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追憶
追憶
イラストSS
幸せが崩れるときは、いつだって唐突だ。彼女はそれを身をもって知っている。
シャイネン・ナハトの夜。街中を互いに身を寄せ逢い、行き交う恋人たち。彼女はそこに在りし日の幻灯を見た。
自分にはその大きな手で優しく頭を撫でてくれる人は、普段は飲まない酒を飲み過ぎて普段は見せないような顔を見せた人は。
自分をユリィと呼んでくれるあの人はいない。いないのだ。
「……、ジェス」
だから貴方を呼ぶこの声はきっと意味を成さない。その証拠にほら、それは街の喧騒に書き消されて消えていった。
頭を振ってキャップを深く被り直す。
帰ろう。部屋をあためて、ブランデー入りの甘い甘いホットミルクを作ろう。
彼と過ごした甘い日々をミルクに重ねて、自分の糧として取り込んでしまおう。
どうか街行く恋人たちが幸せでありますようにと願い、その場を後にした。
――その背中を見送っていたかもしれない人影に、彼女は気付けない。
*SS担当者:樹志岐NM