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イラスト詳細

オリーブ・ローレルのりばくるによる三周年記念SS

作者 りばくる
人物 オリーブ・ローレル
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

3  

イラストSS

 何事も変わらぬものはない、と誰かが言っていた。
 子供が大人に成長するように。
 まるで川が流れていくように。

 蒸気と霧が立ち込める街並みを歩くオリーブ・ローレル(p3p004352)は、ふと後ろを振り返った。
 ゼシュテル鉄帝国が本拠地を構えるこの土地は、厳しい寒さや環境でひどく痩せていたと記憶していた。
 草木は育たず、困窮に喘ぐ国民たち。腹をすかして泣く子どもたちを、幾度も見てきた。
 彼が幼い頃。街を歩く者たちはギラギラと目を光らせていて、子供ながらにギスギスとした空気を肌で感じていたものであった。盗みも横行し、誰かの肩と肩がぶつかれば罵声が飛び、取っ組み合いや乱闘が始まったものだ。
 みな、余裕が無かったのかもしれない。否、今もけして豊かとはいえるものではないだろうが。
 この国で生まれ育って二十年あまり。此処、スチールグラードの様相は随分と変わったものだ、としみじみと思う。
 いや。視界に入る風景はあまり変わらない。降り積もる雪に隠れるように歯車やパイプが張り巡らされた街。
 錆びた色の商店街に、街灯が立ち並ぶ。店を切り盛りする店主たちの威勢の良い声。
 馴染みのある風景だ。だからこそ、人々の変わりようはすぐに気付く。

「やい、てめえ。今わざとぶつかっただろう!」
「なんだと。おまえが先に吹っ掛けてきたんだろ!?」
 街中で飛び交う叫び声が聞こえた。声の方に視線を向けると、顔に入れ墨をいれた荒っぽい風貌の男と、これまた体格がよく精悍な面構えをした男がいがみあっている。
 ……訂正。『これ』は今も昔も変わらないかもしれない。
 血気盛んな鉄帝の民は、力で解決したがる。強い方が正義なのだ。人々も彼らの言い合いを遠巻きに目を向けるか、無視して通り過ぎている。
 そこそこありふれた光景ではあるとはいえ、こんな街中でぞんぶんに暴れられてはたまらない。
「もし、そこのお二人」
 歩み寄るオリーブに、胸ぐらをつかみ合う二人が顔を同時にそちらに向けた。
「ああ? なんだ、おまえ。邪魔するなよ」
「ん……あんた、まさか──オリーブ・ローレルか?」
「何! あんたがあの?」
 オリーブは鉄帝で起こる事件に関わる事が多い為、やはりこの鉄帝の地では名も姿も広く知られている。
 彼は投げかけられた言葉には否定も肯定もせず、微笑みながら言葉をつづけた。
「ここで暴れられては街ゆく人々に迷惑が掛かります。どうでしょう、似合いの舞台で決着をつけられては」
 そうラド・バウを指さしたオリーブに、大男二人は頷きあった。
「それもそうだな……よし、この際、白黒ハッキリつけようじゃねえか」
「よしきた、受けて立つぜ。いいか、俺はあのD級闘士と友達なんだぜ!」
「あんだと? そんなら、俺はあのC級闘士と同じ空気吸った事あるんだぜ!」
「そこまで言ったらもうなんでもアリだろ!」
 聞き分けの良い二人は、やいやいと言いながらも揚々と大闘技場まで歩いて行った。
 ……きっと声を掛けたのが別の誰かであったならば、また結末は違っていたはずだ。
 彼らは、オリーブのもつ『強さ』を感じ取り、それを認めた。だからこそ、素直に従ったのだ。彼は知る由もないが。
 寒さで白くなった安堵のため息一つ。彼らの背中を見送り、オリーブはまた街並みを歩く。

