PandoraPartyProject

幕間

ストーリーの一部のみを抽出して表示しています。

幻想種グルメ

関連キャラクター:ドラマ・ゲツク

Book of Pancake

 幻想王国のとある街からほど近い森にある、大雷に打たれ後の残る大木。
 そこは知る人ぞ知るブックカフェ――『Book Bird Cage』である。通常のブックカフェと違う点は、この店の本たちは『鳥』の形を取っていることだろう。店主の魔法で編まれた鳥たちは、こんな話がよみたいなと求める人の元へ自ら向かうか、或いは今日は君を読もうかなと手を伸ばすと書物の形となる。
 以前ローレットの情報屋からそのカフェの存在を知ったドラマは、今でも何度か足を運んでいた。
 『糖紡ぎのエアツェールング』と言う名の、通称『物語ケーキ』と呼ばれる本型のケーキが店の名物であり、今日もそれを頼もうかと席に着いた。
 飛んできた『鳥』は前回読んでいた本だろう。続きを読んでと鳴く鳥をひと撫でして本に戻したところで、こんにちはドラマさんと挨拶した店主の男がこう口にした。「新しくパンケーキを開発しました」と。
「パンケーキ、お好きですか?」
「勿論です」
 では今日はそれでお願いしますと紅茶と一緒に頼み、本をはらりと捲った。
 本の世界に入っていると、人を置き去りにして時間はあっという間に過ぎ去っていく。お待たせしましたの言葉でハッと顔を上げれば、眼前のテーブルには湯気を立てる焼きたてのパンケーキがあり、バターの香りを甘く放っていた。本の形は、両手で四角を作ったくらいのサイズの開いた本型で、美しい狐色。小さなインク壺めいた容器がみっつと、生クリームにミント。ベリーとバナナが添えられている。
 どこか懐かしさを覚えるような柔らかな香りを胸いっぱいに吸い込み、白い皿の中央に載ったパンケーキを見つめた。この店の物語ケーキはガラスペンのピックでなぞると心にある好きな物語の一文が浮かび上がる。つまり、きっとこのパンケーキにも何らかの仕掛けがあるはずだ。
 チラリと店主を見上げれば、手のひらでどうぞと促される。
「蜂蜜か、シロップか。お好きな方をお掛け下さい。物語が始まりますよ」
 それでは素敵な物語のひと時を。
 店主が離れていくのを視線だけで見送って、まずは……と逡巡してからインク壺めいた容器に入っているシロップへと手を伸ばし、とろりとパンケーキへと掛けた。
 ――すると。
「おお……!」
 シロップが染みれば、ふわりと文字が浮き上がる。
 それは、あの日読んだ大好きな冒険譚の一節だった。
(三枚あるということは、もしかして……?)
 気持ちが弾む。次の段のパンケーキには何と浮かび上がるのだろう。
 ナイフとフォークでパンケーキを押さえればふかりカトラリーが沈んでいき、よく磨かれたナイフがクズも出さずに綺麗に狐色を切り裂いた。
「……っ!」
 次の段に出る言葉を予想しながら切り分けたパンケーキを口に運んだドラマの瞳の奥で、星が弾けた。ぱちぱちと光って、世界が物語のように色付くよう。
 舌に触れるシロップと生地に練り込まれた甘さ。ふわりと広がるのはバター。
 そして噛む度に感じる、もちもちとした食感が溜まらない。
 ――美味しい!
 次の段の事を考えたいのに、パンケーキが『私を見て!』と告げている。
 段も気になるけれど、読み途中の本の続きだって気になるのに――!
 パンケーキに気付いて中断した本は、隣の座席に栞を挟んで置かれている。このブックカフェにある本たちはどれも『誰かが話した物語』なため、ドラマの知らない話ばかり。
 けれど。
(食べ終えるまで、お預けなのです……!)
 こくりと喉を鳴らしてパンケーキを飲み込んだドラマは次のひと口を切り出して――そうして一段目、二段目と制していく。段が変わるごとにナッツが練り込まれていたりと、飽きさせないパンケーキにドラマは心からの拍手を送った。
「ふう……おいしかったです。では……!」
 心もお腹も満たして紅茶のおかわりを頼んだら、やっと読書の再開。
 今日はこの本を読み切るつもりで来ているのだ。また今度、なんてする気はない。
 そうしてドラマは、物語に溢れた優しい時間を存分に味わうのだった。
執筆:壱花

PAGETOPPAGEBOTTOM