PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

美味しかったもの、いろいろ

関連キャラクター:トスト・クェント

オレンジのクラフティ
 日に日に夏めく空を眺めていれば、山の向こうから顔を出した黒雲と目が合う。おやと思う間もなく風が湿り気を帯び始め、ぼんやりしていたトストの顔にも一滴、ぬるい雫がご挨拶。
「雨宿りでも、していこうかな」
 濡れること自体に嫌悪はないけれど、物足りないお腹を満たしに見知らぬ店へ足を運ぶ言い訳には丁度よかった。

 カラン、カランッ——鳴り出した雨を背に聴くベルの音に続いて、店員さんの元気な声。落ち着いた調度の中を案内されて席に着く。店内には同じように避難してきたお客さんが多いようだった。
「急に降り出しましたね。さっきまで食べちゃいたいくらい真っ白な雲が浮かんでたのに……」
「あはは。ずいぶんと美味しそうだったんだね」
 メニューとお冷に添えられた何気ない会話。どんな雲だったんだろう、と巡る思考に答えがあっさり転がり込む。
「甘くてやわらかくて……そう、きっとうちのクラフティみたいな!」
 開かれていたメニューを指差す満面の笑みは、思い出すだけで美味しいと主張してきて。そんな表情を見て浮気をする気なんか起きる訳もなかった。

「お待たせしました!」
 テーブルに置かれた皿の上、ココットからはほかほかと湯気が立っていた。甘いお菓子と聞いていたからてっきり冷たいものだと思い込んでいたトストは、常から閉じられている瞳がまんまるになる。まだ熱いのでお気をつけて。言い残して下がった店員さんにお礼を述べ、悩んだあとにフォークを手に取った。
 銀色が沈み込む真っ白な夏雲色の粉砂糖の下には眩しいオレンジと、やわらかく受け止めるスフレのような生地。ふーふー、控えめに息を吹いてから口の中へ。
「……ん、んん!」
 しゅわりと解けて消える甘み。卵のやさしい風味はケーキにもプリンにも似て。さわやかな酸味がじゅっと舌を潤して、鼻を抜けるのはリキュールの香りだ。
「っ、美味しい!」
 ひと口、ふた口。小さなココットはあっという間に空っぽになってしまったけれど、胸の辺りがあの湯気のようにふわふわとあたたかい。雨音も軽快なBGMに変える、初夏の味だった。

 長居をしてしまった。結局おかわりをしたり、店員さんとお菓子の話で盛り上がったりしているうちに、外の世界は雨上がりの夕暮れだ。再びのベルで見送られて見上げた、まだらな橙色に染まった雲は——

「本当だ、オレンジのクラフティみたい」
執筆:氷雀

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