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イラスト詳細

コータお兄ちゃん

作者 奇古譚
人物 清水 洸汰
イラスト種別 一周年記念SS
納品日 2018年09月17日

7  

イラストSS



 ママ、ママ!

 あら、お帰りなさい。今日はやけに遅かったわね……どうしたの? そんなに嬉しそうな顔をして。

 あのね、ママ、ぼく……ヒーローに会ったんだ!







 最初は、ちょっとした探検のつもりだった。

 普段足を運ばない、人気のない山の麓。誰も知らないだろう獣道を見つけたり、ぼくが一番だ!と木の棒を立ててみたり。それで満足して、帰るつもりだったのだ。

 それが、どうしてだろう。気が付いたら辺りは真っ暗で、獣の唸り声がする。やがて現れた獣は、虎でも熊でもない、異様な形をしていた。

 ――魔物だ。

 本でしか読んだことのない存在が、いま、目の前にいる。少年はまだ十にも満たない年頃、手に持っている木の棒で勝てるはずもない。ただただ震えて、その場にぺたりと座り込んでしまった。

 魔物がゆっくりと少年に近付き、あんぐりと口を開けた、その時――ドカンという衝撃と共に魔物が真横に吹き飛んだ。

「何してんだテメー!」

「……え?」

「おっと、大丈夫か? 怪我とかないか?」

 『雲水不住』清水 洸汰(p3p000845)は持っていた"ピンチヒッター"を構え直し、少年の前に立つ。

 少年は不意の闖入者に目を瞬かせるばかり。どうしてここに人がいるんだろう? こんなに真っ暗で、何もない山の中なのに。どうして僕を助けてくれたんだろう。

「へへっ、だいじょーぶだって」

 不意打ちに怒りを露わにした魔物が、起き上がって低く構える。合わせて洸汰もやや低めの姿勢を取り、互いにじりじりとした読み合いが続く。

「何たって、このコータ様がいるんだからな!」

 洸汰が先に弾丸のように飛び出す。一気に距離を詰め、武器を魔物の方へと振り下ろした。が、魔物は後ろに跳び退り、その一撃を辛うじて避けた。武器を振り下ろし切った洸汰に隙が生まれる。

「お兄ちゃん!」

「だいじょーぶだ!」

 それは少年に言ったのか、己を鼓舞するためなのか。獣が跳躍し、爪を振り下ろす。それを敢えて待ち構えるように武器を横に構えた洸汰。鋭い爪が武器と真正面からぶつかり、甲高い音を立てる。その瞬間、洸汰は待ってましたと足を振り上げ……







「よーし、周囲の確認もかんりょーだぜ! 怪我ないかー?」

「お、お兄ちゃん……! ありがとぉ……! わああああん!」

「うわ! おい、泣くなよ! だいじょーぶだって! もうあいつはいねーから!」

 洸汰の痛烈なカウンターを腹部に受けた魔物は、敗北を悟ったのか、猫のような動きで森の奥へと去って行った。少年を振り返ると、その幼い瞳には大粒の涙。魔物は怖くないが、泣いている子どもはどうしたらわからなくて、洸汰はおろおろとする。

「そ、そうだ! パカお! こっちだ! ほら、面白いもん見せてやるよ!」

「え?」

 洸汰が呼び掛けると、茂みをごそごそとかき分けて、一頭のパカダクラが姿を現した。ふええ、と気の抜けるような声で洸汰に応えるように鳴く。

「じこしょーかいがまだだったよな! 俺はコータ! で、こいつは俺の相棒のパカおだ!」

「ふええ」

「……いまの、鳴き声?」

「そーだぜ。変だろ?」

「……。あはは! ほんとだ、へんてこだ!」

「でもな、すっごいふかふかなんだぜ! 触ってみるか?」

「え、いいの!? わあ~! ぼく、触った事ないや!」

 少年がおそるおそるパカおに近付くと、撫でてくれるのかな、とパカおは自ら首を下げた。ふわふわとした毛並みが、夕暮れの風に揺れている。そっと小さな手が毛並みに触れると――まるで雲みたいにふわふわとしていて。わあ、と感嘆の声が上がる。

