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イラスト詳細

源 頼々の春野紅葉による三周年記念SS

作者 春野紅葉
人物 源 頼々
イラスト種別 三周年記念SS(サイズアップ)
納品日 2020年11月15日

6  

イラストSS


 渦を巻く心にかき乱される。
 目を閉じれば、奴の顔が浮かんでくる。
 まるで嬉しそうに、楽しそうに――嫌そうに笑いながら、攻撃を受け止めたあの顔が。
「くそ!!」
 苛立ち交じりに握っていた拳を太ももに振り下ろす。
 微かな痛みが太ももに走り――そこを見て、そういえば手に箸を握っていたことを思い出した。
 突き立ったものを引っこ抜いて、瞬く間に癒えていく傷に、吐き気がした。
 おさまらぬ苛立ちはそのままに歪な形のそれを見た。
 乱雑に置かれたそれは、歪に伸びる干からびた三日月、もしくは蜘蛛の脚のような独特の形をした紫色の何か。
 伸ばした手が止まる。
 沸々と身体が煮え立つような熱さが身を焦がす。
 心臓の音は恐ろしいほど強く脈を打ち、聞こえてくるような気がする。
 あぁ、その癖に誘蛾灯のように、誘われる虫のように再び手が伸びていく。
 その向こう側にいるアレの事を意識させるように。

 ――お前は刀も持てぬ一族の恥さらしよ

 あの時、あの頃、あの場所で、幾度となく。
 聞き飽きるほどに言われ続けた。
 この貧弱な身体では、まっとうな刀など振るえるはずがない。
 侮蔑と嘲笑と呆れに塗れた言葉は、頼々を深く蝕んでいた。

 けれどこの世界に来てからは――アレを殺そうとして、それすら敵わなくて――『師匠』などと嘯かれてから。
 いつの間にかこの手に掴んだ力がある。
 気づきたくはない。気づいてたまる物か。
 じくじくと胸が痛む。綿々と紡がれてきた血脈が、どうしても掻き立てる。
 ――鬼は殺せ。
 自身を冷遇した血が、生まれ落ちたのを許さないとばかりに締め付ける。
 自分の奥底からあふれ出すよう殺意――呪いのように訴えかける何かは、まるで自分さえも殺せと言い続けているかのようで。

 手を伸ばした。
 握りしめた手の感触が、酷くなじむ。
 それは認めたくはないが、己の一部のよう。
 いよいよ自分がアレと同じになりつつあるのを自覚して、頼々は少しだけ深呼吸した。
 もう時間はない。この身が人のうちに、アレを殺さねばならない。
 それはきっと、自分に科せられた役目なのだ。

 鬼人種――この世界に来てから知った、『ただ額に角を持つだけの』人。
 かつての世界では知らぬ、鬼。
(――鬼は殺す)
 仲間達の中にもいる、その存在は、頼々のまるで知らぬ新たな要素だった。
 もしも、彼らと出会った後で紫とあっていれば、そう思わなくもないが。
(結局、アレは我の知る鬼になった。
 ――殺さねばならない。これは、我に科された……
 我が産んだ呪いのようなものであろう)
 アレを正真正銘の鬼にしたのは、きっと自分でもあるのだ。
 だから、殺さねばならない。
 自分が蒔いた種は自分で摘むべきだ。
(だというのに、今の我では到底、奴にはかなうまい)
 握りしめた手にある、一本の角。
(……これを使えば、奴の力を引き出せるのではないか?
 だが、奴を殺すのに、奴の力を用いるのでいいのだろうか?)
 カッと、身体が――戦化粧のように浮かぶ赤い痣が熱を持つ。
「――いや、奴を殺すのに、一切の妥協などいらぬ。
 使える物は全て使わなくては」
 握りしめた角に、意識を集中させる。
 ――その向こう側で、女が笑っていた。


 ――あぁ、ぞくぞくする。
 あの、ワタシに力を振るう姿も!
 あの、地面にはいつくばっていた姿も!
 そして、この傷を刻んだあの時の顔も!
 全部全部、ぞくぞくする。
 そぅ、と。
 砕けた片方の角の痕に触れる。
 硬い感触と冷たさがあふれ出す感情を押し殺す。

 代わって湧き上がるのは、眼前で死ぬことなく刃を抜いた彼への苛立ちだった。
 なぜ死なない。なぜ刃を振るえる。なぜ、そんなふうに立ち向かってくる。

 ――それを上げたのはワタシなのに!

