PandoraPartyProject

幕間

幻想種グルメ

関連キャラクター:ドラマ・ゲツク

とろふわオムライス

 オムライスにおいて重要なのはたまごだ、と最初に言ったのは誰だろう。
 その人には十分な報酬が支払われるべきだ、なんて思わずにはいられない。ただしそれは戦争の火種にもなりうるので、報酬を受け取ることは辞退したのではないだろうか。先人とはやはり賢く、偉大なのである――などと尊大な思考を繰り広げずにはいられない。
 もうお分かりのことだろうとは思うが、今回ドラマが食べるのはオムライスである。それもとろふわ!
 走り込みを終えた後美味しそうな看板につられてしまった。女のことは複雑なものなのである。美味しい物を食べすぎると太ってしまうと頭では理解しているのに、それなのに食べたくてついついお財布のひもを緩めてしまう。後悔するのは自分だと知っていながらも、それでも美味しいものを食べることには目が無いのだ。
 幻想某所、レストランにて。
 看板に貼られていた写真曰く、誰もが想像する「オムライス」のそれだろうと、ドラマは思う。書物に出てくるような絶品のものだろうとは期待していない。今日はもうオムライスの口になってしまったのだ。
 へとへとで空腹の身体にとっては注文後こそが一番つらい。じゅう、とたまごが焼ける音がするたびに。チキンライスの香ばしい匂いがするほどに。口の中にはじわじわと唾液が満ち、嗚呼、早く来ないかな、なんて恋にも似た熱病に浮かされるのである。つまるところ、おなかすいた!
「おまちどおさま!」
「おお……!」
 思わず歓声が零れるほどの見た目。うっとりするような赤と黄色のコントラスト。ほかほかと湯気がたっているし、ちょっとした衝撃で揺れるたまご。赤いケチャップは食欲をそそるし、今にもその綺麗なたまごを切り開きたい衝動で満ちている。
 いただきます、と呟いたのは唇か心か。スプーンをとって、恐る恐るたまごに切れ込みをいれる。罪深いような錯覚にも陥る。嗚呼、たまらない。ほかほかのチキンライスとたまごにケチャップを乗せて――ぱくり。
「っ……!」
 ――美味しい。
 思わず眉根が寄ってしまう程のおいしさ。求めていたオムライスがここにある。片手で口元を抑え、けれどもう片方の手は次なる一口を切り分けてしまう。これはもう止まらないと、確信してしまう。
 口の中に広がるチキンライスのうまみ。たまごは熱々で、はふはふと口を開こうとしてしまうのに、嚥下をしたいと胃袋は素直に叫ぶ。喉元過ぎれば熱さ忘れる? 嘘だ。お腹はこんなにも温かく、それでいてまだ飢えている。食事はこれだからやめられないのだ。
 ――結局。あっという間に空っぽになってしまったオムライス。空っぽになったお皿とは反対に、ドラマの心は満ち足りていたのだった。
執筆:
黄金比率のグリルチキン&ハンバーグプレート
 此の様な物が好き、と識ったら彼の人は笑うだろうか。
 メニューをじっくり端から端迄。指で辿り行き着いた先は子供が好んで頼むのであろうプレート料理。『食べ応え有り!』と踊る文字に、逡巡。
 否、自分は大層な肉食系な癖に。其れにもう私は立派な大人のレディですし。唯今日は一寸、いやかなりお肉が食べたい口なだけで。
 けれど嗚呼、悔しいかな。まざまざと――鮮明に――男の揶揄う聲と笑い貌が思い浮かんで、而も其れが心を掴んで止まないのだから腹立たしい。
 檸檬を絞ってあるのだろうか、仄かに苦くそして爽やかなお冷を飲み干してカラカラの喉を潤せば、気の効く店員が御代わりを注ぎに来た。明らんだ頬と耳を悟られない様に言葉少なに注文を伝えて、溜息。厨房から飛ばされた威勢の良い謝辞の言葉を聴くのもそこそこに、意識は亦、先程の議題へと移り行く。
 ぼんやりと眸を遣った先、硝子を隔てて紫陽花が咲いていた。六月とは幸福な月だと思い出せば、尚の事意気地なくて不甲斐ない気分になるのだ。
 そんなドラマの憂いを吹き飛ばすかの様に鼻腔を擽るのはじゅうじゅうと肉の焼ける馨り。『お召し物が汚れない様に』と差し出された紙ナプキンを広げると、卓子に熱気を孕んだプレートが置かれ、付け合わせのサラダと冷たいパンプキンスープがサービスだと添えられた。
「今日は雨でお客さまが少ないから。其れに何か思い悩んでいたでしょう?」
 こりゃ参った、と耳を下げる彼女に店員は『ごゆっくり』とカートを押して去り行って。
 脂の跳ねが少なって来た頃合いに、ちらり。皮目をパリパリに焼いたチキンに、挽き肉の配合に拘っているらしきハンバーグ。厚切りのベーコンにソーセージまで!
「ふおー……!」
 少しずつ切り分けては、舌鼓を打つ。戀する乙女には必要なカロリーで軀が漲る感覚。
 私だって存外肉食なんですよ。だから覚悟して下さいね。
執筆:しらね葵
Book of Pancake

