幕間
女王の憂鬱
女王の憂鬱
関連キャラクター:善と悪を敷く 天鍵の 女王
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- ステータスの「詐術の神に騙されて好きな人を殺す」を参考に
- それはわかりやすかったはずの嘘だった。
「女王様、少し助言してみるわけですが」
「助言?」
笑顔を浮かべるこの男は神。何の神だったかは覚えていなかったけれど。そんな男が『助言』等と言う戯れを唐突に耳打ちしてきた。
「そうです、助言。見たところ女王様はあの男が好きと見える」
「な?! そ、そんな事……っ」
そんな事ないとキッパリ言い切ってやろうと思っていたのに、彼の指先に指されていた男は正しく『そういう対象』の男だった。
「どうやらアタリのようですね」
「…………だったらなんだって言うのかしらっ?」
「だから助言すると言ってるんです。彼にこれを贈ってみて下さい、お喜びになりますよ」
「これって……林檎……?」
「ええ、それも金の林檎ですよ」
「……これに何の意味が?」
怪しげに笑顔の彼を睨めばおお怖いと笑顔を崩さないまま。
「これは伝説に由来する林檎なのです。きっと彼は天にも登る程お喜びになります」
「……そ、そんなに?」
この頃の女王様はとても純粋だった。
如何にも怪しい黄金の林檎だとわかっていながらも、気になっていた彼に近づけるのならと女王は興味が出てしまった。
「ええ、ですから渡してみて下さい」
「……な、なんでわざわざ我が?」
別にこの神とも特別親しいわけではなかったはずだ。なのに何故こんなに良くしてくれるのか……やはりまだ怪しく思えてしまう。
「最近女王様を観察していたんですが……実に愉快で!」
「は?」
愉快と言う言葉に女王の眉がピクリとつり上がる。
「ああ! 誤解しないで下さい! ……あんまりにも壁からずっと同じ男を眺めていて……もどかしくて!」
「よ、余計なお世話なのだわ?!」
だってしょうがないじゃない!! どうやって彼に近づけばいいのかわからないのだもの!! と不機嫌そうな女王。
「ですからですから? 私がお手伝いをと名乗り出たわけです。さぁさぁこの林檎を!」
「はぁ……うぅわかったのだわ……」
女王は黄金の林檎を受け取る。本当に彼が喜ぶのかしら? と、女王は少し心を躍らせた。
「ねぇ汝」
「ん? ああ女王様」
「わ、我の事を知ってるのだわ?!」
「そりゃ勿論、女王様を知らない者はいないだろう?」
「そうなの? ふ、ふうん?」
彼が自分の事を知っていてくれた事に舞い上がった女王は深くは考えなかった。
「ねぇ、この林檎……汝が喜ぶって聞いたのだわ?」
「! 黄金の林檎! これを俺に?」
「そうなのだわ! あげるのだわ!」
本当に喜んでくれた。嬉しい。そう思ったのも束の間だった。
「う、ぐ……!」
林檎をひと齧りした彼は苦しみ出し女王は戸惑いを見せる。
その背後を遠くからにこやかに眺めていた者がいた。 - 執筆:月熾
- 過日の水面を眺むる
-
この英雄は、人を疑うことを知らぬ男であった。
●
レジーナ――レジーナ・カームバンクルは、本名を『善と悪を敷く天鍵の女王』という。このような名であるのは、この混沌へ招かれる以前の彼女がTCGのキャラクターであったからであるが、実体化した本人に言わせると、「自身はその世界とは関係がない」そうだ。
しかしながら、どれほどそれを貫いたとて、そこで描かれた『設定』というものは、彼女にとって『過去』である。その証左として、彼女は過去に由来する『男性不信』であった。
さて、では何故、レジーナは男性から距離を取るようになってしまったのか。
彼女の持つ『設定』としての伝説の一つに、こんな話がある。
とある国で水害が起こった。詳細は省くが、レジーナ――ここではそう呼ぶ――が与えたわけでもない、神託と偽った神官たちの謀りにより、その国の民と王は、「これは神の怒りに触れたからに違いあるまい」となった。ここでせめて、神官たちの謀りを暴くことの出来る賢者の一人でもいたならば、この伝説は生まれなかったのであろうが、生憎とそれが可能であったろう国一番の賢者は、災害の最中、神官たちの手により水の底へと沈められていた。
