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煌めきのアトリエ

PPP二周年記念SS「宝石の魔女の二周年の一日」

●宝石の魔女の朝
 クラウジアの朝は遅い。というか昼に近い。
 旅人(ウォーカー)であるクラウジアは、元の世界では(自称)齢2000を軽く超える大魔女であり、核たる巨大宝石を錬成した後に人間の肉体を捨てて、宝石を核に自身の体を再構築した一種の魔法生物である。ゆえに、時間感覚が一般人とは隔絶しており、一度寝入ったら数日どころか数ヶ月起きてこないし、同じだけの期間どころかほとんど寝なくても全く支障が出ないし食事すらも不要である……はずだった。ところが、混沌に降り立つ際、強大であったはずの魔力は霧散し、体は人と同質のものに変化し、あまつさえ(自称)ぼんきゅぼんだったボディは上下的な意味でかなり縮んだ。不要であったはずの睡眠食事も再び必要となり、初期のその違いからくるてんやわんやの克服は一騒動であった。本人に聞けば本一冊分の大冒険らしいが、とりあえずそれはさておき。
 繰り返すが、クラウジアの朝は遅い。というか昼に近い。というのも、起きられないのだ、純粋に。ゆすろうが怒鳴ろうがベッドをひっくり返そうが。さすがに殺気と共に剣をぶつけた場合は起きたらしいが、毎度そうするわけにも行くまい。毎朝怪我をするわけにもいかないし。
 そんなわけで、昼前に起き上がり、置いておいたお茶を口にしてじっくり頭を覚醒させて、昼過ぎにようやく起き出して着替えて朝食もとい昼食を求めて、住居兼用の工房からのそのそと這い出すのである。

●宝石の魔女の昼食
「あら、今日は意外と早いのね?」
 食堂、というか酒場、も兼ねている宿に入ると、掃除をしていた店員――宿の娘だそうな――が振り返る。
「気まぐれ程度の早起きじゃよ。そもそも早うあらぬしのう」
「自分で言ってちゃ世話ないじゃない。まあいいわ、今日もお昼は食べていくんでしょ?」
「うむ、頼むのじゃ」
 横に腰掛けた箒、媒体飛行による飛行移動、で無精する感覚そのままにふらふらと漂って、厨房近くの椅子に陣取った。まだ眠いのか、ぼーっとしているところに、昼食営業の残りを盛られたトレイが置かれる。また、クラウジアの向かいにもトレイが置かれ、掃除を終えた宿の娘が座った。
「それで、魔力は戻ってるの?」
「まだまだじゃよ。見習いレベルすら脱せぬわ」
 クラウジアの前でスプーンがひとりでに宙を舞い、器の中身を掬って口に運ぶ。
「あなたねえ、食事ぐらい自分でしなさいよ」
「自分の念動ならば自分でしておるじゃろ?」
 宿の娘の言う通り、これはクラウジアの念動によるものである。本人曰く、以前はひと薙ぎで屍山血河を築いた辣腕も今や乙女の細腕、だそうで、普段からスプーンさばきや鍋をかき混ぜる、ドアを開ける棚の上のものを取る、と非常に便利な第三の手扱いでしか無い。第三の『手』ならば手なのだから自分でしている、というのがクラウジアの理屈である。
「ほふ、食った食った」
「お粗末様」
 トレイを横に避けて、お茶のカップが置かれるのを横目に、バッグをゴソゴソと漁って10本程度の薬を取り出す。
「今まで通り、黄色い軟膏が傷薬、薄い青の瓶が二日酔いの軽減、褐色の瓶が胃もたれとかの軽減、じゃよ」
「ええ、ありがと」
 単純に、宿用の常備薬の納品である。クラウジアとて穀潰しやヒモのような暮らし方をしているわけではない。ローレットでの活動ももちろんしているが、それ以外にも生活費を稼ぐためのアレコレも行っているのである。
「うちの酔っぱらい共も、もーすこし飲み方を覚えればいいのに」
「ま、染み付いたリズムはそうそう崩せんじゃろ。儂としても、薬お買い上げありがとうござーい、であるし」
「うちもね」
 出会いは単純、酔っぱらいの乱闘で飛んだジョッキがクラウジアの頭に直撃したのだ。魔力がいくらか戻ってきた今ならいざしらず、混沌に到達したばかりでは非常に脆弱であり、キレたクラウジアが乱闘に参加して惨状が拡大するだけだった。特に強いわけでもなかったクラウジアは見事にノされてしまい、宿の娘の鉄拳で場を収められ、酔漢共々正座でお説教、となったのである。その後、たまたま取り出した自作の傷薬がお安めかつ効き目がそれなりによかったために宿の娘の目に留まり、恫喝を含む交渉により更にお安めで宿に卸されることとなった。一応、付随効果として宿に泊まることができる、もあったのを添えておく。
 今やローレットである程度稼ぎ、自前のアトリエも構えて研究や製薬も行い、ある程度の稼ぎが貯まると5000G握りしめて闇市へと向かい、ガラクタを抱えて肩を落として帰ってくる、一種の闇市ジャンキーの立派な一員となるまでであった。
「そういえば、そのローレットが、なんか二周年とかやってなかった?」
「あぁ、運命得意座標が現れるようになってから二周年、だったかのう。儂はこっちきてから、えーと……一年弱じゃな、一年弱ゆえに、あまり実感がなくての」
「そういうもん?」
「そういうもん、じゃな」
「私には、この間のなにか大きな事件?と、その後の水着イベントで凄くはしゃいでたように見えたけど」
「それはそれ、これはこれじゃよ?」
「そういうもん?」
「そういうもん、じゃよ」
 お茶をすする。天丼は一度でいい。
「実際、天義のあの事件は、世界を取り巻く大きな渦に儂はほんのちょっと干渉することができただけに過ぎぬしのう。まだまだ儂も未熟と思い知らされたわ」
「ふーん。……そういえば、今度は、ローレットの、あの、なんだったっけ、情報屋が大規模訓練をやるって」
「うむ、参加届はすでに出しておる。司書ど……あー、知り合いとなんぞテーマ設けて訓練やろう、という話じゃな。確か、女子会じゃったか……」
「……お茶飲んできゃっきゃしてる姿しか思い浮かばないんだけど?」
「もしや今のこれも女子会かの?」
「とりあえず違うとだけ言っておくわ」
「なれば、儂もお茶してるだけで魔力が戻るのかの?」
「違うというに」
「まあ冗談じゃけどな」
「面白くないから」
 お茶をすする。
「さてと、そろそろ掃除に戻るわ。これ以上お茶飲んでサボってると、親父にどやされる」
「お主をどやすことのできる親父殿って、ホント何者なんじゃろうなあ……」
「料理の速くて上手いハg」
 びぃぃぃぃん
「……。そして地獄耳」
 テーブルの隅に突き立つ肉きりナイフ。当然ただの食用肉切りであり鋭利ではない上に投げるようなバランスの良いものではないそれが、硬い木材のテーブルに突き立っている意味を考えれば、コメディ的な現象だが体験するのは恐怖である。
「ま、まあ、儂も二周年じゃしな、なんぞ、依頼なり鍛錬なりしてくるのじゃー、ちゃおー」
 とばっちりが及ぶ前に、そそくさと宿を後にした。

