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イラスト詳細

ゴリョウ・クートンの白葉うづきによる三周年記念SS

作者 白葉うづき
人物 ゴリョウ・クートン
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

3  

イラストSS

『世界を救った英雄の話』

 家に帰ると、いつでも母親が待っていた。帰宅時期を知らせた訳でもないのに何故と聞いてみたことがあったが、愛の力だとか行動パターンを分析しただとかで悪戯げな笑みが返ってくるだけだった。仕事が休みの日は父親もおり、ゴリョウと母親のやり取りを眺めては楽しそうに笑っていた。
 母親は乱れた髪を直すことなく食糧保管庫を開き、極彩色の包みを持ってにぃと笑う。
「いつもお疲れさま。ほら、これでも食べて元気だしな」
「新作か?」
「母さん特製の『スーパー元気がデルゾ』くん!」
「捻りのねえ名前だな!?」
 放って寄越された包みを破いてガブリと噛みつく。途端に体が軽くなり、眠気も消えたように眼が冴えった。一日に必要な栄養が瞬時に摂れ、さらにより効率を求めた結果身体を癒したり鼓舞するような効果も作成されている、この世界でのスタンダードな食物。誇るべき高度な技術力の結晶だ――味が全く無い上に口当たりがぼそぼそで最悪なクソマズだということを除いて。
「ゴリョウ」
「なんだよ」
「顔。よぉく見せて」
 細く整った手が頬に添えられ母の顔が目の前に広がる。しばらく瞳を覗きこんだ後にゴリョウの頭を撫でつけると、瞳を柔らかく三日月に細めた。
「よし、イイ男! さすがあたしとお父さんの息子だわ」
 姿勢を戻して幸せそうに腹を撫でる。
「そして、この子のお兄ちゃん」
「……ったく」
 敵わない、とゴリョウは笑った。


 ゴリョウの生まれ育ったのは、脳筋だがマジメな獣人と、知的だが残念美人な宇宙エルフが住む、魔法と超科学とが共存する世界だ。当たり前のように日常で魔法が飛び交い、兵は剣や魔法を用いて有事に備え、魔法と科学の力が融合した超機械が人々を助け暮らしを豊かにしていた。例えば箒を持ちたい者は箒で空を飛び車を持ちたい者は車で空を飛ぶ。さまざまな選択肢が溢れ、さらに発展する可能性を秘めた力強くやさしい世界。
 けれど――この世界には絶対的な『敵』がいた。
 恨み、辛み、妬み、嫉み、嫌味、僻み、やっかみ――誰の心の中にも潜み、人を人が苛む感情。その感情がやがてこの世界のどこかに、あるいは誰かに集積することで、現れる存在がいた。
 『世界の敵』と呼ばれる圧倒的な暴力を伴ったその現象は、ある時は世界を揺るがす大犯罪を起こした犯罪組織の首領、ある時は世界を支配するほど強大な魔力を持った魔王、ある時は止まらない大竜巻――世界を破壊しつくそうとする純然たる敵として存在した。その形は一定ではなく、『世界の敵』はさまざまな形の黒い影となって歴史に染みを作ってきた。