大雨は止まず、作物や家々は水の中へと腐ってゆく。この惨状に困り果てた王は、一人の英雄を選び出し、神の怒りを鎮めて来るように命じた。英雄は健康で、美丈夫であり、智慧にも優れてはいたが、如何せん、人を疑うことを知らなかった。あるいは、英雄とは元よりそういった存在であるのだろうか。いずれにせよ、英雄は王命によって選ばれ、彼の捧げた祈りによって、レジーナもその存在を知ることとなった。彼女は事の次第を知り、英雄へと神官に神託を与えたことはない、おそらく彼らの謀りであろうと伝えた。しかし英雄がそれを信じることはなかった。むしろ、レジーナが言葉を与えたことにより神託を益々信ずるようになった。元より人を疑うことを知らぬ男は、同時に、大層前向きに物事を捉える男でもあった。
そういうわけであったから、英雄は最初に、レジーナへと今後どのようにすればよいかを乞うた。しかしレジーナの本分は戦神であり、水害の対処は己の裁量の範疇を超えている。彼女は水を司る神と対話し、水害の原因となった魔物を討伐するよう英雄を導いた。戦神であるレジーナの導きは、易々と英雄に魔物を屠らせた。おかげで水害は治まったが、焦ったのは神官たちである。英雄は勇気と慈愛の代わりに無垢を手にしたような男であるから傀儡によいとしても、背後にレジーナがいたままでは、神託を偽ったことがいずれ明るみに出てしまうやもしれぬ。幸い、英雄は未だ神官たちを疑ってはいない。神官たちは英雄に、神託と称して、不可能に思える困難を与えた。両者の間に綻びを生むためである。英雄は一たびそれを与えられると、レジーナへ真摯に祈り、導きを求めた。求められるままに、レジーナは英雄に困難への対処を教えた。そう言ったことが二度三度と続くうち、彼女は英雄が不憫に思えてきた。必死に戦う姿に恋心さえも芽生えてきた。男のひたむきに立ち向かう姿が、どうにも愛おしく思えるようになっていたのである。
虚偽の神託による四度目の困難を導く中で、レジーナは英雄に、神官が嘘を吐いていると再び伝えた。五度目でも伝えた。六度目で、賢者の死も伝えた。己が裁定者の領分によって天罰を下さなかったのは、ひとえに『戦神の領分ではなかった』からに過ぎなかった。
英雄はそんな彼女の言葉をどう捉えたか。
――この英雄は、『【人】を疑うことを知らぬ男』であった。
七度目に至り、レジーナは、六度目までにも伝えた神官の嘘と賢者の死に加えて、国の裏で蠢く悪徳の気配を伝えた。
英雄は、それを信ずることができなかった。
男が真実『英雄』であったが故にである。
政をするが英雄ではない。悪徳を正すも、謀りを暴くも、英雄の領分ではない。無論神官の領分も謀略や悪徳ではないのだが、彼らは最早真実神官と呼ぶには魂が腐っていた。英雄は王と神官にレジーナから教えられたことをそのまま伝えた。神官たちは予定調和として、彼女を悪とした。八度目の困難は、レジーナを封ずることであった。不幸にも、七度の困難を乗り越えた英雄は、彼女を封ずるに十分な力を人の身で得てしまっていた。
人を信じた英雄は、かつての水害にて生まれた湖に、レジーナを封じた。
英雄を信じていた彼女は、英雄を愛していた彼女は、英雄を殺してまでその封印から逃れることなどできなかった。
かくして、主神の権能さえ持つ、裁定者たる天鍵の女王は、裏切りの痛みと共に水底へと沈んだ。
所詮人による封印である。さして永い時ではなかった。その間に、英雄も、神官たちも、王も国も何もかも、レジーナを謀った罪により水神に国ごと流された。封印が解けて戻った時、そこには何も残ってはいなかった。神たる彼女を取り巻く時間の中で、英雄と過ごした時間は極々僅かなものに過ぎなかった。
彼女が抱いた恋と、痛みさえも。
けれども、それらは――彼女の奥底に、不信を植え付けるのに十分なものであった。
だから彼女は、男性から距離を取る。
何故なら未だ、ふとした折に。
ぷつりと開いた傷口から、真っ赤な血潮が膨らんで、大地へと滴るように。
あの昏く冷たい湖水が、胸の底から滲むのだ。
- 執筆:桐谷羊治
- 馬鹿な男たち。或いは、勘違いと歌姫の災難…。
- ●これだから男って
静かに。
咽び泣くように。
