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Hexenofen

【PPP三周年記念】閑話 ーある日の魔女と混魔ー

「ただいま戻りました」
 そう言ってギルド『Hexenofen』の扉を閉めたミンティの元へ、主たるシズカが駆け寄る。
「お疲れ様でした、ミンティさん!今日のお仕事はどうでしたか?」
「はい、概ね良好かと。依頼主と少々交渉が発生しましたが、任務自体は恙無く」
 涼しい顔で告げる長身で妙齢のミンティと、彼女の報告を嬉しそうに聴く小柄で少女のようなシズカ。傍目から見ると見た目と言動がちぐはぐにも思えるが、シズカは間違いなくミンティより年上――ただしその詳細はトップシークレットとされている――であり、特異運命座標として先輩であり、そしてギルド『Hexenofen』代表にしてミンティの雇用主でもある。
「それでですね、シズカさん」
「はい?」
「結果的に、ではありますが、報酬を少し多めに頂いているんです……よろしければどうでしょう、たまにはわたしのおごりで外食など」
『Hexenofen』は拠点が小料理屋としての側面を持つ魔術ギルドであり、ギルド員やシズカが普通に料理をしているのだが――
「――今日は特別、ですから」
 そう言って(珍しく)微笑むミンティの誘いを、どうして断る事ができようか?

 そうして街の酒場にやって来た二人に、人々は様々な感情を乗せて視線を送る。特異運命座標である事への表敬や羨望、(特にミンティの)容姿に対する色情や嫉妬、或いは――何故かシズカを見て、畏怖や敬遠など。
「……何だか視線が刺さるような」
「そうでしょうか?きっと気のせいですよミンティさん、それより早く食べましょう♪」
 勘が鈍いのか、或いは本当に気にしていないのか。楽しそうに品書きを見るシズカへ「大物だなあ」などと適当な感想を抱きつつ、ミンティも品書きに目を落とす。
「えっとじゃあ、私はシュニッツェル――」
 あっと言う間に給仕を呼び止め、オーダーを告げようとするシズカ。
「――を二枚とトンカツ二枚、アジフライ二枚、ささみ揚げ五本にエビフライ五本、後はカキフライ七個にホタテ揚げ七個と――」
「ちょっとまってごめんなさいやっぱ割り勘で良いですか!?」
 たまらずミンティが叫ぶ。オーダーを覚えようと必死な給仕に、胃への負担を想像したのか口元と腹部を押さえ蹲る客たち。皆一様に青褪める様は、畏怖や敬遠の視線を説明するのに十分であった。

 ややあって。揚げては運ばれ秒で消費される揚げ物たちを眺めながら、ミンティは口を開いた。
「……あの、シズカさん」
「はい?」
(きちんと飲み込んでから)シズカが「何かおかしいことでも?」みたいな顔で見返してくる。いや確かに色々おかしいのだが、本題はそれではない。
「わたし、シズカさんから受けた恩に、きちんと報えているでしょうか」
「へ?」
「わたしが特異運命座標として召喚されてすぐ、どうして良いのか分からず呆けていた時……手を差し伸べてくれたのが、シズカさんです」
 神様は意地悪だ。
 こちらの都合なんて、砂の一粒ほども考えてはくれない。
 たとえこちらが、自身の出生の秘密に至り、アイデンティティの揺らぎの真っ只中にいたとしても――自分の都合でぽんと喚んで、見知らぬ世界にぽんと放り出してしまうのだ。
「迷うことばかりで、どうしようもなくて、どうすればいいんだろうって考えても考えられない――そんな時に『じゃあ取りあえず』って手を引いてくれたのが、シズカさんなんです。だから――」
「――だから、何とか恩返しがしたくて、それでご飯をって事だったんですか?」
 遮るように、シズカの声が聞こえる。いつの間にか自分が俯いていた事に気づいたミンティが顔を上げると、目に映ったのは可愛らしい、なのにどこか大人びて、慈愛に満ちた、そんな少女の顔だった。
「ふふ、ありがとうございます。すごく嬉しいです」
 ニコニコと微笑むシズカはしかし――見た目に反し――落ち着き払った、年長者であり、先導者である、そんな声で語りかけてくる。
「でもミンティさん、私は恩返しが欲しくて、それでミンティさんに声をかけたんじゃないんです。私はただ『道に迷っていた』あなたを見かけて、力になりたくて――一緒に歩きたいなって思ったから、声をかけたんですよ?」
 だから、とひと呼吸置くと、シズカは自分の前のエビフライを一本取り、ミンティに差し出した。
「そんなに固く考えないで、フレンドリーに行きましょう?食事だってほら、特別な日じゃなくても一緒に行って、美味しいものがあったらこうやって分け合って……私たちは『魔女のかまど』に立つ仲間なんですから」
 目を瞬かせること数瞬。眉根を寄せたミンティは「やっぱり大物だなあ」と苦笑を浮かべ、差し出されたエビフライを咥えたのだった。

「ところでミンティさん!」
「は、はい!?」
 食事もあらかた済んだ頃。突如声を上げたシズカに、ミンティは反射的に姿勢を正してしまう。
「『今日は特別』の意味――依頼が上手くいったから、だけじゃないですよね?」
「え?ああ――」
 この日は4月26日。ミンティの誕生日である。
 一つ大人になった事を契機に、シズカに恩返しの一つでも、などと考えていたのだが。
「――ご存知だったんですか」
「もちろん!」
 ふんす、と胸を張るシズカ。先ほどの年長者としての風格は何処へやら、こうして見る分にはやはり可愛らしい少女の様で。
「誕生日のお祝いに、ケーキを準備してますから。帰ったら食べましょうね♪」
「ええと――ふふ、はい。楽しみです」
 何か言おうとして、言葉が上手く出なくて。まあいいか、とミンティは素直に喜ぶことにした。そんな二人をそれとなく見守っていた周りの客達も、温かい雰囲気に和みつつ――

 ――まだ食うのかよ、と。誰にともなく、呟いたのだった。


ー了ー

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