 ゴリョウたちの年代が相対した『世界の敵』は、『黒龍』と呼ばれる。
 『黒龍』は現れた途端、瞬く間に世界の半分を食い荒らした。

「――……、……ぁ?」
 目を開けたそこは暗闇の中だった。
ぼんやりとした視界が開けてくるにつれ、壁や天井、床が冷然な石色で造られた一室だとわかる。少しの間気を失っていたようだ。霞む瞳を擦り立ち上がろうとすると走る痛みに顔を顰める。腕が上手く動かない。呼吸をするたび痛みが走る、骨が何本かイッているようだった。
 ――そうか。
 疼痛を訴えるのも構わず腕を動かし、懐から小箱を取り出して細い筒を口に咥える。咥えた場所からゴリョウの身体へ静かな火の温もりのように優しい感覚が伝わってくると、微かに灯る灯火のように震えていた身体が落ち着くのが分かった。細い筒――加熱式生命維持薬吸引剤が呼吸するたび薄く光るのを見て、俺はまだくたばっていないらしいと乾いた笑いが漏れる。指先は幾つか捻じれ、全身に纏っていたはずの金色の鎧は腕甲と足甲だけ残っただけというのに、我ながら悪運が強い。
 『黒龍』の力は圧倒的だった。ガキの頃は最強だと信じて疑わなかった衛兵のゴツいパワードスーツも体当たりだけで簡単に貫き、どんな魔法も自在に操る魔法兵が貼ったバリアも薄い木板を砕くかのように容易く破られた。黒龍の影が街に近づいたと報せがあった時の混乱は凄まじいものがあった。敵うはずがないと絶望に塗れ、終わりを願う人々の気持ちも理解できなくはない。
 衛兵の一人として街の防衛に駆り出されたゴリョウが黒く染め上げられた瞳に射貫かれた時がそうだ。ほんの――そう、ほんの偶然のようなものなのだ。ゴリョウの剣が『黒龍』の瞳を貫いたのは。魔法兵の総攻撃にあった『黒龍』が倒れ込んできた先にたまたまゴリョウがおり、たまたま突き出した剣が瞳を貫いた。貫いた穴からはシュウシュウと瘴気が溢れ焦点の定まらない嵐のような瞳が見開き、混乱治まらぬゴリョウの姿を捉えていた。
 嵐のような黒、黒、黒――暴力的なまでの絶望と底が抜けてもなお漆黒がゴリョウに襲いかかる。一撃。壁に叩きつけられ、世界最高峰とも言われていたエルフ鋼の鎧が砕け散った。龍の身体が膨れ上がり暗黒の口が死へと招く。覚悟を決めた瞬間、横にいた同僚がゴリョウを橋から川へと突き飛ばし、ゴリョウと同じく『黒龍』を食い止めていた仲間たちが軒並みブレスによってその身体を散らした。
 あっという間の出来事だった。
 それから『黒龍』はぴたりと人々を害することを止め、己の眼を穿った豚を探し始めた。

 視界をずらすと、下には星空のように点々と灯る街灯りが見えた。大多数の住民が避難を終えていたためか、昼も夜もないほどの光に包まれていた首都はほとんど暗闇に包まれていた。この塔――『白亜の塔』は首都の中心に悠然と建った世界の象徴たる塔だ。ここの最上階にゴリョウは身を置いている――死に物狂いでかき集めた大量の爆薬物と共に。
「白亜の塔が『黒龍』の墓標か。そりゃちょうどいい」
 加熱式生命維持薬吸引剤を再び咥えて嘯く。安寧としたこの時間が終わるのはもう少しだろうか。塔の外から雷が落ちたかのような轟音が響き塔全体が揺らいだ。

 『黒龍』が来る。
 己を害した豚がここにいると、歓喜と狂気を綯交ぜた咆哮を上げながら近づいてくる。

 静かに立ち上がり目を閉じていると、自然と思い浮かぶ姿があった。
 2人が幸せそうに寄り添い、大きくなった腹を撫でて名前を呼んでいる。
「せっかくの誕生祝いに何もやらねえっていうのもな。ちっとばかしデケえが、まあ俺の家族なら大丈夫だろ! ぶはははっ!」
 乱れた髪を乱暴に直し、瞳を開いたゴリョウの手の中には光が握られていた。
 それは希望に満ち、例えこの先にどんな暗雲が立ち込めようと晴らす力を持つ未来への礎。

 塔が砕かれ龍が迫る。
 漆黒が己を喰らおうと眼前に迫った瞬間、耳をつんざく爆発音が響き光が溢れる。
 白に掻き消されていく『敵』の末路が見えた。
 己の身体も、どこまでも、どこまでも白い世界に吸い込まれていった――

挿絵情報

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