 視界にうつる風景は変わらずとも、人々は確かに明るく、希望を見据えられるように変わっていったように思う。
 無論、現皇帝ヴェルスの功績も大きいであろうが、やはり、これはイレギュラーズの力なのだろう。
 様々な魔種を撃ち倒したイレギュラーズは、鉄帝国の民にも高い評価を得ていた。
 彼らはかの北部戦線やかのグレイス・ヌレ海戦にて敵対した事もあり、資源を欲する鉄帝国にとっては邪魔な存在……と思うかもしれない。
 だが、それでも民が慕う理由はひとつ。単純に『強い』からだ。
 強さを是とする国柄の中──流星のように現れた数多のイレギュラーズ達は鉄帝の歴史に少しずつ変化を与えたようにも思えた。
 オリーブはかつての出来事を思い返していた。
 ノーザン・キングス──同じ鉄帝の民であるにも関わらず、鉄帝の領地を少しずつ侵略し切り崩そうとする、鉄帝の安寧を乱す無法者たち。彼らの住むヴィーザル地方は、さらに過酷な環境にある土地だ。
 国を興すにはあまりにも小さい。だからとて、無視できぬ存在。ただ憎い。唾棄すべき存在だ。
 そう。鉄帝国はノーザン・キングスなどに構っていられるほど、裕福な国ではない。残念ながらモリブデンというスラム街も確かに存在しているのがその証拠であった。
 そして、そのモリブデンにまつわる話も。
 『力こそ全て。力なきものは淘汰され滅び行く定め』。かつて、そう言った鉄帝の軍人が居た。
 鉄帝に生まれ育った人間であるなら、確かに頷ける一面もある言葉だ。
 だが彼は、この国の為ならば他者すら貶めても構わないとばかりに。弱者を蹴落とし、己が強者となる為ならなりふり構わぬ行いをした。過ぎたる力を欲した男は、鉄帝の民であるモリブデンの住民を犠牲にしようとしたのだ。
 かつて憧れたはずの鉄帝軍人が、未来ある子どもたちを攫い、鉄帝の民を傷つけ、犠牲を強いようとした。
 その姿に、オリーブはひどく動揺した。しかしそれでも。そんな事が許される筈がないと、ただ愚直に剣を振るい続けた。それが本当に正しかったのかは分からない。だけど、そこで立ち止まったら、ずっと後悔するはずだから。
 そうして、イレギュラーズたちによって軍人は討たれた。数多の犠牲と爪痕を残した男は、もういない。
 彼を討ったイレギュラーズ達は皇帝ヴェルスの眼鏡にかなうほどの実力者たちと認められ、今も民からの羨望を受けている。

「待ってよ!」
「こっちこっち!」
 ──走り回る子どもたちとすれ違った。みな、笑顔が眩しい。
 彼らの笑顔を己が守ったとは、オリーブは思わない。本当にその一人であるとしても。彼はそれを否定するだろう。
 子どもたちはこの鉄帝の土地でも元気で健やかに育っている。
 オリーブは彼らの将来を守りたいと強く願っていた。
 そして、不自由なき豊かな暮らしをしてほしいとも。
 だがそのために、名も知らぬ、顔も知らぬ誰かをただ犠牲にして良い訳ではないと気付いたのだ。
 力こそ全て。今はもう、そうではないのかもしれない。力だけ。強さだけ。それだけではダメなのだと。
 勝つのが正義ならば、負けるのは悪か。負ける方だけが絶対に悪いのか。そうではないだろう。
 例え、憎い天義の人間であろうと無辜の民であるのならば。ただ犠牲を強いられるのならばそれを救う事を厭わなくなった。
 オリーブもまた、その凝り固まった考えが変わった一人だった。
 彼らの行いは、それだけの力があった。だから、救世主なのかもしれない。そう、思えた。
 
 ふと、空に手を伸ばした。
 自らの伸ばせる手の範囲はひどく小さい。
 全てを救う事は叶わぬけれど、せめてこの国の為に戦いたい。
 ただがむしゃらに剣を振るう事しか出来ない、未熟な剣士でも。

 何事も変わらぬものはない、と誰かが言っていた。
 雪が雨に変わるように。
 傷口が時と共に塞がるように。
 この国が変化を選んだ事を誇りに思う。
 ──十年先。いやさ二十年先。これからこの国はどう変わっていくのか、それを楽しみに。
 愛する鉄帝の平和と繁栄を信じて。それを脅かす悪を討つ為、オリーブは今日も往く。

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