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イラスト詳細

蒼月の君へ、西の王より捧ぐ音

作者 飯酒盃おさけ
人物 ルーキス・グリムゲルデ
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

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イラストSS

●蒼月の君へ、西の王より捧ぐ音
 幻想王都の裏路地を、上弦の月が薄らと照らす。
 海向こうの雅なる都の一大事も、旅人の集う街に訪れた『台風』とやらも、財宝騒ぎも塀の中の狂った都市も――そんな世間の騒ぎは、この路地裏には無関係で。
「お姉さん、奇麗な羽してるねェ。どう、これから一杯……」
「生憎、今日は先約があってね。それにこの羽に触れていい男は一人だけなんだ」
 酒気交じりの男の誘いを蒼き羽で覆われた左手で軽くいなすと、ルーキス・グリムゲルデは立ち並ぶ煉瓦造りの家々のひとつで立ち止まる。
 何の変哲もない家にしか見えないその一軒家。木製ドアに小さく掘られた、目を閉じた三日月を確認すると、ルーキスはこん、こん、こんとノックを三度。
 少しの間を置いて、鍵の外された音と共に扉が内側から開かれる。
「いらっしゃいませ」
 真白のシャツに黒いベストを羽織った男性は、扉を開きルーキスを迎え入れると、再び扉を施錠する。どうやら知らされていた『合図』がこの店に入る資格だったのだろう。
 壁に灯るランプで仄かに照らされた壁一面には酒のボトルが所狭しと敷き詰められ、片手で数えられる程のスツールが並んだカウンターといくつかのテーブルがあるのみ。
 先客は奥のテーブルで煙草を燻らせる男としな垂れかかる女、そしてカウンターで葡萄酒片手にこちらに目をやる『彼女』と目が合って。
 高椅子でなければ引き摺りかねない程長い黒髪をふわりと揺らし、葡萄酒入りのグラスを手に「やぁ」と首を傾ける女は――白き六枚の羽をその背に抱いていた。
 ルーキスが今宵この店――良質な酒を求める酒家達が秘かに集う『眠る三日月』に訪れたのは、この旧知の者から呼び出されたからであった。
 言葉もなく彼女の左隣のスツールへと腰掛けると、右腕の羽を据わりのいい位置へと捌きながら「同じの」と店員へと告げた。
「私を待たせるなんて、いい度胸だな?」
 葡萄酒を傾ける女は、そのグラスの中身よりも濃い赤の瞳を細め、開口一番にちくりと針を刺す。
「ああ、すまないね。ちょっと旦那が離してくれなくてね――何杯目? アザゼル」
「さて、ルーキスには何杯目に見える?」
「さあ、キミは顔に出ないからねぇ。ま、それは私もだけれど」
 混沌では決して珍しくはない、けれど明らかにヒトと違う空気を纏った角と、六枚の羽を持つ黒髪の女――悪魔であるアザゼルの言葉にも、ルーキスは押されることなく平常と変わらぬ飄々とした口調で反撃をする。
 あまりにも軽やかに交わされる両者のやり取りは、その親交の深さを物語り――ルーキスの前にと差し出されたグラスを互いに掲げ、久方ぶりの酒宴は幕を開けた。 
 さて、旧知の仲が酒を酌み交わす時の肴といえば、良質な食事ともう一つお決まりのものがあるわけで。
「それにしても、我々がこの世界へと訪れてから――もう三年か」
「だね。私もキミも、随分落ち着いたものだよ」
 どちらからともなく、くつくつと笑みが零れる。こうして互いに武装もせず、警戒することもなく深く酔いに身を任せられる日が来るとは互いに思ってもいなかったのだから。
 幻想に似ているようで、違う記憶の中の場所。
 魔術と蒸気と、それから神霊に、妖精に、目の前にいる悪魔のように――多様な種族が共存した元の世界。
 軍に属する魔術士として教鞭を執っていたルーキスが、その才を疎まれ『不幸な事故』で全てを滅ぼされ――半人半魔のモノとなり、復讐を遂げて。
