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探偵事務所『雪柳』

星を撃ち落とすのは何時だって人だ

産業革命期、ヨーロッパのとある小国。そのスラム街に1人の赤子が産まれた。名はまだない。望まれぬ子だ、仕方ないだろう。産まれてすぐ彼は捨てられた。雪の降る月が綺麗な夜のことだった。

本来であればそのまま息絶えるのが常だろう。だが彼は奇跡的に生き延びた。気まぐれに拾った『慈善家』の道楽で生きることを許されたのだ。いいや、正確には気まぐれでは無い。彼の瞳と髪の色はこの国では珍しかった。故に売れると踏んでの事だった。そしてそれは正しかった。ひと月も立たぬ間に、とある新興宗教の教祖の養子として彼は売られた。全てはそこから始まる。

ーーー

「はぁ、はぁ……」

息遣いに目が覚めた。

「お、おはようございます、⚫⚫⚫様……本日も祝福を……」

「……よきにはからいなさい」

抱き上げられる。運ばれる。寝室から出て礼拝堂へ。窓から除く太陽を見るに今はまだ日の出から間もない時間だろうか。随分と『敬虔な』信徒だ。そう思いながら身を任せていると、大勢の声に意識を引き戻された。どうやら……始まるようだ。

「おお、神よ。罪深き我らへの救済を感謝致します……」

「「「「我らに祝福を」」」」

ああ……今日は喉は使わずに済むといいが。少し風邪気味なのだ。

そして日が沈むまでソレは続いたーーー

「ごぶっ……」

「お疲れ様です⚫⚫⚫様。さぁ、身を清めましょう」

……清める、か

静かに頷いて再び運ばれる。浴場へ着いても、どうせまた汚れるのだろう。……結局喉も使ったな。

「そうそう、明日は⚫⚫⚫様の誕生日でしたね……趣向を凝らしたお祝いをさせて頂きますので、楽しみにしていてください」

…………

「……よきにはからいなさい」

……うがいは沢山しておこう……

ふと窓を見た。星はやはり見えない。寝たきりでは、角度が足りないのだ。……透き通るような寒さを持つ風が吹き込んできて、明日はどうやら雪が降りそうだった。

ーーー

「では、⚫⚫⚫様……本日も我らに祝福を」

「「「祝福を」」」

…………今日は趣向をこらす、と言っていたが……特別人数が多いな…………それにクスリか……まぁ、いい…………

「よきに、はからいなさい……」



そうして私はいつもの様に壊されていく。



その最中だった。礼拝堂のステンドグラスを突き破って赫い星が落ちてきた。……星を見たのは何年振りだろうか。朦朧とした意識の中で私は星に手を伸ばした。届かぬはずのものへ。

だが、届いてしまったのだ。星を撃ち落とすのは何時だって人間だった。彼は星を引きずり下ろしてしまった。堕ちた星はいずれ星ではなくなるのに。


「…………なんだここは。君達はは何をしているんだい」

「…………答えられないならいいよ」

その星が堕ちてきてから信者らは固まっていた。存在の違いを魂で知ったのだろう。どうでもいいが、無様に出された体液が気持ち悪かった。

彼女の顔がこちらを向いた。初めて見る星は、とても綺麗に見えたから、私は笑顔になった。でも、彼女の顔は歪んだから、きっと私は……醜いのだろう。少し悲しく感じながら、私は意識を手放した。

鉄臭い匂いが鼻をつき、目が覚めた。私はいつの間にか椅子に座らせられて、礼拝堂にいた。辺りには血の海が広がっていた。困惑したまま振り返ると、椅子の後ろに赤い髪の彼女が立っていた。彼女の目配せの先を見ると、教祖が唯一生きて私の目の前に這いつくばっていた。どういうことなのだろう。

「……キミがやるんだよ」

「……よきにはからいなさい」

ちがう。答えになっていない。だが、分からない。……なんと答えればいいのだ。何をやるのか。明日にそなえて早く身を綺麗にしたいのだが……

「明日は、ないんだよ」

「……」

よく、分からなかった。黙っていると、L字の不思議な道具を渡された。後ろから手を添えられて、握らされる。何の道具だろうか。

「……貴方が引くのです」

「……はい」

私はその日、天使に言われるがままに初めて命を奪った。そして、そのとき天使の翼は赫く染った。

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