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源 頼々の春野紅葉による三周年記念SS
イラストSS
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渦を巻く心にかき乱される。
目を閉じれば、奴の顔が浮かんでくる。
まるで嬉しそうに、楽しそうに――嫌そうに笑いながら、攻撃を受け止めたあの顔が。
「くそ!!」
苛立ち交じりに握っていた拳を太ももに振り下ろす。
微かな痛みが太ももに走り――そこを見て、そういえば手に箸を握っていたことを思い出した。
突き立ったものを引っこ抜いて、瞬く間に癒えていく傷に、吐き気がした。
おさまらぬ苛立ちはそのままに歪な形のそれを見た。
乱雑に置かれたそれは、歪に伸びる干からびた三日月、もしくは蜘蛛の脚のような独特の形をした紫色の何か。
伸ばした手が止まる。
沸々と身体が煮え立つような熱さが身を焦がす。
心臓の音は恐ろしいほど強く脈を打ち、聞こえてくるような気がする。
あぁ、その癖に誘蛾灯のように、誘われる虫のように再び手が伸びていく。
その向こう側にいるアレの事を意識させるように。
――お前は刀も持てぬ一族の恥さらしよ
あの時、あの頃、あの場所で、幾度となく。
聞き飽きるほどに言われ続けた。
この貧弱な身体では、まっとうな刀など振るえるはずがない。
侮蔑と嘲笑と呆れに塗れた言葉は、頼々を深く蝕んでいた。
けれどこの世界に来てからは――アレを殺そうとして、それすら敵わなくて――『師匠』などと嘯かれてから。
いつの間にかこの手に掴んだ力がある。
気づきたくはない。気づいてたまる物か。
じくじくと胸が痛む。綿々と紡がれてきた血脈が、どうしても掻き立てる。
――鬼は殺せ。
自身を冷遇した血が、生まれ落ちたのを許さないとばかりに締め付ける。
自分の奥底からあふれ出すよう殺意――呪いのように訴えかける何かは、まるで自分さえも殺せと言い続けているかのようで。
手を伸ばした。
握りしめた手の感触が、酷くなじむ。
それは認めたくはないが、己の一部のよう。
いよいよ自分がアレと同じになりつつあるのを自覚して、頼々は少しだけ深呼吸した。
もう時間はない。この身が人のうちに、アレを殺さねばならない。
それはきっと、自分に科せられた役目なのだ。
鬼人種――この世界に来てから知った、『ただ額に角を持つだけの』人。
かつての世界では知らぬ、鬼。
(――鬼は殺す)
仲間達の中にもいる、その存在は、頼々のまるで知らぬ新たな要素だった。
もしも、彼らと出会った後で紫とあっていれば、そう思わなくもないが。
(結局、アレは我の知る鬼になった。
――殺さねばならない。これは、我に科された……
我が産んだ呪いのようなものであろう)
アレを正真正銘の鬼にしたのは、きっと自分でもあるのだ。
だから、殺さねばならない。
自分が蒔いた種は自分で摘むべきだ。
(だというのに、今の我では到底、奴にはかなうまい)
握りしめた手にある、一本の角。
(……これを使えば、奴の力を引き出せるのではないか?
だが、奴を殺すのに、奴の力を用いるのでいいのだろうか?)
カッと、身体が――戦化粧のように浮かぶ赤い痣が熱を持つ。
「――いや、奴を殺すのに、一切の妥協などいらぬ。
使える物は全て使わなくては」
握りしめた角に、意識を集中させる。
――その向こう側で、女が笑っていた。
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――あぁ、ぞくぞくする。
あの、ワタシに力を振るう姿も!
あの、地面にはいつくばっていた姿も!
そして、この傷を刻んだあの時の顔も!
