う。
まったくもって、危うくて強いヒーローだ。 - 執筆:凍雨
- 二つの思い
- 薄暗い部屋に小さな火花が飛んでいた。しばらくしてチャロロは持っていた工具を近くの机に置くと、自分の左腕の内部構造を確認する。そこにあるのは複雑に伸びている魔力を伝達するための回路や、それに繋がれた魔術式モーターなどだ。
チャロロは軽く手を握ったり開いたりしてどこに異常があるのか確かめようとする。普段ヒーロー活動をしているチャロロは今日も敵と交戦していた。そして勝利を掴んだものの、敵の攻撃は想像以上に重く左手に微妙な違和感が残っていたのだ。
チャロロは椅子に座り直すと改めて自分の姿を確認する。そこには自分は普通の人間ではなく、サイボーグであるというもうわかっていた答えがあった。それでも胸の奥に何か突っかかる物を感じる。
普通子供であったなら、手の違和感くらい湿布をして数日安静にしていればよくなっただろう。でも、自分は違う。一度傷ついた体が勝手に元に戻るなんてことは無い。自分が生きていくにはこういった修理が必要不可欠である。
チャロロはいつも自分のことを修理してくれるミシャのことを思い目を閉じる。簡単な修理ならば自分一人でも行うことができる。しかし、大掛かりなメンテナスにはどうしてもミシャの力が必要になる。
さらに言えば、通魔性ワイヤーなどの特殊な素材は特注できるものの、値段はその分高くつく。自分の体が機械であるからこそ迷惑をかけているのではないかと、少しばかりは考えずにはいられなかった。
「どうしたのかしら?」
突如かけられた声にチャロロは慌てて後ろを向く。そこにはミシャの姿があった。どうやら部屋に籠っていた自分を心配したらしい。
「その傷、見せてみなさい」
ミシャの言葉にチャロロは自身の手を彼女に差し出す。ミシャはじっくり観察すると、すぐに問題部分を見つけたらしくチャロロにベッドに寝そべるように命じた。
「いつもありがとうございます、ハカセ」
チャロロの言葉にミシャは気にしないでとばかりに首を振るとメンテナンスを開始する。話を聞くと、どうやら強い衝撃によってモーターの一部が接続不良を起こしているようだった。
「外装をミスリル合金にして正解だったわね。内部がこれほど衝撃を受けるなんてよっぽどの攻撃よ」
ミシャの言葉にチャロロはその通りですと明るく笑ってみせる。それは命の恩人であり、今もこうして自分のメンテナンスをしてくれるミシャへのチャロロなりの気配りであった。大切な人に自分の葛藤を見せて悲しませることだけはしたくなかったのだ。
メンテナンスが終了し、ミシャはもう起きて大丈夫だとチャロロに告げる。
「ありがとうございます! おかげですっかり良くなりました」
チャロロは手を握ったり回したりして確認を終えるとにっこりと笑顔を浮かべる。そして、自分の悩みを悟られぬように部屋を後にした。
●
部屋から出るチャロロの後姿を見送ると、ミシャはチャロロから取り外したパーツを静かに見下ろす。今になっても自分の選択は正解だったのかどうかわからなかった。
瀕死のチャロロを見た時に抱いた恐怖をミシャは今でも忘れていない。一秒ごとに命を減らしていくその姿に、気づけば体は動いており、命を繋ぎとめるために全力を尽くしていた。その結果、自分は彼から人間であることを奪ってしまった。
チャロロの屈託のない笑顔を見ると嬉しくなる。しかし、メンテナンス後のこの時だけは、同時に別の感情を抱いてしまう。自分に喜ぶ権利はあるのかと。彼を救うためとはいえ、彼の改造はチャロロを失いたくないという自分のエゴだったのではないかと。
チャロロとは長い付き合いだからこそわかる。必死に隠しているが、チャロロは自分の体に何か強い思いを持っている。それを聞くことは今の自分にはできなかった。
ミシャは工具を消すとチャロロを追いかけて部屋を出る。その目には確かな覚悟があった。自分が彼を改造したのだ。ならば、彼が必要とする限りその体を治し続けようと。それが自分にできる償いなのだから。 - 執筆:カイ異
- 機械の身体。或いは、無茶の代償…。
- ●機械の身体
火花が散った。
渇いた大地を、足を引き摺り歩いているのは齢にして10代半ばほどの少年である。
名をチャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)。
機械の身体を持つ“旅人”だ。
夜明け前。
空が一番、暗い時間。東の空が白くなり始める、ほんの少しだけ前のころ。
帝都スチールグラード郊外で、魔物の群れに襲われている旅人を見かけた。みすぼらしい台車を引きながら、2頭のロバを引き連れている3人組だ。
