幕間
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女王の憂鬱
女王の憂鬱
関連キャラクター:善と悪を敷く 天鍵の 女王
- 馬鹿な男たち。或いは、勘違いと歌姫の災難…。
- ●これだから男って
静かに。
咽び泣くように。
感情的な歌声だ。
薄暗いバーの中で、そこだけが……彼女の立つステージだけが、煌々としたスポットライトに照らされている。
夜のような深い色のドレスを纏った若い女だ。
若く、そして美しい。
アラバスターの色をした肌が、艶やかに赤く色づいていた。その翡翠色の瞳は、涙の色に濡れている。
深い悲しみと、愛情とを孕んだ眼差しを虚空へと流して歌を歌っているのである。
きっと、悲しい別れがあったのだろう。
紡ぐ歌は、そこに居ない誰かへ……おそらく、恋人へ捧げるものだ。
「彼女の恋人は、きっと戦場へ行ったのだろう。そして帰って来なかったに違いない」
「いいや。彼女と恋人は身分違いであったのだ。だから、別れを告げなければいけなかったのだと私は思う」
声を潜めて言葉を交わす2人の男の姿がある。
薄暗い席で、蝋燭の明かりを見つめながら酒のグラスを傾ける、紳士然とした2人の男だ。高級な服に身を包み、高価な酒を傾けながら、歌姫の過去を酒の肴にしているのである。
「悲しい別れだったんだろうな」
「あぁ、そうに違いない。そうでなければ、このように心に染みる歌を紡ぐことはできない」
「けれど、彼女は過去の恋に捕らわれ続けるべきじゃない。誰かが過去の恋を終わらせなければいけない」
「同意するよ。完全に。けれど、まさかとは思うがそれが貴君だと?」
男たちの声に、ほんの少しだけ剣呑な色が滲んだ。
「……好き勝手なことを言うわね」
2人の会話は、善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)の耳にも届いている。
呆れたような溜め息を零して、レジーナは視線をステージへ向けた。
スポットライトの中で歌を奏でる彼女は、まさしく“星”のようである。
誰もが彼女に魅了され、その輝きに目を奪われるに決まっているのだ。
ステージの明かりが落ちた。
歌姫は既にステージを降りた。だが、男たちの会話は終わらない。
「彼女を真に愛しているのは私だ。貴君だってそれを理解しているだろう?」
「貴方が彼女を好いていることは知っている。だが、彼女を真に幸せにしてやれるのは、私を置いて他にはいない」
グラスの酒は空っぽだった。
テーブルの上には、空いた酒のボトルが3本。
バーの開店から今までの数時間、2人はずっと酒を飲みつつ語らっているのだ。
2人は友人同士なのだろう。
そして、同じ1人の女性を愛してしまったのだろう。
「貴方は大切な友人だ。だが、彼女の為なら、私は貴方の敵となろう」
「同じ思いだ、友よ。そして、彼女の為なら、私は友と殺し合うことも厭わない」
すっかり酒が回っているのだ。
赤い顔をした2人は、酒代をテーブルに置いて店を出て行った。
きっと、外で決闘でも始めるのだ。
そんな2人の背中を見送り、レジーナは肩を竦めた。
歌姫がレジーナの元にやって来たのは、男たちが出て行ってから数分後のことである。
「レジーナ。来てくれたのね!」
「えぇ、せっかくご招待いただいたのだもの。ところで……」
「……あの2人ね。ストーカーなの。私には婚約者がいるのに、何か勘違いしているみたいで」
空いたテーブルに視線を向けて、歌姫は困った顔をした。
「ちゃんと説明したいのに“いいんだ。全部分かっているから”なんて言ってばかりで、ちっとも話を聞いてくれないのよ?」
「典型的な勘違い野郎だわ」
思い出すのは、ついさっきまでの2人の会話だ。
別れた恋人だの、新しい恋だの、真実の愛だの。
彼女のことなど何も知らないでいるくせに、よく言えたものである。
「家にまでついて来そうで少し怖いわ。でも……今日はもう帰ったのかしら?」
歌姫の……友人の話を聞きながら、レジーナはグラスに残った酒を飲み干す。
空のグラスをテーブルに置いて、レジーナは店の入り口に目を向けた。
「あの2人、死んだら死んだで構わない?」
「え……いや、それは。それはちょっと、トラウマになるわ」
「そうよね。いいわ」
後は我がやっておくから。
そう言ってレジーナは、馬鹿な2人の男を止めに向かうのだった。
- 執筆:病み月