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足女の居る宿

灯が消えた宿

闇の帳のその向こう。
湿った石畳と酒気と汚濁の匂い。

狂おしい時間が過ぎて夜も眠りに入ったその時間。
灯が消えた宿の鍵が開いている。
扉をくぐれば水の様に張り付く闇の向こうの薄明かり。
その先で、少女のような形をした人形があなたを待ち受けていた。

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(なるほど。僅かな引っ掛かりが氷解したことで、胸中でのみ大いに頷いた。
「『枠に嵌まった』人間だ。」とは、あの巨大な影の言い様として少々異質だ。
しかし、それが他の物語からの引用であるならば納得ができる。
そして、それほどまでに目の前にいる『物語』に傾倒しているのだと思えば唇の端が上がるのを抑えるのに苦心した。
脳髄に設えられた機能を使って交感神経の働きを抑制しなければならぬほどに)

「物語」を「人間」へ落としたのは、ジョセフ様。貴方ではございませんか?
手垢がついて「原典」に相応しい神秘を失い「娯楽」へと堕とされた「物語」、更に混沌によって人の法則が適用される肉体が付与されれば何れ「人間」は芽生えましたでしょう。
「精神」とは器によって変容するものです。
ですが、大規模召喚の時にあの方が「発生」したとして、「人間」という認識を持つにはあまりに早い。

(そこで一旦言葉を区切り、弄んでいたグラスに入っていた水を一口飲む。
このままでは声が枯れそうなほど乾いていた口腔を湿らせ、もう一口と望む本能をねじ伏せ、グラスを置く)

……平等の、「神」の視座を持つのは「物語」でございます。
しかし、これを切り離して「人間」にしてしまうのは不可能でしょう。
あの方は「その様に」生まれたのですから。それを変えるのは鳥を犬にするようなものでございます。
ですので、我々が行わなければならないのは「人間」の開拓です。
私は今、ジョセフ様と巡り合えた事に感謝しております。
なにしろ、貴方様こそが、私の望みの偉大な先駆けなのですから。

「零落」その第一歩は見つめる事です。
観察し、その一挙手一投足に「人間的」な意味を持たせることにございます。
今まさに、ジョセフ様が行っている事。かつて、人々があの方の「原典」に行った事。
「精神」いいえ、むしろ「在り方」というものは観測するものによってゆがめられるものなのです。
そう、人は知らず知らず、相手の瞳に映る自分を見てその様に合わせる……それが親しい人間であるならば猶更。
これは、罪深くも浅ましくもない、ごく自然な事。そうでございましょう?

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