 人間嫌いの悪魔、アザゼルはあまりにも強引な契約主のその在り方に――同じ目線で立つ友として、力を貸したのだ。
「こうやって酒場で飲んでいたら、軍部が追いかけてきたねぇ」
「あぁ、折角『臨時収入』があって豪遊していたのに、全く空気の読めない追手だった!」
「あの時のアザゼルはご立腹で、それはいい暴れっぷりだったね、うん」
 三年以上前だというのに、思い出は鮮明に甦る。
 そのまま追手の軍部を下着だけに剥き、金目の物を頂戴した。
 魔弾の雨の中を、けらけらと笑いながら走り抜けた。
 アザゼルが奏でる音に押され、特大の一撃を放って追手の髪を丸焦げにし、しばらく彼を見て笑い転げたこと。
「元気だったねぇ、私達」
「またひと暴れするか?」
「――アザゼルが言うと、本当に近い内に何か持ってきそうだよ」
 尽きることない思い出話は、二人のグラスを空けていく。
「ところで、だ。先程も『離してくれない』などと言っていたが――貴様、伴侶が出来たそうだな」
 変わらぬペースでグラスを空け続け、数刻が経った頃。琥珀のブランデーを片手に、銀紙に包まれたチョコレートをひとつ取り出して口に放ると、アザゼルは銀紙をくしゃりと丸めて問いかける。
「貴様が所帯を持つ日が来るとは、この世界には酔狂な相手も居るものだな――そういう意味では、『社会復帰おめでとう』とでも言っておこうか」
「随分な言い草だねぇ……けど、本当に酔狂な男だよ、ルナールは」
 イイ男なはずなのに、可愛らしい犬みたいで、泣き虫で。けれど、彼がいいと思った。彼だけだと思った。そうして見つけた『止まり木』に、羽を休めようと決め、永遠の誓いを交わしたのは――円い月の輝く、夏の夜のこと。
「……そうか」
 契約を結んだ主従だから、という訳ではない。対等に、共に在ったからこそ解る。
 彼女は、こんなにも穏やかな顔をする相手を見つけたのだ――けれど、それはそれ、これはこれなわけで。
 つまるところアザゼルは『面白くない』のだ。旧知の自分が、風の噂で婚姻を知ったこと。そしてこうして事後報告の形を取られていることが。
 丸めた銀紙を指でカウンターに転がして弄ぶアザゼルは、不満さを言葉に滲ませる。
「全く、どうして終わってから呼ばれたのか……折角なら祝いの曲でも演奏してやろうかと思ったのに」
 からかうように両の手で演奏、と指を運ばせる素振りは、幾度となくルーキスも聴いた彼女のラッパの音を思い起こさせる――ああ、この音色に力を貰い、追手を何度も振り払ったっけ。
「すまないね、今度改めて祝福の歌でも演奏してくれないかい?」
 そうルーキスが乞えば、アザゼルは唇をにぃ、と上げグラスの琥珀を飲み干して。
「高くつくぞ――まぁ、その代わり今日は私の奢りだ。ああ、けれど潰れるまでは飲まないでくれよ? 新婚の妻を酔い潰したなんていったら、旦那になんて言われるか」
「簡単に酔い潰れる程ヤワじゃないんでね。むしろ財布を心配してほしいものだ……それなら折角だし、お言葉に甘えて一番高いワインでも頂こうか」
 ルーキスも、数杯目――両手ではギリギリ足りるだろうか――に選んだ黒スグリのカクテルを飲み干すと、二人の前には美しく磨かれたグラスが置かれる。
「三年前、奇跡の出来と称された一本です――お高いですよ?」
 カウンターの男が差し出したのは、ルーキスがこの世界へと召喚された年のもの。
 高いって、とルーキスがアザゼルに笑えば、アザゼルからは「私がそこで臆する女と思っているのか?」と笑いが返される。
「だろうね。それじゃあ、それを」
 そうして二人、葡萄酒を注がれたグラスを手に取り向き合って。
「――今日だけだぞ。おめでとう、ルーキス」
「ん、ありがと――これからも、よろしく」
 小さく打ち鳴らされた音は、西の王から蒼月の君へと贈る紛れもない祝福の音色――

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