 幻想王国のとある街からほど近い森にある、大雷に打たれ後の残る大木。
 そこは知る人ぞ知るブックカフェ――『Book Bird Cage』である。通常のブックカフェと違う点は、この店の本たちは『鳥』の形を取っていることだろう。店主の魔法で編まれた鳥たちは、こんな話がよみたいなと求める人の元へ自ら向かうか、或いは今日は君を読もうかなと手を伸ばすと書物の形となる。
 以前ローレットの情報屋からそのカフェの存在を知ったドラマは、今でも何度か足を運んでいた。
 『糖紡ぎのエアツェールング』と言う名の、通称『物語ケーキ』と呼ばれる本型のケーキが店の名物であり、今日もそれを頼もうかと席に着いた。
 飛んできた『鳥』は前回読んでいた本だろう。続きを読んでと鳴く鳥をひと撫でして本に戻したところで、こんにちはドラマさんと挨拶した店主の男がこう口にした。「新しくパンケーキを開発しました」と。
「パンケーキ、お好きですか?」
「勿論です」
 では今日はそれでお願いしますと紅茶と一緒に頼み、本をはらりと捲った。
 本の世界に入っていると、人を置き去りにして時間はあっという間に過ぎ去っていく。お待たせしましたの言葉でハッと顔を上げれば、眼前のテーブルには湯気を立てる焼きたてのパンケーキがあり、バターの香りを甘く放っていた。本の形は、両手で四角を作ったくらいのサイズの開いた本型で、美しい狐色。小さなインク壺めいた容器がみっつと、生クリームにミント。ベリーとバナナが添えられている。
 どこか懐かしさを覚えるような柔らかな香りを胸いっぱいに吸い込み、白い皿の中央に載ったパンケーキを見つめた。この店の物語ケーキはガラスペンのピックでなぞると心にある好きな物語の一文が浮かび上がる。つまり、きっとこのパンケーキにも何らかの仕掛けがあるはずだ。
 チラリと店主を見上げれば、手のひらでどうぞと促される。
「蜂蜜か、シロップか。お好きな方をお掛け下さい。物語が始まりますよ」
 それでは素敵な物語のひと時を。
 店主が離れていくのを視線だけで見送って、まずは……と逡巡してからインク壺めいた容器に入っているシロップへと手を伸ばし、とろりとパンケーキへと掛けた。
 ――すると。
「おお……!」
 シロップが染みれば、ふわりと文字が浮き上がる。
 それは、あの日読んだ大好きな冒険譚の一節だった。
(三枚あるということは、もしかして……?)
 気持ちが弾む。次の段のパンケーキには何と浮かび上がるのだろう。
 ナイフとフォークでパンケーキを押さえればふかりカトラリーが沈んでいき、よく磨かれたナイフがクズも出さずに綺麗に狐色を切り裂いた。
「……っ!」
 次の段に出る言葉を予想しながら切り分けたパンケーキを口に運んだドラマの瞳の奥で、星が弾けた。ぱちぱちと光って、世界が物語のように色付くよう。
 舌に触れるシロップと生地に練り込まれた甘さ。ふわりと広がるのはバター。
 そして噛む度に感じる、もちもちとした食感が溜まらない。
 ――美味しい!
 次の段の事を考えたいのに、パンケーキが『私を見て!』と告げている。
 段も気になるけれど、読み途中の本の続きだって気になるのに――!
 パンケーキに気付いて中断した本は、隣の座席に栞を挟んで置かれている。このブックカフェにある本たちはどれも『誰かが話した物語』なため、ドラマの知らない話ばかり。
 けれど。
(食べ終えるまで、お預けなのです……!)
 こくりと喉を鳴らしてパンケーキを飲み込んだドラマは次のひと口を切り出して――そうして一段目、二段目と制していく。段が変わるごとにナッツが練り込まれていたりと、飽きさせないパンケーキにドラマは心からの拍手を送った。
