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ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤの千乃 安倭によるおまけイラスト
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未来を見通す鏡が欲しいと誰かが言った。
過ちを犯す前から気づけるのなら、迷うことはなくなるのだと。
暖炉の炎が燃え、くべた薪が黒く炭に変わっていく。
その様子を黙って眺めながら、ある領主――オースヴィーヴルは一人物思いにふけっていた。
彼は一人の男であるが、それ以上に一人の領主である。
決断ひとつに領民全ての人生がのしかかり、発言ひとつが政治的意味を持つ。
故に彼は領主として発言し、領主として怒りを示し、領主として戦うことを義務づけられていた。
故に思う。
己の判断を。その責任を。自分以外の誰も負うことはできないのだと。
迷いも不安も、ずっとあり続けた。帝国の支配に抵抗すると決めた時も、降伏を選んだ時も。新皇帝派の策略であったとはいえ、革命派に対して攻撃することを選んだ時も。その過ちを認め償う方法として、彼らに協力する道を選んだ時も。
常に己が問うのだ。
『これでよかったのか?』と。
そしてその答えを、己自身は持っていない。神ならぬ、人の身なれば。
ノックの音がして、不意に我に返る。
ドアの外から「おーい旦那ー」というフレンドリーな声がした。ソルステインの声だ。
長い時間ぼうっとしていたことをおもい顔を手で拭うと、オースヴィーヴルは「入っていいぞ」と声をかけた。
すぐに扉が開き、赤毛の屈強な男が入ってくる。
太い首に太い腕。傷を恐れない瞳。まさに戦士の風格だ。
「どうした」
問いかけてはみたが、彼のいでたち……もとい片手に持った酒瓶を見れば用事は明らかだった。
「まあ親方。飲もうぜ」
「いや、私は――」
酒に酔っている場合ではない、と手を振った。
領主として、逼迫しきったこの状況でやるべきことは山のようにある。略奪を受けた自領の状態は、フローズヴィトニルの猛威によって更に悪化している。
だがソルステインは黙ってグラスに酒を注ぎ、オースヴィーヴルへと押しつけた。
「不景気な面してんなよ、親方。それじゃ皆が不安がる。道は決した、今更あれこれ考えても仕方ねえさ。大丈夫だ。道は必ず、俺が切り開いてやるよ」
にかっと豪快に笑うソルステイン。
オースヴィーヴルはグラスと彼の顔を交互に見て、ため息をついてグラスを受け取った。
「そういや、キャルラクのところの小倅な。結婚するらしいぞ。あのクソガキが大きくなったもんだ」
「そうか。それは目出度い。後で祝いの品を持っていってやらねばな」
他愛もない会話を交わしながら、二人は暖炉のあかりに照らされる。
彼らの未来は。決断の正否は。まだ、誰にもわからない。
神ならぬ人の身では。
※SS担当:黒筆墨汁