「な? すげーだろ!」

「うんっ、すごい! ふかふかだあ!」

 ふかふかしていると、もっと撫でてよとパカおが顔を少年の方に押し付ける。少年はびっくりしたような声を上げ、けれどすぐに笑った。先ほどまでの魔物への恐怖は、どこかへ吹き飛んでしまったようだった。

「わあ、すごい! 人懐っこいんだね!」

「おう! パカおはちょっとやそっとじゃ怒らないんだぜ! ――それにしても、なんでこんなとこにいたんだ?」

「あ……えっと、此処はね。ママにはあんまり行っちゃいけないって言われてて…」

「なるほどなー! そういうところほど行きたくなるよな! すっげーわかる!」

「ほ、ほんと? コータお兄ちゃん、怒らない?」

「怒らないっつーか、……オレもここを探検しにきたからさ! そしたら魔物が見えて……なんとかなってよかったぜ!」

「ふええ」

 よかったね、というようにパカおが鳴く。ふかふかとした毛並みに埋もれるように撫でていた少年は、もし洸汰が現れなかったらどうなっていただろうと身を震わせた。今頃、きっと、魔物にぱっくりと食べられて、お腹の中で出してくれと叫んでいたかもしれない。

「……コータお兄ちゃん、ありがとう」

「おう! あ、そうだ! 次はオレが一緒についてってやるよ! そしたらきっと大丈夫だ、一人じゃない方が楽しいしさ!」

 これに懲りたら、もう此処には来ちゃ駄目だ。

 きっとそういわれるのだと思っていた少年は、洸汰の提案に真っ黒な瞳をぱちくりさせる。それから表情を輝かせ、いいの? と訊いた。

「モチロンだぜ! それに、パカおに乗ったらいろんなところにいけるからさ」

 覗き込んだら落ちてしまいそうな断崖。野花が咲き誇る花畑。もしかしたら、山のてっぺんにだって。

 大人とは違う視点からの提案は、それだけで少年にとって驚くべきものだった。ああ、きっと、このお兄ちゃんは絵本でよんだヒーローなのかもしれない!

「ぼく……ぼく、コータお兄ちゃんと遊びたい! パカおに乗って、色んなとこにいきたい!」

「よーし! じゃあ約束な! 約束したら絶対だからな!」

「うん! ……ねえ、お兄ちゃん」

「ん?」

「お兄ちゃんは、絵本から出てきたヒーローなの?」

 それは子どもながらの純粋な問い。絵本に出てきて、かっこよく大きな魔物をやっつけるヒーロー。悪には恐れず立ち向かい、弱い人々を護るヒーロー。

 問われた洸汰は、びっくりしたように照れくさそうに、鼻の下をこすった。それから青空の色をしたキャップを被り直すと、にかっと笑う。

「そーだぜ! だから、また君がピンチになったら助けに行くからな!」



 少年二人を乗せたパカダクラが、ふええ、と鳴きながら街へゆく。

 今日だって明日だっていつだって、洸汰は困っている人を放っておかない。相棒と一緒に手を差し伸べて、少年らしく笑うのだ。

「このシミズコータ様が来たからには、もう大丈夫だ!」

 と、威勢よく声を上げて。







 ね、ママ! コータお兄ちゃんはヒーローなんだよ!

 まあ、それは可愛いヒーローさんね。今度お礼にお菓子をあげたらいいかしら。それにしても……

 それにしても?

 あの山にはいっちゃいけませんって、ママ、いったわよね?

 あっ。



 こらー!

 わーん、ごめんなさいママ! 次はコータお兄ちゃんがいるから、大丈夫だよー!

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