 ――それを見出したのはワタシなのに!

 ――それを一緒に作ったのはワタシなのに!

 なんで、キミはそんなふうに、ワタシのこの気持ちに応えてくれないの。
 妬ましい。悍ましい。

 ――憎い。
 あぁ、どうしたって相いれない。
 結局、彼が私を呪うように許さぬと声を上げるように、ワタシもまた、彼を許せなかった。

「ふふっ、うふふ……あははは」
 思わず笑みがこぼれた。
 そっと触れたのは、腹部に空いた傷跡。
 最早痛みはなく、何の支障もない。
 けれどこれはずっと残しておくと決めた傷。
 これは愛の証。
 今にも殺せそうな彼が、新たに刻んでくれた大切な証。
 だから、これだけは絶対に残し続けるのだ。

 目を閉じて、微かに感じる彼を見た。
 こちらを見られることのないいつもの通りに。
 ただ、ひたすらに感じ取り、自らを重ねて心の奥に留めよう。
 そう思っていた。

 ――のに。

 目(こころ)が合った。
 あぁ、もう。たまらない。
 そんなにも、殺意(けつい)に満ちた目でワタシを見られたら、ぞくぞくする。
 ココロの奥まで覗かれて、暴かれて、ワタシの一部を持ちだされる。
 それがどこまでも心地よくて――心底から悍ましい。

 あぁ、全部上げるよ、さぁ、ワタシを殺すのに使ってね。
 あぁ、全部上げるよ、キミがどれだけ努力しようと、それを使う限りキミはワタシのモノだから。

 全てが終わった時、口から洩れていた笑みを抑えることなどできなかった。
 手に握るは、奪い取ってきた一本の刀。
 微かに狂気を振りまく悪意に満ちたそれは、きっと、本物を殺し続けたが故の憎しみ。
「ふふふ、それじゃあ、集めてこよう。
 たくさんの悪逆を作り変えて、キミがワタシを殺すにたるだけの鬼になるからね」
 この身が鬼であれと、邪悪であれと、キミが望んでいるのなら――ワタシはキミのために全てを使って悪になろう。
 そして――このどこまでも纏わりついてくる嫌悪感から逃れて、きっとキミとひとつになるのだ。

 見上げた空で、月が妖しく輝いていた。


「……できた」
 月下、頼々は呟いた。
 少しずつ、眠気が無くなってきている。
 それさえもアレの力の余波であることは理解していた。
 ――虚刃流は想いの刃。
 自らの魔力(おもい)を世界へと反映して作り上げる空想の刃。
 ただひたすらに、思いを込めることで放つ力は変わる。
 奴を覗いた。
 目が合って、その奥を見た。
 その果てに、奴の握る物を想い、その邪悪さを返した。
(アレが鬼を産むのなら、我は鬼を滅ぼそう)
 逃がしはしない。守らせはしない。
 必ずや、殺すのだ。
 さもなくば、あの女は止まらない。
 奴の力の一部を覗いたからこそ、改めて実感した。
 あの女は止まらない。
 確実にもっと、多くの事を為す。
 だからこそ――絶対に殺さねばならない。

 ――逆鬼喰紫式。
 生みだしたこの力は、いつか必ず殺すその時の準備だ。

 仰いだ満天の星々は鮮やかに輝き、ひと際大きく輝く月にも負けることなく空を彩っていた。


 あぁ――――そうだ、結局。

 我は――

 ワタシは――

 この身を焦がす憎悪を忘れることなんてできないのだから。

 紫(ワタシ)は殺す(される)しかないのだ。

 引き返す場所も。

 引き返しえた時も。

 もうとっくに潰えたのだ。

 振り下ろした刃は止まれない。

 なにも後悔はない。

 そうしようと決めたその時に、そんなものは斬り捨てた。

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