「ふう……おいしかったです。では……!」
 心もお腹も満たして紅茶のおかわりを頼んだら、やっと読書の再開。
 今日はこの本を読み切るつもりで来ているのだ。また今度、なんてする気はない。
 そうしてドラマは、物語に溢れた優しい時間を存分に味わうのだった。
執筆:壱花
ココナッツ・ミルク。或いは、激闘の果てに…。
●かつてない強敵
 テーブルの上にはココナッツ。
 サイズは女性の頭部ほどと、思った以上に大きいものだ。
「……これは、どうすれば」
 試しに拳で軽く叩いた。
 ゴン、と鈍い音がする。叩いた感覚や、音の具合から、中身がしっかり詰まっていることが分かる。
 ココナッツの左右には、ノミに似た器具と、鋭く研がれたナイフ、それから小さなハンマーが1つ。まるで大工仕事でも始められそうな器具がそこに揃っているが、なるほどつまり、これを使ってココナッツを解体しろということだ。
「えぇと、確か外の茶色い部分は繊維質でしたか? 全部、剥いてしまっても良かったはず」
 ドラマ・ゲツクはノミを手に取り、繊維質へと突き刺した。手の力でノミの刃を深く差し込むと、柄の部分をハンマーで叩いて繊維質を剥ぎ取った。
 思ったよりも硬い。
 繊維質の内側には、白い果実が覗いていた。
「……どうしてこんな苦労を」
 なんて、今さら文句を言っても遅い。
 ココナッツミルクが健康に良いと耳にして、興味本位で1つ取り寄せたのはドラマなのだから。
 想像以上に硬度があって、食べにくいことだけが予想外だった。
 ノミとナイフを交互に使って、やっとのことで繊維質を取り除く。ツルリとした白い果実がそこにあった。
 けれど、まだ硬い。
 このままでは食べられない。
「さて、どうしましょうか……果肉をスプーンでいただくか、穴を空けて果汁を飲むか」
 作業の手を止め、ドラマは数瞬の間、思案に耽る。
 取り寄せたココナッツは1つだけ。
 となると、まずは穴を空けてストローで果汁を飲むのが良いのではないか。
 そうと決まれば、穴を空ける必要がある。
 まずは再びノミを手に取り、ココナッツの上部に軽く突き刺した。それから、近くにあった木材や、先ほど剥がした繊維質を使ってココナッツを固定する。
 転がっていかないことを確認し、ノミの柄目掛けてハンマーを落とした。
 ガコン、と。
 思ったよりも簡単に、ココナッツに穴が開く。
 ふわり、とほんのりとした甘みと、どことなく脂っぽい香りが鼻腔を擽る。
 なるほど、これがココナッツミルクの香りなのか。
「ふむ……思ったよりもミルクっぽくはありません」
 おそるおそる、といった様子でココナッツへとストローを刺した。
 ゆっくりと、ココナッツミルクを吸い上げると……口内には、ほんのりとした甘みと、油のような粘っこさが広がる。
「美味しいと言えば美味しいですが……進んで飲みたいかと言われると……うぅん」
 思ったよりも美味しくないし、大量に飲むと胃もたれしそうな感覚もある。
 しかし、聞けばこのココナッツミルクは健康にいいと言うでは無いか。
「……スポーツ飲料に似ている? ような、気がしないでもないような……そうでもないような?」
 どう評価すればいいものか。
 脳内で幾つもの言葉が浮かんでは弾け、浮かんでは弾けを繰り返す。
 結局、ココナッツミルクを飲み終わるまでの時間をかけて……出た結論は「ココナッツミルクの味でした」というものだった。
執筆:病み月

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