1人は男性、1人は女性、最後の1人はまだ幼い少女。きっと3人は家族なのだろう。
チャロロの見知らぬ3人組だ。このように人気のない場所で、このように暗い時間帯に出歩いているのだから、魔物の群れに襲われるのも至極当然。彼らの自業自得と言える。
見捨てても、誰もチャロロを責めないだろう。
そもそも、チャロロが黙っていれば親子が魔物に襲われて、命を落としたことなんて誰にも知られることは無い。
けれど、チャロロは迷うことなく駆け出した。
本当に、ほんの一瞬の躊躇もなく、親子を助けるために疾走を開始したのだ。油圧ポンプが心臓部にオイルと熱を送り込む。
関節の歯車が回転し、チャロロの走る速度を数段上昇させる。
右手に機械の盾を展開し、左手にチャロロが持つには不似合いなほど大きな剣を構えたチャロロは地面に足を滑らせながら、親子と魔物の群れの間に割り込んだ。
「オイラが相手だ! あなた達は、今のうちに遠くへ逃げて! 速く!」
機械盾で魔物の牙を弾き返し、大剣で魔物の脚を斬り払う。
そうしながらチャロロは叫んだ。
暫く、迷うような素振りを見せていた親子だが、やがて今にも泣き出しそうな顔をしてその場を駆け去って行った。
親子が去っていく足音を聞きながら、チャロロは笑った。
それでいい。
それでいいのだ。
「さぁ、やろうか!」
誰も知らない荒野のどこかで、魔物とチャロロの戦いがはじまる。
どれだけの間、魔物とチャロロは戦っていたのだろう。
いつの間にか、東の空には白い太陽が昇っている。右腕の皮膚は失われ、ミスリル合金の骨格と油圧チューブが剥き出しになっている。
黒いオイルがだくだくと流れ、肘の部分からは時折火花が散っていた。
腕だけじゃない。
両の脚にも、背中にも、腹部にも、幾つもの傷を負っている。チャロロの身体が生身のそれであったのなら、きっと3度は死んでいるほどの大怪我だ。
だが、チャロロは死んでいない。
手足は重たく、動きは鈍いが、それでもチャロロは生きている。
「良かった。これぐらいなら、ハカセがきっと直してくれる」
機械の身体を持つチャロロを見て、ハカセ……ミシャ・コレシピ・ミライ(p3p005053)はきっと、怒ったような、呆れたような顔をするのだ。
どうしてこんな無茶をしたんだ。
そんな風に怒って、呆れて、チャロロの身体を直してくれる。
「機械の身体で良かったなぁ……」
東の空に昇る朝日をぼんやりと見つめ、チャロロはそう呟いた。
その声には、ほんの少しの寂しさが滲んでいたように思われる。ポツリと零した空虚な声は、誰の耳にも届かないけれど。
誰の耳にも届かないからこそ、チャロロはそんな言葉を零したのだろうけれど。
無数のチューブに繋がれて、チャロロは手術台の上に寝かされていた。
剥き出しになったミスリル合金の骨格には、幾つもの裂傷が刻まれている。背中や脚の皮膚は、一度剥がして張り替えなければならないだろう。
手足の油圧チューブも、幾つかは断裂していた。
「頭部が無事だったのが唯一の救いかな。これなら、すぐに動けるようになるわね」
骨格や、重要な機関部品が激しく損傷していたのなら、数日か数週間か、チャロロの修理は遅れただろう。見た目の損傷に対し、重要部品の損傷が少なかったことを確認し、ミシャは安堵の溜め息を零した。
手始めにミシャは、メスを使ってチャロロの脚部の皮膚を剥がした。剥き出しになった合金の骨格に絡むようにして、数本の油圧チューブが伸びている。
漏れたオイルで黒く汚れた油圧チューブを新しい布で拭きあげて、傷の有無を確認した。10数本あるメインチューブのうち、無事だったのは2本だけ。
残る8本は取り替えなければいけないだろう。
チューブの根元を器具で絞めて、油圧を止める。
1本ずつ、メスでカットしチューブを取り外していく。
「……いっそのこと、残りも全部、新品に変えておこうかしら」
チューブには焦げた跡が窺える。
高温に熱された油が、何度もチューブの中を駆け巡った証拠だ。それほどまでに激しい戦いを、チャロロは何度も繰り返し行ったということだ。
「……セ」
「うん?」
眠っているチャロロの口から言葉が零れた。
ミシャは作業の手を止めて、チャロロの顔へ視線を向ける。
「ありがとう」
はっきりと、チャロロはそう口にした。
ミシャに……チャロロの身体を機械化し、人でなくした張本人に彼は礼を言ったのだ。
「お礼を言われるようなことは……何もしていないんだけどね」
なんて。
誰にともなく、ミシャはそう呟いたのだった。
- 執筆:病み月
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