PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

豊穣草子

関連キャラクター:トキノエ

いずれ死に至る。或いは、退屈という名の病魔…。
 来る日も来る日も死体の相手。
 辻斬りに斬られた男は、胴の位置で体が2つに分かたれていた。
 穴を掘って、土に埋める。
 寿命で死んだ老婆の遺体は軽かった。
 乾いた唇に酒を含ませ、手を合わせる。
 穴を掘って、土に埋める。
 幼くして天へと召した赤子の遺体。
 赤く腫れた目でそれを運んで来た男女は、赤子の両親であっただろうか。
 丁重に受け取った遺体は自棄に重たく感じたものだ。
 穴を掘って、土に埋める。
 病に侵され苦しみ死んだ女の遺体。
 肌に浮いた斑の痣と、すっかり抜け落ちた頭髪。
 うじゃけた肌から膿が零れる。
 美しかっただろう顔は、もはや直視に耐えぬほどに苦悶と絶望に歪んでいた。
 せめて来世は幸福に。
 そんな願いを胸中で唱えて。
 穴を掘って、土に埋める。
 来る日も来る日も死体の相手。
 墓を掘って、遺体を埋めて、それを見守る毎日が続く。
 退屈だ。
 ひどくひどく、退屈だ。
 退屈すぎて死にそうだ。

 退屈は人を殺すのだ。
 忙しい方がいくらかマシだ。
 けれど彼女は“忙しさ”を求めない。
 退屈すぎて死にそうな、生きながらにして死んでいるような毎日を、唯々諾々と享受する。
 なぜなら、彼女が“忙しい”ということは、それだけ世間で誰かが悲しい思いをしているということだから。
 忙しさを望むということは、誰かの死を乞うのと同義だから。
 退屈過ぎて死にそうだけど、それはきっといいことなのだ。

 ある雨の日のことだ。
 1人の男が屋根を求めてやってきた。
「屋根ぐらい貸してやってもいいけどね。ここは墓地だよ。こんな雨じゃ穴も掘れないからさ……寝るなら仏さんの隣でってことになるけど」
 若干の申し訳なさを抱きつつ、彼女は男にそう告げた。
 それでいいと男は言った。
 歳のころは30前後。
 黒い髪をした、粗野な印象の男であった。
 どこか影を背負ったような顔つきに、それに似合わぬ軽々とした態度。どこか演技をしているような風であるし、なんとはなしに男の纏う陰の気配が気にかかる。
 退屈過ぎて、思わず危ない橋を渡りそうになる。
 お前は一体何者だ?
 そんな問いは避けるべきだと脳の内で警鐘が鳴る。
 派手な柄の羽織を脱いで、男は窓際に腰を下ろした。
 片膝を立てて、窓の外の雨を眺める。男の見やる先にあるのは、地面に刺さった粗末な墓標の並ぶ墓所。
 黒い手袋をした右手で、男は空をひとつ払った。
 虫でもいたのか。
 それとも、私の目には見えない“何か”を払い除けたのか。

 日が落ちて、夜が来る。
 雨は一向に止む気配がない。
 ぼんやりと窓の外を眺めていた男へ、野菜の屑を浮かせた汁を差し出した。
 男はひとつ礼を述べると、私の手から椀を受け取り、汁をひと口啜るのだった。
 それから、ほぅと熱い吐息を吐き出して、男は私の方を向く。
 思えば、男の顔を真正面からしっかり見たのはこの時が初めてだったかもしれない。
 私の顔を見ているような、私の背後を視ているような。
「何?」
「あぁ、いや。なんだ……あんた、すげぇな」
 感心したような口ぶりで、男はそんなことを言う。
「すごい? 何が?」
「病気したことないだろ? この辺りには死病が蔓延してるんだが、どういうわけかそれはあんたを避けて通るみたいだな」
 男は私の背後を見やってそう告げる。
「死病? あんた、呪い師か何か?」
「まぁ、そんなところだ。こいつは興味本位で聞くんだが、この墓所はあんたの家系で継いでるものか? それとも、どっかから流れて来たのか?」
 驚いた。
 男の予想は当たっている。
 この墓所は、私が親から引き継いだものだ。
 親は祖父から引き継いだ。
 先祖代々、私の家系は墓守だ。
 なんでもかつて私の先祖は“虎狼狸”という名の妖を助けたことがあるらしい。以来、私の家系は病にかかることが無くなった。
 それを男に話してやってもいいのだが……。
「話し相手になってくれんなら、雨あがりにでも教えたげるよ」
 私を死に至らせる“退屈”という病。
 雨上がりまでの間だけ、私はそれから逃れる術を手に入れた。
「ってわけで安酒でも飲もうか」
「肴は?」
「あんたが何か話でもしてよ」
 安酒に合う、くだらない話を。
執筆:病み月

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