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泪雨

【SS】*藍色の蛇の目傘*【ボイスドラマ用】

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◇登場人物
・ 雨宿りの男
・ 蜻蛉
・ 十夜 縁
・ 猫(鳴き声)

◇他
 タイトルは仮題です。
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第壱幕◇◇◇

 重たい曇天が涙をこぼす前に、と岐路を急いだが間に合わず。
 泥を跳ねながらたどり着いたのは、小さな雑貨屋の軒先。
 降り始めた雨はカーテンを揺らすように、早々に止む気配はない。

 男 「……参ったなぁ」
 蜻蛉「お兄さん、どうかしはりました?」

 仕方なく雨宿りしていると、声を掛けられる男。
 鈴の鳴るような声。
 顔を向ければそこには蜻蛉が立っていた。
 差していたであろう傘を畳み、上目遣いに男の表情を窺っている。
 雑貨屋の主人だろうか。
 商いの邪魔になるからどいてくれ、と文句を言われるのかもしれない。
 男はそんな不安が過ったが杞憂に終わった。
 
 男 「あ……えっと……その、雨宿りです」
 蜻蛉「雨宿り?そら災難でしたなぁ」
 男 「慌てて出てきたら、家を出る時に傘を忘れてしまって……御覧の通り、このありさまで」

 蜻蛉は、男の慌てて説明した状況も素直に受け入れ、さらにはハンカチで濡れた肩を撫でている。
 雨の匂いの中に、ふわりと漂う香りは蜻蛉の香水。
 少し早まる鼓動が男の思考の邪魔をする。

 蜻蛉「……ああ、ええこと思いつきました。うちの傘、使いはったら?」
 男 「えっ?傘を?」
 蜻蛉「はい、この傘」

 パッと笑って手にしていた傘を持ち上げる蜻蛉。

 男 「そんな、そこまで迷惑をかけるわけには!お気持ちだけ、ありがたく」

 当然遠慮すると、ニコニコと笑ったまま問答無用で男の手を取って、傘を掴ませる。

 蜻蛉「ええからええから♪ここで逢うたのも何かのご縁、神さんのお導きとでも思って。ささ」

 押しの強い蜻蛉。
 男はぐいっと柄を握り込まされる。
 つるりと、しかし木の温もりが伝わってくる柄が指に馴染む。美しい藍色の蛇の目傘だ。
 それに一瞬、目を奪われている間に蜻蛉の姿がなくなる。

 男 「やっぱりだめで──、え?……き、消えた?」

 ハッとして顔をあげるとそこには誰もいなかった。
 行き場を失った手が虚しく風を切る。慌てて周囲を見渡すも、蜻蛉の姿はなかった。
 雨音のなかでチリン、と……鈴の音を溶かした猫が一匹去っていく。

  (黒猫)「にゃぁ」(リアルな猫の声)

 男 「……参ったなぁ。名前、聞いておけば良かった」
 後ろ手に頭をかきながら、先ほどと同じ言葉が違う意味で口からこぼれ落ちた。
 今度は、どこか少しだけ嬉しそうな声で。
 雨の中、傘をさして歩いていく。




第弐幕◇◇◇
 
 (カランコロン、下駄の鳴る音)

 雨足をしのげる軒先にて。
 待ち合わせ場所に数刻遅れて来た相手に、縁は訝しげに訊ねた。

 蜻蛉「お待たせしてしもて、ごめんなさい」
 縁 「いや、構わねぇが……お前さん、なんだってそんなに濡れてるんだい?」
 蜻蛉「……さぁ、なんでやろか?………っくしゅん!」

 縁は懐から手巾を取り出し、濡れた黒髪を撫でる事も忘れない。
 布はすぐに役目を終えて重くなった。

 縁 「っと、おいおい……(手布で蜻蛉の肩や髪を拭いながら)」
 蜻蛉「あら。雨で濡れたとこ、拭いてくれはるん?嬉しいわ」
 縁 「傘はどうした? この雨の中、傘も持たずに歩いて来たわけじゃねぇだろ?」
 
 縁の問いに、蜻蛉はふわりと笑顔を浮かべる。

 蜻蛉「困ってはったから」
 縁 「あー…貸してやったのか」
 蜻蛉「はい、もーーちょっとうまいこと歩けると思てたんやけど」

 そう言って、蜻蛉は首を傾げる。
 縁はため息まじりに頭をかいた。

 縁 「仕方ねぇなぁ……俺の羽織でよけりゃぁ着ておいてくれや。風邪ひかれちゃ困る」

 羽織っていた上着を取ると、蜻蛉の肩へ。
 一方の蜻蛉はきょとん、と瞬きしたあとで小さく笑った。

 蜻蛉「ふふっ……おおきに」

 蜻蛉の感謝の言葉に、縁は視線を逸らしながら
 
 縁 「(和傘を開いて)……ほらよ、入りな。そのままだとまた濡れちまうだろ」
 蜻蛉「ほんなら、お言葉に甘えて」

 蜻蛉はその傘の中へするりと入り、身を寄せた。(音が近づく?)
 俗に言う"相合い傘"と呼ばれるそれ。
 満足げに笑う蜻蛉の──先ほどよりずっと近づいた──横顔に、縁は眉を寄せる。

 (相合傘、歩きながらの二人の会話)

 縁 「……なぁ。お前さん、まさかこれを狙ってたわけじゃねぇよな?」
 蜻蛉「さぁ?……うちにはなんのことか、さっぱり分かりませんけど」
 縁 「ったく……わざわざ濡れてこねぇでも、言ってくれりゃぁ──」
 蜻蛉「言うたら──またこやって、相合傘、してくれはるん?」
 縁 「……っ。(傘の中、思いの外近く聞こえた声に戸惑い)……まぁ、な」
 蜻蛉「……旦那が素直に返事するやなんて、珍し。どおりで、雨がよおけ降るわけや」
 縁 「あのなぁ。……どこかの素直じゃねぇ嬢ちゃんが、後で寝込みでもしたらことだろ」
 蜻蛉「素直やないのは、誰かさんも同じやないの。それに、縁さんが看病してくれるんやったら、うちは願ったり叶ったりです」
 縁 「……はぁ」
 蜻蛉「それとも、心配してくれとるんやろか?……んふふっ(衣擦れの音。不意に引き寄せられて)……あっ」
 縁 「もう少しこっちに寄らねぇと、肩が濡れちまうぞ。……相合傘のひとつやふたつ、いくらでもしてやるさね。お前さんが、困っているやつに傘を貸していなくてもな」
 蜻蛉「……。ほんまに……ずるい人」
 縁 「……お互い様だろ」

 雨音に混じってカラコロと下駄の音が鳴った。

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