●宝石の魔女の二周年のローレット
 ローレット。最近色恋沙汰方面で有名になりだしたレオン・ドナーツ・バルトロメイが作り上げた、登録制依頼遂行組織、とでも言おうか。現在は、特異運命座標によるパンドラの収集組織である、とも言える。そんな組織の依頼受諾カウンターでは、青い髪の情報屋の少女が張り切って大型訓練の参加者を募っていた。すでに参加登録をしているクラウジアは、それを横目に現在受諾者を募っている依頼のリストを眺め、一方で遂行タイミングが完全に裁量に任されている依頼の一覧も眺めてみる。なんとはなしに、今は受諾者を募られている依頼に食指の動くものがなく、かといって単独では自由裁量依頼を遂行することは難しかろう。さて、誰か同行してくれるような者でもいないか、と見回してみたところ。
「おや。こんにちはじゃな。司書殿」
「あら、ごきげんよう、クラウジア」
 運良く知り合いを発見した。
 イーリン・ジョーンズ。通称司書。クラウジアが人間性やら実力やらといろいろなところに一目置く女性である。長い紫苑の髪を翻し、小柄ながらもバランスよく出る所は出たボディを重装備の下に収めており、ビキニで勝負じゃ、と意気込んで鳴かず飛ばずだったクラウジアと違い水着コンテストで栄えある6位に入賞したセンスも併せ持つ麗人でもある。ノースなんとかだかどこかから来た冒険者っぽい知り合いと良い雰囲気だと勝手に思っているが、本人たちは笑って否定する。というかかの冒険者は性別がはっきりしないというめんどくささ。想像通りの世界出身であるならば、媚薬をしこたま飲ませたらもしや卵を生んだりするのか? などと思考が星の彼方へ散策を始めかけたところで、
「こんな時間にいるなんて珍しいわね。何か用事でも?」
「いんや、特にはの。日常常備薬納品も済ませたことじゃし、なんか仕事でも、と思うての」
 と、イーリンに引き戻された。
「良ければクエストでも行かぬか? 司書殿が付いてきてくれると心強いのじゃが」
 クエストへの同行を持ちかけてみると、
「ええ、いいわよ」
 あっさり承諾された。
「それで、どこに行くのかしら?」
「これにしてみようと思うのじゃが」
 目をつけていた依頼書の写しを持ってくると、それに目を通したイーリンは、ぽつりと一言言った。
「……あなただけでどう考えてもオーバーキルだと思うんだけど」
「不測の事態とかめっちゃ運が悪かったとかあったら困るじゃろ?」
「杞憂でしょ」
「そうかのう……」
 イマイチクラウジアは自身の実力に自信を持っていない。元の世界の実力が高すぎたのもそうだが、ローレットのキワモノたちと比べることのほうが間違いであるのだが。
「まあとりあえず行ってご覧なさいな。戦術だって相談に乗ったでしょう?」
「ふむ……では、とりあえず行ってみるのじゃ」
「ええ、行ってらっしゃい」
 微笑むイーリンに見送られて、依頼書(正)を手にクラウジアはローレットを後にした。

 この後めちゃくちゃ無双した。

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