全部全部、ぞくぞくする。
そぅ、と。
砕けた片方の角の痕に触れる。
硬い感触と冷たさがあふれ出す感情を押し殺す。
代わって湧き上がるのは、眼前で死ぬことなく刃を抜いた彼への苛立ちだった。
なぜ死なない。なぜ刃を振るえる。なぜ、そんなふうに立ち向かってくる。
――それを上げたのはワタシなのに!
――それを見出したのはワタシなのに!
――それを一緒に作ったのはワタシなのに!
なんで、キミはそんなふうに、ワタシのこの気持ちに応えてくれないの。
妬ましい。悍ましい。
――憎い。
あぁ、どうしたって相いれない。
結局、彼が私を呪うように許さぬと声を上げるように、ワタシもまた、彼を許せなかった。
「ふふっ、うふふ……あははは」
思わず笑みがこぼれた。
そっと触れたのは、腹部に空いた傷跡。
最早痛みはなく、何の支障もない。
けれどこれはずっと残しておくと決めた傷。
これは愛の証。
今にも殺せそうな彼が、新たに刻んでくれた大切な証。
だから、これだけは絶対に残し続けるのだ。
目を閉じて、微かに感じる彼を見た。
こちらを見られることのないいつもの通りに。
ただ、ひたすらに感じ取り、自らを重ねて心の奥に留めよう。
そう思っていた。
――のに。
目(こころ)が合った。
あぁ、もう。たまらない。
そんなにも、殺意(けつい)に満ちた目でワタシを見られたら、ぞくぞくする。
ココロの奥まで覗かれて、暴かれて、ワタシの一部を持ちだされる。
それがどこまでも心地よくて――心底から悍ましい。
あぁ、全部上げるよ、さぁ、ワタシを殺すのに使ってね。
あぁ、全部上げるよ、キミがどれだけ努力しようと、それを使う限りキミはワタシのモノだから。
全てが終わった時、口から洩れていた笑みを抑えることなどできなかった。
手に握るは、奪い取ってきた一本の刀。
微かに狂気を振りまく悪意に満ちたそれは、きっと、本物を殺し続けたが故の憎しみ。
「ふふふ、それじゃあ、集めてこよう。
たくさんの悪逆を作り変えて、キミがワタシを殺すにたるだけの鬼になるからね」
この身が鬼であれと、邪悪であれと、キミが望んでいるのなら――ワタシはキミのために全てを使って悪になろう。
そして――このどこまでも纏わりついてくる嫌悪感から逃れて、きっとキミとひとつになるのだ。
見上げた空で、月が妖しく輝いていた。
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「……できた」
月下、頼々は呟いた。
少しずつ、眠気が無くなってきている。
それさえもアレの力の余波であることは理解していた。
――虚刃流は想いの刃。
自らの魔力(おもい)を世界へと反映して作り上げる空想の刃。
ただひたすらに、思いを込めることで放つ力は変わる。
奴を覗いた。
目が合って、その奥を見た。
その果てに、奴の握る物を想い、その邪悪さを返した。
(アレが鬼を産むのなら、我は鬼を滅ぼそう)
逃がしはしない。守らせはしない。
必ずや、殺すのだ。
さもなくば、あの女は止まらない。
奴の力の一部を覗いたからこそ、改めて実感した。
あの女は止まらない。
確実にもっと、多くの事を為す。
だからこそ――絶対に殺さねばならない。
――逆鬼喰紫式。
生みだしたこの力は、いつか必ず殺すその時の準備だ。
仰いだ満天の星々は鮮やかに輝き、ひと際大きく輝く月にも負けることなく空を彩っていた。
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あぁ――――そうだ、結局。
我は――
ワタシは――
この身を焦がす憎悪を忘れることなんてできないのだから。
紫(ワタシ)は殺す(される)しかないのだ。
引き返す場所も。
引き返しえた時も。
もうとっくに潰えたのだ。
振り下ろした刃は止まれない。
なにも後悔はない。
そうしようと決めたその時に、そんなものは斬り捨てた。