感情的な歌声だ。
薄暗いバーの中で、そこだけが……彼女の立つステージだけが、煌々としたスポットライトに照らされている。
夜のような深い色のドレスを纏った若い女だ。
若く、そして美しい。
アラバスターの色をした肌が、艶やかに赤く色づいていた。その翡翠色の瞳は、涙の色に濡れている。
深い悲しみと、愛情とを孕んだ眼差しを虚空へと流して歌を歌っているのである。
きっと、悲しい別れがあったのだろう。
紡ぐ歌は、そこに居ない誰かへ……おそらく、恋人へ捧げるものだ。
「彼女の恋人は、きっと戦場へ行ったのだろう。そして帰って来なかったに違いない」
「いいや。彼女と恋人は身分違いであったのだ。だから、別れを告げなければいけなかったのだと私は思う」
声を潜めて言葉を交わす2人の男の姿がある。
薄暗い席で、蝋燭の明かりを見つめながら酒のグラスを傾ける、紳士然とした2人の男だ。高級な服に身を包み、高価な酒を傾けながら、歌姫の過去を酒の肴にしているのである。
「悲しい別れだったんだろうな」
「あぁ、そうに違いない。そうでなければ、このように心に染みる歌を紡ぐことはできない」
「けれど、彼女は過去の恋に捕らわれ続けるべきじゃない。誰かが過去の恋を終わらせなければいけない」
「同意するよ。完全に。けれど、まさかとは思うがそれが貴君だと?」
男たちの声に、ほんの少しだけ剣呑な色が滲んだ。
「……好き勝手なことを言うわね」
2人の会話は、善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)の耳にも届いている。
呆れたような溜め息を零して、レジーナは視線をステージへ向けた。
スポットライトの中で歌を奏でる彼女は、まさしく“星”のようである。
誰もが彼女に魅了され、その輝きに目を奪われるに決まっているのだ。
ステージの明かりが落ちた。
歌姫は既にステージを降りた。だが、男たちの会話は終わらない。
「彼女を真に愛しているのは私だ。貴君だってそれを理解しているだろう?」
「貴方が彼女を好いていることは知っている。だが、彼女を真に幸せにしてやれるのは、私を置いて他にはいない」
グラスの酒は空っぽだった。
テーブルの上には、空いた酒のボトルが3本。
バーの開店から今までの数時間、2人はずっと酒を飲みつつ語らっているのだ。
2人は友人同士なのだろう。
そして、同じ1人の女性を愛してしまったのだろう。
「貴方は大切な友人だ。だが、彼女の為なら、私は貴方の敵となろう」
「同じ思いだ、友よ。そして、彼女の為なら、私は友と殺し合うことも厭わない」
すっかり酒が回っているのだ。
赤い顔をした2人は、酒代をテーブルに置いて店を出て行った。
きっと、外で決闘でも始めるのだ。
そんな2人の背中を見送り、レジーナは肩を竦めた。
歌姫がレジーナの元にやって来たのは、男たちが出て行ってから数分後のことである。
「レジーナ。来てくれたのね!」
「えぇ、せっかくご招待いただいたのだもの。ところで……」
「……あの2人ね。ストーカーなの。私には婚約者がいるのに、何か勘違いしているみたいで」
空いたテーブルに視線を向けて、歌姫は困った顔をした。
「ちゃんと説明したいのに“いいんだ。全部分かっているから”なんて言ってばかりで、ちっとも話を聞いてくれないのよ?」
「典型的な勘違い野郎だわ」
思い出すのは、ついさっきまでの2人の会話だ。
別れた恋人だの、新しい恋だの、真実の愛だの。
彼女のことなど何も知らないでいるくせに、よく言えたものである。
「家にまでついて来そうで少し怖いわ。でも……今日はもう帰ったのかしら?」
歌姫の……友人の話を聞きながら、レジーナはグラスに残った酒を飲み干す。
空のグラスをテーブルに置いて、レジーナは店の入り口に目を向けた。
「あの2人、死んだら死んだで構わない?」
「え……いや、それは。それはちょっと、トラウマになるわ」
「そうよね。いいわ」
後は我がやっておくから。
そう言ってレジーナは、馬鹿な2人の男を止めに向かうのだった。
- 執筆:病み月
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