PandoraPartyProject

幕間

美味しかったもの、いろいろ

関連キャラクター:トスト・クェント

赤い屋根のパン屋【ロールパンとカフェオーレ】
 トストは腹を擦っていた。結論から言うと腹が減ったのだ。
 切なげにぐぅぐぅ鳴く腹を宥めてやりながらトストは歩く。

「ああ、お腹がすいたなあ……どこかにお店はないかな……うん?」
 すんすんとトストは鼻を鳴らした。
 何処からか漂ってくる温かくて香ばしい匂い。
「パンの匂いだ!」
 大好物の匂いを辿っていけば赤い屋根のパン屋が見えた。
 ドアを開けるとカランコロンと鐘が鳴り、こんがり焼かれたばかりのパンたちがトストを迎え入れた。
「美味しそう……!」
「あら、お客様ね。いらっしゃいませ」
 声を掛けられはっとしたトストは我に返り、慌てて涎を袖で拭ってロールパンを指さした。
「あ、あの! このロールパンおひとつ……あ、いや、おふたついただけませんか!」
「勿論。すぐお食べになる? 持って帰る?」
「すぐ! 食べます!!」
 食い気味に返事したトストにあらあらと微笑み、老婆は店の奥に設けられた小さなイート・インへ案内する。
 暖かな木目調のテーブルに、シミ一つない白いテーブルクロス。
 ベンチに腰掛け、皿に盛られたロールパンにごくりとトストは唾を飲みこんだ。
「こっちはサービスね」
 冷たいカフェオーレをコースターの上に置きながら、老婆が茶目っ気たっぷりにウインクをする。
「ありがとうございます!」
「じゃあ、ごゆっくり」
 老婆に頭を下げた後、トストはそうっとロールパンを持ち上げる。
「あちっ」
 思ったより熱かったのでいったん皿に置いて、もう一度持ち直した。
 逸る気持ちを抑えられない。いつだって美味しいご飯を食べる時は胸がどきどきするのだ。それが初めて食べるものなら尚更!
「いただきます」
 ぱくり。
 堪らず齧り付けば、ふわふわの生地にたっぷり練り込まれたバターの香りが口いっぱいに広がった。こんなに濃厚な味わいのロールパンは食べたことが無い。
 そのままカフェオーレに手を伸ばし一口飲むと、優しいミルクとキリリと冷えたコーヒーが混ざり合ってロールパンの味をさらに引き出す。
「美味しい……!」
 満面の笑みを浮かべ、二個目のロールパンに手を出したトストを老婆が優しく見守っていた。
執筆:
カプレーゼ

 海洋。潮風と青の国。
 今日トストが口にするのは――

「かぷれーぜ?」
「おう。兄ちゃんも食ってくか?」
「うん、おれで良ければ是非!」

 依頼の帰り道。農家の畑を荒らすモンスターを凝らしめたところ、お礼にと言うことで声をかけられたトスト。
 農家の自慢なのだというトマトは、それはもう真ん丸で瑞々しくて、それから甘いのだとか!
「でもご馳走になっていいのかな?」
「兄ちゃん頑張ってくれたろ、ほんのボーナスってやつさ!」
 溌剌と笑う農家にトストは恐る恐る頷いた。
 カプレーゼ。それが何を意味するのかわからない。きっと美味しいことに間違いはないが、それでもやはりどきどきしてしまうのだ。
(……トマトだし、やっぱりサラダなのかな?)
 うーんと首をかしげてみる。が、解らない。カプレーゼ。カプレーゼ。カプレーゼ! なんて不思議な響きだろう。
 表情をころころ変えるトストの気持ちを知ってか知らずか、農家は真っ白な平たい皿に『カプレーゼ』を乗せてやってきた。

「これがカプレーゼさ。採れたてトマトだから上手いぜ!」
「……!!」
 ごくり、と喉がなる。
 特製のドレッシングがかけられたそれは、モッツァレラチーズとクリームチーズの二種類を丁寧に用意してくれた。添えられたバジルも相まって彩りは鮮やか、成る程、これがカプレーゼ!
「いただきます」
 口のなかで広がるトマトの甘味と酸味、まろやかなチーズがトマトと調和する。バジルの爽やかさが鼻を抜ける頃には、ドレッシングがすべての味を上手く纏めてくれている頃だ。
「わっ、こ、これ、すごく美味しいよ!」
「だろう? トマトは嫌われもんだが、食いかたによっちゃあ化けるんだな、これが!」
 煌めく陽光をうんと浴びたそのトマトが織り成すカプレーゼ。
 今日も今日とてまたひとつ、美味しい食べ物を知ってしまった。
「うーん、美味しい……!」
執筆:
オレンジのクラフティ
 日に日に夏めく空を眺めていれば、山の向こうから顔を出した黒雲と目が合う。おやと思う間もなく風が湿り気を帯び始め、ぼんやりしていたトストの顔にも一滴、ぬるい雫がご挨拶。
「雨宿りでも、していこうかな」
 濡れること自体に嫌悪はないけれど、物足りないお腹を満たしに見知らぬ店へ足を運ぶ言い訳には丁度よかった。

 カラン、カランッ——鳴り出した雨を背に聴くベルの音に続いて、店員さんの元気な声。落ち着いた調度の中を案内されて席に着く。店内には同じように避難してきたお客さんが多いようだった。
「急に降り出しましたね。さっきまで食べちゃいたいくらい真っ白な雲が浮かんでたのに……」
「あはは。ずいぶんと美味しそうだったんだね」
 メニューとお冷に添えられた何気ない会話。どんな雲だったんだろう、と巡る思考に答えがあっさり転がり込む。
「甘くてやわらかくて……そう、きっとうちのクラフティみたいな!」
 開かれていたメニューを指差す満面の笑みは、思い出すだけで美味しいと主張してきて。そんな表情を見て浮気をする気なんか起きる訳もなかった。

「お待たせしました!」
 テーブルに置かれた皿の上、ココットからはほかほかと湯気が立っていた。甘いお菓子と聞いていたからてっきり冷たいものだと思い込んでいたトストは、常から閉じられている瞳がまんまるになる。まだ熱いのでお気をつけて。言い残して下がった店員さんにお礼を述べ、悩んだあとにフォークを手に取った。
 銀色が沈み込む真っ白な夏雲色の粉砂糖の下には眩しいオレンジと、やわらかく受け止めるスフレのような生地。ふーふー、控えめに息を吹いてから口の中へ。
「……ん、んん!」
 しゅわりと解けて消える甘み。卵のやさしい風味はケーキにもプリンにも似て。さわやかな酸味がじゅっと舌を潤して、鼻を抜けるのはリキュールの香りだ。
「っ、美味しい!」
 ひと口、ふた口。小さなココットはあっという間に空っぽになってしまったけれど、胸の辺りがあの湯気のようにふわふわとあたたかい。雨音も軽快なBGMに変える、初夏の味だった。

 長居をしてしまった。結局おかわりをしたり、店員さんとお菓子の話で盛り上がったりしているうちに、外の世界は雨上がりの夕暮れだ。再びのベルで見送られて見上げた、まだらな橙色に染まった雲は——

「本当だ、オレンジのクラフティみたい」
執筆:氷雀

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